ヒロシへの風当たりが、たった一日でひっくり返りました。

「焚火台のアイデアを取られた」

最初にそう訴えたのはヒロシでした。

ところが翌日、相手のメーカーが自分たちの言い分を書いたことで、いま批判が集まっているのは、なんと告発したヒロシ側

今回は、ヒロシと相手のメーカーがそれぞれ何を言い、どこで話がすれ違ったのかを、最初から順番に見ていきたいと思います。

ヒロシが訴えた焚き火台の一件

始まりは、8月17日の夕方でした。

ヒロシが自分のアカウントに、短い文を8行だけ並べています。

オリジナルの焚火台を作りたくて、ある会社に依頼しました。

作りたい形も、具体的に提示しています。

ところが作っている最中に、その会社が「うちも同じものを作る」と言い出した——という書き出しです。

「それは困る」「それなら依頼できない」と伝えました。

すると「同じものは作らない」という約束をもらえたので、そのまま作ってもらったそうです。

商品は完成しました。

なのに、契約書を交わす段階になって、また「同じの作る」と言われた。

 

続けて投稿された文には、もう少し強い言葉が並んでいます。

その会社はロゴを変えて販売するつもりなのだとか。

同じものを作るなら辞めると、3回も伝えていたのに、と。

そして「ずっと我慢してたけど、悔しくて悔しくて悔しくて。書いてしまったよ」と続きました。

そこには、友人も最近ナイフのアイデアだけ取られていた、という話まで添えられていたのです。

 

ヒロシはソロキャンプのブームを作った人で、道具ひとつひとつに手をかけることで知られています。

自分の名前で出す焚き火台となれば、思い入れの量も想像がつくところ。

その人が「悔しい」を三回重ねたのですから、読んだ人の多くはすぐに味方につきました。

本人も最後にこう書いています。

やりとりは全部ラインに残っている、俺が悪いのか判断してもらいたい、と。

この一行が、あとになって効いてきます。

メーカーが明かした無償の3か月

ヒロシは会社の名前を出していません。

それなのに翌18日、そのメーカーのほうから名乗り出ました。

埼玉の戸田市に工場を持つ、焚き火台と薪ストーブの専門メーカー「笑’s(ショウズ)」です。

母体は、さいたま市にあった昭和プレスという町工場でした。

2008年のリーマンショックで仕事がなくなり、負債は1億円を超えたといいます。

税理士から上手な自己破産の仕方を教えると言われたときに、どうせ潰れるなら最後に好きなことをやろうと立ち上げたのが、笑’sという事業部でした。

企画から設計、製造まで自社でやり、自分たちの野営地でテストまでする。

そういう会社が、3か月を無償で使ったという話なんです。

「喧嘩するつもりはないですけど、一応、私どもの言い分も書かせて頂きました」という前置きで、9つに分けた長い説明が投稿されました。

 

その最初の一投で、いきなり話の前提がひっくり返ります。

昔、何度か一緒にキャンプをした仲でした。

その相手から突然ラインで「焚き火台を創って欲しい」と連絡が来て、それが嬉しくて無償で企画から設計まで引き受けた、というのです。

 

そこから3か月ほどかけて、新しい構造を考えて試作をくり返し、サンプルをいくつか送りました。

OKをもらえたので、請書にサインをもらって作ろうと考え、材料の発注まで進めていたそうです。

ここまでが、笑’sの語る前半になります。

 

読んでいて引っかかるのは、この3か月のあいだ、お金の話が一度も出てきていないことです。

見積もりも、着手金も、設計料も出てきません。

キャンプ仲間から「作ってほしい」と言われて、嬉しくて手を動かした——ただそれだけの3か月だったわけです。

職人さんらしいといえば、これ以上ないくらい職人さんらしい進め方でして。

ただ、この値段を決めないまま走った3か月が、このあと両者の首を絞めます

決裂したのは契約書のどこ?

材料まで押さえたところで、ヒロシ側から「契約書が必要だ」と言われました。

しかも、その契約書を笑’sのほうで作ってほしい、リーガルチェックをするから早くしてほしい、と。

作った経験もあまりない書類を、言われるまま作って送ったそうです。

 

しばらくして戻ってきた契約書を見て、笑’sは唖然としたと書いています。

知的財産権は自分たちではなく相手方に帰属すると書かれていたからです。

しかも図面まで相手方に帰属する、と。

「自分が3か月以上かけて考えたものを簡単に渡せますか?」というのが、笑’sの言葉でした。

 

もちろん、それには同意できないと返しています。

全く同じ物は作らないと言い添えても、それでは駄目だという返事。

そこから先で断られたのは、こういうものでした。

  • コラボという形にすること
  • 自社でサイズ違いを出すこと
  • 材料を変えた別バージョンを出すこと

この構造は自分たちが独自に開発したものなので、サイズ違いなどは後々うちでも作りますよ——笑’sはそう伝えてあったといいます。

それも含めて、作ってはいけないと全部ふさがれたわけです。

 

デザインを盗んだと言われた点についても、笑’sは反論しています。

作りたいコンセプトはもらったけれど、そこに新しいものは何もなかった。

そもそも意匠権を主張できるようなものではない、と。

そして「オリジナル商品って何なのか私にはわからない」という一行を残しています。

この一行が、あとで多くの人に刺さることになりました。

 

