2026年10月29日、J2藤枝MYFCの槙野智章監督に、2試合のベンチ入り停止と罰金10万円の処分が出ました。

理由は、5日前の試合のあとのインタビューで、審判を強く批判したことです。

ところが同じ日、日本サッカー協会の審判委員長は、その試合の問題の場面について「ハンドと考えている」と話しています。

処分が出たのは言った側だけで、間違えた側については、協会が判定の誤りを認める説明が出ただけ。

ネットに「誤審した審判には処分ないのは不平等」という声があふれたのも、無理はありません。

では、ハンドを見逃した審判には、本当に何も起きないのでしょうか。

今回は、誤審した審判は本当にお咎めなしなのかを、同じ日に出たふたつの発表からわかりやすく解説していきたいと思います。

審判批判をひとりで引き受けた試合後

10月24日、藤枝はホームで徳島ヴォルティスと戦い、0-1で敗れました。

問題の場面は後半、藤枝の川本梨誉選手がペナルティエリアの中でボールを浮かせたところで起きています。

そのボールが徳島の田中隼人選手の左腕に当たったのに、主審は笛を吹かず、PKにはなりませんでした。

中継の実況と解説も、その瞬間に「腕」に当たったと口にしているほど。

すぐに副審のもとへ走って抗議した槙野監督には、イエローカードが出ています。

J2のリーグ戦には映像で判定を確かめるVARがまだ入っておらず、その場で判定を覆す道は最初からなかったんです。

 

試合のあと、DAZNのインタビューで槙野監督はこう話しました。

「誰かが代表して言わないといけない。誰も言わないから僕が言いますけど、マジでレベル低いので」

さらに「マジでJ2のレフェリーのレベルを上げないと壊れます」とも続けています。

最後には「レフェリーどうこう言うのは僕だけでいい」と言い、選手には前を向くよう呼びかけて、話は終わり。

ネットには「よくぞ言ってくれた」という声が並び、処分は避けられないだろうという見方も最初からありました。

 

そして5日後、Jリーグの規律委員会が出した結論が、2試合のベンチ入り停止です。

理由として示されたのは、日本サッカー協会の懲罰の基準にある「審判員の判定に対する悪質な抗議」という項目でした。

この項目の基準は「最低1試合の出場停止」で、槙野監督にはそこへ1試合が足されています。

足された理由は、試合中にすでに警告を受けていたのに「インタビューという一般に公開される場において審判批判を繰り返した」こと。

Jリーグはこれを「審判員に対するリスペクト精神に著しく欠けるもの」と書いています。

藤枝も「心よりお詫び申し上げます」と謝罪を出し、10月31日の秋田戦と11月3日の磐田戦は、太田吉彰ヘッドコーチが指揮を執ることになりました。

 

同じ日の夕方に認められたハンド

同じ日の夕方には、もうひとつの説明が出ています。

腕に当たったことは中継でも分かりましたが、それだけで反則になるとはかぎりません。

フットボールチャンネルのコラムも「映像でボールが腕に当たったことを確認できても、それだけでハンドの反則とは限らない」と、慎重に書いていたほどです。

その判断を示したのが、日本サッカー協会の扇谷健司審判委員長。

同じ10月29日、Jリーグのオフィスで開かれた報道陣への説明の場に出て、あの場面についてこう話しています。

「(正しい判定は)ハンドと考えている。審判員は正しい判定を導き出すことができなかった」

槙野監督が抗議していた中身は、協会のお墨付きを得たことに。

 

では、なぜ言った側だけが罰を受けるのか。

実はこの2つの結論は、別々の組織が出しています。

リーグを運営するJリーグと、審判を育てて試合へ送り出す日本サッカー協会は、もともと別の団体。

監督の処分を決めたのはJリーグの規律委員会で、判定の正しさを説明したのは協会の審判委員会でした。

ゲキサカは、審判への批判は判定が正しかったかどうかと関係なく処分されるのが国際的な原則だと説明しています。

審判が間違っていても、公の場で強く責めた側は処分の対象になる、という考え方。

 

規律委員会が問題にしたのは、「インタビューという一般に公開される場」で審判批判を繰り返したという、言った場所と言い方でした。

抗議の中身は正しかったのに、言い方は処分の対象になった。

その2つが、同じ日に決まっています。

だから余計に、納得がいかないんですよね。

審判の「その後」が外から見えない理由

誤審をした審判の側には、何が起きるのか。

扇谷委員長は、同じ説明の場でこう話しています。

「こういった場合に審判員は何もないのかということをよくご質問いただくが、審判員にも毎試合アセッサーという評価者がおり、評価の積み重ねでうまくジャッジできないことが続くと、次のシーズンに下のカテゴリに行ってもらうこともある」

