皆さん、今年の夏の甲子園、もうご覧になりましたか?

仙台育英のベンチには、一人だけ女子生徒がいますよね。

「あの子は誰なんだろう」と気になったまま、試合に戻ってしまった人も多いと思います。

彼女の名前は星よつはさん。

仙台育英野球部で初めての女子部員です!

ネットでは、彼女がウィンクしている映像が何百万回も再生されて、ちょっとした騒ぎになっています。

その一方で、彼女がどうやってあのベンチにたどり着いたのかは、あまり知られていません。

この記事は、そんな人のために、星よつはさんのことをぜんぶ集めたものです。

野球のルールに詳しくなくても読めるので、安心して読み進めていってくださいね。

星よつはが甲子園のベンチにいる理由

テレビで甲子園を見ていて、仙台育英のベンチに女の子がいることに気づいた人は多いと思います。

マネージャーかなと思ったところで、場面が変わってしまいました。

まず、はっきりしていることから。

 

2026年夏の甲子園、仙台育英の開幕戦。

3対1で札幌日大を下したこの試合のベンチに、星よつはさんは座っていました。

登録されている肩書きは「記録員」です。

記録員というのは、ベンチに入ることを認められた公式の役割のこと。

試合中のプレーを記録していく係で、選手ではありませんが、背番号のない一員として正式にベンチへ入れます。

そして普段の肩書きは、学生コーチ兼マネジャー。

生徒でありながら、選手に助言をしたり練習を組み立てたりする側にも回ります。

 

やることは、これだけではありません。

まずノック打ち。

守備練習で、選手に向かって打球を打つことです。

そのほかに、相手チームのデータ分析、スコアの記入、弁当の発注、試合のアナウンス、ナイターでの水分補給の配慮。

試合中は監督の隣に座って、相手打者の傾向を伝えているそうです。

宮城県仙台市の出身で、身長160cm、右投げ右打ち。

取材した記者は、去年の彼女がどこにいたかを書いていました。

去年はスタンドから声を出していた人が、今年は同じユニホームを着てベンチにいます。

 

開幕戦を終えたあと、彼女が話した言葉がこちら。

「ここまでやってきたよかった。父には“お待たせ”と言いたいです」

お待たせ、と声をかけたくなる相手。

その父親も、かつて同じ仙台育英のユニフォームを着ていました。

父・星孝典は巨人と西武で捕手だった

父の名前は星孝典。

仙台育英のOBで、巨人と西武でキャッチャーをしていた元プロ野球選手です。

現在は東北学院大学野球部の監督をしています。

 

現役時代、彼のミットには四つ葉のクローバーの刺繍が入っていたそうです。

娘の名前の由来も、そこにあります。

「見つけると笑顔になる、幸せを運べるような存在に」という願い。

 

父と娘のエピソードとして、いくつかの場面が報じられています。

一つ目は、父が西武にいたころ。

娘はまだ4歳前後で、試合が終わると「パパ~ッ!」と駆け寄っていったそうです。

「よつははね、パパがだいすきなの!」

 

二つ目は、それから4年ほどあとのこと。

父が戦力外通告を受けた年、娘は小学2年生でした。

「来年、選手じゃなくて、もしかしてコーチになるんだけど、どう思う?」

そう聞かれた娘は、少し考えてからこう答えたと報じられています。

「コーチになっても、それでもパパが頑張るなら、応援します」

小学2年生の返事としては、ずいぶん腰が据わっています。

 

三つ目は、コロナ禍のころ。

父が家にいる時間が増えて、朝から毎日自主練習を続ける娘の姿を、はじめて毎日見ました。

父はそこに「やり通す力」を感じたとのこと。

戦力外通告の相談をされた小学2年生は、いま17歳になっています。

星よつはに兄弟はいる?

一人っ子なのか、それともお兄ちゃんや妹がいるのか。

気になりますよね。

 

報道に出てくる家族の表記は「父、母、猫のおはぎ」です。

兄弟姉妹についての言及は、いまのところ報道の中にありません。

母親についても、詳しいことは公表されていない状態です。

つまり、名前が分かっているのは、父の孝典さんと、母と、猫のおはぎ。

 

では、その一人娘は、いつから野球をやっていたのでしょうか。

始まりは小学2年生のときでした。

東京の小平美園レッドアローズというチームで野球を始めています。

きっかけは、友達がプレーしているのを見たことだったそうです。

このころは、打つほうではなく投げるほうでした。

星よつはがマネージャーになったきっかけ

小学3年生で宮城へ引っ越し、蒲町スポーツ少年団に入ります。

ここでも女子は自分ひとりで、主将とエースを兼任していました。

小学6年生のときも、やはりキャプテン。

 

支える側に回った理由は、その小学6年生のときの経験だと本人が語っています。

後輩に教えた経験について、こう話しているそうです。

「教えたらすさまじい速度で覚える。それが目に見えて、自分の成長より支えた人の成長がうれしいと感じた」

 

