KPOP

BTSのSWIMが微妙な理由は?K-POPらしさが消えた真相

約3年9ヶ月ぶり(2022年以降)の完全体カムバック。

この言葉だけで、どれだけのファンが胸を熱くしたことでしょう。

BTSのメンバーが一人ひとり軍服務に入るたびに「あと少し」「もう少し」と指折り数えて、ようやく迎えた2026年3月20日のアルバム『ARIRANG』リリースと、タイトル曲「SWIM」のMV公開です。

ところが、その瞬間から何かがおかしかった。

X(旧Twitter)やReddit、韓国のネット掲示板があっという間に「違和感」という言葉で埋め尽くされたのです。

「サビがどこかわからない」「中毒性がない」「これ、本当にBTS?」——そんな声が、ファンの間から次々と上がりました。

この記事では、長年BTSを追いかけてきた筆者が、「SWIMが微妙に感じられる理由」をできるだけ正直に、そしてファンの気持ちに寄り添いながら解説していきます。

批判しているのはアンチじゃない。本気で愛しているからこそ、正直に語りたい。そういう人たちのための記事です。

BTSのSWIMに違和感?K-POPらしさが消えた!

「おかえり」と言いたかっただけなのに、気がついたら「あれ?」となっていた——そんな複雑な気持ちを抱えたファンが、今回どれだけいたことでしょう。

期待が大きすぎたのかもしれません。でも、それも当然の話ではないでしょうか。

待ちに待った「ARIRANG」への期待

アルバム名の「ARIRANG」というのは、韓国の伝統民謡に由来しています。

哀愁、再会、世代を超えた絆——そういった感情を象徴する、韓国人なら誰もが知っている言葉です。

RMはWeverseで「ARIRANGは私たちのアイデンティティを詰め込んだアルバム」とメッセージを送り、Jiminも「ルーツと深い感情をテーマにした」と語っていました。

事前のティーザーでは「韓国文化の誇り」「兵役中の葛藤を乗り越えた今」が強調され、カムバックライブはNetflixで配信、しかもソウルの光化門広場という国家的なロケーションで行われました。

つまり、ファンが期待していたのは「BTSのルーツに立ち返った、魂のこもったカムバック」だったわけです。

それだけに、初聴のあの瞬間の静けさは、ちょっとしたショックだったかもしれません。

初聴で感じた「あれ?」の正体

「SWIM」を聴いてみると、多くのファンが感じたのは静かでゆったりした印象でした。

曲はシンセサイザーを基調とした落ち着いたオルタナティブポップ。波のようにゆったりと流れ、激しい高低差もなく、「直線的」という表現がぴったりはまるような構成です。

「Dynamite」のキャッチーな弾け方も、「ON」のような圧倒的なエネルギーも、「Fake Love」が持っていた泥臭い切なさもない。

英語が主体の歌詞には「Bad world, bad world」「I just wanna dive」といったフレーズが並び、兵役後に毎日を泳ぎ続けるという前向きなメッセージが込められています。

でも、「アリラン」という名前から期待していた伝統的な哀愁や、韓国語ならではのニュアンスはほとんど感じられません。

Redditのr/kpopスレッドでは「K-POPじゃなくなった」「英語ばかりで韓国語ゼロのタイトル曲って何?」という声が相次ぎました。

正直なところ、「洋楽のオシャレな曲としては悪くない」と感じた人も少なくないはずです。でも、それが問題の核心でもあるんです。

これはアンチじゃない、愛があるからこそ

大事なのは、こうした声のほとんどが“アンチ”ではなく”本気で愛しているファン”からのものだということです。

XやRedditを見ると、圧倒的に多いのが「ただ本気で期待してたからこそガッカリした」という投稿です。

約3年9ヶ月、ずっと待ち続けて、やっと帰ってきてくれたのに——その「帰ってきてくれた喜び」と「思ってたのと違う」という戸惑いが同時にある状態は、なかなかしんどいものがあります。

愛が大きければ大きいほど、期待値も上がる。そして期待値が高いほど、ギャップは大きく感じてしまう。それはBTSへの愛情の裏返しに過ぎないと、筆者は思っています。

チャート的には商業的大成功を収めています。Spotifyではアルバム全14曲がGlobal Top 14を独占し、K-POP史上最高の1日ストリーム記録を更新(3月21日発表)。Apple Musicでも高位を記録しました。

さらにBillboard Japanでも日本デビュー1位(+54.8万枚)を獲得するなど、数字の面では文句のつけようがない結果です。

でも、数字が全てではありません。ファンの心に響いたかどうか——そこが今回の論点の中心にある気がします。

SWIMが微妙な理由はダンス不足?BTSの激変!

