ラーメンの湯切りとは何か|プロほど静かに切る理由を解説

「湯切りがろくに出来てない」
ラーメンを茹でる短い動画に、そんな一言が付きました。
麺の入ったザルを頭の上まで振り上げて、一気に振り下ろす。
あの動作が、動画には入っていなかったからです。
返信欄には、元ラーメン店勤務を名乗る人たちも出てきました。
そこに並んだ言葉が、きれいにふたつへ割れていたんです。
片方は、あれで十分に切れているという見方で、もう片方は、湯切りが甘いとスープが薄まってしまう、という心配でした。
そして、こんな一行も。
「湯切りの本質って何?」
振らないと、お湯は切れないのでしょうか。
そもそも、あの派手な動きは何のためにあるものなのか。
調べていくと、答えを持っているはずのプロの側から、思っていたのと逆の言葉が出てきました。
湯切りが甘いと言われた1本の動画
2026年9月20日、東京・八王子のラーメン店「自家製麺 煮干し中華そば にぼ福」が、麺を茹でて湯を切るところを撮った動画を投稿しています。
添えられていたのは「すごすぎー」という一言だけで、平たいザルの上で、麺が箸できれいに揃えられていく映像でした。
すごすぎー🍜
— 自家製麺 煮干し中華そば にぼ福 (@homura20251006) September 20, 2026
翌21日の午後、その動画を引用する形で、麺の形は整っているけれど湯切りができていないという冒頭の一言が投げられます。
ここから返信欄が動きはじめました。
目立ったのは、押し返す側の声です。
- 「湯切りってバシャバシャすりゃいいんじゃなくて動画みたいに普通に斜めに水切るだけでいいのよ」
- 「テボよりも平ざるのほうが湯切りはきちんとできますよ」
どちらも、ラーメン店で働いた経験があると自分で書いている人の言葉でした。
いっぽうで、心配する側もいます。
- 「見た目綺麗なラーメン、湯切り甘くて粉っぽいのに良く出くわすんですが」
- 「湯切り出来てない分濃度調節すればいいって言うけど、一日ずっと麺茹でた水を食いたいのかな?」
こちらも、食べる側の実感としてはよく分かる話ですよね。
ところで、この動画には続きがありまして、批判が投げられる前の21日の未明に、投稿した店が自分から補足を出していたんです。
そこにはこう書かれています。
こちらは9月20日に「猫と月(@chanmienoodles)」さんとコラボ営業をした際、試食の段階で猫と月の店主さんに、にぼ福の麺を茹でていただいた時の動画です。
出典:にぼ福の投稿(2026年9月21日)
つまり、映っているのは、別の店の店主の手で、西調布のラーメン店「猫と月」の店主が、コラボ当日の試食の段階で、にぼ福から持ち込まれた麺を茹でているところでした。
この日は猫と月の店舗での初コラボで、煮干しのスープと鯛のスープを合わせた限定の二杯が出ています。
店はさらに、こうも書いていました。
猫と月さんは普段、美しく麺線を揃えて提供されています。一方、にぼ福の麺は極太の手揉み麺ですので、普段から麺線を美しく揃えたラーメンを提供しているわけではありません!
