草原の中を、何台もの車が列になってゆっくり進んでいく映像。

ときどき車が止まると、人が車の下にかがみ込んで、たまった枯れ草をかき出します。

そこへ白い煙が上がり、人が消火器を向けるところで、場面は途切れていました。

2026年10月8日、モンゴル東部のヌムルグ自然保護区で大きな草原火災が起き、保護区のおよそ8割、東京都の約2.4倍にあたる土地が焼けたと報じられています。

火元とされたのは、KDDIの子会社モビコムの社員が乗った車です。

日本の会社が一方的に責められていたネットの空気は、元横綱・朝青龍の投稿をきっかけに、ここ数日で大きくひっくり返っています。

そこへ流れてきたのが、この短い映像。

見て、「なんだ、日本の会社が勝手に暴走したわけじゃなかったのか」と思った人もいるかもしれません。

ところが、その映像の左上には小さく、「KDDIの報告を元に作成」と入っています。

では、日本の会社は本当に悪くなかったのか。

朝青龍はいったい何に怒っているのでしょうか。

今回は、いま分かっていることと、まだ決まっていないことを、わかりやすく整理していきたいと思います。

一発で分かる映像の正体はCG

あれだけはっきりした映像を見せられると、「これで決まりだ」と感じてしまうのも無理はありませんよね。

もとになっているのは、フジテレビ系のFNNが10月28日に報じたニュースの一場面です。

現場で撮られた映像ではなく、KDDIの説明をもとに描かれた再現のCGでした。

では、そのKDDIの説明には何が書かれていたのか。

KDDIが10月23日に公表した説明は、おおむね次のような内容。

  • モビコムの社員7人が、10月6日から8日にかけて保護区を訪問
  • 目的は通信網の開通式典への出席と4Gの通信品質の確認で、国境港湾局の要請によるもの
  • 国境警備隊の入域許可を得ていて、当局の車3台が前後をはさむ形で移動
  • 枯れ草が車の下にたまって火が出るのを防ぐため、20〜30分ごとに止まって草を取り除いていた
  • 8日、草を取るために止まっていたときに、車の下から煙が出た
  • 当局の指示で消火にあたったものの、火は周りの草に燃え移って広がった

モビコムはKDDIのモンゴルの子会社で、乗っていた日本人は最高経営責任者の越智康博氏ひとりだったと、KDDIは説明しています。

中国の国営通信社である新華社は以前、一行は13人で車5台、そのなかに日本人が複数いたと伝えていました。

車の台数は、モビコムの2台と当局の3台で5台なので、KDDIの説明と同じ。

食い違っているのは乗っていた日本人の数で、KDDIの説明と新華社の報道のどちらかが違っています。

火が出たのが自社の車だったこと自体は会社も認めていて、モビコムの越智CEOは現地で「自然環境に被害が生じたこと、深く深くおわびする」と頭を下げました。

 

そのうえで、煙が出た具体的な原因と、火が大きく広がった理由は、現地の当局がいまも調べているとのこと。

あの映像で分かるのは「会社がこう説明している」というところまでなんです。

会社の説明がうそだと言いたいわけではありません。

ただ、CGが絵にしているのは会社の説明で、調べた結果まではまだ入っていないんですよね。

 

とはいえ、日本人だけが悪いように言われてきた、という違和感にも理由はあります。

最初に日本へ届いた記事の多くが新華社の配信を起点にしていて、そこには「日本人幹部ら」という書き方や、釣りが目的だったという現地メディアの話も並んでいました。

最初の報道の流れは、前の記事でくわしくまとめています。

モンゴル草原火災はなぜ日本で報じられない?届いたのは新華社の記事だったモンゴルの自然保護区を焼いた大きな草原火災のニュースが、日本ではなかなか目に入ってきません。 火元はKDDIの子会社にあたるモンゴルの...

朝青龍は10月23日、こんな短い投稿もしています。

28日には日本のテレビ局が現地を取材したニュースを流していて、あのCGはその中の一場面です。

朝青龍の怒りは日本人だけを責める空気へ

朝青龍がこの火災について最初に投稿したのは、10月21日。

責任を問うている相手は、一行を現地へ連れて行ったと朝青龍が書く、モンゴルの国会議員たち。

朝青龍は2017年にモンゴル大統領府の日本担当の外交顧問に指名された人で、日本とモンゴルの両方に深く関わってきました。

その人が日本人ばかりが責められるのはおかしいと声を上げたのですから、日本のネットが一気に沸いたのも自然な流れだったと思います。

23日には、どこの国の報道を指すのかまでは書かないまま「報道の圧力って。。。どんな国にあるんだね。おかしい」と投稿し、26日には「近い内に内閣総理大臣官邸に足運ぼうと考えております」とまで書きました。

