デヴィ夫人の罰金20万円|そのお金は誰が受け取るのか

「罰金20万円」という見出しが並んだのは、2026年9月8日でした。
東京地裁で開かれたデヴィ夫人の公判で、検察側が求めた金額です。
問われているのは、事務所で秘書やマネジャーをしていた女性2人への暴行の罪。
この数字が流れたとたん、ネットには一発いくらという計算が並びました。
それなら自分が代わりに殴られたい、という声まで出てくる始末。
安すぎるのではないか、という引っかかりを覚えた人は多いのではないでしょうか。
今回は、その20万円がどこから出てきた数字なのか、そしてそのお金を最終的に誰が受け取るのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。
罰金20万円はどこから来た数字か
まず、その日に何があったのかを押さえておきましょう。
2026年9月8日、東京地裁でデヴィ・スカルノ被告(86)の公判が開かれ、検察側が罰金20万円を求刑しました。
起訴状によると、2025年2月13日の夜に渋谷区の飲食店で、秘書だった女性にシャンパングラスやおしぼりなどを投げつけたとのこと。
さらに同じ年の10月28日の夜には、渋谷区の動物病院で、マネジャーだった別の女性を殴ったり蹴ったりしたとされています。
検察側は「マネジャーや秘書をしていた女性2人に対する危険な暴行があった」と述べ、十分な内省も見られないと指摘したそうです。
【速報】デヴィ夫人に罰金20万円求刑 事務所スタッフらに暴行の罪
2025年2月、女性スタッフにシャンパングラスなどを投げつけた罪と、10月に渋谷区の動物病院で当時マネージャーだった女性に殴るなどの暴行を加えた罪に問われている。
— ライブドアニュース (@livedoornews) 2026年9月8日
きっかけについても、法廷で説明があったと伝えられています。
飲食店のほうは、元秘書の発言に怒りを感じて口論になったこと。
動物病院のほうは、飼い犬の死をめぐって怒る被告を、元マネジャーがなだめたことだったそうです。
どちらも、その場の感情が一気に振り切れた形に見えます。
20万円という数字の出どころは、法律の条文のほう。
暴行罪に対する刑は、刑法の208条にはっきり書かれています。
2年以下の拘禁刑、もしくは30万円以下の罰金、または拘留か科料。
拘禁刑というのは、2025年から懲役と禁錮をひとつにまとめた刑の名前です。
つまり罰金という形で選べる金額は、そもそも30万円までしかありません。
20万円は、その狭い箱のなかではむしろ上のほうにある数字なんです。
安いと感じたあの金額は、誰かが軽く見積もった結果ではありませんでした。
最初から、それ以上は大きくならない箱に入っていただけ。
腹が立つとしたら、向ける先は判断ではなく、箱の大きさのほうということになります。
もうひとつ、言葉の整理をしておきましょう。
求刑というのは、検察が「これくらいが妥当だと思います」と述べる意見のこと。
実際に金額を決めるのは裁判所なので、求刑と判決の数字がぴったり同じになるとはかぎりません。
この20万円は、まだ確定した金額ですらないのです。
けがの有無で罪の名前が変わる
では、どうしてそんなに小さい箱に入ったのか。
分かれ目は、けがをしたかどうかの一点にあります。
暴行罪というのは、殴る・蹴る・物を投げるといった行為はあったけれど、相手がけがをするには至らなかった場合に付く名前です。
相手がけがをすれば、名前は傷害罪へ変わります。
傷害罪の刑は、15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。
同じ行為でも、診断書が1枚あるかないかで、入る箱の大きさが丸ごと入れ替わるわけです。
ここで一緒に押さえておきたいのが、暴行という言葉の広さ。
殴る蹴るだけを指していると思われがちですが、そうではありません。
今回、グラスやおしぼりを投げつけたとされる行為も、暴行罪として起訴されています。
相手に直接触れていなくても暴行罪の対象になりうるというのが、日常の感覚とのいちばんのズレかもしれません。
弁護側はこの日、暴行の事実は争わないとしたうえで、女性らにけがはなかったと強調したと報じられています。
ところが本人の口から出てきたのは、それとは別の話でした。
「全面的には認めておりません。シャンパングラスは投げておりません。殴る蹴るは一切しておりません」。
