Mattの整形を医師が止めない本当の理由

2026年9月14日、タレントのMattの姿をとらえた画像が、ネットで大きく広がりました。
並んでいたのは、顔立ちへの感想よりも「誰も止めないのか」という戸惑いのほうです。
心配する声にも、あきれる声にも、同じ問いが混じっていました。
そばにいる医師は、どうして何も言わないのか。
今回は、美容医療で「もう十分です」と言う役がどこに置かれているのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。
Mattが自分で明かしていた施術の中身
こういう話は、まず本人が何を言っているかを知らないまま心配することになりがち。
なので、確かめられるところから順に並べてみましょう。
Mattは2023年6月、自身のInstagramのストーリーズで「あ、鼻がっつり整形しています。自家肋軟骨使ってます」と書いていたと報じられました。
パリで撮った写真を出したあと、フォロワーから鼻について聞かれて答えた形だったとのこと。
以前は「すべてメイク」という説明だったので、Mattの言い方はここで変わりました。
さらに翌年、2024年8月18日に放送されたABEMAの『ななにー 地下ABEMA』で、施術の中身そのものを話しています。
額と唇へのヒアルロン酸、目を開ける手術、そして耳と肋骨の軟骨を使った鼻の手術を4回。
総額は1000万円を超えると明かしたと報じられました。
いちばん大変だった施術として挙げたのも、4回受けた鼻の手術だったそうです。
つまり、整形を隠れて受けて隠している、という話ではありません。
名前も顔も出したうえで、どこに何をしたかを自分から明かす形。
止める止めないを考える前に、ここは一度置いておきたいところです。
本人が選んでいるのは、伏せることではなく、公表することのほうでして。
美容医療の目標は「希望を叶えること」
では、医師の側はどこで線を引くのでしょうか。
ここは感覚で語られがちな部分ですが、国がまとめた資料に答えが書いてあります。
厚生労働省は2024年6月から「美容医療の適切な実施に関する検討会」を開き、令和6年11月22日に報告書を出しました。
美容医療の問題点と課題を正面から議論した、初めての検討会だそうです。
その報告書は、ふつうの医療と美容医療の違いを、目標の置き方で説明しています。
ふつうの医療は「傷病の予防や治癒、症状の軽減や機能回復等を最終的な目標とし」て行うもの。
一方で美容医療は「主に患者の個人的・抽象的なコンプレックスの解消、満足を得ること、及び希望を叶えることを最終的な目標としている」と書かれていました。
しかもその前に「傷病の治療の必要はないが」と添えてあります。
ここが、想像よりずっと重い一文なんです。
ふつうの病気なら、熱が下がった、骨がついた、という終わりの合図があります。
美容医療には、その終わりの合図がありません。
報告書は治療の中身についても、患者の要望やコンプレックスの内容を踏まえて決まるもので、医師にはそれを正確に把握したうえで到達点を具体的に定めることが求められる、と書いていました。
言いかえると、ゴールの位置を決めているのは本人のほう。
医師の仕事は、その到達点へ安全にたどり着かせることだと整理されているわけです。
そのうえで報告書は、本来治療の必要がない人に受けてもらう美容医療が患者の健康を害することはあってはならない、とも釘を刺していました。
だから説明も、その人の体の状態をつかんでおくことも、ふつうの医療より大事になってきます。
医学の側には、「もう十分でしょう」と外から言うための物差しがありません。
止めないのではなく、止める位置を測る道具が最初から無い、というほうが近いのだと思います。
やりすぎを止める決まりは書かれていない
とはいえ、それなら決まりを作ればいい、という話になりますよね。
実は同じ報告書に、その答えもそのまま載っています。
課題を分析した部分の一番目に置かれている見出しが「全般的かつ統一的なガイドラインが存在しない」でした。
美容医療の全体に当てはまる指針が、この国にはまだ無い、と国自身が書いているということ。