中学へ進むとき、彼女はソフトボール部か野球部かで迷ったと報じられています。

女子が続けやすいのはソフトボールのほうですから、ふつうならそちらを選ぶ場面でしょう。

けれど選んだのは野球でした。

理由は、支える側になりたかったから。

そして仙台育英の系列である秀光中学校を、自分で探して受験しています。

 

中学では秀光ボーイズというチームに入りました。

ボーイズリーグというのは、中学生が硬式のボールでプレーする野球の団体のことです。

学校の部活とは別に、地域ごとにチームがつくられています。

ここでも彼女は初の女子部員でした。

肩書きは選手兼マネジャー。

スコア付け、データ取り、キャッチボールの相手、そして打撃投手。

打撃投手というのは、バッティング練習で球を投げる役のことです。

 

中学時代の目標として彼女が挙げていたのは、この一つでした。

「父と同じ仙台育英のユニフォームを着て甲子園に行く」

行き先は、中学に入る前から決まっていました。

須江監督が中学生に出した3つの条件

星よつはさんの話でいちばん知られていないのが、この入部のいきさつです。

仙台育英の須江航監督は、彼女が中学に入るとき、3つの条件を出したと報じられています。

一つ目が、男子に負けないノックを打てるかどうか。

二つ目は、Excelなどが使えること。

 

三つ目が重いんです。

初めての女子生徒だから、周囲に必ず僻みや嫉妬が出る。

その中でも3年間ブレずにやれる覚悟があるか。

これを12歳に告げているわけですね。

 

そして中学3年生になった彼女について、監督はこう話しています。

「中学3年生の時に受験する時に、それを満たしてきた。しかも学力も学校の中でトップみたいな子だったので」

さらに、こうも語っているそうです。

「お父さんがOBだからとかプロ野球選手だからとかそんなのは一切ないです。そうじゃなくて、彼女自身が中学3年間で築いて狭き門をくぐり抜けた感じです」

 

「初の女子部員」という言葉だけを聞くと、閉じていた扉がある日開いたように感じます。

でも、この話はそういう種類のものではありません。

3年かけて入部試験に受かった人の話なんです。

 

ところで、ネットで何百万回も再生されているのは、彼女がウィンクしている映像のほう。

一方、この3つの条件について書かれた投稿は、ほとんど伸びていないままです。

いちばん面白いところが、いちばん見られていません。

 

さて、2024年春、彼女は仙台育英の硬式野球部へ入部します。

入部初日については「顔面真っ青になるくらい緊張した」と話しているそうです。

受け入れる側も手探りでした。

須江監督は当時をこう振り返っています。

「どう扱っていいのか分からなくて僕自身が迷走した」

着替えの場所をどうするかといった現実的な課題もありました。

考え方の違いでぶつかることもあり、そのたびに歩み寄って3年間を積んできたと報じられています。

 

2025年秋からは、地方大会で記録員としてベンチに入るようになりました。

条件を出されたのが中学入学のとき、甲子園のベンチに座ったのが高校3年の夏です。

部員が明かした星よつはの評判

チームの中での評価は、どうなのか。

外から見ているだけでは分からないところですよね。

部員たちの言葉が、いくつか報じられています。

「彼女は見えないところを素早く、丁寧にやってくれる。裏方として本当にしっかりしている」

「性別関係なく、ただの仲間」

主将の倉田葵生さんは、こう話しているそうです。

「客観的にどこが足りないか指摘をしてもらえる。データも繊細に、分かりやすくまとめてくれる

別の部員は、前例のなさに触れています。

「前例がない中で、いろいろ考えて行動してくれている。いいマネジャーです」

 

須江監督の言葉も、ただの持ち上げではありません。

「素晴らしい感性、気遣いもできるし、あとは想いがあるからね。僕らがいつもいつも練習していて、視野が狭くなったりしたときにいろんなものを提供してくれる。星よつはさんはかなりの戦力です

甲子園の初戦のあとには、「試合に臨むまでの働きがもっといいので勝因の一つ」とも語ったとのこと。

ベンチに座っているだけの人には出てこない言葉です。

 

選手に対して、彼女はこう言っています。

「選手のみんなには、無駄な感情を自分に預けてもらって、全力で楽しんでほしい」

ノックについては、こんな話し方をしています。

「大事なノックなので、一番いい状態で選手に準備してもらいたい。正直自分が打ちたいという強い希望はないです。でも、それが自分のノックだと言ってもらえることがあるならば打ちたい」

 