けががあったかどうかの前に、そもそもやっていない、という否認です。
これは、この日になって急に出てきた話ではありません。
2026年6月の初公判でも、本人は起訴内容の一部を否認していたと報じられています。
そのとき弁護人が述べたのは「記憶にあいまいなところはあるが、積極的に否認する趣旨ではない」という言い方でした。
そのうえで自分のことは「瞬間湯沸かし器みたいなところがある」「大人げなかった」と話していたそうです。
反省の言葉と否認は、6月から同居していたことになります。
9月8日の否認も、途中で方針が変わったわけではありません。
やっていないと言う本人と、そこは争わないと構える弁護人が、最初から同じ側に並んでいます。
この日の法廷では、こんな場面もあったそうです。
裁判官から証言台に立つよう促されたものの、一礼してそのまま着席。
「立った状態で」と改めて指示されても座ったままで、弁護側に促されてようやく立ち上がったそうです。
そして公判の日から日付が変わったころ、本人が自分のアカウントにこう書きました。
日テレの報道には失望。
私はシャンパングラスは投げていません、殴る蹴るも全くなかったと否定。にもかかわらず、被害者の発言のみを報道するのは、公平でなく、偏見。
目の前にいる人に、おしぼりさえ当ててないのに、グラスを投げつけるなど。
弁護士が明白な論理で、検察側が出してきた主張に反論しています。— デヴィ スカルノ (@dewisukarno) 2026年9月9日
名指しされているのは日テレの報道で、被害者の発言だけを伝えるのは公平ではない、という主張です。
本人が法廷で言ったことを、そのまま外へ持ち出した形。
審理そのものは9月8日で終わっているので、あとは10月6日の判決を待つだけになりました。
その20万円は殴られた人に渡らない
では、その20万円はどこへ向かうのでしょうか。
ネットに並んだ一発いくらの計算には、大きな見落としがひとつあります。
罰金というのは、国に納めるお金なんです。
有罪が決まって罰金を払うと、そのお金は国庫に入ります。
殴られた人に渡るわけでも、その人の治療費に回されるわけでもありません。
つまりこの20万円は、女性2人の口座を一度も通らない金額です。
一発いくらという計算は、殴る権利に値段を付けているように見えます。
でも罰金は、殴られた人へ払う代金ではありません。
国が「これ以上やるな」と言うために取り上げるお金なので、値札は付いているのに宛先だけがまるごと違っていた、というわけです。
ここが大事なところで、20万円は安いという怒りは女性2人のところへ届きません。
届く先はあくまで国の会計であって、そこに女性2人の名前が入る欄はないのです。
この件がどうにもすっきりしない理由は、半分くらいここにあると思っています。
ちなみに罰金を払えないときは、労役場という施設に留め置かれて、金額を日数に換算して働くことになる仕組み。
そこまで含めて、罰金は国と本人のあいだだけで完結する手続きでして。
罰金というお金の流れに、被害を受けた人が顔を出す場面はありません。
殴られた側のお金は別の場所で決まる
では、殴られた人は何ももらえないのでしょうか。
そんなことはありません。
ただ、受け取る場所がまるごと別なんです。
被害を受けた人が相手に請求できるのは、示談金や慰謝料といった民事のお金になります。
これは刑事の裁判とは別のルートで動いていて、罰金の額がいくらになろうと直接は連動しません。
刑事の手続きが終わったあとでも、請求する権利を自分から手放していないかぎり、そちらは残ります。
しかもこの民事のお金は、法廷の外で決まることがほとんど。
当事者どうしが話し合ってまとまれば、その中身は表に出ないまま終わります。
だから世間が金額を知る機会は、刑事の罰金のほうにしかありません。
では2人はこの件について何も語っていないのかというと、そうではありませんでした。
この日の法廷では、被害を受けた2人の陳述書が読み上げられています。
陳述書というのは、被害に遭った人が受けた被害や今の気持ちを書いて、法廷へ出す書面です。
秘書だった女性は「恐怖心はすさまじく、その場で動けなくなりました。コンビニに行って警察に通報した後、涙が止まらなくなりました」と当時を振り返り、今も睡眠薬がないと眠れないと訴えたとのこと。