では、これから作るべきだとされたガイドラインには、何を入れることになっているのか。
報告書が並べているのは、こんな中身です。
- 守るべき法令の内容と、その解釈をはっきりさせること
- 治療内容と質の標準化、リスクの説明方法や同意の取り方
- 診療の記録として何を残すか
- 合併症や後遺症が起きたあとの対応と、紹介先との連携
- 医師の指導や教育の仕組み
- 契約のときのルール(即日治療の原則禁止、契約書面に書く内容など)
読んでいて、あれと思いました。
説明、記録、契約、教育。
この並びに、「どこまでやったら止める」という項目が一つもありません。
国が作ろうとしている決まりも、施術の量や回数に線を引くものではなかったんです。
報告書には、検討会で実際に報告された問題事例も並んでいます。
- 患者がカウンセラーとだけ相談して決めた治療内容を、そのまま医師が実施していた
- 副作用や合併症についての医師の説明が足りず、患者が不安や不信感を抱えたままになっていた
- 結果がイメージどおりにならなかったときに、その医療機関が対応を拒み、ほかの病院の紹介もしなかった
どれも施術の量ではなく、説明と手続きのところで起きていました。
その一方で、困りごとの数は増えています。
国民生活センターに寄せられた「美容医療サービス」の相談件数は、2023年度が6,281件。
2024年度は10,744件で、1万件を超えました(2026年5月31日現在の数字)。
厚生労働省でも、2025年9月19日の大臣記者会見に、美容医療の通知の話が並んでいました。
9月19日(金)大臣記者会見概要を公開しました。
美容医療の具体的な問題事例を示した通知の発出
本日から運用開始のスマホ搭載のマイナ保険証について
自民党総裁選— 厚生労働省 (@MHLWitter) 2025年9月19日
わざわざ事例を示さないと伝わらないところまで来ている、ということ。
守ってくれるのは注射と糸だけ
ここまで読むと、客の側を守る決まりは何も無いように見えてきます。
ところが、あるんです。
2017年12月から、美容医療は特定商取引法の「特定継続的役務提供」という枠に入りました。
語感は固いのですが、要は語学教室や結婚相手紹介サービスと同じ棚に置かれたということ。
期間が1か月を超えて、金額が5万円を超える契約なら、書面を受け取った日から8日以内はクーリング・オフができます。
その期間を過ぎたあとでも、中途解約ができる仕組みです。
ただ、この網には形があります。
対象になる美容医療は5つだけ。
脱毛、にきびやしみ等の除去と皮膚の活性化、しわ・たるみの軽減、脂肪の減少、歯の漂白です。
しかも、それぞれ「方法」まで指定されています。
たとえばしわ・たるみの軽減なら、対象は「薬剤の使用又は糸の挿入による方法」。
ヒアルロン酸の注射と、糸を入れる施術のことですね。
では、メスを使う手術はどこに入るのでしょうか。
消費者庁が出しているQ&Aに、そのものずばりの問いと答えがありました。
「メス等の手術器具や麻酔薬の使用は、美容を目的とする治療の一過程において用いられるものであり、これらを用いること自体が機器を用いた刺激又は薬剤の使用に該当することはありません」
つまり、切る手術は対象の「方法」に入っていません。
脂肪吸引についても「機器を用いて直接的に脂肪の吸引を行う場合であれば、上記には該当しません」と書かれていました。
並べてみると、向きが逆になっていることに気づきます。
注射と糸には、8日間の取り消しと中途解約という網が掛かる。
骨や軟骨に届く手術と脂肪吸引は、その網の外側。
いちばん戻しにくい施術ほど、決まりの守りが薄くなっています。
医師が止めないのか、という問いへの答えは、たぶんこのあたりにありそうです。
施術の中身のほうではなく、止める役は契約と説明の側にしか置かれていません。
どこまで変えるかを決める場所に座っているのは、本人と医師だけ。
そこに第三者の席は、まだ用意されていないのだと思います。
国が「ちょっと待って」と言い始めた
とはいえ、放っておかれているわけでもありません。
動きはいくつも出ています。
2025年8月15日には、厚生労働省の医政局長から「美容医療に関する取扱いについて」という通知が出ました。
