40歳になったころから、給与明細に「介護保険料」という欄が増えていませんか。

その保険料をめぐって、ある見出しが話題になりました。

「34歳脳梗塞 若くて介護保険使えず」。

2026年9月27日の夜、Yahoo!ニュースのトピックスにこの見出しが並ぶと、ネットにはすぐに声が集まりました。

「現役世代は介護保険使えないけど 高齢者は無限に使い放題」という怒りもあれば、40歳未満には障害福祉のサービスがあるはずだという声も並んでいます。

どちらも本気で書かれていて、読んでいるうちに、どちらが本当なのか分からなくなってくるんですよね。

40歳の手前で倒れたら、本当に頼れるものは何もないのでしょうか。

今回は、介護保険の40歳の線がどこから来たのかと、その手前で倒れたときに頼れる制度について、わかりやすく解説していきたいと思います。


180日のあとに待っていた40歳の線

ニュースになったのは、34歳のときに倒れ、いま37歳になった愛知県一宮市の商社マン、湯浅巧さんです。

東京で働いていたとき、脳の中枢にあたる「脳幹」の脳梗塞に襲われたと伝えられています。

意識のない状態がしばらく続き、目が覚めると体の両側に麻痺が残っていて、体も口もまったく動かなかったとのこと。

医師からは「最悪寝たきりか、一生車いすを、覚悟してください」と告げられたといいます。

それでも過酷なリハビリを続け、発症から半年後には一歩を踏み出せるようになりました。

 

いまは実家で毎日歩く練習を続けながら、車いすを使わずに暮らしているそうです。

目指しているのは、来年秋の職場復帰。

その湯浅さんが「一番大変なのは、介護保険が使えないんです」と話していました。

報道によると、入院後に医療保険でリハビリを受けられるのは発症から180日までで、そのあとの受け皿は介護保険です。

ところが介護保険に入れるのは40歳以上で、34歳で倒れた湯浅さんは対象ではなかったと伝えられています。

 

リハビリの現場の人は、こう書いていました。

急性期は倒れた直後に治療を受ける時期、回復期はそのあとリハビリに集中する時期のことです。

180日で元どおりになるとは限らないのに、区切りのほうは日数で先に決まっていて、湯浅さんの場合はそのすぐ先で年齢の線が待っていました。

いまは2年以上、民間のリハビリに全額自費で通っていて、受け取っている障害年金(病気やけがで暮らしや仕事に支障が出た人が受け取る年金)は、週2回通うだけで1か月分を使い切ってしまうとのこと。

若いのに使えないと聞けば、腹が立つのも無理はありません。


40歳の線は保険料を払い始める年齢

では、そもそもなぜ40歳なのでしょうか。

会社員なら、介護保険料は40歳になるころから健康保険料と一緒に引かれ始めます。

介護保険の加入者は、65歳以上の「第1号被保険者」と、40歳から64歳までの「第2号被保険者」の2種類だけ。

40歳は、保険料を払う側と使う側に、同時に入る年齢なんです。

それより若い人は、払う側にも使う側にも、まだ入っていません。

 

ネットで「払ってないしそら使えんやろ??」という声が出ていたのは、この仕組みを指していたんですね。

ただ、40歳から64歳の人なら何にでも使えるわけではなく、使えるのは国が決めた16の「特定疾病」で介護が必要になったときに限られます。

介護保険法は、特定疾病を「加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病」と説明していて、年を重ねて起きる病気に備えるのが、この制度の出発点なんですね。

脳梗塞などの脳血管疾患は、その16の中にしっかり入っています。

40歳を過ぎてから脳梗塞で倒れたなら、介護保険の対象になるということ。

 

この線を下げるかどうかは制度ができたころから話し合われてきていて、国の介護保険部会が2022年にまとめた意見にも、両方の声がそのまま残されています。

下げることに反対する側は、「若年層は子育て等に係る負担があること、受益と負担の関係性が希薄であること」を理由に挙げていました。

広げる側からは、「将来的には、介護保険の被保険者範囲・受給者範囲を拡大して介護の普遍化を図るべき」という意見も出ています。

結論は「引き続き検討を行うことが適当である」でした。

ネットの「全世代に介護サービスなんて言ったら20代30代の手取りさらに減るよ」という声と、「介護の必要性は年齢ではなく、本人の状態で判断されるべき」という声は、国の会議でもそのまま向かい合っています。

