本棚に入りきらなくなった本を、まとめて古本屋へ持っていく。

値がつかないものもあるけれど、誰かがまた読んでくれるならいいか、と思って手放す。

たいていの人は、そこで本のことを考えるのをやめますよね。

ところがその1冊が、いま思ってもみない場所へ運ばれているかもしれません。

 

2026年9月22日、日本テレビが「古書店で謎の大量注文が相次いでいる」と報じました。

注文の送り先はどれも同じ物流センターで、さらに米国向けに「日本の本」が50トン以上輸出された記録も見つかったとのこと。

今回は、売られた本がどこへ行って、そこで何をされて、それを止める決まりはあるのかについて、わかりやすく解説していきたいと思います。


専門書ばかりが1日100冊売れていく

最初におかしいと気づいたのは、注文を受けている側です。

日本テレビの取材に対して、古書店は「1日100冊売れる」「売上が5倍になった日もある」と話していました。

増えはじめたのは今年の8月ごろから。

売れているのは、オンラインの古書店に出している中古の本だというのが、この話のはじまりです。

 

売れ筋も、いつもと様子が違っていました。

東京都内の古書店はジャンルについて「脈絡がない」と語り、哲学、歴史、医学、法律のほか、「江戸時代の生活・文化」や「30年前の政界の話」に関する本が売れたそうです。

「普通は小説やコミックが売れるが、専門書がこんなに一気に売れたことはない」とのこと。

 

もっと引っかかるのは、注文の届き方でした。

1000冊以上を売ったという関東の古書店の店主は、注文が等間隔であることから「機械的にシステムを組んで買っているのでないか」と推測しています。

選んでいるのは、人間ではないのかもしれません。

そして「一つの送り先にこんなに多くの本を売ったことはない。業界の仲間にも同じ現象が起きている」と語っていました。

 

関係者によると、注文は複数のアカウントから別々の店に入っていて、送り先はいずれも岡山県にある物流センターだったそうです。

そのセンターを運営する日本企業は「個別の取引については回答を控える」として、買っている相手が誰なのかは答えていません。

東京都古書籍商業協同組合も「最近そのような動きがあるとは把握していて、業界内ではAIの学習目的ではないかと話題になっているようだ」と説明していました。

西日本の別の古書店には、海外企業から「数万冊を注文できるか」という問い合わせメールが届いたといいます。

 

売れているのだから、店にとっては悪い話ではないはずです。

それでも、ある古書店の答えはこうでした。

「売上が上がるのはうれしいが、本の価値は今後どうなるのか。複雑な気持ちもある」

うれしさと落ち着かなさが同居している感じが、そのまま出ている一言だと思います。


盗むのをやめて買う側に回った日

多くの人が引っかかったのは、「なぜ買うのか」というところ。

生成AIの学習といえば、ネット上の文章を勝手に集めてくる話が知られていましたから。

わざわざお金を出して、しかも重い紙の本を、船で運ばせてまで手に入れる。

その理由が、どうにも見えてきません。

 

その答えは、今年の夏にアメリカで出た結論にあります。

2026年7月20日、サンフランシスコの連邦地裁が、AI企業のアンソロピックと作家側の和解を最終承認しました。

金額は15億ドル、日本円にしておよそ2400億円。

対象になった書籍は48万2460冊で、1作品あたりおよそ3000ドルが権利者へ配られます。

 

この和解で問題になったのは「本を学習に使ったこと」ではありませんでした。

海賊版サイトからダウンロードして保存していた分についての決着です。

その前の段階で、もう別の判断が出ています。

買った本のスキャンはフェアユースにあたる、というものでした。

フェアユースというのは、許可がなくても著作物を使ってよいと認められる、アメリカの考え方です。

 

拾ってきたものは高くついたけれど、買ったものは通った。

そうであれば、次にやることは一つしかありません。

日本の古書店に注文が並びはじめたのが8月ごろというのは、この結論が出たあとの時期にあたります。

 

ネットでは「トンで盗むな」という言葉も流れていました。

気持ちは、とてもよく分かるんですよね。

ただ、AI企業はいま、盗むのをやめて買いに来ています。

そしてその向きの変化が、この件をややこしくしました。


裁判資料に日本の取次の名前があった

買われた本が運ばれていく先は、倉庫と裁断機。

日本テレビによると、アンソロピックは「世界中のすべての書籍を破壊的にスキャンする」と計画し、本を収集、裁断、スキャン、データ化してAI学習に使っていたとされています。

背表紙を落として、ばらばらの紙にして、一枚ずつ読み取る。

裁断とスキャンを通った本は、もう本の形には戻りません。

 

同社が訴えられた米国の裁判の資料には、日本の書籍も対象になっているとみられる記載があり、そこに日本の大手出版取次の名前もあったそうです。

取次というのは、出版社と書店のあいだに立って本を流す会社を指します。

同局が輸出入データの分析ツールを使って調べたところ、その取次のグループ会社から米国向けに、昨年以降で計50トン以上の「JAPANESE BOOKS」が輸出された記録が確認できたとのこと。

すべてが重いハードカバーだったと仮定した場合、10万冊分の規模になる計算だそうです。

 

