2026年8月21日、福島地裁いわき支部に、ひと組のご両親が訴えを起こしました。

相手は、福島県のゴルフ場を運営する会社と、当時の支配人らです。

亡くなったのは、プロゴルファーを目指してそのゴルフ場で働いていた19歳の男性。

2022年6月のことでした。

その男性が言われ続けていた言葉が、労働基準監督署の調べで明らかになっています。

「バカ」

「家に帰れ。会社へ来なくていい」

帰れと言われていたその家は、同じ敷地の中にありました。

なぜ辞めなかったのか。

ニュースを見て、まずそこで引っかかった人は多いはずです。

今回は、この4年のあいだに何がわかってきたのかを、労働基準監督署が認めた中身からお伝えしていきます。

ゴルフ研修生19歳に何があったのか

男性がゴルフを本格的に始めたのは、小学生のころだったそうです。

腕を上げて、国民体育大会に福島県の代表として出場した経歴もありました。

高校を卒業した2021年、プロテストの合格を目指して、棚倉田舎倶楽部というゴルフクラブを運営する棚倉開発に入社します。

福島県棚倉町にある、古くから知られたコースです。

 

肩書きは「研修生」。

ゴルフ場で働きながら、そのゴルフ場でプロテストに向けた練習をさせてもらう立場のことをいいます。

男性は敷地の中にある寮で暮らし、日中はボール拾いやキャディーなどの仕事をこなし、業務が終わってから練習をしていました。

 

様子が変わったのは、入社から数か月が過ぎたころです。

仕事のミスや言葉づかいを厳しく叱られたり、無視されたりするようになったと訴状には書かれています。

そして2022年6月、男性はゴルフ場の中で自ら命を絶ちました。

まだ19歳。

 

ここから、ご両親の4年が始まります。

2023年10月、ご両親は労災を申請しました。

息子さんから生前に、支配人や先輩の研修生から威圧的な叱責を受けていると聞いていたためです。

白河労働基準監督署が調べ、2025年3月、この死をパワハラが原因の労災と認めました。

そして2026年8月21日、ご両親は棚倉開発と当時の支配人らに、およそ1億円の損害賠償を求めて提訴したのです。

1時間の叱責が週2〜3回まで増えていた

労働基準監督署の認定の中で、いちばん重いのはこの数字だと思います。

1時間以上の叱責が、2021年9月ごろから週に1〜2回

亡くなる直前の2022年4月から6月には、週に2〜3回

 

1時間というのは、テレビドラマが1本まるごと終わる長さです。

それが週に2回も3回もあって、しかも回数のほうが増えていく。

入社2年目の春から夏にかけて、男性の1週間はそういう形になっていました。

 

叱責の中身も、認定の中に残っています。

「バカ」

「家に帰れ、会社にこなくていい」

言われたあとは無視され、胸ぐらをつかまれることもあったといいます。

男性がつけていた業務日誌には、赤い字でこう書き込まれていました。

「甘ったれんな」

 

ゴルフの技術のことでも、仕事の手順のことでもありません。

書かれているのは、その人の性根のほうです。

労働基準監督署は、これらを業務指導の域を超えたパワハラだと判断しました。

使われた表現は、「ともすれば人格否定にあたる言動」です。

仕事のやり方を直させるための言葉ではなく、その人自身を否定する言葉へ変わっていく

国の機関が、そう認めたわけです。

指導だったのかパワハラだったのかで意見が割れる段階は、もう過ぎています。

1時間以上、週に2〜3回。

この数え方まで含めて、調べたのは国の機関でした。

なぜ辞めるという選択ができなかったのか

ここが、多くの人がいちばん引っかかったところだと思います。

そんなにつらいなら、辞めればよかったのではないか。

ネットにも、その言葉はたくさん並んでいました。

ただ、この問いへの答えは、もう報道の中に置かれています。

 

辞めると住む場所と練習する場所を同時に失う

まず、研修生という立場をもう少しだけ。

プロゴルファーになるには、プロテストに受からなければなりません。

そのためにはコースで打ち込む時間がいるのですが、ゴルフは練習場所の確保がいちばん難しく、お金もかかります

研修生の制度は、そこを解決するために生まれた仕組みです。

ゴルフ場で働く代わりに、寮に住まわせてもらい、そのコースで練習させてもらう。

給料は月に10万円台のところが多いといわれますが、その代わりに練習できる環境が丸ごと手に入ります

プロを本気で目指す人にとっては、これ以上ない条件に見えるはずです。

 

ただ、この仕組みには裏側があります。

辞めるということは、仕事と、住む場所と、練習する場所を、同じ日に全部失うということ

ふつうの会社であれば、辞めたあとに帰る家は別のところにあるはずです。

研修生の場合は、その家が会社の敷地の中にあります。

 

「家に帰れ。会社へ来なくていい」

この言葉を投げられていたとき、男性の部屋は、そのゴルフ場の中にありました。

 

労働基準監督署が認定理由に書いていた一行

労災の認定は、叱責の回数だけを見て出されたものではありません。

白河労働基準監督署は、認定の理由の中でこう触れています。

プロテストに向けた練習をしながら働くという重圧のかかる環境で、寮生活の中で支配人らに抵抗することが難しかった

 

