ラストコールの予告投稿が拡散…自殺報道ガイドラインをわかりやすく解説

「これ誰のことなん」
2026年9月9日の夜、そう書き込む人が次々に現れました。
きっかけは、ネットに流れてきた4行の「予告」です。
キャバ嬢オーディション番組「LAST CALL(ラストコール)」の出演者について、ある人物の名前を「原因」として挙げ、遺書があると書いたものでした。
書いたのは匿名のアカウントで、この記事を書いている9日夜の時点では、報道が1本も出ていません。
その下に並んだ書き込みのなかに、ひとつだけ、まったく別のリンクを貼った人がいました。
厚生労働省の「メディア関係者の方へ」というページです。
今回はそのページに何が書いてあるのかを、はじめて見る人にも伝わるようにわかりやすく解説していきたいと思います。
報道より先に流れてきた4行
まず、舞台になっている番組のほうから。
「LAST CALL(ラストコール)」は、2026年1月4日にYouTubeで配信が始まったキャバ嬢のオーディション番組です。
MCを務めるのは溝口勇児とローランドで、審査員には現役・レジェンドのトップキャバ嬢18名が並びます。
トップキャバ嬢を目指して挑戦する側の女性たちは、番組のなかで「シンデレラ」と呼ばれる仕組み。
事務所に所属するタレントではなく、自分で応募して出てきた人たちです。
合格すれば美容の支援や店への入店支援が受けられる、という作りになっています。
毎週日曜の21時に配信されていて、5月末に出た番組側の発表によれば、開始から約4か月で関連動画を含む累計10億回再生を突破したそうです。
そのときのチャンネル登録者数は、およそ49万人。
テレビの外で育った番組としては、かなり大きなところまで来ています。
そこへ、9日の夜に例の4行が流れました。
中身をここで書き写すことはしません。
書き写さないほうがいい理由は、厚生労働省のページにはっきり書いてありました。
わかるのは、反応がきれいに割れたことのほうです。
「マジか」「ひどい」と、そのまま受け取った人がいました。
「根拠見るまで噂と捉えよう」「またぱちこいてんのか」「嘘くせえんだよ」と、頭から疑った人もいます。
そして目についたのが「誰のこと?濁さないで教えて」という書き込み。
つまり、あの4行を読んだ人の多くは、何が起きたのかも、誰の話なのかも、まだわかっていないということ。
そこへ、別の種類の書き込みが混ざってきます。
「動画消されてましたね。保存した方いますか?」
消えたものを、誰かが持っていないかと探す声。
ここまで来ると、話はもう真偽の確認から離れていきます。
念のため、もう一度。
9日の夜の時点で、この件を報じた記事は見当たりません。
何が起きたのか、あるいは何も起きていないのか、外からは確かめようのない状態です。
厚労省のリンクを貼った人がいた
その騒がしいところに、説明もコメントも付けずに、リンクだけを置いた人がいました。
厚生労働省のサイトの「メディア関係者の方へ」というページです。
開くとそこにあるのは、自殺報道ガイドラインと呼ばれるもの。
名前だけ聞くと役所の内部文書のようですが、もとを作ったのは世界保健機関、つまりWHOです。
WHOは2000年に自殺予防のための冊子を6種類まとめて出していて、メディア向けの手引きはそのうちの1冊でした。
日本語訳を公開しているのは、いのち支える自殺対策推進センターという厚生労働大臣の指定法人。
いまいちばん新しいのは2023年版で、日本語訳は2024年3月に公開されています。
日本でも2020年9月に、厚生労働省と同センターの連名で「メディア関係者各位」という協力のお願いが出されました。
海外から降ってきた話ではなく、こちらでも何度もお願いされてきています。
なぜ、こんなものが用意されているのか。
理由はひとつで、伝え方によって、そのあと亡くなる人の数が変わってしまうからです。
気持ちの問題や、行儀の話ではありません。
数が動くという前提のうえに、書き方の約束が並んでいく。
ここが、この手引きのいちばん引っかかるところなんです。
書いてあるのは「思いやりを持ちましょう」ではなく、「この書き方をすると増える」という話のほう。
だからこそ、項目がかなり具体的。
してはいけないこと8つの中身
2023年版には、「するべきこと」と「してはいけないこと」を並べた早見表が付いています。
むずかしい言葉はほとんど出てきません。
してはいけないほうを、そのまま見てみましょう。
- トップニュースとして扱ったり、報道を漫然と繰り返したりしない
- 自殺の手段を描写しない
- 場所の詳細な情報を伝えない
- センセーショナルな言葉やコンテンツを使用しない
- 原因を単純化したり、一つの要因に決めつけたりしない
- 見出しにセンセーショナルな言葉を使わない
- 関連画像や動画、SNSリンクを使用しない
- 遺書の詳細を報じない
9日の夜に流れた4行は、たった1つの投稿で、この8つのうちのいくつかを同時に踏んでいます。
名前を挙げて「原因」と書けば、それは原因を一つの要因に決めつける形。
遺書があると書けば、それは遺書の話を持ち出したことになります。
「予告」という言葉づかいそのものも、静かな伝え方ではありません。
そして、そのあとに続いた「保存した方いますか?」のほう。
あれは8つのうちの、関連画像や動画を使わない、という項目に正面からぶつかります。
探している側にそんな自覚はなかったはずで、動機はたぶん、消えたものを確かめたいという、ごく普通の気持ちだったのでしょう。
