千葉県匝瑳市の浜に、17メートルのクジラが横たわったままになっています。

見つかったのは9月19日の朝。

台風が近づいて海が荒れているため、運び出す作業は止まったままです。

その様子を写した動画がネットに流れて、反応がざわつきました。

「爆発寸前じゃないですか」

「絶対に近付いたらアカンやつなんすけどね」

クジラのすぐそばに、人が立っていたからです。

 

死んだクジラが、ときどき爆発する。

そう言われても、初めて聞いたときはぴんと来ないものですよね。

今回は、クジラの死骸が膨らんで爆発する仕組みと、浜で見かけたときにどうすればいいのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。


台風が来て運び出せなくなった

見つかったのは、千葉県匝瑳市の新堀浜という海岸です。

9月19日の朝、ナガスクジラとみられる体長17メートルほどのクジラが打ち上がっているのが見つかったと報じられています。

発見された時点で、すでに死んでいるものとみられていました。

匝瑳市は現場の周りにロープを張って、近づかないよう呼びかけています。

ただ、台風が近づいて海が荒れていたこともあって、撤去の作業はまだ行われていないそうです。

体長17メートルとなると、重機も船も要る相手。

だから、海が落ち着くのを待つしかありません。

 

翌20日の午前10時20分ごろ、近くの市から浜を訪れた人が、その姿を写真に収めました。

集英社オンラインの取材に、この人はこう話しています。

「クジラの口の周辺を見ると、内臓なのか舌なのかは分かりませんが、赤い部分がパンパンに膨らんでいるように見えました。かなり大きく膨張していたので、遠くからでも目につきました」

記事の見出しに入っていたのは、その膨らみと、もうひとつ。

「触ろうとする人も」

本文には、その中身がはっきり書かれていました。

「悪天候だったので、見物人はそれほど多くありませんでした。ただ、ロープの内側に入って、クジラに触ろうとしている方もいました」

撮影した本人は、自分の立ち位置についてもこう続けます。

「私はロープには近づかず、十分に距離を取った場所から望遠で撮影しました」

 

テレビ朝日系の報道によると、20日に口から飛び出していた赤黒い風船のようなものは、21日の画像ではしぼんでいたそうです。

集英社オンラインは、翌21日に現場で確かめたところその膨らみは破裂していたと書いていました。

腐ったようなにおいが遠くまで届いていたことも、撮影者の話として出てきます。

ネットで「爆発寸前だ」という言葉が飛び交ったのは、そのあとでした。

 

22日の夜になっても、クジラは浜に残ったままで、見に行ったという投稿がいまも流れてきます。

集英社オンラインによると、台風でクジラが打ち上げられたのかどうかも、まだ確認されていないそうです。

国際捕鯨委員会(IWC)は、漂着した個体について、可能なら死後の調査を行って死因や漂着の背景を調べるとしています。

ただし腐敗が進むと、原因の特定が難しくなることもあるとのこと。

待っているあいだに、なぜここへ来たのかまで分からなくなっていく。

 

画面の中で流れている時間と、浜で流れている時間。

ところが、この2つはよくずれます。


死んだクジラの体の中で起きていること

あの膨らみは、いったい何だったのか。

クジラが死ぬと、体の中では微生物の働きで腐敗が進んでいきます。

そして、そのときに出るのがメタンガスをはじめとするガスです。

ところがクジラの体は、分厚い脂の層に覆われています。

ガスが外へ抜けにくいので、風船のように内側から膨らんでいく。

集英社オンラインの記事で紹介されていたアメリカ海洋大気庁(NOAA)の資料でも、腐敗が進んだ大型のクジラでは、舌が口から突き出したり、腸がガスで膨らんだりする状態が示されているそうです。

ネットでは「口から出ている赤いものは舌ではないか」という見方も出ていました。

ただ、写真だけでどの組織かを決めることはできないと、集英社オンラインは書いています。

パンパンに張った風船に、行き場のない空気が入り続けたらどうなるか。

答えは、みなさんがもう知っているとおりです。

 

そして、実際に起きた例もあります。

いちばん知られているのが、2004年1月26日に台湾で起きた一件でしょう。

海岸に打ち上がった体長17メートル、体重50トンのマッコウクジラを、研究のためにトラックで運んでいる途中のことでした。

台南市の市街地で、その体が破裂したと伝えられています。

血と内臓が、店先や自動車、見物人にまで飛び散りました。

このとき報じられた体長は17メートルで、今回の匝瑳市のクジラと同じくらいの大きさです。

 