出典:にぼ福の投稿(2026年9月21日)
何気なく投稿した動画でしたが、
詳しい説明がなかったため、誤解されている方が多いようなので補足させていただきます。— 自家製麺 煮干し中華そば にぼ福 (@homura20251006) September 21, 2026
麺線というのは丼の中での麺の並びのことでして、見た目を気にしているのは店の側も同じです。
ただ、あの動画で揃えられていたのは、その日かぎりの一杯でした。
そもそも湯切りは何のためにやるのか
湯切りは、茹で上がった麺についた茹で湯を落とす作業です。
やる理由は、大きく2つ。
- スープが薄まらないようにするため
- 麺の表面に出たでんぷんのぬめりを落とすため
1つ目は想像がつくと思いますが、麺に茹で湯がたくさん残ったまま丼に入れば、そのぶんスープは薄くなりますよね。
そして2つ目が、麺そのものの事情です。
小麦の麺を茹でると、表面にでんぷんが溶け出して、ぬるぬるした膜ができてしまうんですね。
これが残ったままだとスープが麺にからまないので、湯の中で麺を泳がせるように扱うのには、この膜を洗い流す意味もあるんです。
では、あの動画のように振らなければ、スープはどんどん薄くなってしまうのでしょうか。
返信欄では、そこにも答えが返っています。
- 「スープはこの湯切り加減と茹で汁込みで仕上がる下味になってるんでしよ?」
- 「『お湯がきれてない』とか言うかもしれませんが、きれているし、しかもそれを考慮した味付けをしています」
後者は、元ラーメン店勤務を名乗る人の言葉でして、1杯のスープは麺が持ち込む湯まで含めて味が決まる、という話でした。
そう考えると、湯切りの強さは味の設計とセットになっているわけです。
もちろん外から確かめようはありませんし、狙って薄めてあるのと、結果として薄いのは別の話でもあります。
それでも、振りが小さいというだけで手を抜いたと決めるのは、少し早いのかもしれません。
ここまでは、たぶん多くの人の理解と一致していると思いますが、問題は次でした。
その2つのために、麺を何度も振る必要はあるのでしょうか。
プロほど麺を振らないと言っている
ところで、派手な湯切りには名前が付いていまして、腕を真上まで上げて一気に振り下ろす動きは「天空落とし」と呼ばれ、神奈川のラーメン店「中村屋」の中村栄利さんがテレビで広く知られるきっかけになりました。
「燕返し」のように、技の名前が付いた湯切りは他にもあります。
中村さんは2022年3月に地域情報サイトはまれぽ.comへ載ったインタビューで、久しぶりに麺上げをしたときのことを「最初の二日間は肩がぶっ壊れましたよ」と話していました。
それだけ聞くと、大きく振るほど上手いように見えてきます。
ところが、現場の人たちはまったく別のことを言っていました。
2023年5月25日にガジェット通信が配信した記事の中で、東京・調布の「柴崎亭 つつじヶ丘本店」の店主はこう書いています。
「麺の湯切りは、湯から麺を持ち上げたら何もしないのが1番の湯切りになります」
地球には重力があり、水には重さがあるのだから、持ち上げてしまえばあとは落ちていく、という理屈です。
同じ記事には、高田馬場の「博多ラーメン でぶちゃん」の店主・甲斐康太さんの言葉も載っていました。
動かずに20秒で湯切りは完了する、という説明です。
持ち上げて、あとは待つ。
静かに切るほうが結果としてよく切れる、というのがこの2人の言い分でした。
同じことを別の場所で書いている人もいまして、ラーメン店「ソラノイロ」の創業者・宮崎千尋さんは、2018年11月1日のnoteで、師にあたる『たけちゃんにぼしらーめん』のマスターから受けた指導を紹介しています。
テボをパンパンせず、そっと置いて重力で湯切りせよ、という教えです。
では、なぜ振らないほうがいいのでしょうか。
理由は、麺の側にありました。
激しく上下させると麺が傷ついて、スープのあるラーメンなら、麺の成分がスープへ溶け出してしまう、と宮崎さんは書いています。
湯を落とすために振ったのに、そのせいで麺が削れてスープが濁るのなら、湯切りの目的そのものが裏返ってしまいますよね。
ここで、今回の件の形が見えてきます。
湯切りの上手さを「何回振ったか」で採点していたのは、作る側ではありませんでした。
技に名前を付け、動きの大きさで数え、少ないと物足りなく感じる。
湯切りの採点表を持っていたのは、ずっと見ている側でした。
プロが減らそうとしてきた動作を、客席は増やしてほしがっていたんですね。
ラーメン屋の厨房は客席から丸見えで、いまは動画でも何度でも見返せる時代。