そして、部の中と外では温度差があることも、本人がはっきり口にしています。

「チームの中ではみんな理解を示してくれた。世間の人はリアルなところでいうと『え?』という声があるのも実際のところ」

その上で、彼女はこう続けているそうです。

「良い意味で性別を感じないというか。男だからダメ、女だからダメみたいなこともないのが、青春の高校生活の野球だと思う」

「一人の仲間として受け入れられたことが何よりうれしかった」

「ただの仲間」という言葉が、部員の口から何度も出てきます。

彼氏の噂と仙台育英の恋愛禁止

これだけ話題になれば、彼氏はいるのかという話が出てくるのも自然なことです。

気になってしまう気持ちは、よく分かります。

ただ、交際に関する報道は、いまのところ出ていません。

 

そして仙台育英の野球部には、恋愛禁止というルールがあると報じられています。

恋バナも部内ではご法度なのだそうです。

甲子園を目指す強豪校では、そう珍しい話ではありません。

そういう部の中で、彼女がどう見られているか。

同学年の部員は、こんな言い方をしていました。

「近くて遠い高嶺の花」

毎日同じグラウンドにいて、練習の相手もしています。

なのに高嶺の花。

他校の選手からは「育英の顔」として話題になっているという報道もあります。

このあたりは、17歳の男子の心境として想像がつきますよね。

本人が何も語っていない以上、ここから先は誰にも分かりません。

分かっているのは、部の中では恋の話そのものが持ち込めない決まりになっている、ということだけです。

絵とハイキューが好きな17歳の日常

生年月日は2008年11月18日。

いまは17歳の高校3年生。

趣味は絵画。

好きな言葉は、バレーボール漫画『ハイキュー!!』に出てくる「ムリではなくムズカシイである」という一節だそうです。

この言葉に反応した野球ファンも、けっこういました。

この投稿は7月、宮城大会のころのものです。

 

飼っている猫の名前は、おはぎ。

練習の合間には、部員たちと「飼っている猫の名前当てゲーム」で盛り上がることがあると報じられています。

強豪校の野球部の休憩時間に、猫の名前当て。

スマホケースには、K-POPアイドルのカードが挟んであります。

 

取材で話すときは大人びた口調なのに、合間はふつうに高校生らしくなるそうです。

そしてユニフォームを着ると、りりしい表情に変わります。

 

泣いたことはあるかと聞かれたときの返事が、これでした。

「ありますね、たくさんあります」

「毎日どんなに頑張っているかを見ていると、やはり思いがこみ上げてきます」

2025年夏の甲子園で敗れたときには、号泣したと報じられました。

 

今年の甲子園練習では、スマホでベンチの配置を撮影していたそうです。

理由は「来年も甲子園に来られた時の引き継ぎ用」。

自分はもう3年生ですから、来年そこに座るのは後輩です。

ナイターの試合については、こんな言い方をしていました。

「ナイターの試合で最高の夜更かしを仲間とするみたいなところがある。こういう経験ができてすごくよかったなと思います」

ベンチの写真は、来年そこに座る後輩のために撮られたものでした。

星よつはとクロスゲームの共通点

星よつはさんの経歴を見て、ある漫画を思い出した人もいるかもしれません。

あだち充さんの『クロスゲーム』です。

2005年から2010年まで週刊少年サンデーで連載された野球漫画で、月島青葉という少女が出てきます。

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青葉は野球が大好きで、投手としての実力も持っている少女。

けれど女子なので、高校の公式戦には出られません。

それでもチームに残り、練習を支え、主人公を甲子園へ送り出します。

野球のできる少女が、選手として出られない立場から支える側に回る。

星よつはさんと重なるのは、この一点です。

じつは、細かいところまで一致しているんですね。

青葉の実家の近くにある喫茶店の名前が「クローバー」で、舞台になる学校名には「星」の字が入っています。

四つ葉のクローバーから名前をもらった、星という姓の少女。

できすぎた偶然ですね。

 

もちろん、決定的に違うところも。

青葉は漫画の登場人物ですが、星よつはさんのほうは3つの条件を満たして入っています。

僻みや嫉妬が出ると先に告げられて、それでも行くと答えた人です。

 

もし、うちの子が「男の子しかいない場所に入りたい」と言い出したら、なんと答えるでしょうか。

そう考えると、須江監督の3つ目の条件は、なかなかの答え方でした。

大丈夫だよ、とは言っていません。

嫌なことは必ず起きると先に伝えて、その上で受け入れています。

 

彼女自身は、将来についてこう話しているそうです。

「将来の夢はまだ考えられていません」

「マネージャーになったきっかけも人の成長を支える立場になりたいっていう思いがあったからです。将来も人の成長を見守ったり、手助けしたり、人に関わる仕事ができたらいいなと思います」

理想像として挙げているのは「万能型マネジャー」という言葉。

 

そして今年の夏について、彼女はこう言い切っています。

「苦しい経験こそが財産」

「初戦で1勝できたことが全ての答え」

仙台育英の次の試合は、8月12日の第2試合、花咲徳栄戦と報じられています。

その試合はぜひ、ベンチの端のほうにも目をやってみてくださいね!