この日本企業は個別の取引についてはコメントせず、「当グループにおいて、AI企業の学習向け用途と認識したうえで販売した事実はございません」と回答しました。

売った覚えはあっても、その先が学習用だとは知らなかった、という説明です。

このあたりが、今回の話でいちばん見えにくいところでしょう。

この取次をめぐっては、9月4日にも一度ニュースになっていました。

そのときの見出しにあった「米出版取次は拒否」という一節が、業界では特に重く受け止められたようです。

日本の出版社およそ380社が加盟する出版業界の団体からも、事実確認を求める声が出たと伝えられています。

今回の古書店の話は、それとは別の入り口から、同じ方向を向いている出来事です。

紙の本を裁断してスキャンしているのは、この1社だけでもありません。

米国のメディア「404 Media」によると、アマゾンも紙の書籍を倉庫に集めて、裁断、スキャンし、廃棄している実態が報じられていて、その中には日本の本も含まれていたとされています。


条文には利用できると書いてある

それにしても、法律で止められないのか、と思いますよね。

ネットでも「日本では著作権法30条の4では違法」という受け止めが広がっていました。

その30条の4には、こう書いてあります。

著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

出典:著作権法第三十条の四(e-Gov法令検索)

まず、この条文が並べている例のひとつが「情報解析」です。

述語は「利用することができる」。

禁止の条文ではなく、許す側の条文なんです。

 

さらに気になるのが「いずれの方法によるかを問わず」という一節。

どうやって読み込んだかまでは、問われていないんですね。

裁断してスキャンする、という方法も、そこに引っかかりません。

 

日本テレビの取材に答えた早稲田大学の上野達弘教授も、現在の日本の著作権法においては「AI学習(情報解析)についての著作物利用は適法であると考えられる」と説明しています。

残っているのは、ただし書きの「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」にあたるかどうか。

上野教授によると、まさにそこが関係者の立場によって議論になっているそうです。

 

もうひとつ、古本という形そのものについても決まりがあるのをご存じでしょうか。

著作権法26条の2は、著作者が自分の本を譲渡する権利を持っていると定めたうえで、その2項で、一度その人の許諾を得て世に出た本の譲渡には、その権利が及ばないとしています。

だから中古の本は自由に売り買いできますし、100回持ち主が替わっても、書いた人に1円も入りません。

今回、何トンぶんの本が船に積まれても、著者が止める窓口はそこにないんです。

 

法律がじっと見ているのは、権利を持っている人の取り分のほう。

紙の本が残るかどうかは、この条文の担当ではありません。

誰かが手を抜いているわけでもなく、悪いことをしているわけでもないのに、本だけが静かに減っていく形。

なお、文化庁は「AIと著作権」というページを作って、考え方をまとめています。


日本の本は必ず1冊残っている

本そのものが減っていくのは、やはり気持ちのいい話ではありません。

実際ネットでも「AI汚染されていない情報がどんどん失われていく」「都合の悪い情報はボタンひとつで消される」という声が出ていました。

紙が消えれば、確かめる手立てごと消えるのではないか、という心配です。

 

そこに、一つだけ別の決まりが用意されています。

国立国会図書館法の25条です。

民間の発行者は、出版物を発行した日から30日以内に、1部を国立国会図書館へ納めなければならない、と書かれています。

納本制度と呼ばれているものですね。

 

しかもこれ、守らなかったときの罰まで用意されているんです。

同じ法律の25条の2には、正当の理由がなくて納めなかった場合、その出版物の小売価額の5倍に相当する金額以下の過料に処する、とあります。

過料というのは、罰金とは別に科されるお金の罰のこと。

売った値段の5倍というのは、なかなか本気の数字です。

 

対象は、大きな出版社の本にかぎりません。

同館の案内によれば、個人出版の私家本や同人誌も納本の対象になっています。

つまり日本で出た本は、原則としてどこかに1冊は残る仕組み。

5月25日は「納本制度の日」とされていて、ここ数年は毎年、その日に同じ案内が出ています。

もちろん、納めるのは発行者の義務です。

そこから漏れてしまう本もあるでしょう。

それでも、確かめる手立てはこちらにあります。

国立国会図書館サーチという検索ページが、誰でも無料で使えるようになっているんです。

手放した本の書名を入れてみれば、同じ本が残っているかどうかは、その場で分かります。

 

50トンという数字を見たときは、さすがに落ち着かない気持ちになりました。

買われていく本を止める手立ては、こちらの側にはありません。

ただ、消えるかどうかは、もう別の仕組みが引き受けてくれています。

だから次に本を手放す日も、そこまで身構えなくていいんですよね。

 

この記事で参考にした情報

  • 古書店への大量注文と輸出記録について/日本テレビ「【独自】古書店で「謎の大量注文」相次ぐ……AI学習か 米国向け「日本の本 50トン」の輸出記録も」(2026年9月22日配信)
  • 米国の訴訟と和解について/アンソロピックと作家側の和解に関する各社報道(2026年7月)
  • 取次とAI企業の契約について/日経ビジネス「アンソロピックのAI学習向け書籍販売、日販が契約 米出版取次は拒否」(2026年9月4日配信)
  • 法律の条文/著作権法第三十条の四・第二十六条の二、国立国会図書館法第二十五条・第二十五条の二(e-Gov法令検索)
  • 納本制度について/国立国会図書館の案内ページ、および同館公式アカウントの告知