見えるものから順に、そこへ目が向くようになったのでしょう。
道具と麺が変われば正解も変わる
もうひとつ見落とされやすいのが道具の事情でして、ラーメン店で麺を茹でる道具は大きく2種類に分かれます。
- テボ(うどんテボ)……一人前ずつ入れて、そのまま茹でる筒型のザル
- 平ざる……大きな釜で泳がせて茹で、平たいザルで受ける
宮崎さんは、この2つを比べた別のnoteでこう書いていました。
茹で湯を切るという意味では平ザルに軍配が上がる、と。
麺を薄く広げられるぶん、湯が落ちる面積も大きくなります。
そのかわり、平ざるは腕が要りまして、宮崎さんが修行した『一風堂』では、五右衛門釜に麺を投入し、100gずつ取って湯切りしなければならず、できるようになるには相当の修練が必要だったと書かれていました。
テボは誰が持っても同じ形になるので、アルバイトを入れやすく、店舗も増やしやすくなります。
どちらを選ぶかは、腕の話であると同時に、店をどう広げたいかの話でもありました。
客席から見分けるのは、そう難しくありません。
筒がいくつも湯の中に浮かんでいればテボ、長い柄の付いた平たいザルが動いていれば平ざるです。
そして今回の動画で使われていたのは、平ざるでした。
返信欄で、あれで切れていると書いていた人たちが見ていたのも、その一点です。
そして麺の側にも事情がありまして、宮崎さんは同じ文章のなかで、台湾まぜそばを例に挙げていました。
あちらは、あえて麺をゴリゴリとこすって傷をつけ、タレをからみやすくしているのだそうです。
スープに浸からない麺なら、傷はむしろ長所になるんですね。
にぼ福の店主が書いていた「極太の手揉み麺」も同じで、太い麺と細い麺では表面に残る湯の量も変わりますし、縮れや揉みじわが深ければ、湯の落ち方そのものが変わってきます。
宮崎さんは、この一連の話をこう締めていました。
どちらが正解かではなく、店主の思想の違いである、と。
徹底して茹で湯を切るのか、スープを味わってもらうために麺を傷つけないのか。
どちらが正しいと決める物差しが外にない以上、選んだ人の考えがそのまま出ます。
次にラーメン屋で見ておきたいこと
とはいえ、思想です、で終わってしまうと、次の1杯は変わりません。
カウンターに座ったときに見ておくと面白いところを、3つだけ置いておきます。
1つ目は道具で、筒型のテボがいくつも並んでいるのか、それとも平たいザルで受けているのか。
平ざるの店なら、振りが小さくても当たり前です。
2つ目は茹で湯の色で、宮崎さんは湯を取り替える「お湯チェン」の徹底にも店主の姿勢が出ると書いていました。
麺を茹でた湯は、時間がたつほど粉が溶け出して白く濁るもの。
返信欄にも「湯切り言うてもここの店はお湯が綺麗だから気にならない」という声がありました。
振り方より、茹で湯の綺麗さが一杯を左右する場面もあるでしょう。
3つ目は麺の太さと形で、細いストレート麺なのか太い縮れ麺なのかによっても、湯切りの手つきは変わってきます。
同じ店でも、限定の一杯だけ麺が変われば同じことが起きますよね。
この3つが分かったところで味の善し悪しまでは決まりませんが、同じ手の動きに理由があると分かると、待っているあいだの景色は少し変わります。
ただ、いちばん確かな見分け方は昔から変わりません。
食べてみることです。
返信欄でいちばん静かに刺さっていたのも、この一行でした。
「汚くて食えないとかじゃないなら、実際味わってみてからレビューしろよ」
麺を振る回数は、外からいちばん数えやすいところにあります。
だから採点表になりやすかった。
でも、数えやすいものが大事なものとはかぎらないんですよね。
次に湯気の向こうで手が動いたら、何回振ったかより、何で受けているかを見てみてください。
同じ一杯が、少しちがって見えてくるはずです。
この記事で参考にした情報
- 自家製麺 煮干し中華そば にぼ福(@homura20251006)の投稿(2026年9月20日・9月21日)
- 猫と月(@chanmienoodles)の投稿(2026年9月18日〜9月20日)
- ガジェット通信「ラーメンの麺の湯切りパフォーマンスに不要論! 店主『実は動かずに20秒で湯切りは完了する』」(2023年5月25日配信)
- 宮崎千尋「湯切りには店主の『思想』が現れる」(note・2018年11月1日)
- 宮崎千尋「湯切りは平ザル? それともテボ?」(note・2018年11月1日)
- はまれぽ.com「『天空落とし』で一世風靡したラーメン屋『麺処 中村屋海老名』。休業前にカリスマ店主を直撃取材!」(2022年3月24日)