法律ではどちらに権利があるのか、という声もたくさん出ています。

ただ、その契約書はサインされないまま終わりました。

権利の行き先を決めた紙が、そもそもどこにも無いということです。

 

やがてヒロシ側のマネージャーから、関係を断つというメールが届きます。

笑’sは最後に本人へ「また何かあれば」と挨拶のラインを送りましたが、それは既読のまま返事がありませんでした。

焚き火台の契約は、そこで消滅。

けれど材料は、値上げ通知が来ていたので先に押さえてあります。

そこで改良を加えて、自社の商品として新発売した——これが、ヒロシの言う「ロゴを変えて販売する」の中身です。

 

長い説明の最後は、この二行で終わっています。

設計料もデザイン料も試作料も、一切頂いていません

今はただただ悲しいです。

批判の矛先がヒロシへ向いた理由

この反論が出た瞬間から、空気が変わりました。

ヒロシの最初の投稿が238万回ほど表示されていたのに対して、笑’sの反論はその倍近い485万回まで伸びています

怒っている人の数より、言い返された中身のほうが読まれた、ということですね。

ヒロシの投稿には、閲覧者が経緯を補足する「背景情報」まで付きました。

 

返信欄に並んでいるのは、ものを作る側からの言葉です。

ふわっとしたイメージを実際の形に落とし込む作業をやったうえで、これはうちのアイデアだから図面まで独占します——それはさすがに通らない、という声が目立ちます。

「焚き火台は何処にでもある、鉄板やカップとは違うのです」

創り手が試行錯誤した工夫やアイディアが入っている——笑’s自身が書いたこの一文が、そのまま多くの人の言葉になりました。

形を思いついた人と、その形が立つように厚みや角度を決めた人。

ものを作っている人ほど、後ろのほうの手間を知っているということなのでしょう。

 

批判のなかでよく引かれているのが、ヒロシの「純粋なバカなのかと」という一言です。

ただ、この投稿が出たのは18日の午前1時41分でした。

笑’sの反論が出たのは、同じ日の午後3時17分です。

つまりあの一言は、反論を読む前に書かれたものなんですよね。

それでも、あとから記事や引用で並べて読む人にとっては、反論への言い返しにしか見えません。

どちらを先に読んだかだけで、同じ言葉がここまで冷たく見えるのかと思います。

 

ヒロシは最初に「俺が悪いのか、判断してもらいたいよ」と書いていました。

判断は、たしかに返ってきています。

ただ、返ってきた答えは、望んでいたのとは逆のほうでした。

 

返信欄でいちばん多く支持されているのは、ラインを見せてほしいという声です。

ヒロシ自身が「やりとり全部ラインに残っとる」と書きました。

笑’sのほうも反論の冒頭で「LINE公開して頂いて構いません」と書いています。

つまり両方が「ラインを見ればわかる」と言っているのに、その中身だけがまだ出ていません。

ITジャーナリストの篠原修司も、19日に出した記事で「SNSでの告発は、もろ刃の剣です」と書いています。

19日の時点で、ヒロシからの新しい発言はまだありません。

誰も値段を付けなかったもの

ここまで読むと、どちらが嘘をついているのかを決めたくなります。

ところが二人の話を並べてみると、事実の部分はほとんど食い違っていないんです。

作りたい形を出したのはヒロシ。

その形を成り立たせる構造と図面を引いたのは笑’s。

どちらも、相手の言い分の中にそのまま書かれています。

 

食い違っているのは、そこではありません。

割れているのは、あの3か月をいくらと見るか、その一点だけです。

ヒロシから見れば、自分が言い出さなければ存在しなかった商品でしょう。

笑’sから見れば、自分が三か月ぶんの頭を使って形にした商品です。

どちらの見え方も、それぞれの中では正しいんですよね。

 

ひとつ想像してみてほしいのですが、もし最初に設計料を払って発注していたら、この話はどうなっていたでしょうか。

お金を払って設計を頼んだ以上、その成果物の権利が発注した側に来る契約は、世の中にいくらでもあります。

笑’sも、代金を受け取ったうえでなら、図面を渡す判断をしていたかもしれません。

もめたのは契約書の中身が非常識だったからではなく、その契約書に見合う支払いがなかったからです。

 

無償で始めた仕事は、途中まではいちばん気持ちのいい仕事に見えます。

好きな相手から頼まれて、嬉しくて引き受けて、請求書のことなど考えずに手を動かしてしまうものです。

ただ、そこへ権利の話が入ってきた瞬間に、その好意は一気にただ働きとして確定してしまうんですよね。

知り合いだから、嬉しかったから、という理由で始まる仕事ほど、値段を付ける機会がやってきません。

そしてその機会は、たいてい契約書が出てきた日にはもう過ぎています。

今回のことは、キャンプの世界の外でも、あちこちで起きている気がします。

 

どちらが嘘をついているのかは、いまのところ外からは決められません。

それでも、決まらないまま残っているものが一つだけあります。

3か月ぶんの設計料です。

批判の矛先がヒロシへ向いたのは、そこに誰も値段を付けないまま話が進んでしまったからなのではないでしょうか。