「そもそも宙吊りでパンツ一丁が、ヒップホップなわけがない!」

ラッパーのSKRYUが、自分のライブのいちばんふざけた場面を振り返って、インタビューで口にした言葉です。

その「宙吊りでパンツ一丁」の映像が、いまネットをもう一度駆け回っています。

「体型がキモすぎる」という一言を添えて広まったのに、返ってきたのは「SKRYUにキモいは褒め言葉」という声でした。

悪口のはずの言葉が、なぜか本人の味方として受け取られている不思議な光景。

今回は、あの映像がいつどこで撮られた場面なのか、そして「キモい」が褒め言葉に変わってしまう仕組みを、わかりやすく解説していきたいと思います。


1年前の幕張メッセのアンコール

あの映像を見て、最近のライブの一場面だと思った人もいるかもしれません。

撮られたのは、実は2025年9月21日の夜。

千葉・幕張メッセの国際展示場4-5ホールで開かれた、SKRYUのワンマンライブ『START』の終盤だそうです。

1年あまり前の映像が、いまになってもう一度回ってきました。

 

SKRYUは1996年生まれ、島根県出身のラッパーです。

MCバトルで名前を上げ、「超Super Star」や「How Many Boogie」といった曲で広く知られるようになったとのこと。

2026年2月には、ワーナーミュージック・ジャパンからメジャーデビューも果たしています。

ほかの出演者を呼ばず、自分ひとりが主役を張るワンマンライブ。

幕張メッセの国際展示場ホールでそれを開いたのは、ヒップホップのアーティストとして史上初めてだったと、インタビュー記事のプロフィール欄で紹介されています。

 

ライブレポートによると、客席はおよそ一万人。

幕が開くと、会場の後ろに置かれた大きな段ボールを突き破ってSKRYUが登場したといいます。

お札の紙吹雪まで舞ったそうです。

酔った勢いのSNS投稿に気をつけようと歌う曲では、本人が歌いながらその場でXに投稿してみせる、という笑わせる仕掛けもあったとのこと。

それでも後半に入ると、今度は泣かせる場面が続きました。

両親がステージに上がり、ABEMAの番組『木梨レコード』で共演した木梨憲武まで現れて、木梨とSKRYUの父親が「ガッチャマンの歌」をデュエットしたといいます。

一度は夢をあきらめて会社に通った時期もあった、と客席に語りかけたあと、アカペラで歌い出す場面もあったそうです。

そのとき本人の目には涙が浮かんでいた、とレポートは伝えています。

 

そして、アンコールの最後の曲の途中。

パンツ一丁になったSKRYUは、そのままワイヤーに吊られて空中へ上がっていったといいます。

客席を見下ろして「全員見えるぞ!」と叫び、妙なポーズまで決めたといいますから、会場の空気は一瞬でひっくり返ったはずです。

締めくくりの曲「頃合いのいい頃に」では、本人がマイクを手放し、客席のラップの大合唱で幕が下りたんだとか。

ネットには「ファン全員で“頃合いの良い頃に”を歌いながら着陸まで見届けた」と、その夜を思い出している人もいました。

 

レポートによれば、宙吊りの姿は終演後まもなくSNSで広まっていたそうで、1年前にも一度バズっていた場面なんです。

ライブの翌日、本人はXにこんな短い言葉を残しています。

なお、この記事ではSKRYUの体型の良し悪しは判定しません。

見ていくのは、あの場面が何のために作られたのかと、なぜいま回ってきたのかです。


「日本のラッパーはダサい」の流れ

では、1年あまり前の映像が、どうしていま急に回り出したのでしょうか。

きっかけは、まったく別の話題でした。

2026年9月25日、千葉雄喜がアニメ『スティール・ボール・ラン ジョジョの奇妙な冒険』のエンディングテーマ「死ぬか生きるか」を配信リリースしたと報じられています。

千葉雄喜は、かつてKOHHの名前で世界に知られたラッパー。

アニメのために曲を書き下ろすのは、これが初めてだそうです。

ところがリリースのあと、ネットでは曲の好みをめぐる声があちこちで上がりました。

「やっぱダサすぎるよな日本のラッパー使うの」という投稿まで出て、話はいつの間にか、日本のラッパー全体の評価へと広がっていきます。

もちろん反論もあって、「数曲聴いただけで『日本のラッパーはダサい』ってレッテル貼って終わるのは勿体ない」と書く人や、「日本にもカッコいいラッパーなんかいくらでもおる」と言い返す人も並びました。

 

そこへ出てきたのが、あの幕張の映像。

 

「日本のラッパーがダサいと言われてるけど」という書き出しに、「日本のラッパーしかパンイチで宙吊りにはなれない」と続けた投稿でした。

パンイチは、パンツ一丁を縮めたネットの言い方です。

ダサいと言われたら、かっこいい曲を並べて言い返すのが普通の反論ですよね。

ところがこの投稿は、かっこよさとは正反対の場面を差し出して、胸を張る形。

その切り返しのおかしさで一気に広まり、さらに別の人がこの投稿を引用して「体型がキモすぎる」と書き添えたことで、映像はもっと遠くまで運ばれていきました。

 