アセッサーというのは、試合ごとに審判の判定を採点する評価役のこと。

「下のカテゴリ」は、担当するリーグが一段下がる、という意味でしょう。

つまり、審判の側にも結果は返ってきます。

ただしそれは、名前つきの処分としてではなく、評価の点数として積み重なり、次のシーズンにどのリーグを担当するかに響いてくる仕組みです。

監督の処分はその日のうちに発表されるのに、審判の評価はいつ、どう反映されたのかが外からは見えません。

だからファンの目には「お咎めなし」に映ってしまうんですよね。

 

なぜ、審判の側は表に出さないのでしょうか。

スポーツナビが2024年に伝えたところでは、Jリーグを担当する審判のおよそ9割は、会社員や教員など、ほかに仕事を持ちながら笛を吹いている人たちだそうです。

当時のプロの審判は、主審14人と副審5人だけ。

2026年には、Jリーグと協会がプロの審判を29人まで増やしたところ。

過去には、教員をしている審判の勤め先がネットにさらされたこともあったそう。

協会の担当者は、警察に相談した件が何度かあったと明かしたうえで、「生活に支障が出ないように、審判員を守らなければならない部分もある」と話しています。

 

ネットには、言い返す場を持たない審判の立場に目を向けた人もいました。

実際、今回もJリーグは同じ日に、緊急の説明の場を設けています。

その理由として挙げたのは、「担当審判員や発言者個人に対する過度な追及がなされる懸念があり、すでにそうした事態が生じる状況となっている」ことでした。

「発言者個人」と書いている以上、守ろうとしている相手には槙野監督も入っていると読めます。

とはいえ、守る理由があるからといって、見えないままでいいとは言いにくいところです。

ネットにも、裏で割り当て停止などがあるならそれを公表してほしい、という声が出ていました。

 

5日後に当たった「後で言われても遅い」

試合のあと、槙野監督はこんな言葉も残しています。

「後で意見書を出して『あれはファウルでした、ハンドでした』って言われてももう遅いんでね。絶対ダメ」

5日後の10月29日に起きたのは、まさにこの言葉どおりのことでした。

協会はハンドだったと認めましたが、試合は0-1のまま、記録の上では何も変わっていません。

理由は、サッカーの競技規則の第5条にある、この一文。

「プレーに関する事実についての主審の決定は、得点となったかどうか、または試合結果を含め最終である」

同じ段落は「主審およびその他すべての審判員の決定は、常にリスペクトされなければならない」と続きます。

試合の結果を動かさない一文と、審判の決定へのリスペクトを求める一文が、同じ段落に並んでいるんです。

例外もひとつだけあります。

2022年のJ2山形対岡山では、味方からのボールをゴールキーパーが自分のペナルティーエリアの中で手で扱った場面で、本来は間接フリーキックで再開するところを、主審が退場にしてしまいました。

この試合では、主審がルールの当てはめ方そのものを間違えたとして、Jリーグが再試合を決めています。

腕に当たったか、それを反則と見るかは、主審がその場の出来事を見極める「事実についての決定」の側に入り、あとから誤りだと認められても結果は動きません。

 

では、抗議の正しい出し方は無いのでしょうか。

クラブには、Jリーグへ判定の確認を正式に求める手続きがあります。

同じ10月24日にJ2で横浜FCと戦ったRB大宮アルディージャは、試合後に監督が判定への疑問を口にし、27日にクラブとして声明を出しました。

その中で、正式な確認要請を出したこと、しかもそれが今季3度目であることを明かしています。

申し入れは「クラブの権利であると同時に責任」だというのが、大宮の言い方でした。

ただ、この手続きを使っても、返ってくるのは説明であって、試合のやり直しではありません。

説明はあとから届いても、試合は戻ってこない。

VARをJ2に入れるには億単位のお金がかかると、Jリーグのチェアマンは2023年に説明していました。

 

もっとも、VARのほかにも道具はあります。

ベルギーの2部では今季から、監督が1試合に原則2回まで判定の見直しを求め、主審がテレビカメラの映像を確かめる簡易版を試しているとのこと。

槙野監督が抗議してでも欲しかったのは、こういう「その場で確かめる一回」だったのでは。

誤審した審判にも、何も起きないわけではありません。

ただ、その結果が表れるのは早くても来シーズンで、どの審判がどうなったかがファンに伝わる形にはなっていないんです。

同じ日にハンドだと認められたのに、目に見える処分が監督の2試合停止だけなら、「おかしい」と言いたくなる気持ちはそう簡単には消えませんよね。