2013年10月5日の夕方、山口県美祢市の中国自動車道で、お笑いタレントの桜塚やっくんと、マネージャーの男性が亡くなりました。

それから13年たった2026年10月10日、同じ車に乗っていたバンドメンバーの伊織殿が、文春オンラインのインタビューで事故の日のことを語っています。

読み進めて言葉を失ったのは、車がぶつかった最初の事故では、誰も命を落としていなかったことでした。

亡くなったお二人はどちらも、そのあと車の外に出たところで、後ろから来た車にはねられています。

ネットでは懐かしむ声とともに、「何があったんですか?」と事故のことを尋ねる声も上がっているところ。

今回は、同乗者が語った事故の日のことと、高速道路で車が止まったあとに何がいちばん危ないのかについて、わかりやすく解説していきたいと思います。

桜塚やっくんが亡くなった雨の中国道

桜塚やっくんは、日本テレビ系の『エンタの神様』で、セーラー服姿の「スケバン恐子」として大ブレイクした芸人です。

13年たったいまも慕う人は多く、2026年の命日のあとには、芸人の芋洗坂係長が墓参りに行ったことを報告しています。

晩年のやっくんは、メンバー全員が女装するバンド「美女♂menZ」を結成していて、事故が起きたのもバンドのイベントへ向かう途中でした。

伊織殿の話によると、その日は雨が強く、霧もかかっていて、高速道路の見通しはよくなかったそうです。

運転は交代でしていて、事故の少し前に寄ったパーキングエリアで伊織殿が「次は運転します」と申し出たものの、やっくんは「伊織は助手席でパソコンの作業をしておきな。俺が運転するから」と言ってハンドルを握ったとのこと。

伊織殿はいまも、あのとき自分が運転していたら未来は違っていたのかな、と考えることがあると話しています。

 

やがて「ハンドルが利かへん」という声とともに車がスリップし、中央分離帯にぶつかりました。

伊織殿によると、ここまではほかの車を巻き込まない単独の事故だったそうです。

そのあと、車の外に出て電話で今いる場所を伝えようとしていたマネージャーの男性が、後ろから来たトラックにはねられ、亡くなりました。

伊織殿は潰れた助手席側のドアを諦めて後部座席から外へ出ると、後続の車に知らせようと、着ていた服を脱いで振りまわしながら車の後ろへ下がっていったといいます。

そこへやっくんが来て、「どうしたらいいかわかんねえよ」と取り乱していたので、伊織殿は「警察と救急車に連絡してください」と頼んだそうです。

そして、やっくんが「わかった」と戻っていったあと、大きな衝突音が聞こえました。

当時の報道では、やっくんは後続の車を止めようとして路上に出たところをはねられた、と伝えられています。

ただ、報道と伊織殿の話とで外に出た理由の伝わり方は少し違っても、事故を知らせ、助けを呼ぼうとして動いていたことはどちらも同じです。

 

現場は追い越し車線の右カーブで、2024年の記事では、地元で「魔のカーブ」とも呼ばれ、2023年までの10年間に人身事故が66件起きている区間だと紹介されていました。

ネットではスピードを疑う声もありますが、報じられているのは、雨の右カーブで車がスリップしたというところまでです。

生き残った同乗者に届いた心ない言葉

事故のあと、つらい思いをしたのは亡くなったお二人の周りの人だけではありませんでした。

伊織殿のもとには、「お前が死ねばよかったのに」という言葉まで届いたといいます。

きっかけは、やっくんが伊織殿をかばって亡くなった、という話が、まるで本当のことのようにネットで広まったことでした。

伊織殿の話では、そのとき自分は車の後ろで後続車に合図をしていて、やっくんは連絡のために車のほうへ戻っていったところだったといいます。

伊織殿は、外ではなぜか笑ってしまい、「なんであいつだけ平気な顔して笑っているんだ」とまで言われました。

でも家では、やっくんの映像を編集しながら、タオルを頭からかぶって何度も泣いていたと振り返っています。

その後もやっくんが夢みていた武道館を目指して、音楽を続けてきたそうです。

 

