寝る前になんとなくスマホを眺めていたら、よく知っている芸能人の名前が、一文字だけ「◯」に変えられて流れてくる。

しかも、名前のすぐ横には金額まで。

思わず手が止まって、リプ欄まで開いてしまった人もいるのではないでしょうか。

2026年9月29日の未明、芸能人2人が「ギャラ飲み」(飲み会に同席して、その謝礼を受け取ること)をしていたとする投稿が、証拠を何も示さないまま、Xで大きく広がりました。

ネットでは「マジか」と受け取る声が並ぶ一方で、本当なのかと首をかしげる声も。

今回は、この手の暴露投稿がなぜ本当っぽく見えるのか、そして伏せ字で書かれていても名誉毀損になりうる理由を、わかりやすく解説していきたいと思います。


未明に流れてきた「偉いね」の一文

投稿が出たのは、9月29日の午前3時37分。

中身は、伏せ字にした女性芸能人2人の名前に、10万円、20万円という金額を並べて、最後を「みんな頑張ってて偉いね」で結んだ短い一文でした。

その7分後には、片方の人は偽名で通していた、という話まで本人の返信で書き足されていて。

朝の時点で、表示回数はすでに100万回を超えています。

 

この話を裏づける報道は、ひとつも見当たりません。

写真も、日付も、場所も、出どころも、投稿の中には何も書かれていないんです。

本人や所属事務所のコメントもありません。

本当かどうかでいえば、いま外から確かめられるのは、「そういう投稿があった」というところまで。

この記事でも、名前の中身には一切触れずに進めます。

 

それでもリプ欄には、「稼ぐために頑張ってるの、ほんと尊敬するわ」と投稿を素直に受け止める声が並びました。

家はお金持ちのはずなのに、と不思議がる声も。

投稿を引用して広める側へ回ると、今度は別の芸能人の名前を「聞いたことある」と書き足す人や、X上のAIに「実名入りで解説して」と頼む人まで出てきています。

名前を伏せた一文が、読んだ人たちの手で少しずつ埋められていきました。

 

こういう投稿が流れてくると、どこか気分が沈みますよね。

根も葉もない伏せ字の噂が流れてくるたびに気分が沈む、という声は、今回にかぎらず前からありました。

好きな人の名前が噂と一緒に流れてくると、確かめようもないまま、嫌な引っかかりだけが残ってしまいますよね。


本当っぽさは値段と偽名でできている

では、証拠がひとつも無いのに、なぜこの投稿は本当っぽく見えるのでしょうか。

本当っぽく見せている材料は、3つあります。

  • 10万円、20万円という、具体的な金額
  • 投稿の7分後に本人が付け足した、偽名で通していたという細かいエピソード
  • 「頑張ってて偉いね」という、責めるのではなく褒める形の締め

どれも、事実かどうかとは関係のない部品ばかり。

金額は書こうと思えばいくらでも書けますし、エピソードもあとから足すのは簡単です。

とくに偽名の話は、読んだ人に「そこまで知っているなら、近くで見ていた人なのだろう」と思わせる力を持っています。

 

確かめられる情報は、逆にひとつも出てきません。

いつ、どこの店で、誰の席だったのかという、その場にいた人なら書けそうな部分ほど空白のまま。

誰でも書ける部分ほど細かく、確かめられる部分ほど空いている、という並び方をしています。

 

それなのに数字と細部がそろうと、「ここまで具体的なら何かあるのだろう」と感じてしまうんですよね。

そして3つ目の褒める形も、見逃せない部品です。

褒める言い方だと、読んでいるこちらも悪口に乗っている気分にはなりません。

実際、リプ欄や引用欄には感心する言葉まで並んで、噂話が応援の顔をしたまま広がっていきました。

けれど中身を見れば、名前と金額が並んでいるところは何も変わっていないんです。

 

さらに大きいのは、「ギャラ飲み」という言葉がもともと持っている下地。

ギャラ飲みやパパ活はどこにでもある、という見方も、最近になって急に出てきたものではありません。

2021年の時点で、こんな投稿が広く読まれていました。

いまでも、ギャラ飲みアプリを紹介するサイトには、「ギャラ飲みに参加している芸能人を暴露!憧れの有名人と飲める方法も紹介」といった題の記事まで並んでいます。

芸能人の名前そのものが、人を集める宣伝文句として使われているということ。

「そういう世界もあるらしい」という空気が先にあるので、そこへ名前と金額が一行で置かれると、疑う前に「そうなんだ」と思ってしまいますよね。

 

同じ未明の20分足らずのあいだに、投稿したアカウントは別の人たちについての噂話も続けて投稿していました。

フォローしている人は0人で、Xの「このアカウントについて」の表示では、ユーザー名はこれまでに4回変わっていて、最後に変えたのは今月。

Xを使い始めたのは2017年4月で、所在地は日本と表示されていました。

それだけで嘘だと決めつけることはできません。

ただ、ひとつの話を確かめて出した人の書き方とは、かなり違って見えます。


伏せ字でも褒め言葉でも逃げ道にならない

まず、名前を一文字だけ伏せる書き方には、どんな意味があるのでしょうか。

書いた側からすると、「名前は出していない」という言い訳を残しておける形に見えます。

けれど法律の考え方は、そうはなっていません。

名誉毀損が成り立つには、その投稿が誰のことを言っているのか、分かることが前提。

これを「同定可能性」と呼んでいて、判断の目安になるのは、ふつうの読み手がふつうに読んだとき、特定の誰かを指していると分かるかどうか。

名字の一文字だけを伏せても、下の名前と仕事がそろっていれば、誰のことかは簡単に絞れてしまうもの。

弁護士事務所の解説でも、伏字やイニシャルであっても内容によっては名誉毀損罪に問えるケースがあり、そのとき大事になるのが特定の人物と結びつくかどうかだ、と説明されています。

