駅の「きっぷうりば」の前を、スーツの男性たちが周りに目を配りながら歩いていきます。

その真ん中を天皇皇后両陛下が通っていったという映像が、いま1,400万回以上読まれているとのこと。

並んでいたのは、ほとんどが驚きと感心の声でした。

ただ、そのなかにひとつだけ、質問の形をしたものが混じっていたんです。

「実際、即時発砲って出来るのかしら?(日本の警察的に)」

言われてみると、僕も答えを知りませんでした。

今回は、あの場にいた人たちが何者なのか、そしてあの銃はどんなときに使えるのかを調べてみたいと思います。


両陛下が駅を通っていった9月20日の夜

映像が投稿されたのは、2026年9月20日の夜です。

添えられていたのは「おぉ…天皇、皇后両陛下!」という短い一言だけ。

撮った人はあとから、陛下が通ったあとの「新幹線乗り換え口前の階段を降りたあたり」の様子も投稿しています。

続けて「シルバーウィークでもあり、人がごった返してる中での警備は尋常じゃない苦労でしょうなぁ」とも。

 

翌21日の午後には、この映像を引用した別のポストが伸びました。

「いつでも人を射殺する覚悟がキマった顔と、いつでも盾となって射殺される覚悟のキマった顔の差を比べられる貴重なカット」

こちらも1,100万回以上読まれて、リプ欄がにぎわっています。

両陛下は、ちょうどこの時期に愛知県へお出かけになっていました。

宮内庁は8月19日、両陛下と秋篠宮ご夫妻が愛知・名古屋アジア大会の開会式出席などのため、9月19日から20日にかけて愛知県を訪問されると発表したとのこと。

そして開会式の夜、名古屋市で天皇陛下が開会を宣言されました。

つまり映像が投稿された日は、愛知への訪問の最終日にあたります。

あの映像がその移動のものかどうかは、こちらでは確かめられていません

映像は途中で止まってしまい、こちらで見えたのはひとコマだけでした。

そこに写っていたのは、「きっぷうりば」の看板と、周囲に目を配りながら歩く私服の男性たちです。

耳にイヤホンを着けた人が手前にいて、少し離れたところにも数人が並んでいます。

銃に手をかけていたとか、先頭の人が板のようなものを持っていたとか。

このあたりは、映像を見た人たちが書いている話になります。

リプ欄に並んだ疑問は、大きく3つ。

  • あの人たちは「SP」なのか
  • 日本の警察は、その場で撃つことができるのか
  • 先頭の人が持っている板のようなものは何なのか

疑問のほかに、「政治家の護衛もこれくらいにしてくれと言う人いるけど、替えが利く事が政治家の利点であって、天皇陛下の替えはそう簡単にできないから単純に生命の価値が違うんよな…」という受け止めや、「もう過去の事だが、安倍晋三総理もこれくらい必死に警護して頂きたかった」という声も見かけました。