マネジャーだった女性のほうには、解雇されたあとに「サイコパスだから」という趣旨の理解しがたい手紙が届いたそうです。
秘書だった女性に届いた手紙のほうも、「お互いさま」のような内容で謝罪の言葉がなかったと述べられています。
2人とも、反省が見られないとしたうえで、厳しい処罰を望むと述べられていました。
つまり2人は、この法廷にちゃんと出てきています。
2人が出てきたのは、お金を受け取る側としてではありません。
処罰を望む側として、です。
そしてこの日の法廷でいちばん大きい数字が出たのは、罰金の話のほうではありませんでした。
弁護側は、テレビやイベント、公演のキャンセルによって約9000万円の損失が出たと主張し、それだけの社会的制裁をすでに受けていると訴えたそうです。
20万円と9000万円。
同じ法廷に並んだ数字なのに、大きさが釣り合っていません。
しかもこの9000万円は、被告側が受けた損失として語られたものです。
2人がこの件でいくら受け取るのか、あるいはもう受け取ったのかは、報じられていません。
金額の話がこれだけ広がっているのに、殴られた側の数字だけが伏せられたまま。
2人が望んだ厳しい処罰にも、載せられる器は30万円までの箱だけ。
そこへ検察が置いた数字が20万円で、その20万円の宛先もやはり国。
声はちゃんと届いていたのに、受け取る器のほうが小さかった、というわけです。
自分が同じ目にあったらどう動くか
ここまでの話を、自分の身に置き換えてみましょう。
職場でも、店先でも、道端でも、いきなり手を出されることは誰にでも起こりえます。
覚えておくと役に立つのは、責任のルートが2本あるということ。
1本目は刑事のルートで、警察に被害届を出し、起訴されれば刑が決まります。
ただし、刑事のルートで動くお金は国へ入る。
2本目は民事のルートで、相手に治療費や慰謝料を請求するもの。
自分の手元に入るのは、民事のお金だけです。
この2本は、片方が進んだからといって、もう片方が自動で進むわけではありません。
刑事のほうは検察が起訴するかどうかを決めるので、こちらが望んでも裁判にならないことがあります。
民事のほうは、自分が動かなければ誰も代わりに動いてくれません。
警察が動いてくれたから安心だと思って止まってしまうと、自分が受けた被害はどこにも精算されないまま残ります。
逆に、相手が起訴されなかった場合でも、民事の請求まで消えてしまうわけではありません。
2本あることを知らないと、どちらか片方で終わった気になってしまう。
そしてもうひとつ、けがをしたなら病院で診てもらうことに意味があります。
けがの有無で罪の名前が変わり、相手に問える重さも変わってくる。
痛みが軽いから大丈夫と自分で決めて帰ってしまうと、あとから証明する手立てがなくなります。
その場では興奮していて、痛みに気づかないことも。
刑事のほうで納得できる結果が出ても、自分の財布は1円も増えません。
その2本を別々に動かすものだと知っているかどうかで、あとの景色はずいぶん変わってくるはずです。
罰金でも前科は残るという話
最後に、意外と知られていない話をひとつ。
罰金は、お金を払って終わりの手続きに見えるもの。
駐車違反の反則金と同じような感覚で受け取っている人も、けっこう多いはずです。
けれど罰金は、刑罰のひとつ。
有罪が確定すれば、それは前科として残るもの。
今回の法廷でも、弁護側は前科がないことを挙げて、顕著な犯罪傾向があるとはいえないから罰金刑が相当だと主張したと報じられています。
前科があるかないかは、刑の重さを決める材料として現に使われている、ということ。
逆にいえば、20万円を納めた時点で、前科なしという立場ではなくなります。
金額の大きさだけを見て安いと言ったとき、この部分は数字に出てきません。
20万円で済んだのか、20万円と引き換えに別のものが残るのか。
そこは、レシートには印字されない部分です。
とはいえ、それで2人の気持ちが晴れるのかというと、また別の話。
一方は法廷に届いた陳述書で「厳しい処罰を望みます」と述べ、もう一方は日付が変わってすぐ「投げていません」と書いています。
これだけ離れた場所から言葉が出ているのに、どちらの側についても、お金がいくら動くのかという話にはなっていません。
判決は2026年10月6日に言い渡される予定です。
そこで決まるのも、結局は国へ納める額のほう。
数字の意味が分かったうえで、その日を待ちたいところですね。