どちらの言い分にも筋が通っていて決めきれないまま、線は40歳のまま動いていません。


40歳前に倒れた人に残された3本の道

それなら、その手前で倒れた人は放り出されてしまうのでしょうか。

道は3本あります。

1本目は、障害者総合支援法の障害福祉サービスです。

市区町村の障害福祉の窓口で身体障害者手帳の交付を受けると、自宅での介助のほか、通いながら理学療法や作業療法で体の動きを取り戻す「自立訓練(機能訓練)」などが使えるようになります。

介護保険に入る前の年代の受け皿として用意されてきたのは、もともとこちらでした。

 

ただし手帳は、倒れてしばらく経つまで受け取れません。

東京都の基準では、脳血管障害はどの程度の障害が残るかがおおむね6か月ほどで決まるとして、原則その時点以降に認定するとしています。

2本目は、障害年金。

湯浅さんもこれを受け取っていて、会社員として働いているあいだに初診日(その病気で初めて病院にかかった日)があれば、厚生年金の分も上乗せされます。

障害年金を受け取れるかどうかは、初診日から1年6か月たった日の状態で判断するのが原則です。

脳血管障害の場合は、初診日から6か月が過ぎたあとで、それ以上の回復がほとんど望めないと認められれば、その日まで早められる特例があります。

手帳と年金は、まったく別々の審査。

手帳が1級でも、年金は不支給ということがありえます。

しかも脳梗塞の場合は、最初に出した診断書が重く見られ、あとから出し直すのが難しい「一発勝負」になりやすいそうです。

 

3本目は、医療保険のリハビリそのもの。

180日は「ここまで」と決められた日数ですが、例外も用意されています。

続ければ状態がよくなると医師が判断した場合には、180日を過ぎても医療保険でリハビリを続けられる決まりです。

そうでない場合でも、介護保険に入っていない人なら、月に13単位までは続けられます。

1単位は20分なので月に260分、週に1回1時間ほど通えるかどうかの量です。

180日を過ぎたあとのリハビリは、介護保険に入っている人の場合、2019年3月末で医療保険での扱いが終わり、介護保険へ移りました。

若い人はもともと介護保険の対象外なので、医療保険の枠がそのまま残っています。

ネットで「障害福祉サービス使えるから、介護保険使うより優遇されてるで」と言われていたのは、こうした道のことでした。

ただ、どの道にも手続きと期限がついています。


それでも使えないと言った理由

道がこれだけあるなら、湯浅さんはなぜ「一番大変なのは、介護保険が使えないんです」と話したのでしょうか。

いちばん分かりやすい違いは、お金です。

40歳から64歳の人が介護保険でリハビリに通うと、自己負担は原則1割。

湯浅さんが通う民間のリハビリは全額自費なので、同じ週2回でも負担の大きさがまるで違ってきます。

もう一つの違いは、期限の長さ。

  • 医療保険のリハビリ 原則180日
  • 障害福祉の自立訓練(機能訓練) 使える期間の目安は1年6か月
  • 介護保険(40歳から) 老いにともなう介護を支える仕組みで、介護が必要な度合い(要介護度)ごとに使える量に上限がある

どの道も、ある期間でリハビリにひと区切りがつき、そこから先は「いまの体で暮らしていく」ことを支える形になっているんです。

 

湯浅さんが倒れてから、もう3年が経ちました。

3年前は歩くこともままならなかったのに、いまは大きな横断歩道を2回に分ければ渡れるようになり、靴も1人で履けるようになったそうです。

母親は「本人の頑張り次第。手を出すと怒られましたので」と話していて、その回復が本人の意地に支えられてきたことが伝わってきます。

重い麻痺がある場合でも、自立訓練の標準の期間は3年間まで。

 