同じ26日には「モンゴル側、日本側の双方で、圧力をかけてこの件を風化させ、問題を沈静化させようとする動きが非常に強まっています」とも書き、モンゴル語でも同じ中身をつづっています。

 

では、名指しされた国会議員は、火事が起きたとき現場にいたのか。

FNNが現地の当局に確かめたところ、国会議員が出席していたのは10月6日の通信網の開通式で、火災が起きたときには市街地へ戻っていたそうです。

現地メディアは、この議員とは別の人物として、元国会議員の弟が車に乗っていたとも伝えていますが、どちらも火災との関わりは分かっていません。

ちなみに、官邸を訪ねるという話について、総理の周辺は「全く聞いていない」と驚いていたとのこと。

朝青龍が怒っているのは、日本人だけを悪者にして話を終わらせようとする空気と、それを静めようとする力のほう。

日本の会社を無罪にする宣言というより、モンゴルの側にも聞くべき相手がいるという問いかけでした。

まだ決まっていない3つのこと

では、何がまだ決まっていないのか。

大きく分けると、次の3つ。

  • 車の下から煙が出た原因
  • 保護区のなかでもいちばん厳しく守られている区域まで、なぜ車で入れたのか
  • 一行がその場所へ行った本当の目的

煙の原因は、KDDI自身が「関係当局が調査を行っています」と書いているとおり、まだ答えが出ていません。

ひとつ気になるのは、何度も止まって草を取っていたという説明です。

KDDIの説明には「枯草が車両下部に付着し火災が発生することを避けるため」とあり、燃えだす危険そのものは一行も承知していました。

その対策のために止まっていた最中に煙が出たわけで、なぜ防げなかったのかは、まだ誰も説明していません。

 

立ち入りについては、中国との国境に接する場所なので、入ってよいという許可は国境警備隊が出していました。

そのことは、モンゴルの国境警備総局も10月13日に認めています。

ただ、モンゴルの法務・内務大臣は、許可を出した国境検問所の関係者の責任も調べる考えを示しました。

朝青龍も、焼ける前の保護区の写真を載せて、この場所がどれだけ特別かを伝えています。

一般の人が自由に入れない場所へ、どういう手続きで車の列が入ったのか。

朝青龍がモンゴルの国会議員を名指しした問いも、この立ち入りの話につながるものです。

目的については、現地メディアが絶滅危惧種の巨大魚アムールイトウを釣る計画だった可能性を伝えたのに対し、KDDIは火災以外の点について「当社はモビコムの社員がその他法令違反行為を行っていないことを確認しています」と明言しています。

モンゴルのオチラル首相は26日の閣議で、火災の原因を突き止めて責任を追及するよう指示しました。

首都ウランバートルの人たちにFNNが話を聞くと、「連れて行った国境警備のせいだと思います」という声もあれば、「調査の結果を聞かないと、誰に責任があるかまだ判断できません」という声もあったそうです。

焼けた面積は、52万8765ヘクタール。

火事の直前まで保護区で取材していた現地の記者は、専門家の話として、そこにいた動物は今後100年は戻ってこないと伝えていました。

釣りの話もCGも片方の説明だった

この火災のまわりでは、同じことが二度起きています。

最初は、釣りに来た日本人幹部が火を出したという話が、ほかの説明より先に日本へ届いたとき。

そしてもう一度は、KDDIの説明が動く映像になって、「これで一発で分かる」と回った今回。

どちらも、片方の説明が先に広まって、それが答えのように受け取られました。

 

映像は、文字よりずっと強く「見た」という感覚を残します。

けれども、あのCGの出どころとして画面に書かれているのは、KDDIの報告でした。

それに、映像と一緒に名前を出された朝青龍本人も、火事の原因について日本の会社は悪くないと言い切ったわけではありません。

26日の投稿で「すべての内容を確認し、詳しく精査しているところ」と書いているとおり、朝青龍が求めているのは、モンゴル側も日本側も含めて全部を調べ切ることなんです。

 

木原稔官房長官も記者会見で「被害の大きさを深刻に受け止めている」と話し、外務省は国際協力機構(JICA)の専門家を送って、草原の回復に協力するとしています。

答えを決めるのは、モンゴルの当局がこれから出す調査の結果です。

日本の会社だけを悪者にする空気がおかしかったのは、そのとおりだと思います。

ただ、「日本の会社は何も悪くなかった」とも、いまはまだ言えません。

火の出どころがどう結論づけられるのか、モンゴルの調査の結果を、共に見届けたいですね。