 

では、褒める口調ならどうか。

刑法230条はこう書いています。

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

名誉を毀損する、というのは、その人の社会的な評価を下げることを指しています。

条文の中に、書き手の口調について触れた言葉は一つもありません。

「偉いね」で締めてあっても、リプ欄の「マジか」は、中身を本当にあった話として受け取った反応でした。

そして条文には、「その事実の有無にかかわらず」とあります。

本当のことなら書いてもいい、とはされていないんです。

 

例外は、公共の利害に関わる事実を、もっぱら公益のために書き、しかも真実だと証明できた場合に限られています。

東国原英夫が書類送検|名誉毀損は本当のことでも成立する本当のことを書いたのなら、名誉毀損にはならないはず。 2026年9月20日、元宮崎県知事の東国原英夫さんが名誉毀損の疑いで書類送検され...

なお、この罪は書かれた本人が告訴しなければ裁判にならない決まりで、刑事とは別に、損害賠償を求められることもあります。

 

匿名のアカウントだから安全、というわけでもありません。

書かれた側は、裁判所の手続きを通じて、投稿した人の情報を開示するよう求めることができます。

この仕組みを定めているのが、もとはプロバイダ責任制限法と呼ばれていた、いまの情報流通プラットフォーム対処法。

名前を使われた人が実際に動くかどうかは、外からは分かりません。

ただ芸能事務所の中には、ファンから寄せられた情報をもとに、書き込みの削除を申請していると公表しているところも。

実際に、この開示を求めた裁判でデマの流布が名誉毀損にあたると認められたことを公表し、リポストで広めることも名誉毀損になると呼びかけている事務所もあります。


名前を補った人にも責任は回ってくる

「書いたのは投稿した人だから、自分は関係ない」と思う人もいるかもしれません。

ところが、広めた側が責任を問われた裁判もあります。

リツイートというのは、いまのXでいうリポストのこと。

2020年6月23日、大阪高裁は、他人の投稿をそのままリツイートしたジャーナリストに33万円の賠償を命じた一審の判決を支持しました。

判決は、社会的な評価を下げる内容を自分のフォロワーに見える状態に置いた以上、特別な事情がないかぎり、その経緯や意図にかかわらず責任を負う、という考え方を示しています。

しかもこの件では、リツイートの取り消しも、責任を消す理由にはなりませんでした。

ジャーナリストの側は上告を断念し、判決はそのまま確定しています。

 

「いいね」についても、2022年10月20日の東京高裁の判決で、国会議員に55万円の賠償が命じられ、2024年2月8日に最高裁で確定。

こちらは、以前から同じ相手を批判していたことや、中傷する投稿に何度もいいねを押していたことなど、経緯まで見たうえでの判断でした。

押しただけで誰でもすぐ責任を問われる、という話ではありません。

今回の件でいちばん危ないのは、伏せ字を自分の手で埋めることです。

  • 引用で「これ誰?」と聞かれて、実名で答える
  • AIに実名で解説させて、その答えを投稿する
  • 「◯◯のことでしょ」と名前を書き添えてリポストする

元の投稿が名前を伏せていたぶん、名前を書いた瞬間に、はっきり特定したのは自分の投稿のほうになってしまいます。

AIの文章でも、世に出したのは投稿ボタンを押した自分の側です。

引用欄には、「私リスト持ってますよ」「明日の夜公開します」と書いて、別のアカウントへ誘う投稿もありました。

その先に何があるのかは分かりませんが、名前が並んだ一覧をのぞきに行って広めれば、自分で名前を書き足したのと変わりません。

 

名前を使われた本人の側から見ると、この形はかなり苦しいはずです。

否定すれば、かえって噂が広まる。

黙っていれば、認めたように見えてしまう。

その苦しさをこれ以上増やさないために、私たちにできることは4つだけ。

  • 伏せ字の中身を、自分から埋めない
  • 「どうやら本当らしい」と書き添えて広めない
  • 誘導先のリストを見に行かない
  • 流れてきて嫌な気持ちになったら、投稿の右上の「…」から報告して、そっと閉じる

どれも、名前を当てたくなる気持ちをひと呼吸だけ止めれば済むことばかり。

 

噂が本当かどうかは、外からは分かりません。

ただ、証拠がひとつも無いまま100万回見られた、という事実だけははっきり残りました。

確かめる材料を何も出さずに、名前と金額だけを並べて「偉いね」で包む書き方は、やはり感心できないと感じてしまいます。

次に同じ形の投稿が流れてきたら、◯の中身を当てにいく前に、そっと画面を閉じておくくらいがちょうどいいのかもしれませんね。


この記事で参考にした情報

記事の中の法律と裁判の話は、次の資料で確かめています。

  • 刑法230条・230条の2・232条(e-Gov法令検索)
  • リツイートをめぐる大阪高裁2020年6月23日の判決(日本経済新聞2020年6月24日配信/プラスワン法律事務所「テーマ判例コラム」/IWJ「上告断念のお知らせ」2020年7月8日)
  • 「いいね」をめぐる東京高裁2022年10月20日の判決と、2024年2月8日の最高裁の決定(日本経済新聞/株式会社アミューズ法務部の投稿)
  • 伏字と同定可能性(アトム法律事務所「ハンドルネーム・伏字・源氏名への誹謗中傷で名誉毀損は成立する?」)