あの人たちはSPではないかもしれない

「SP」は、要人のそばに付く警察官を指す呼び名として広く使われています。

もとになっているのは警視庁で警護の任務に当たる警察官で、その中身を決めているのが、警察庁を管理する国家公安委員会の定めた警護要則という規則です。

いまの警護要則は2022年8月26日のもので、それまでの規則はそこで廃止されました。

では、誰を守るための決まりなのでしょうか。

第2条に、警護対象者の定義が置かれていました。

内閣総理大臣、国賓その他その生命及び身体に危害が及ぶことが国の公安に係ることとなるおそれがある者として警察庁長官(以下「長官」という。)が定める者をいう。

出典:警護要則(令和4年国家公安委員会規則第15号)第2条第1号

名前が書かれているのは、内閣総理大臣と国賓の2つだけ

あとは「長官が定める者」とあって、その中身は公表されていません

そして天皇皇后両陛下のお出かけには、これとは別の規則が用意されています。

警衛要則というもので、こちらが扱うのは「天皇の行幸、皇后、皇太后、皇太子及び皇太子妃の行啓」、つまりお出かけの場合です。

仕事の呼び名じたい、警護ではなく「警衛」でした

担当の分け方は、第3条に書いてあります。

警衛は、都道府県警察が実施する。

御身辺の直近の護衛及び御用邸内の警備は、前項の規定にかかわらず、原則として皇宮警察が担当する。

出典:警衛要則(昭和54年国家公安委員会規則第1号)第3条第1項・第2項

いちばん近くにいるのが皇宮警察で、その外側を都道府県警察が固める形。

東京都内であれば、外側は警視庁になります。

皇宮警察というのは、警察庁に置かれた皇宮警察本部です。

両陛下や皇族各殿下の身辺の安全を確保するため、お出かけになる際にも一番近くで護衛にあたっていると、本部のサイトにあります。

各国の元首や大使・公使が皇居へ参内するときには、騎馬やサイドカーで護衛にあたるという説明もありました。

階級の名前まで独自で、警察法第69条に並んでいるのは皇宮警視監から皇宮巡査まで

 

そうなると、映像のあの人たちを「SP」と呼ぶのは少しずれています

ただ、皇宮警察も都道府県警察もあの場では私服姿なので、あの一人がどちらの所属なのかは外から見分けられません

 

名古屋から東京までとなると、通り道の県がいくつも変わります。

警衛要則の第16条は、警衛が二以上の都道府県警察の管轄区域にわたる場合について、引継ぎや管轄区域外での職権行使をあらかじめ協議しておくよう求めていました。

警視庁や道府県警察本部だけでなく、警察署にも警衛実施本部を置くという条文まであります。

警察法の第69条第3項には、皇宮護衛官が、事件を捜査する司法警察職員として動ける範囲も書いてありました。

両陛下や皇族の生命・身体・財産に対する罪、皇室用財産に対する罪、それに皇居や御所などの施設で起きた犯罪について、と限られています。

そして同じ条の第6項には、皇宮護衛官と警察官は相互に協力しなければならない、と一行。

私服の集団がひとつの塊に見えても、中では組織がいくつか噛み合っている形でした。


警察が銃を使える条件は二段になっている

では、その場で撃つことはできるのでしょうか。

警察官職務執行法という法律の第7条に決まりがあって、条文は二段に分かれています。

警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。

ただし、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

出典:警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)第7条

前半が「武器を使用することができる」の段、後半が「人に危害を与えてはならない」の段でした。

同じ条文のなかで、武器を使うことと、人に当てることが別々に書かれています

 

しかも前半の段に掛かっている縛りは、二重でした。

使ってよいのは、3つの目的のために必要だと認める「相当な理由」があるときだけ。

そのうえで、使い方は「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」と限られていました。

3つの目的というのは、犯人の逮捕か逃走の防止、自分か他人を守ること、公務の執行に対する抵抗を抑えることです。

 

では、人に当てるほうはどうでしょうか。

認められるのは、刑法36条の正当防衛か37条の緊急避難に当たるときと、あとは条文の第1号と第2号に挙がっている場合だけでした。

第1号は、死刑や無期、長期3年以上の拘禁刑に当たる凶悪な罪を犯した、あるいは犯したと疑うに足りる十分な理由のある人が抵抗したり逃げようとしたりして、ほかに手段がないと信じるに足りる場合。

第2号は、逮捕状などを執行するときに、同じように抵抗や逃走があった場合です。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方になります。

 

では、目の前で誰かが両陛下に危害を加えようとしたら。

それは他人の生命を守る場面ですから、正当防衛として危害を与える射撃も、条文の内側に入ってきます。

「即時発砲って出来るのかしら」への答えは、できる場面がある、になりそうです。

 

警察法第69条第5項は、この第7条を皇宮護衛官の職務の執行について準用すると書いていました。

いちばん近くにいるのが皇宮警察でも、銃をめぐる線は同じところ。

リプ欄には、こんな声も。

  • 「誤射もやむを得ないくらいには覚悟決まってそう」
  • 「ホルスターの拳銃から手を離せない状態なんだろうな……これ、指もずっと引き金にかかってそう」

ただ、条文のどこにも「やむを得ない」と読める場所はありませんでした

手をかけるところまでが入口で、そこから先に関門が二つ。

覚悟の強さで決まる場所ではなかった、というのが条文を読んだ印象です。


盾がかばんの形をしている理由

先頭の人が持っていた板について、リプ欄では「一番先頭の人が持ってるiPadみたいな板なんだろう」「クラッチバックは防弾板入りかな」「前の二人は鉄板入りカバン持ちやね」と、読み方が分かれていました。