人の手で爆発させてしまった例もあります。

1970年11月12日、アメリカのオレゴン州の海岸に打ち上がった体長14メートルのコククジラを、ダイナマイトで吹き飛ばして片づけようとしたときのこと。

脂肪の大きな塊が飛んでいって、自動車を叩き潰したと記録されています。

2013年11月29日には、デンマーク領のフェロー諸島で、打ち上げられたクジラを解体している作業中に破裂が起きました。

腹部にノコギリを入れた瞬間だったそうです。

ガスが溜まった体は、刺激を与えなくても自然に裂けることがありますし、手を加えれば一気に抜けてしまう。

どちらにしても、遠くから見ているのが正解です。


国の手引きが最大の問題と書いたもの

打ち上げられたクジラで怖いのは爆発だ、という話に聞こえると思います。

国が作っている手引きには、少し違うことが書いてありました。

水産庁の「鯨類座礁対処マニュアル」、クジラが浜へ乗り上げること(座礁)への対処をまとめた手順書です。

全部で161ページあって、通報の仕方から、種類の見分け方、解剖の手順、処分の方法まで書かれています。

 

この中に「爆発」という言葉が出てくるのは、2回だけです。

しかもその2回は、どちらも巻末に載っている廃棄物処理法の条文の中の「爆発性」という語で、クジラの説明として書かれたものではありません。

「膨張」も「破裂」も、1回も出てきませんでした。

 

では、このマニュアルがいちばん警戒しているのは何なのか。

目次を開くと、現場の対応を並べた章の最後に、こんな項目が立っています。

「12 見物者対応」

しかも、マスコミ対応の次に独立した1項目として置かれているんです。

中身はこう書かれていました。

「現地への関係者以外の侵入禁止や交通整理が最大の問題となる」

最大の問題。

クジラが打ち上がった現場で国が手を焼くと書いたのは、集まってくる人たちのほうでした。

 

同じ扱いは、ほかの箇所にも顔を出しているんです。

最初の現場対応を説明した箇所には「見物者も多く、見物者の安全対策、交通整理等も必要である」とあります。

市町村が現地対策本部を立ち上げたときに検討する仕事の一覧にも、「見物者対応及び安全確保」が入っていました。

座礁が起きたときの流れを示した図にまで、「見物者対応」という箱が描かれています。

現場を守る項目には「鯨肉や歯等の盗難防止のため24時間体制の監視が必要」という一行まであって、警察への協力要請にも触れられていました。

長年の経験から作られた手引きが立てている前提は、人が集まってくること。

つまり、大きなクジラが上がれば、どこの浜でも同じことが起きるのでしょう。

 

触らないよう書かれている理由も、読んでみると爆発ではありませんでした。

「死体は病原菌に感染しているかもしれないので、素手でむやみに触れない方がよい(特に腐敗が進んでいる場合)」

さらに、同じ資料に収められた国の通知にも、「鯨類の座礁等については、その原因が不明であり、病原菌に感染していることも考えられる」と書かれています。

なぜ死んだのかが分からないまま浜へ上がってくるので、何を持っているのかも分かりません。

だから距離を取る、という順番です。

 

においと油についても、現実的な記述がありました。

「死亡鯨体は、時間の経過に伴い、強烈な異臭、大量の油を発する場合がある」。

現場の作業にあたった自治体の記録には、「鯨油が付着すると臭いも付着し、洗浄しても落ちない」という一行まであります。

防護の装備を着けた人ですら、そうなる。

サンダルとTシャツで近づいたら、その服はもう戻ってきません。

 