美祢市の公園には「やっくんの桜の木」があり、いまもその木を紹介して、事故を減らしたいと願う投稿が読まれています。

止まった車から降りた瞬間がいちばん危ない

もし自分が高速道路で事故に遭ったら、まず誰かに知らせよう、助けを呼ぼうと、車の外へ出てしまう人がほとんどではないでしょうか。

ところが、高速道路を管理するNEXCO西日本は、止まった車の運転者や同乗者が後ろから来た車にはねられやすい場面として、次の4つを挙げています。

  • 車外への避難中または待機中
  • 道路上で事故当事者同士で話し合い中
  • 非常電話で通報のため道路を歩行中または横断中
  • 路肩でパンク修理・タイヤチェーン脱着中

知らせる、話し合う、通報する。

誰もが当たり前にやろうとすることほど、危ない場面として並んでいるんです。

NEXCO中日本も、事故や故障のときにやることを〈合図をする〉〈ガードレールの外へ避難する〉〈通報する〉の順に並べています。

そのうえで、「事故や故障時に車の前後や路肩にいて、後続車にはねられるといった死亡事故が多発しています」と書き添えていました。

 

この事故は、いまも続いています。

NEXCO西日本は2025年の死亡事故のまとめで、車の外に出ていた運転手や同乗者が後続車にはねられる事故が「後を絶ちません」と書いていて、NEXCO東日本の管内でも、2025年に高速道路上で車にはねられて亡くなった人は7人と、前の年より5人増えたと報じられました。

NEXCO東日本の担当者は、慌てて車の外へ出て本線の上を歩き回ってしまう人がいることに加えて、「車両側も、まさか人がいるとは思っていないケースがあります」と話しています。

だからこそ、後ろの車に気づいてもらう合図が欠かせません。

阪神高速でパンクした車に出くわした人は、発炎筒と三角表示板を置いたところ、後ろの車の多くが手前で車線を変えてくれた、と書いていました。

高速道路で止まったら先にガードレールの外へ

では、高速道路で車が止まってしまったら、何から順にすればいいのでしょうか。

NEXCO各社とJAFが案内している流れは、次の4つ。

  • ハザードランプをつけ、できるだけ路肩や非常駐車帯に寄せて止める
  • 運転者も同乗者も、後ろを確かめながら車を降り、ガードレールの外へ避難する
  • 発炎筒と停止表示器材(三角表示板)で、後ろの車に合図を出す
  • 安全な場所から、110番・非常電話・道路緊急ダイヤル(#9910)で通報する

電話は真っ先にかけたくなりますが、通報はガードレールの外へ逃げてから、という順番です。

また、車の中で待つのも安全ではなく、NEXCOは車内や車の前後で待つと後ろから追突されるおそれがあると注意しています。

避難するなら自分の車より後ろ側がよいとされていて、車の前にいると、追突された車に押しつぶされることがあるそうです。

 

JAFによると、停止表示器材は高速道路で止まったときに出すことが道路交通法で決められていて、出さないと反則金の対象になります。

ただし、車に積んでおくことまでは義務になっていないので、自分の車に三角表示板が入っているかは、一度確かめておきたいところ。

JAFは、置く場所の目安を車の後方50メートル以上とし、あくまで無理のない範囲で置くよう案内しています。

発炎筒が燃えているのは約5分で、そのあいだに停止表示器材を置いて避難まで済ませるのが目安とのこと。

東名高速で事故の救護をした人も、発炎筒(投稿では「発煙筒」)がすぐに切れてしまったと書いていました。

なお、通報に使う非常電話は、高速道路の約1キロごと、トンネルの中では約200メートルごとに置かれていて、携帯電話の電波が届かない場所からでも道路管制センターにつながります。

道路緊急ダイヤルの#9910は24時間無料で、事故や故障だけでなく、落下物や逆走車を見つけたときにも使える番号です。

橋の上などでガードレールの外へ出られないときは、車より後ろ側で助けを待つようJAFは案内しています。

伊織殿の「あの時、僕が運転していたら」という言葉を思うと、13年たっても終わらない時間があるのだと、胸が痛くなります…。

亡くなられたお二人のご冥福をお祈りいたします。