SKRYU本人も、かっこよさで勝負するのを自分からやめた人です。

本人はインタビューで、22歳くらいまでは「ヒップホップは悪くあるべき」「いなたくて当然」と思い込んでいた、と振り返っています。

いなたいは、垢抜けない、泥くさいといった意味の言葉。

その考えが崩れたのは、初めて出した曲がディスコっぽい仕上がりで、しかもそれが世の中に受け入れられたことだったそうです。

いまは「ジャンル分けしがたい唯一無二」を目指したい、とまで話しています。


泣いていた客が笑った瞬間

では、「キモい」と言われた本人は、あの宙吊りの場面をどう見ていたのでしょうか。

2026年8月に音楽メディア『STREAM』で公開されたインタビューで、SKRYUはこの幕張の夜を、自分のスタイルが間違っていないと確信できた瞬間として挙げています。

宙吊りの上から見えた景色を、本人はこう話していました。

 

「さっきまで感動して泣いていたお客さん達が、俺を見てバカみたいに笑っている姿だったんです」

その光景に感動して、間違っていないと確信した、とのこと。

自分の姿についても「まあ、人としてありえないフォルムですよね(笑)」と笑っています。

冒頭の「ヒップホップなわけがない!」も、この話の流れで出てきた一言。

同じインタビューでは、自分の生き方を歌った歌詞でこそ自分を肯定できると話していて、その中身として「人を笑かすのが好き」と挙げていました。

本人の話からは、あのパンイチが泣いていた客席を笑わせにいった場面だったと読めます。

 

そんな本人に向かって「体型がキモすぎる」と書くのは、本人が先に言っていたことを、そのままなぞっているのに近いんです。

本人からすれば、1年越しに「狙いどおりです」と答え合わせをされたような話かもしれません。

「多分無意識に褒めちゃってるよ」という声が並んだのも、本人がそう笑っていることを知っている人には自然な受け止めでした。

「SKRYUはキモくて熱くてハッピーなんよ」と書く人もいて、ファンのあいだでは「キモい」が、とっくに看板の一部として扱われているようです。

 

しかも、脱ぐのはあの一晩で終わっていません。

2026年5月には、清水エスパルスの試合会場で開かれた音楽企画「ORANGE SONIC」にSKRYUが出演しています。

その日の本人の投稿が、これです。

退場の理由を「裸になったので」と本人が自分で書いてしまうあたりが、いかにもSKRYUらしいところ。

脱ぐことは、もうSKRYUのライブのお決まりのひとつになっているようです。


キモいが褒め言葉に変わる条件

それにしても、「キモい」という言葉が、どうしてここまできれいに褒め言葉へひっくり返るのでしょうか。

今回の件には、そのための条件が3つそろっていました。

 

  • 本人が先に、自分でそれを笑いにしている
  • 偶然ではなく、笑わせる場面として作られている
  • 見ている側が、その狙いを知っている

1つ目について、SKRYUは代表曲の「How Many Boogie」の中でも、やせた体つきを自分からネタにしています。

ネットには、その歌詞が今回の悪口への返事になっているとして、「これへのアンサーになるのがすごい」と面白がる人もいました。

告知の投稿ひとつとっても、この調子です。

ライブが楽しみすぎて、チケットの告知の段階でもう脱いでしまったという投稿でした。

 

2つ目の答えは、ワイヤー。

人を空中へ吊り上げる仕掛けは、その場の思いつきでは用意できません。

あの場面は、準備した人たちがいて、段取りを組んで、そのうえで起きた出来事でした。

 

3つ目は、ネットの反応を見るとよくわかります。

「アンチ風褒め言葉すぎる」「1番そういうディスが効かないラッパー」という声が、悪口の真下に並んでいました。

この3つがそろうと、悪口は本人に届く前に、ファンの手で褒め言葉へ書き換わります。

「日本のラッパーはダサい」という話が、SKRYUの前でだけ空振りしたのも同じ理由でしょう。

かっこよさで勝負するのを本人がとっくにやめているので、ダサいと言われても、本人が自分で言ってきたことをなぞられているだけになってしまうんです。

 

逆に言えば、本人が笑いにしていない相手へ向けた「キモい」は、同じ言葉でもそのまま悪口として刺さります。

学校で、自分から名乗っているあだ名なら笑って呼び合えるのに、本人が嫌がっているあだ名は同じ言葉でもいじめになるのと同じです。

違いを決めているのは、言われる側がそのあだ名を先に引き受けているかどうか。

言葉だけを見て「キモいは褒め言葉」と覚えてしまうと、いつか別の誰かの前で使い方を間違えてしまいそうです。

褒め言葉になっていたのは、言葉の力というより、SKRYUが自分から先に笑いにし続けてきたおかげでした。

もちろん、あの映像を見て本当に苦手だと感じた人がいても、それはそれで自然なことです。

ただ、あの場面の手前には、客席が泣いていた時間がちゃんとありました。

SKRYUの公式YouTubeには、あの日の幕張で撮られた「Monstar」のライブ映像も上がっています。

宙に浮く前の幕張の空気も、一度のぞいてみてくださいね。