大型のクジラが打ち上がった場合には、ボランティアの受け入れも「原則として行わないことが望ましい」とされています。

つまり、助けたいという人の手さえ現場では断るという判断です。

2007年3月13日には、愛媛県の宇和島湾に迷い込んだマッコウクジラを助けようとして小型船が転覆し、亡くなった方が出ています。

マニュアルは、救出するかどうかの判断について「まず救出者の人命を最優先に考えてなされるべきである」と書いていました。


浜で見つけたら電話する先がある

では、もし自分が浜で大きな生き物を見つけてしまったら、どう動くのがいいのでしょうか。

手引きに書かれている最初の一歩は、とてもあっさりしています。

「座礁等の発見者等が市町村役場等に通報する」

そのあと、市町村は都道府県に、都道府県は国に伝えていく流れです。

連絡する先は、その場所を管理している人。

漁港や港湾の区域なら市や町、または県で、そこから外れた海岸なら市や町であることが多いとのこと。

迷ったら、市役所や町役場の代表番号にかけて「浜にクジラが上がっています」と伝えるところからで十分です。

 

大事なのは、生きていても死んでいても連絡する、というところ。

むしろ、死んでいるからこそ早く伝えたほうがいい相手なんですよね。

もうひとつ覚えておくと役に立つのが、国立科学博物館の運営している「海棲哺乳類情報データベース」という窓口です。

ここにはクジラやイルカ、アザラシなどが日本のどこに打ち上がったかがまとめられていて、1798年6月からの漂着の記録が公開されています。

サイトには「ストランディングを発見したら」というページがあって、発見を知らせるフォームまで用意されていました。

ストランディングというのは、クジラやイルカが岸に乗り上げたり、流れ着いたりすることを指す言葉です。

 

打ち上がったクジラのゆくえを決めているのも、やはり法律。

廃棄物処理法という法律の第2条には、「廃棄物」として、ごみや粗大ごみと並んで「動物の死体」が挙げられています。

骨格標本などに使う人が現れなければ、打ち上がったクジラの扱いは一般廃棄物。

市町村がクジラを集めて運んで処分する義務を負う、と手引きは説明しています。

方法は、重機で海岸に穴を掘って埋めるか、焼却するか。

 

かかる費用の実例は、すぐ近くにあります。

2023年1月に大阪湾で死んだマッコウクジラ「淀ちゃん」は、和歌山県の紀伊半島沖まで運んで沈める方法が選ばれました。

そのときの処理費用は、約8000万円。

翌年の2024年2月、同じ大阪湾で死んだクジラを大阪府が処理したときは、堺市内の府有地に埋める方法で概算1500万円だったと日本経済新聞が報じています。

同じ湾から上がったクジラなのに、沈めるか埋めるかで、金額はここまで動く。

淀ちゃんの8000万円は、大阪市が当初3800万円ほどと試算していたところへ業者側が約8600万円を示し、そこに近い額で決まったと伝えられています。

市の入札等監視委員会は、費用の積算の根拠が不明瞭だと指摘しました。

 

浜に打ち上がった大きな体は、見る側にとっては一生に一度の光景でも、引き受ける側にとっては重機と費用の話なんですね。

 

匝瑳市の浜のクジラは、いまもロープの内側で撤去を待っています。

知らなかったことを、責められる筋合いはありません。

国が作った手引きでさえ、人が集まってくるのを当たり前のこととして書いているくらいですから。

浜で大きな生き物を見かけたら、近づく前に市役所か町役場へ一本だけ入れてみてくださいね。


この記事で参考にした情報

今回の出来事については、次の報道を読みました。

  • 集英社オンライン「〈千葉・匝瑳〉海岸に17メートルの巨大クジラ…口元から赤い“何か”が膨張、現場で見た『触ろうとする人も』」(2026年9月21日配信)
  • テレビ朝日系(ANN)「外房の浜にクジラ打ち上げ 台風で撤去できず 口から“風船”…腐臭も 千葉・匝瑳市」(2026年9月22日配信)

打ち上げられたクジラへの対応は、この3つで確かめています。

  • 水産庁「鯨類座礁対処マニュアル」
  • 静岡県水産・海洋技術研究所「クジラやウミガメの漂着時の対応」
  • 廃棄物処理法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)第2条

処理にかかったお金については、大阪の2件を当たりました。

  • 日本経済新聞「クジラ処理、大阪府は1500万円 『淀ちゃん』8000万円と差」
  • 関西テレビ放送「クジラ『淀ちゃん』8000万円の処理費の経緯は…」

過去に起きた破裂と、発見したときの連絡先はこちらです。

  • ウィキペディア日本語版「鯨の爆発」(台湾・オレゴン州・フェロー諸島の事例)
  • 国立科学博物館「海棲哺乳類情報データベース」