習近平が倒れた説|次の国家主席は憲法にもう書いてある

2026年9月12日の午後、インド・ニューデリー。
主要な新興国でつくるBRICS、その第18回首脳会議の第1セッション。
演説をしていたモディ首相が、ふいに言葉を止めました。
視線の先にいたのは、目を閉じたまま反応を返さない習近平。
その約30秒から、いまネットには「脳梗塞」「301医院」「危篤」という言葉が流れています。
ところが、そのどれも、公式にはまだ一度も確認されていません。
今回は、確かめられることと確かめられないことを分けたうえで、「次の国家主席は誰になるのか」という疑問にも、中国の決まりの側から答えていきたいと思います。
脳梗塞の三文字は最初になかった
騒ぎのおおもとになった投稿が出たのは、9月16日の午前11時すぎです。
書いたのは、アメリカに亡命している中国の政治活動家でした。
中国語の原文には、こうあります。
「伝聞によると、習近平氏が北京301医院で緊急救命中であり、現在も生命の危機を脱していない」
あわせて、中国の各戦区と各集団軍、つまり地域ごとに置かれた部隊が戦備状態に入っている、とも書かれていました。
301医院というのは、中国人民解放軍総医院の通称です。
この投稿は、日本語に訳された形で大きく広がりました。
ここで一度、原文をそのまま読み直してみてください。
「脳梗塞」という三文字は、どこにも出てきません。
書いてあるのは「緊急救命中」と「生命の危機を脱していない」までなんですよね。
しかも最初の一行は、中国語で「据传」——伝聞によると、という言葉で始まっています。
本人が、これは人から聞いた話ですよ、と先に断っているわけです。
では、あの三文字はどこから来たのでしょうか。
この投稿を引用して、日本語でこう書いた人がいました。
「習近平の脳梗塞。かなり重篤らしいな、これは色々なことに影響ありそう」
同じ日の、昼過ぎのことです。
そして日本語のネットで大きく広まったのは、元の投稿ではなく、この引用のほうでした。
診断名は、誰かが病院で確かめたものではありません。
読んだ人が、読みながら足したもの。
その足された三文字が、そこから先はひとり歩きしています。
映像に残っているのは30秒だけ
では、いま分かっているのはどこまでなのでしょうか。
材料になっているのは、インドのIndia Todayが流したニュース映像です。
週刊アサヒ芸能のウェブ版であるアサ芸プラスが9月17日に配信した記事によると、映っているのはこういう場面でした。
モディ首相が自分の演説中に異変に気づき、約30秒ほど演説を止めて「Is it okay?(大丈夫?)」と声をかけます。
習近平は両腕を下ろした姿勢で、目を閉じたまま動きません。
2度目の、やや大きな声のあとに薄目を開けました。
映像に残っているのは、ここまで。
そのあと習近平は、同じセッションで演説をこなしています。
欠席したのは、その夜の公式晩餐会でした。
理由について、中国側からもインド側からも説明は出ていません。
翌13日の第2セッションと記念撮影には、出席しています。
中国政府は13日の夜、蔡奇(さいき)中央政治局常務委員や王毅(おうき)外相と同じ専用機で北京へ戻った、と発表しました。
ただ、飛行機から降りてくる姿までは確認できていないとのこと。
その13日の夜から今日まで、公の場に姿を見せたという報道も見当たりません。
そこから先に動いたのは、姿ではなく文書だけでした。
9月16日には、吉林大学の創立80周年へ祝いの手紙。
9月17日には、先進製造業の発展について重要な指示。
どちらも新華社が伝えていて、名前も肩書きも、いつもどおり並んでいました。
祝いの手紙も指示も、本人が人前に出なくても出せるものです。
名前は動いているのに、姿だけが出てきません。
これが9月17日の時点で言える、いちばん正確なところだと思います。
同じ知らせは3年前にも流れていた
ネットの反応をたどっていくと、いちばん伸びていたのは心配でも怒りでもありませんでした。
「習近平は毎月一度は救急で瀕死になるんだ」
「いままで何度も急病説が流れましたので、そのうちの一つでしょう」
またこれか、という声が目につきます。
疲れてしまうのも当然です。
そのうんざりは、的外れではありませんでした。
今回の記事を出したアサ芸プラスで、同じ人についての過去の見出しを探すと、こうなります。
- 2023年9月7日/習近平に「重病説」 党大会の激しい咳込みは前兆だった「G20」初欠席
- 2025年6月1日/中国・習近平「脳梗塞で左半身マヒ」極秘情報とマイボトルで持ち歩く「薬」
- 2026年9月17日/中国・習近平「インドで意識消失30秒」帰国後は所在不明に…「脳梗塞で救急搬送」情報が飛び出した緊迫情勢
「脳梗塞」が見出しに乗ったのは、今回が初めてではなかった、ということ。
これは、その媒体がいい加減だという話ではありません。
よく見ると、「脳梗塞で救急搬送」の部分にはカギ括弧が付いています。
地の文は「情報が飛び出した」で止まっているだけです。
書いた側も、確かめたとは一度も言っていないんですね。
それどころか本文には、30秒ほどの意識消失で考えられる状態が、ずらりと並べてありました。
- 不整脈による失神、迷走神経性失神、起立性低血圧
- てんかん発作、一過性脳虚血発作、低血糖
記事の書き手は、脳梗塞と決まったとは一言も書いていません。
決めていたのは、いつも見出しを読んだ側でした。
同じところを見ている人は、ほかにもいます。
「脳梗塞ってのはお医者さんが検査・診断して分かるものです。習近平主席ほどの方を診断するような医者も、その診断結果を聞く高級幹部も情報を簡単に漏らすでしょうか」
会社で話題になったので生成AIに聞いてみた、という人もいます。