「曲調がどうこう」という話をする前に、多くのファンが真っ先に感じたのは「あれ、踊らないの?」という疑問だったかもしれません。

BTSといえば、圧倒的なダンスパフォーマンスがアイデンティティの大きな柱のひとつ。それが今回、大きく後退しているように見えたのです。

MVでBTSが「背景」になっている問題

「SWIM」のMVはリスボンで撮影され、監督はTanu Muiñoが担当しました。

映像の主役は、挫折した女性を演じるハリウッド女優・Lili Reinhartです。

彼女が船上で感情を爆発させ、ダンスを繰り広げ、笑顔を取り戻していく。BTSのメンバーは、その船を静かに操縦する「見守る存在」として登場します。

約3年9ヶ月ぶりの7人揃ったMVで、メンバーよりReinhartのスクリーンタイムが長いという指摘がRedditやKoreabooで相次ぎました。

「グループショットがほぼない」「K-POPのアイドルMVじゃなくて映画みたい」という声も続出しています。

ファンの間では「Reinhart=ARMYの象徴であり、BTSは見守る存在として描かれている」という解釈も出ています。それ自体は美しい考え方かもしれません。

でも、長い時間を待ち続けたファンにとっては「アイドルが主役じゃないMV」はやはり物足りなさを感じさせてしまうのではないでしょうか。

「ON」「Black Swan」の熱量はどこへ

YouTubeで公開されたパフォーマンスビデオを見ると、7人のシンクロは美しく整っています。

ただ、「ON」のような力強さや、「Black Swan」が持っていた芸術的かつ激しいダンスブレイクといったものはありません。

動きは洗練されていて、オシャレなムーブメントが中心。悪い表現ではないのですが、BTSが見せてきた「魂を込めたパフォーマンス」の泥臭さや熱量は薄れています。

「昔のLove YourselfやMap of the Soul時代の生々しい感情表現が恋しい」という声がXでトレンドになっていたのも、そう考えると頷ける話です。

正直、あの頃の泥臭さが好きだったファンにとっては、寂しい気持ちになるのは自然なことだと思います。

ラップパートが「丸くなった」

もうひとつ、コアなファンが感じた違和感がラップパートの質感の変化です。

RM主導で書かれた歌詞ですが、過去のようなアグレッシブで社会批評的なラップは鳴りを潜め、落ち着いた成熟したトーンにシフトしています。

「rapのエッジが丸くなった」「尖っていた感情表現が薄れた」という声は、長年のファンほど強く感じているようです。

かつてのBTSは、若者の苦しさや社会へのフラストレーションを言葉にするラップが大きな魅力でした。そのエッジがなくなったとき、何かが失われたように感じるのは自然なことでしょう。

成熟は悪いことではありません。でも、あの頃の「剥き出しの感情」を知っているファンほど、その変化に複雑な思いを抱えるのではないかと感じます。

声の個性が埋もれてしまっている

さらに見逃せないのが、ボーカル加工の問題です。

「SWIM」はDiploやKevin Parker(Tame Impala)といった西洋系の著名プロデューサーが参加しており、サウンドはいわゆる「Western音楽」の質感に仕上がっています。

これ自体はひとつの音楽的選択ですが、その結果として「誰が歌っているか聴き分けにくい」という状況が生まれています。

BTS各メンバーには固有の声質があり、それこそが楽曲の大きな魅力のひとつでした。

重いプロダクションと英語発音の影響で、個々の声の個性が埋もれてしまっている——そう感じた人がいるのも、決してケチをつけたいわけではなく、本当にメンバーの声が好きだからこそ出てくる感想だと思います。

「激変」という言葉が使われるのは、こうした要素が複合的に重なっているからです。一つひとつは細かな違いかもしれませんが、それが積み重なると「BTSっぽくない」という印象に繋がってしまうのかもしれません。

SWIMの真相は思想強め?BTSの新たな挑戦!