医師が実際には診察をしないまま治療が行われている例、メールやチャットだけで診療をしている例など、問題になっている形を名指しで整理した内容だとされています。
さらに厚生労働省は、美容医療だけを扱う専用のサイトまで作りました。
名前は「その美容医療、ちょっと待って!」。
報告されているトラブルとして、説明が不十分、無資格者による施術、強引な勧誘、解約できない、高額な解約料、アフターケアに応じない、といった項目が並んでいます。
施術の前に確認することとして挙げられているのは、使う薬剤を理解しているか、リスクを分かっているか、ほかの選択肢を検討したか、そして「今契約すれば安くなる」といった勧誘に気をつけること。
相談先として、消費者ホットラインの「188」も案内されています。
消費者庁のQ&Aには、通い続けさせる言い方の例まで出ていました。
「次回も来院しなければ後遺症が残る可能性がある」「当院でなければ治療できないので、他の病院にいっては駄目」。
こう告げて通わせている場合は、契約が分かれていても実質的に一体と判断されることがあるそうです。
言われた側からすると、どこかで聞いた覚えのある言い回しかもしれません。
制度そのものも動きました。
2025年12月12日に公布された改正医療法では、美容を目的とした治療を行う医療機関に、安全管理の状況などを年1回、都道府県知事へ報告させる仕組みが入っています。
医師が専門医の資格を持っているか、合併症が起きたときの相談先はどこか、といった内容を報告させ、患者が選ぶときの材料として公表する形です。
ただ、報告の義務が始まるのは公布から2年以内の政令で定める日で、まだ動いていません。
もう一つ、日付の並びが気になりました。
厚生労働省が美容医療について呼びかけているのは、今回が初めてではありません。
2021年6月28日には「医師などから十分な説明を受けた上で、落ち着いてよく考えてから施術を受けるか決めましょう」と投げかけていました。
2025年9月19日には問題事例の通知、2026年6月にも、糖尿病の薬を目的外で使う危険とあわせて同じ趣旨の呼びかけを出しています。
【マンジャロは糖尿病のお薬です】
マンジャロ等の糖尿病治療薬をダイエットなど本来の目的以外で使用した場合、思わぬ健康被害が生じる可能性があり、危険です。
美容医療を受ける際には、リスクや副作用について医師からよく説明を受け、確認・理解したうえで、施術を受けるようにしましょう。— 厚生労働省 (@MHLWitter) 2026年6月5日
言っている中身は、2021年のときとほとんど変わっていません。
同じ呼びかけが続いているのは、そこがまだ変わっていないから。
だからこそ、いま使えるものは決まっています。
- その日のうちに決めない
- 料金や施術内容の話をカウンセラーとだけで終わらせず、医師と話す
- 契約の書面をもらう
- 困ったら188へかける
どれも地味ですが、契約の手前に立っているのは、いまのところこちら側だけなんです。
画面の向こうの誰かに「そろそろ止めて」と言いたくなる気持ちは、よくわかります。
ただ、止める役の席が用意されていない部屋に向かって言っても、その声は誰の耳にも入りません。
自分や家族がその部屋に入る日が来たときに効くのは、たぶんドアの手前にいるあいだの数日のほう。
そこだけは、まだこちらの手に残っているところですね。
この記事で参考にした情報
美容医療の決まりについては、次の資料を読んで書いています。
- 厚生労働省「美容医療の適切な実施に関する検討会 報告書」令和6年11月22日
- 厚生労働省 医政局長通知「美容医療に関する取扱いについて」2025年8月15日
- 厚生労働省の情報サイト「その美容医療、ちょっと待って!」
- 消費者庁「特定継続的役務提供(美容医療分野)Q&A」、特定商取引法ガイド「特定継続的役務提供」
- 国民生活センター「美容医療サービス(各種相談の件数や傾向)」
- Mattの発言についての報道(モデルプレス2023年6月6日配信、SmartFLASH2024年8月18日配信)
報告書もQ&Aも、どちらもネット上で公開されているものです。
