2026年8月27日、日本銀行に中途で入って5か月の50代の女性が、突然組まれた面談で本採用を断られました。

同じ年の5月、日銀の送金システムに不備があると、社内の責任者へ報告していた人です。

無遅刻無欠勤で、注意や警告を受けたこともなかったといいます。

ネットでは「内部通報した者がバカを見る構造は何も変わっていない」という声が出ていました。

不正に気づいて声を上げたら、職場を追われる。

そう聞くと、自分の会社で同じ場面が来たときに黙っていようと思ってしまいますよね。

 

ただ、通報した人を守る法律は、日本にもちゃんとあるんです。

しかもこの12月1日から、中身が大きく変わるところ。

今回は、日銀で起きたことを入口に、通報した人がどこまで法律で守られるのか、その条件をわかりやすく解説していきたいと思います。


通報の4日後に出た「立ち入り禁止」

女性は民間の金融機関で管理職を務めるなど、システムと金融の分野で経験を積んできた人だそうです。

「公益に資する仕事がしたい」と考え、2026年4月1日に日銀へ入りました。

最初に受けた指示は、外の目から見て日銀のシステムに遅れや不備がないかを点検して報告することだったとされています。

女性がまとめた資料の柱は、日銀の決済システム「日銀ネット」の問題でした。

マネーロンダリング(犯罪で得たお金の出どころを隠すこと)対策の国際的な決まりで求められている「送金の拒否・返金・取消し」を伝える電文(電子メッセージ)が、日銀ネットには用意されていない、という指摘です。

女性は「決済は受け付けられた瞬間に完了するので、実質的に不可能に近い」と話し、「その手段を用意できるのは日本銀行だけです」と訴えていました。

 

5月18日、上司からは「このままでは別の局に共有することはできないよね」と告げられたといいます。

女性は3日後の5月21日、その資料を検査部門の責任者と、内部通報の責任者である総務人事局長へ送りました。

そこから、通報の中身に関わる打ち合わせやメールから少しずつ外されていったそうです。

理由を尋ねると、返ってきたのは「たまたま呼ぶのを忘れちゃっただけだよ」という言葉だったとのこと。

そして8月27日、本採用の拒否を伝えられます。

理由は「勤務実績が不十分」「従業員として不適格」の2点で、試用期間はまだ9月30日まで残っていました。

女性は出勤を続け、8月28日と31日に総裁と副総裁へ改めて内部通報しています。

その4日後の9月4日、書面で退行(日銀を出ていくこと)と庁舎への立ち入り禁止を命じられたそうです。

女性は9月に財務省と金融庁にも通報し、10月1日に日銀を相手に東京地裁へ訴えを起こしました。

日銀側の言い分として伝わっているのは、原告側が明らかにした書面の一文です。

「本行の管理職として、組織の置かれた事情や様々な制約を正しく理解し、それを前提に柔軟な視点で企画判断を行うことが十分にできていない」。

裁判はこれからなので、どちらの言い分が通るのかはまだわかりません。

それでも、この流れを読んで引っかかりを覚えるのは、無理もないこと。

報告した中身より先に、報告した人が部屋の外へ出されているように見えます。


試用期間の本採用拒否は解雇と同じ重さ

正しいことを言ったのに、入って半年もたたずに職場を追われる。

「試用期間中なら、会社は合わないと思えば断れるんでしょう?」

試用期間を「お試しだから、いつでも切れる期間」と受け取っている人も、いるかもしれません。

 

ところが、法律の世界での扱いは、だいぶ違っていて。

厚生労働省の資料は、1973年12月12日の最高裁判決(三菱樹脂事件)を引いて、試用期間中は「解約権留保付の労働契約がすでに成立している」と説明しています。

言いかえると、試用期間の時点で、もう正式な雇用の契約は結ばれている、という意味です。

本採用を断るのは、その契約を会社の側から打ち切ること、つまり解雇の一種という扱い。

同じ資料は、試用期間中は通常の解雇より広く認められるとしながらも、こう続けています。

「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と是認されるものでなくてはならない」。

本採用を断るのが相当とされるのは、採用のときには知りようがなかった事実が試用期間中にわかった場合などだそうです。

 

女性は「どのような命令に、どのように従わなかったのか教えてほしい」と何度尋ねても、具体的な理由は一度も示されなかったと話しています。

理由が抽象的なままだと、それが合理的かどうかを外から確かめる手がかりがありません。

代理人の中川勝之弁護士は、日銀の書面について「綺麗な書き方でまとめている」と述べています。

試用期間は、会社にとっての白紙委任ではありません。

入って数か月の人ほど、そこを知らずに引き下がってしまいがちなのが怖いところですね。


法律があるのに本人が裁判を起こす理由

通報した人を守る法律は、公益通報者保護法という名前です。

2004年にできた法律で、通報を理由にした解雇は無効、降格や減給などの不利益な扱いも禁止、と定めています。

それなら、なぜ通報した本人がわざわざ裁判を起こさなければならないのでしょうか。

いまの公益通報者保護法には、通報を理由に解雇した会社を罰する条文がありません。

罰則として置かれているのは、通報を受けた担当者が通報者を特定できる情報を漏らしたときの30万円以下の罰金などにかぎられています。

消費者庁が会社に勧告したり名前を公表したりできるのも、通報の窓口や体制を整えていない会社に向けたものです。

解雇は無効、と法律に書いてあっても、それを会社に認めさせる役は、通報した本人が裁判で担うしかない形。

法律があるのに、なんで個人が裁判まで、という戸惑いの正体はここでした。

 

