「しばらく見てなかったからびっくりした!」
意外だったのが大変な苦労をされてたってことでした、それでも幸せそうで安心したよ!
元フィギュアスケーターの村主章枝さんが、13歳年下のアメリカ人男性と結婚していたことを初めて明かしました。
結婚相手は、映画や映像制作の仕事をしているデビンさんです。
2人は同じアパートの住人として偶然出会い、仕事仲間を経て夫婦になりました。
まるで映画のような馴れ初めですが、村主さんが語ったのは幸せな結婚生活だけではありません。
流産や4回の体外受精、そして「好きだからこそ、別れた方がいいのではないか」と考えた胸の内まで明かしています。
努力によって道を切り開いてきたトップアスリートが、努力だけでは変えられない現実とどう向き合ったのか。
では、夫デビンさんはどのような人物で、2人はどう出会ったのでしょうか。
ここからは、結婚までの歩みと妊活をめぐる葛藤を、順番に見ていきましょう。
村主章枝の結婚相手デビンはどんな人?
村主章枝さんの結婚相手は、13歳年下のアメリカ人・デビンさんです。
映画や映像制作に関わる仕事をしており、村主さんとはプライベートだけでなく、仕事でも支え合う関係を築いています。
2人は共同で映画制作会社「MonkeY Teer Entertainment」を設立しました。
村主さんがフィギュアスケートのコーチや振付師として活動する一方で、映像制作にも携わるようになった背景には、デビンさんの存在があります。
2人の関係でまず印象に残るのは、考え方がまったく違うという点。
村主さんによると、その違いからよくぶつかるそうです。
普通なら、価値観の違いは不安材料になりそうなものですよね。
ところが村主さんは、違う意見を言ってくれる人は大事だと受け止めています。
何でも同意してくれる相手ではなく、自分にはない視点を持っている相手。
そこに、デビンさんへの信頼が見えてくるんです。
番組では、夫婦のツーショット写真も初公開されました。
村主さんがデビンさんの第一印象を「優しそう」と語ると、デビンさんは村主さんに向かって、日本語で「かわいい」と照れながら言っていました。
年齢も国籍も違う2人ですが、仕事への関心と、お互いにないものを認め合う関係が結婚につながったようです。
違いがあるからこそ、支え合える関係になったということなのでしょう。
馴れ初めはラスベガスのエレベーター
2人の出会いは、村主さんがラスベガスで暮らしていた頃にさかのぼります。
当時、村主さんとデビンさんは同じアパートに住んでいました。
最初のきっかけは、閉まりかけたエレベーター。
ある日、村主さんが乗ろうとしたエレベーターを、デビンさんが止めて待ってくれたのです。
村主さんが抱いた第一印象は「優しそう」でした。
派手な出来事ではありません。
けれど、閉まりかけたエレベーターを止めるという何げない行動には、その人らしさが出るものですよね。
ドラマのような強烈な出会いではなく、日常の中の小さな親切から始まった関係でした。
ただ、この時点ですぐに恋愛へ発展したわけではありません。
2人の距離を縮めたのは、村主さんの仕事です。
村主さんがアイスショーで使用する映像の制作をデビンさんに依頼し、顔を合わせる機会が増えていきました。
同じアパートに住む知人から、一緒に作品を作る仕事仲間へ。
偶然の出会いが、少しずつ意味のある関係へ変わっていったわけですね。
映画制作が2人を仕事仲間から夫婦へ
2人の関係が大きく変わったのは、コロナ禍に一緒に映画制作へ取り組んだことでした。
外出や人との接触が制限され、多くの人の生活が止まったように感じられた時期。
村主さんとデビンさんは、その時間を使って共同で作品を作り、映画制作会社まで立ち上げています。
仕事を一緒にすると、相手の良い部分だけでなく、譲れない考え方や弱い部分も見えてきます。
意見がぶつかったとき、どう向き合うのか。
問題が起きたとき、逃げずに一緒に解決できるのか。
恋人になる前に、2人は仕事を通じて相手の人間性を知っていったのでしょう。
やがてビジネスパートナーから交際へ発展し、公私ともに人生を歩む夫婦となりました。
エレベーターで出会い、映像制作を依頼し、会社を一緒に作って結婚する。
振り返ればきれいな物語ですが、最初から結末が決まっていたわけではありません。
目の前の仕事に向き合ううちに、相手が生活の一部になっていた。
そんな関係だったのではないでしょうか。
村主さんは2014年に現役を引退し、その後2018年にアメリカへ移住しました。
競技人生を終えたあと、慣れない土地で新しい仕事と生活を始めるのは簡単ではなかったはずです。
その再出発の中で出会ったデビンさんは、夫であると同時に、村主さんの第二の人生を一緒につくったパートナーでもあります。