それでも、手引きが止めようとしているのは、まさにその一手でして。
名前も、方法も、遺書の中身も、この記事では出していません。
上の8つを読んだあとで、書けなくなりました。
真似が広がる現象には名前がある
「そこまで気にする必要があるのか」と思った人もいるでしょう。
ここには、きちんと名前の付いた現象があります。
ひとつがウェルテル効果。
1774年に出たゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』が世に出たあと、主人公と同じやり方で亡くなる若者が増えたことから、そう呼ばれるようになりました。
センセーショナルな伝わり方をすると、あとに続く人が出てしまう。
1774年の小説から取られた言葉が、いまも現役で使われているというわけです。
もうひとつ、あまり知られていないほうも一緒に覚えておきたいところ。
名前はパパゲーノ効果。
モーツァルトの『魔笛』に出てくるパパゲーノは、恋人を失って死のうとしたところを、まわりの助けで思いとどまり、生きる喜びのほうへ戻っていきます。
追い詰められたところから、死なずに済んだ人の話を伝えると、逆に抑える方向へ働く。
この2つは、同じコインの裏と表です。
だから手引きは、してはいけないことだけを並べているわけではありません。
「するべきこと」の側も、こうして6つ挙がっています。
- 自殺を考えたり危機が高まったときの助けを求める方法について正しい情報を提供する
- 自殺や予防に関して正確な情報に基づいた事実を周知する
- ストレス対処法と助けを求めることの大切さについて報道する
- 有名人の自殺を報じる際には特に注意を払う
- 自殺で亡くした方や経験者への取材は慎重に行う
- メディア関係者自身が影響を受けてしまう可能性があると認識する
禁止事項の集まりのように見えて、いちばん先に書いてあるのは、どこへ相談すればいいかを載せなさい、という一行。
最後の1つが、伝える側の心配になっているのも目を引きます。
手引きの宛先が変わっていた
ここで妙なのが、このページのタイトルです。
書いてあるのは「メディア関係者の方へ」。
宛先は、新聞やテレビの人たちということになります。
ところが9日の夜、その報道は1本も出ていません。
なのに、手引きが止めようとしていたことのほうは、もうだいたい起きてしまっていました。
- 見出しで煽らないと書いてある横で、「予告」の2文字が付いた4行がかなりの数の画面に届く
- 遺書の詳細を報じないと書いてある横で、遺書の宛先が名指しされる
- 動画やリンクを使わないと書いてある横で、消えた動画の在りかが探される
これが、今回いちばん引っかかったところ。
守るべき人たちが破ったのではなく、宛先に入っていない人たちのところで、先に全部起きています。
つまりこの件は、報道機関のマナーの話ではありませんでした。
手引きの宛先が、いつのまにか私たち全員へ移っていた、というわけなんです。
そう考えているのは、こちらの勝手な読み込みでもなさそうでして。
日本語訳を出しているいのち支える自殺対策推進センター自身が、2025年に「SNSがいのちを救う?」という記事を出しています。
自殺未遂を経験したインフルエンサーが、希望や回復についてSNSに書くと、読んだ人の自殺を考える気持ちが弱まり、助けを求めようとする気持ちが強まる。
そういうウィーン大学の研究を紹介したうえで、「あなたの投稿が、誰かのいのちを救うかもしれません」と呼びかける内容でした。
手引きを預かっている当の組織が、新聞社ではなく、画面を持っている個人のほうを向いているわけです。
この手引きが最初に作られたころ、大勢に一度に何かを届けられるのは、限られた人だけでした。
新聞社とテレビ局に約束させておけば、それでだいたい足りていたのでしょう。
いまは、スマホを持っている人が全員その入口に立っています。
見かけたものを、そのまま自分のところへ流す。
そのひと押しは、昔でいえば紙を刷ることに近い行為です。
宛先が広がったというより、境目のほうが先に消えていた、というほうが近いのかもしれません。
いま画面の前でできること
並んだ項目を眺めていると、少し気が重くなってきますよね。
確かめたくなる気持ちそのものは、責められるようなものではないと思います。
知り合いかもしれない、あの番組を毎週見ていた、という理由で心配になった人だっているはずです。
そのうえで、手引きが挙げていることを生活の言葉に直すと、たぶん3つになります。
- 消えた動画を探しにいかない
- 名前を当てにいかない
- 確かめないまま、そのまま流さない
そしてもうひとつ。
このニュースを見て、自分のほうがしんどくなった人のために、番号を置いておきますね。
#いのちSOS(0120-061-338)は24時間つながります。
よりそいホットライン(0120-279-338)も24時間。
昼間なら、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)という窓口も。
こちらは住んでいる都道府県によって受付の時間が変わります。
どれも通話料はかかりません。
「するべきこと」の1番目が、まさにこれを載せることでした。
ただ、確かめたい気持ちのほうは、たぶんこの先も消えないでしょう。
手引きが止めようとしているのも、気持ちのほうではなく、そこから伸びていく指のほうです。
いまは何ひとつ確かめられていないので、探しにいかないまま続報を待ちたいところですね。