もう一つ、この法律が守る「公益通報」は、会社に向けたあらゆる報告ではないということ。

消費者庁の説明では、対象は国民の生命や財産を守るための法律(約500本)で、刑事罰か過料(行政上のお金の制裁)の対象になる不正を通報した場合にかぎられています。

会社の規程で「内部通報」と呼んでいるものと、法律が守る「公益通報」は、同じ範囲とはかぎらないんです。

今回の通報の中身がこの対象に当たるのかどうかは、報道からはわかりません。

 

ただ、法律の対象から外れたからといって、働く人がまったく守られなくなるわけでもなくて。

公益通報者保護法は、労働契約法16条の適用を妨げないと自分で書いています。

その16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇を無効とする条文です。

通報の法律と、解雇そのものの決まり。

守ってくれる網は、実は二重に張られています。


12月から報復に罰則がつく

この「罰がない」状態にも、終わりが見えてきました。

2025年6月に成立した改正公益通報者保護法が、2026年12月1日から施行されます。

ネットでは「今年6月成立」と紹介されていることもありますが、成立したのは2025年6月で、罰則が実際に動き出すのはこの12月1日から。

働く人に関わる主な変更は、次の5つです。

  • 通報を理由に解雇や懲戒をした人には、6か月以下の拘禁刑か30万円以下の罰金
  • 会社(法人)には3,000万円以下の罰金
  • 通報から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由にしたものと推定する
  • 通報をしないよう求めることや、通報した人を探し出そうとすることも禁止
  • フリーランスで仕事を受けている人も、守られる側に加わる

働く人が300人を超える会社が、通報を受ける担当者を決めていない場合も、国の命令に従わなければ罰金が科されるようになっていて。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

 

なかでも大きいのは、3つ目の推定でしょう。

これまでの裁判では、解雇が通報のせいだと示すのは、主に解雇された側の負担でした。

改正後は、通報から1年以内の解雇や懲戒なら、通報が理由だと推定されます。

通報とは関係ない理由だったと示す責任が、会社の側へ移るんです。

 

ただし、罰則と推定の対象は「解雇」と「懲戒」にかぎられています。

会議に呼ばれなくなる、メールから外される、といった扱いは、通報を理由にした不利益な扱いとして禁止はされていても、刑事罰の対象には入っていません。

今回の件で女性が最初に受けた扱いは、まさにその種類のものでした。

また、罰則は施行前にした行為にはさかのぼらないと附則に書かれているので、8月の本採用拒否にこの罰則が当てはまるわけではありません。

それでも、通報した人を切ったら会社が罰せられる、という線が日本の法律に初めて引かれます。

声を上げた人の側へ、法律がようやく一歩寄ってきたところですね。


通報する前に手元に残しておくもの

内部通報は使わず、上司に報告して証拠だけ残しておけばいい、という声もありました。

気持ちはよくわかります。

ただ、法律の側から見ると、通報先は会社の中だけではありません。

公益通報者保護法は、通報先を3つに分けています。

  • 会社の中(内部通報の窓口や責任者)
  • その不正を取り締まる権限のある行政機関
  • 報道機関など、被害の広がりを防ぐために必要な外部

会社の中への通報は、不正があると「思料する」、つまり自分でそう考えた段階で、もう守られる対象。

行政機関へ通報して守られるには、不正があると信じるだけの相当な理由が要ります。

消費者庁が挙げている例は「目撃した又は証拠がある場合」。

あるいは、自分の名前や通報の中身、そう考えた理由などを書いた書面を出せば、自分でそう考えた段階でも守られる形です。

報道機関などへの通報には、さらに条件が付きます。

そのひとつが、書面で会社に通報してから20日たっても、調査をするという知らせが来ないことです。

どの通報先へ進むにしても、いつ、誰に、何を伝えたかという記録が土台になります。

口頭で上司に伝えただけだと、あとで「聞いていない」と言われたら、それを覆す手がかりが残りません。

今回の女性が、資料を責任者へ送ったうえで「日銀の規定では、責任者に問題を報告すること自体が内部通報にあたる」と説明していたのは、その意味で大事な一手だったように思います。

 

動く前に相談できる場所も、国が用意してくれていて。

消費者庁の「公益通報者保護制度相談ダイヤル」(03-3507-9262)は、平日の9時30分から17時30分まで(12時30分から13時30分を除く)、匿名でも相談を受け付けています。

ここは通報そのものを受け付ける窓口ではなく、どこへ、どんな形で伝えれば守られるのかを聞ける場所です。

すでに不利益な扱いを受けてしまった場合の相談先として、消費者庁は都道府県労働局や、弁護士会の専門相談窓口、法テラスを案内しています。

 

黙っておくのも、声を上げるのも、どちらも本人が選んでいいことです。

ただ、選ぶ前に知っておくだけで、選べる道は広がります。

いざというときに慌てないよう、この番号を一つだけ控えておいてくださいね。

 

この記事で参考にした情報

  • 公益通報者保護法 第2条・第3条・第5条・第8条・第11条・第12条・第15条・第21条(e-Gov法令検索)
  • 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)と改正概要(消費者庁)
  • 公益通報者保護制度相談ダイヤル(一元的相談窓口)の案内(消費者庁)
  • 試用期間終了後の本採用拒否に関するあっせん事例(厚生労働省 中央労働委員会)
  • 弁護士JPニュースの報道(2026年10月5日配信)