結婚相手というだけではなく、新しい人生を並んで築いてきた存在なんです。
流産と4回の体外受精で直面した現実
村主さんは番組で、これまでほとんど公にしてこなかった妊活についても語りました。
デビンさんとの子どもを授かったものの、1度流産を経験したといいます。
その後、日本とトルコで合計4回の体外受精に挑戦しましたが、妊娠には至りませんでした。
検査では、自身の身体の状態が良くないことも分かったそうです。
村主さんは現役時代、生理が止まっていた時期があり、その頃から子どもを授かることは難しいかもしれないと感じていました。
女性アスリートにとって、競技力を保つための厳しい体重管理やトレーニングが身体へ与える影響は、現役中には見えにくいことがあります。
目の前の試合で結果を出すために積み重ねた努力が、何年もたってから別の形で人生に影響する。
あまりにも重い現実です。
村主さんは、これまで努力すれば何とかなる世界で生きてきたと話しています。
練習を重ね、技術を磨き、失敗すれば原因を探してやり直す。
トップアスリートとして、その繰り返しで結果をつかんできました。
しかし、妊活では努力した分だけ結果が返ってくるとは限りません。
治療を受け、時間も体力も気持ちも注ぎ込んでも、望んだ結果にならないことがある。
村主さんにとって最も苦しかったのは、妊娠できなかった事実だけではなく、努力しても変えられないことがあると受け入れることだったのでしょう。
努力で道を開いてきた人だからこそ、この現実は簡単には受け止められなかったはずです。
それでも今回、村主さんは自分の経験を公にしました。
妊活中は誰にも言いたくなかったものの、妊活に関する情報は表に出にくいと感じていたからです。
成功した体験ではないから、話す意味がない。
そう考えてしまう人もいるかもしれません。
けれど、うまくいかなかった経験にも、同じ道を歩く人が知りたい現実があります。
何度挑戦したのか。
どのような気持ちになったのか。
続けることや諦めることを、どう考えたのか。
成功談だけでは見えない部分を語ったことに、今回の告白の大きな意味があるのではないでしょうか。
「好きだからこそ」夫との別れまで考えた葛藤
村主さんが現在悩んでいるのは、自分のことだけではありません。
ここで重くのしかかっているのが、13歳年下のデビンさんの未来。
自分と一緒にいることで、デビンさんが将来父親になる可能性まで失ってしまうのではないかと考えているのです。
村主さんは、デビンさんはまだ若く、父親としての経験をしてほしいと告白しました。
そして、自分と一緒にいることで子どもを持てないのなら、別れた方がいいのではないかと考えることもあると明かしています。
理由は、嫌いになったからではありません。
「好きだからこそ」相手の人生を自分が狭めてはいけないと思ってしまう。
ここが、村主さんの言葉で最も苦しい部分なんです。
相手を大切に思うほど、自分が身を引くことが相手の幸せではないかと考えてしまう。
けれど、本当にデビンさんが望んでいるのは、別の誰かとの間に子どもを持つ人生なのでしょうか。
それとも、村主さんと一緒に生きることなのでしょうか。
相手を思って出したつもりの答えが、相手の希望と同じとは限りません。
番組でMEGUMIさんは、村主さん自身の幸せを一番に考えてほしいと話しました。
ヒコロヒーさんも、「好きだからこそ別の人と」という考えが本当に素直な気持ちなのかと問いかけ、2人に仲良くいてほしいと語っています。
この言葉が胸に残るのは、村主さんが自分の幸せを後回しにしているように見えたからでしょう。
競技でも仕事でも、自分が頑張ることで状況を変えてきた人です。
だからこそ、夫が父親になれないかもしれないという現実まで、自分の責任として背負おうとしてしまうのかもしれません。
しかし、夫婦の未来は、どちらか一人が相手のために決めるものではありません。
子どもを持つことも、持たないことも、結婚を続けることも、別の道を選ぶことも、2人で考える問題です。
村主さんの告白は、妊活の苦しさだけを伝えたものではありません。
愛する人の幸せを願うことと、自分の幸せを諦めることは同じなのか。
その簡単には答えの出ない問いを、私たちの前に差し出したのだと思います。
努力で勝ち取れるものもあれば、努力だけでは届かないものもある。
それでも、2人で話し合いながら選ぶ未来まで諦める必要はありません。
ここで大切なのは、すべてを村主さん一人の責任として抱え込まないことなんです。
村主さんが本当に手放すべきなのは、夫との関係ではなく、すべてを自分一人で背負おうとする考えなのかもしれませんね。