抵抗することが難しかった、と。

国の機関が、そう書いています。

「辞めればよかったのに」への答えは、はじめから報道の中にありました。

 

ご両親の代理人を務める弁護士も、提訴のあとの会見で同じところを指しています。

「プロゴルファーになる夢を持っていた彼にとっては、嫌だから辞めるとは考えにくい環境だった」

 

もうひとつ、精神科の医師がこの件に寄せていた見方があります。

強い叱責や長い労働が続くと、うつの状態になって視野が狭くなっていく。

すると「辞める」「相談する」という選択肢そのものが、頭から消えてしまう

外から見れば扉はそこにあるのに、中にいる人の目には映らなくなります。

 

逃げなかったのではありません。

逃げるという考えのほうが、そのときにはもう残っていなかったのです。

この件のコメント欄には、自分も同じような場所にいたという書き込みが並びました。

料理の世界、金融、そしてゴルフ場のコース管理。

修行や研修と名前がつくと、叱責のほうが指導に数えられてしまう。

そこは同じだった、という声です。

棚倉開発と石川遼の父親の関係

この件でいちばん検索されているのは、たぶんここだと思います。

棚倉開発は、プロゴルファー石川遼の父親が社長を務めている会社です。

報道も、その一行をきちんと書いています。

棚倉田舎倶楽部は、日米大学ゴルフ対抗戦なども開かれてきた歴史のあるコースでした。

2018年、石川遼の側の会社がこのゴルフ場の経営権を取得し、父親が運営会社の社長に就いています。

ジュニア世代の育成に力を入れていく、という方針も当時打ち出されていました。

 

ただ、はっきりさせておきたいことがあります。

報道の中に、石川遼本人が関わっていたという記述は一行もありません

労働基準監督署が叱責をしていた側として挙げているのは、当時の支配人らと、先輩の研修生です。

実際、Xではこんな取り違えが起きていました。

「石川遼のお父さんが社長のゴルフ場で19歳の研修生が寮で…」

この一文を、父親本人が叱っていたという意味に読んだ人がかなりいたのです。

短くまとめられているぶん、主語がどこにかかるのか分かりにくかったのだと思います。

誰が何をしたのか。

ここは分けて見ておきたいところ。

 

ただ、会社としての責任となると話は別になります。

いま訴えられているのは、当時の支配人らと、この会社そのものです。

会社が黙っていた4年間に両親がしたこと

男性が亡くなったのは2022年6月、提訴は2026年8月21日。

そのあいだに、4年2か月あります。

この時間に動いていたのは、ご両親のほうでした。

 

2023年10月、ご両親は労災を申請します。

息子さんが生前に話していた叱責のことを、あらためて証拠として集め直す作業です。

認定が出たのは、2025年3月。

申請から1年5か月かかっています。

 

その途中の2024年5月、週刊誌がこの件を報じました。

そこに、母親の言葉が載っています。

「Aを研修生にしたことは一生の後悔です。息子を返してほしい」

 

同じ記事は、会社側がパワハラの訴えを調べていなかったことも伝えていました。

会社が調べなかったことを、代わりに国が調べた

1時間以上、週に2〜3回という数字が世に出たのは、ご両親が労災を申請したからです。

申請していなければ、あの回数は誰にも数えられないままでした。

 

そして今回の提訴です。

求めた額は、およそ1億円。

この金額に驚いた人もいると思います。

ただネットでは、むしろ少なすぎるという声のほうが多く並んでいました。

19歳で、これから働くはずだった年月が丸ごと残っていたからです。

 

もっとも、金額をどれだけ積み上げても、亡くなった人が戻ってくるわけではありません。

訴状に書かれているのは、執拗に叱責を続けた元上司らは男性が命を絶つおそれを予見できたはずで、健康を損なわないように注意する義務に違反した、という主張です。

争われているのは、金額よりも先にそこの部分になります。

いっぽうで、会社の側から出てきた言葉は、この4年でほとんど変わっていません。

提訴を受けての回答は「コメントを差し控える」。

労災認定が報じられたときも、現在の支配人は「コメントできない」と答えています。

ネットで反応がいちばん集まったのは、実は叱責の中身ではなく、この一点でした。

裁判が始まる前に、会社が中身を語れないこと自体は、手続きとしてよくある話です。

ただ、多くの人が引っかかっているのは、そこではないと思います。

19歳が亡くなったことへのお悔やみの一言まで、4年間なかったこと。

語れないことと、語らないことは、本来べつのはずです。

 

この夏、新聞に載った一枚の写真があります。

男性が生前かぶっていた帽子と、プロテストに向けてつけていた練習帳が、並んで写っていました。

ご両親が、いまも手元に置いているものです。

 

もし、いま強い叱責の中にいて、辞めるという選択肢が見えなくなっている人がいたら。

ひとりで抱えずに、話を聞いてくれる窓口があります。

  • こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
  • 厚生労働省「まもろうよ こころ」(電話・SNS相談の窓口一覧)

まだ辞められると思えるうちに、外の人に一度話してみてください。

裁判は、これから始まります。

1時間以上の叱責が週に何回あったかは、もう数えられました。

ただ、その1時間のあいだ19歳が何を思っていたかは、誰にも数えられません。

せめて法廷では、その時間の重さが正面から扱われることを願っています。

亡くなられた男性のご冥福を、心からお祈りいたします。