返ってきた答えは「裏づけのない噂です」でした。
噂は反対方向にも育っています。
「あれは同時通訳のイヤホンが不調で、スタッフを呼んだだけだった」という説も見かけました。
倒れたという話も、なんでもなかったという話も、確かめられていないという点では同じ場所にいるんです。
欠けたときの決まりは一行しかない
もし本当だったら、次は誰になるのか。
外務大臣の名前を挙げている投稿も見かけました。
答えは、憲法に書いてあります。
中華人民共和国憲法の第84条。
「中華人民共和国主席が欠けた場合は、副主席が主席の職位を継ぐ」
条文としては、これだけ。
いまの国家副主席は韓正(かんせい)で、2023年3月からこの席にいます。
副主席も欠けていれば全国人民代表大会(全人代)が補欠の選挙をして、それが済むまでは全人代常務委員会の委員長が代理を務める決まりです。
そこまでが、憲法の決めている順番になります。
外務大臣の名前は、この順番のどこにも出てきません。
ただ、この一行だけで話が終わるなら、世界中がここまで騒いだりしないわけで。
国家主席が何をする職なのかは、憲法の第80条と第81条を読むと分かります。
法律を公布し、総理や各部の部長を任免し、勲章を授与し、特赦令を発布し、緊急事態を宣言し、戦争状態を宣言し、動員令を発布する。
外国の使節を受け入れ、条約を批准するのもこの職です。
ずいぶん物々しい並びですが、この条文には共通の前置きが付いています。
そのすべてが「全国人民代表大会の決定又は全国人民代表大会常務委員会の決定に基づいて」なんです。
自分で決める職ではなく、決まったことに名前を入れて外へ出す職。
中国という国で、国家主席はいちばん上の椅子ではありません。
台湾の話を決めるのは体調ではない
中国のトップは、三つの職を兼ねています。
- 中国共産党中央委員会総書記(党のトップ)
- 中央軍事委員会主席(軍のトップ)
- 国家主席(国のトップ)
9月16日の祝いの手紙にも、この三つがそのまま並んでいました。
三つをひとりで兼ねるのは江沢民のころからの慣例で、習近平で三人目になります。
そして、憲法が「欠けたときはこうする」と書いているのは、三つのうち国家主席だけです。
総書記は党の中央委員会が選ぶもので、そもそも憲法の守備範囲ではありません。
軍のほうは、憲法93条に中央軍事委員会の構成が、94条に主席の責任の向け先が書かれています。
けれども、84条のような「欠けた場合は◯◯が継ぐ」という一文は、そちらには置かれていません。
決まっているのは、いちばん決める力のない椅子の継ぎ方だけ。
次の国家主席が誰かには答えがあるのに、次に中国を動かすのが誰かには答えが用意されていません。
そのうえで、台湾の話。
侵攻を断念することになるのか、という疑問に、正面から関わってくる条文がひとつあります。
2005年3月14日に第10期全国人民代表大会第3回会議で成立した、反国家分裂法の第8条。
平和的な統一の可能性が完全に失われたときなどに、非平和的な手段を取ることができる、と定めた条文です。
その第2項に、誰が決めるのかが出てきます。
「国務院および中央軍事委員会」が決定して実施し、全人代常務委員会へ報告する。
国家主席という言葉は、ここにも出てきません。
決めるのは、政府と軍の会議のほうなんですね。
少なくとも条文の上では、主席が代わったから台湾の話が消える、という形にはなっていないわけです。
ついでに言えば、国家主席には2018年まで「連続して2期を超えてはならない」という決まりがありました。
その一文が消えたのが、2018年3月11日の憲法改正です。
いまの中国は、後継者をあらかじめ決めておく形からいちばん遠いところにいます。
今回の噂が世界中で一気に燃え上がった理由も、たぶんそのあたりにあるのでしょう。
答え合わせの日は来週にある
この騒ぎには、日付があります。
答えの出る日が、もう日程表に載っているんです。
8月18日の共同通信によると、習近平は9月23日から25日までワシントンを訪問し、24日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談する見通しだと報じられました。
23日の夜に空路で入って、25日には出発する予定です。
国連総会の一般討論には寄らないとみられています。
7月の時点でも、ホワイトハウスの当局者はこの訪問について「予定通り進んでいる」と話していたそうです。
習近平氏の9月訪米「予定通り」 - ホワイトハウス
— 共同通信公式 (@kyodo_official) 2026年7月18日
9月に入ってからは、大規模な企業の代表団が同行する準備を進めている、とも報じられました。
アメリカ側が国賓待遇の夕食会を用意しているという話まで出ています。
習近平氏の訪米に企業代表団が同行 9月下旬のワシントン訪問
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) 2026年9月5日
相手の国のカレンダーに予定が入っているというのは、思っているより強いことなんですよね。
中国側が何も言わなくても、アメリカ側には受け入れの段取りがあるからです。
ホワイトハウスの前に姿が現れるのか、それとも日程そのものが動くのか。
どちらになっても、来週には何かが分かってしまいます。
「確かめられない」という今日の状態は、来週にはそのまま賞味期限を迎えるということ。
ただ、その日に分かるのは「元気かどうか」までです。
三つある椅子のうち二つに、欠けたときの決まりが無いままなのは、24日を過ぎても変わりません。
9月24日、ホワイトハウス。
そこに姿があるかどうかを、まずは待ってみたいところですね。