回復が3年続く人を、どの制度もあまり想定していないのかもしれません。

湯浅さんの言う「介護保険が使えない」には、お金のことだけでなく、この期限の短さも含まれているように思います。

湯浅さん自身も、「脳卒中の治療に関して、若いことをあまり想定していない」と話していました。

脳梗塞を発症する年齢の中央値は78歳で、40歳未満での発症はわずか2%ほどと報じられています。

高齢の人のリハビリなら、いまの暮らしを保つことが目標になりやすいでしょう。

けれど働き盛りなら、仕事に戻ることが目標になってきます。

 

湯浅さんは、同じ境遇の人たちと開いた交流会でこう話していました。

「僕の嫌いな言葉で、『障害受容』というものがあります。障害を、“今の自分を受け入れて楽しく生きていこう”みたいな」

参加した人も「私の場合は『受け入れたら自分が終わっちゃうな』と思ったんですよ」と応えていたとのこと。

もちろん、どう向き合うかは人それぞれです。

受け入れて前へ進む人もいれば、元に戻ることをあきらめない人もいます。

どちらも間違っていないのに、区切りのたびに行き場を探し直すのは、元に戻ろうとしている人のほうです。

180日の区切りの先に続けられる場所がなく、湯浅さんはいまも自費のリハビリ代を年金でまかない続けています。


40代で自分や家族が倒れたら

では、もし自分や家族が倒れたら、何から始めればいいのでしょうか。

介護保険に入っている年代と、その手前とで、入口は少し違います。

40歳から64歳の人は、脳梗塞なら介護保険の対象です。

市区町村の窓口で、介護がどのくらい必要かを判定してもらう「要介護認定」を申請するところから始まり、ここは高齢の人と同じ流れになります。

その手前の人は、介護保険のかわりに手帳と障害年金が頼りです。

手帳は症状が固まるおおむね6か月ごろ、障害年金は原則として初診日から1年6か月ごろが目安なので、その時期を早めに病院で確かめておくと慌てずに済みます。

障害年金は初診日を基準に決まるので、最初にかかった病院の名前と日付は、家族が控えておくと安心ですね。

どちらの年代にも共通する近道は、入院している病院の相談窓口です。

 

病院によっては、お金や退院後の暮らし、仕事との両立の相談に乗ってくれる医療ソーシャルワーカーという専門の相談員がいます。

都道府県ごとに1か所置くよう国が求めている「脳卒中・心臓病等総合支援センター」も、患者と家族の相談を受け付け、就労や福祉サービスの情報まで案内してくれる窓口です。

お住まいの都道府県名とあわせて検索してみてください。

会社員なら、休んでいるあいだの収入を支える傷病手当金が、支給が始まった日から通算で1年6か月まで出ます。

医療費がかさんだ月は、高額療養費の制度で自己負担に上限がかかるのも心強い点です。

 

そして何より、180日の区切りが来る前に、その先どこでリハビリを続けるのかを病院のスタッフと一緒に決めておくこと。

区切りが来てから探し始めると、選べる道が自費しか残っていない、ということも起こりえます。

若いから何も使えない、という話ではありませんでした。

使える制度は40歳の手前にもあって、つらいのは、その区切りがどれも回復より先にやって来てしまうところなんです。

いざというときは、遠慮せずに病院の相談窓口を頼ってみてくださいね。


この記事で参考にした情報

記事の中の数字と制度の説明は、次の資料で確かめています。

  • 東海テレビ「『一生車いす』から復活へ…34歳で脳梗塞の商社マン 職場復帰へリハビリも“制度の壁”」(Yahoo!ニュース、2026年9月27日配信)
  • 介護保険法・介護保険法施行令(特定疾病の定め)
  • 社会保障審議会介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見」(2022年12月20日)
  • 厚生労働省 診療報酬点数表(脳血管疾患等リハビリテーション料)
  • 障害者総合支援法施行規則・厚生労働省「障害福祉サービスの内容」(自立訓練)
  • 東京都福祉局の身体障害者手帳(肢体不自由)の認定に関する資料(脳血管障害の認定時期)
  • 日本年金機構「障害認定日」・国民年金/厚生年金保険 障害認定基準
  • 全国健康保険協会(協会けんぽ)「傷病手当金」
  • 厚生労働省「脳卒中・心臓病等総合支援センター」の通知