同じ形のものは、報道写真にも残っています。

時事ドットコムの写真特集に2023年4月22日の1枚があって、その説明はこうでした。

SPのかばん型防弾盾 岸田文雄首相が来場した衆院千葉5区補選の街頭演説会場で、警護員(SP)が手にしていたかばん型の防弾盾

出典:時事ドットコム「SP〜要人警護のプロフェッショナル〜 写真特集」

名前そのものが「かばん型防弾盾」。

警護要則にも装備の章はあるのですが、第20条は「装備資機材に関する情報の収集を行うとともに、その開発及び導入に努める」とだけで、品名は出てきません

 

そのかばんを持つ人の役目も、条文の側に書いてあります。

警護要則の第3条は、警護を重層的に行うよう求めていて、警護員を役割ごとに並べていました。

いちばん内側は、警護対象者の直近か付近で、周囲の警戒、不審者の接近阻止、危害の排除、対象者の防護などに当たる人。

その外側は、周辺で不審者や危険物を見つけ、接近を阻み、危険物を除く人。

さらに外側に、交通整理や雑踏整理などの措置を執る人が置かれます。

引用されたポストが並べていた「射殺する覚悟の顔」と「盾となる覚悟の顔」は、条文だといちばん内側の一行に、危害の排除と防護として一緒に書かれていました。

別々の人の覚悟ではなく、同じ役目の裏表

では、なぜ盾が盾の形をしていないのでしょうか。

その答えらしきものが、警衛要則の第2条に置かれていました。

警衛は、天皇及び皇族の御身辺の安全を確保するとともに、歓送迎者の雑踏等による事故を防止することを本旨とする。

警衛の実施に当たっては、諸般の情勢を総合的に判断し、形式にとらわれることなく、効果的、かつ、皇室と国民との間の親和を妨げることのないようにしなければならない。

出典:警衛要則(昭和54年国家公安委員会規則第1号)第2条第1項・第2項

守る対象に、見送りや出迎えに集まった人の安全まで入っています。

そのうえで、皇室と国民との間の親和を妨げてはいけない、と念を押していました。

同じ規則の第5条には、警衛員は歓送迎者などへ親切な接遇をするよう心掛けなければならない、という一行まであります。

第18条は、ちょっとした視察のときの警衛について「努めて目立たないように実施する」とまで書いていました。

そこを察している声は、リプ欄にもあるんです。

「本当はこんな武力で威圧するようなこと天皇がしたくないだろうけど」という一言も、実際に混じっています。

 

あの場は、決まりの側から「目立つな」と言われている場所でした。

そこで周囲に目を配り、板を抱え、懐に手を入れているように見える人まで。

盾を盾の形にできない理由は、盾に見えてはいけないという一行に書いてありました。

 

映像がすごいと言われた理由は、覚悟の差ではなかったと思います。

目立たないようにと書かれた枠のなかで、あそこまでやっているところに、見ているこちらが緊張していました。

アジア大会はまだ続いていますし、両陛下のお出かけも、またどこかであるはずです。

次に同じような映像が流れてきたら、こんど目がいくのは銃ではなく、先頭を歩く人が抱えているかばんかもしれませんね。

 

この記事で参考にした情報

  • 警衛要則(昭和54年国家公安委員会規則第1号)
  • 警護要則(令和4年国家公安委員会規則第15号)
  • 警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)
  • 警察法(昭和29年法律第162号)
  • 皇宮警察本部「皇宮警察本部の仕事」
  • 時事ドットコム「SPのかばん型防弾盾」(2023年4月22日)
  • NHK「愛知・名古屋アジア大会開幕 天皇陛下が開会を宣言」(2026年9月19日)
  • 時事通信「両陛下と秋篠宮ご夫妻、9月に愛知へ アジア大会開会式出席」(2026年8月19日)