ここまで、ファンが感じた違和感や不満を正直に書いてきました。でも、もう少しだけ視点を変えてみると、「SWIM」という曲の作られ方について、見えてくるものがあります。

批判と理解、両方の目で見てこそ、この曲の「真相」が少し見えてくる気がします。

「成熟」という思想が、ファンとのズレを生んだ

RMをはじめとするメンバーは、兵役中に「世界の変化が激しすぎて追いつけない」「自分たちらしさを再定義したい」という葛藤を経験したと語っています。

「SWIM」はその葛藤の末に生まれた曲で、Jiminは「過去と未来をつなぐ新章の始まり」「毎日を泳ぎ続けるような曲」と表現しました。

BTS公式としても「人生そのものを映した曲。繰り返し聴くほど温かくなる」というメッセージを出しています。

つまり、作り手の側には「成熟した30代のアーティストとして、キャッチーさより深みを優先する」という明確な意思があったわけです。

一方でファンが求めていたのは、アイドルとしての熱量、ダンス、キャッチーなフック——いわゆる「K-POPとしてのBTS」でした。

これは、どちらが間違っているという話ではありません。ただ、方向性がすれ違っていた。そのすれ違いが「違和感」という感情を生み出したと考えると、なんとなく腑に落ちてきます。

「ARIRANG」というタイトルが皮肉になってしまった

アルバム名に「ARIRANG」という伝統的な言葉を掲げながら、タイトル曲は英語主体でWesternサウンド全開——このギャップは、ファンを置いてけぼりにした最大の要因のひとつかもしれません。

「ルーツ回帰」を謳っておきながら、蓋を開けてみれば「グローバルアーティストへの進化」に偏っていた。その落差が致命的な期待外れを生んだのでしょう。

BTSはグラミー賞を意識した米国市場への展開を続けています。英語曲の多用や西洋系プロデューサーとのコラボは、その戦略の延長線上にある選択です。

しかし、それが国内ファンや韓国文化ファンには「根を忘れた」と映ってしまう——これは「Dynamite」「Butter」の頃から続いている、BTSが抱える永遠のジレンマでもあります。

アーティストとして世界を目指すほど、コアなファンとの距離が開いていく。この構造は、BTSに限らず多くのグローバルアーティストが直面してきた問題でもあります。

「かっこいいけど、これじゃない」という本音

「かっこいいけど、求めていたのはこれじゃない」というフレーズが、ファンの声の中で何度も出てきます。

これは非常に正直な言葉だと思います。「SWIM」がつまらない曲というわけではない。洋楽好きにとっては洗練されたR&Bポップとして十分に楽しめるし、海外メディアのForbesやBBCは「野心的で成熟した新章」と評価しています。

ライブパフォーマンスではSWIMへの評価が急上昇したという声もあり、「MVや音源だけでなく、パフォーマンスとして見てこそ輝く曲」という後追い評価も増えてきています。

つまり「初聴で刺さらない」という問題は確かにあるけれど、それは曲そのものの価値を否定するものではない。繰り返し聴くうちに、あるいはライブで見ることで、また違う表情を見せてくれる可能性は十分にあります。

ファンあってのBTS、という原点

それでも、やはり言いたいのです。ファンあってのBTSだということを。

どれだけ芸術的に成熟しても、どれだけグローバルな評価を得ても、ファンの心に届かなければそれは届かなかったということになります。

「思想が強い」「アーティストとして成長している」——それは本当のことかもしれない。でも、約3年9ヶ月間、ただひたすら待ち続けたファンが「おかえり、やっぱり好き」と素直に言えるような曲であってほしかった、という気持ちも、同じくらい本当のことです。

2026年4月からは、4月9日・11日・12日の故郷・高陽公演を皮切りに、世界23カ国82公演のワールドツアー『Arirang』がスタートします。チケットはすでに即完売で、ARMYの熱量は健在です。

RMは「私たちはただの7人。特別じゃないけど、泳ぎ続ける」と語りました。

その言葉には謙虚さと覚悟があります。

ライブという場で、7人が全力で泳ぎ続ける姿を見たとき、きっとまた新しい気持ちで「SWIM」を聴けるはずです。

まとめ

「SWIMが微妙に感じられる」のは、決して感性が間違っているわけでも、BTSへの愛が足りないわけでもありません。

約3年9ヶ月分の期待という重力と、「成熟した芸術性」へと舵を切った作り手の意思——そのふたつが正面衝突した結果として、今回の「違和感」は生まれました。

王道のK-POPらしさ、激しいダンス、中毒性のあるサビ、ラップの熱量、メンバー個々の声——そういうものを求めていたファンの気持ちは、ごく自然で正直なものです。

批判も、愛情も、どちらも本物。

「SWIM」は繰り返し聴くほどに染み込んでくるタイプの曲ですし、ライブで7人が全力で泳ぎ続ける姿を見たとき、きっとまた新しい気持ちで聴けるはずです。

BTSがこれからどう泳ぎ続けるのか、ファンとしてその行方を見届けたいと思います。

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