同じ金額の札がずらりと並び、最後はパソコンの電子くじで落札が決まる公共工事。

2026年11月4日、神奈川県警が川崎市役所を家宅捜索しました。

市が発注した塗装・防水工事の入札をめぐって、非公開の工事価格を外へ漏らしたとして、市の担当部長(59)が官製談合防止法違反などの疑いで逮捕されています。

同じ額で並んでくじ、という入札は愛知県長久手市でもあって、議会で取り上げた市議の投稿が話題になったこともありました。

ただし長久手市のこの件で、不正があったと報じられているわけではありません。

ネットには「役所って家じゃないのに家宅捜索?」「どっちが悪者なの?」という戸惑いの声。

しかも今回疑われている2件の工事は、落札した値段が、市が受け付ける一番安い額ちょうどだったと報じられています。

高く買わされたわけでもないのに、なぜ事件になるのか。

今回は、川崎市の官製談合と、くじ引き入札の仕組みをわかりやすく解説していきます。

塗装工事2件で起きていたこと

逮捕されたのは、川崎市まちづくり局の担当部長です。

疑いをかけられているのは2024年、工事の計画を受け持つ施設整備部の部長だった時期のこと。

市の塗装工事と防水工事、2件の一般競争入札(条件を満たせばどの業者でも参加できる入札)で、非公開の工事価格を一般社団法人「川崎塗装業協会」の事務局長に教えた、というのが逮捕の容疑だとテレビ神奈川は伝えています。

この事務局長は川崎市の元職員で、部長とは面識があったそうです。

事務局長は受け取った価格をもとに、入札の最低制限価格を計算して、協会に加盟する業者側へ伝えたとのこと。

その結果、どちらの工事でも最低制限価格と同じ額の札が複数入り、電子くじで落札業者が決まりました。

時事通信は、加盟する15社について、協会の中の仕切り役がどこに落札させるかを決めていたという県警の説明も伝えています。

くじで決まったのに、取る会社は決まっていた、という話は少し不思議に聞こえますよね。

ただ、最低制限価格を伝えられたのは協会に加盟する業者側だったので、線ちょうどに並んだ札も、その中から出ていたと読むのが自然でしょう。

くじは、数字を知らされた会社どうしの最後の振り分けだった可能性があり、どこまでが話し合いでどこからがくじだったのかは、これからの捜査で明らかになっていくはずです。

 

部長の認否は明らかにされておらず、県警は4日に市役所と、川崎区にある協会の事務所を家宅捜索しています。

市は会見で「監督する立場の担当部長が法令違反を行ったことは大変遺憾」と述べ、時事通信によると「全職員に服務規律の順守、綱紀の粛正を指示し、事実が明らかになった際には厳正に対処する」というコメントも出しました。

 

「家じゃないのに家宅捜索?」と首をかしげる声も見かけます。

刑事訴訟法の条文を開いてみると、家宅捜索という言葉は一度も出てこないんです。

書いてあるのは「捜索」で、場所については「住居その他の場所」という書き方。

家宅捜索は報道で定着した呼び名で、裁判官の令状があれば、会社の事務所でも市役所でも同じ手続きになります。

もうひとつ、ネットで目立った疑問がこちら。

なぜ漏らしたのかがいちばん知りたい、という人は多いでしょう。

お金のやりとりがあったのかどうかも、いまのところ報じられていません。

 

1円まで同じ札が並ぶ入札

「同じ金額でくじ引き」と聞くと、それだけでもう怪しく見えてしまいますよね。

けれども、同額で並んでくじになること自体は、公共工事でよくある光景なんです。

理由は、最低制限価格という線。

入札には、市が引く線が2本あります。

上の線が予定価格で、市が払ってよい上限のこと。

下の線が最低制限価格で、安すぎる値段で工事の質が落ちないように決めておく「これより下は失格」の線です。

業者はこの2本のあいだに札を入れ、いちばん安い札を入れたところが落札する、という決まり。

川崎市の決まりでは、下の線は設計書の費用の内訳をもとに計算して、予定価格の8割から95%のあいだで決める、と書かれています。

線を1円でも下回れば失格で、1円でも上なら線ちょうどの札に負けてしまう。

だから仕事を取りたい業者は、下の線の上にぴったり乗せることを狙います。

積算の上手な業者ほど同じ数字へたどり着くので、何社もの札が1円まで揃ってしまう、という流れ。

 

埼玉県草加市でも、7社がそろって同じ額を入れたことが議会で取り上げられていました。

こちらも、不正があったと報じられた話ではありません。

 

では、川崎市はこの「くじだらけ」をどう見てきたのでしょうか。

市が2011年3月にまとめた入札制度の再検証報告に、はっきりした数字が残っています。

2009年4月からおよそ2年、予定価格を先に公表した入札と、落札のあとに公表した入札を半分ずつ試したところ、くじで決まった落札は、先に公表した側に284件、あとで公表した側は11件でした。

報告は、予定価格が先に見えていると、そこから推し量れる最低制限価格が目安になって、くじが多く起きる、という分析。

そこで川崎市は2011年4月から、工事の予定価格を落札のあとで公表するやり方へ切り替えています。

隠すと今度は、値段が合わずに落札者が決まらない「不調」が増える、という痛みも同じ報告に出ていました。

それでも市は、くじを減らすために、わざわざ予定価格を伏せる側を選んでいたんです。

内側から漏れた工事価格

川崎市の仕組みは、そのあとも外から計算されにくい形に整えられてきました。

最低制限価格の要綱には、算出した割合に「任意に若干の補正を行った後」と書かれていて、決まった式だけでは答えが出ないようにしてあります。

過去の工事から逆算して線を当てる道は、少なくとも紙の上ではふさがれていたはずでした。

 

ただ、市の中で数字を知っている職員が外へ伝えてしまえば、この工夫は役に立ちません。

そもそも官製談合は、役所の職員が談合に手を貸すことを指す言葉で、法律は手の貸し方として、業者に談合をさせること、取る会社をあらかじめ示すこと、秘密の情報を教えることなどを並べています。

官製談合防止法の第8条は、職員が「予定価格その他の入札等に関する秘密を教示すること」を名指しで禁じていて、罰は5年以下の拘禁刑か250万円以下の罰金。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

 

この件は業者どうしの談合に見えますが、芯にあるのは市の元職員と現職のつながりのほう。

時事通信によると、県警は事務局長がOBの立場を利用して不正を働きかけたとみているそうです。

地方公務員法の第38条の2は、役所を辞めて企業や団体に移った人が、辞めてから2年間、在職中に受け持っていた契約について元の職場の職員に頼みごとをするのを禁じています。

頼まれた職員の側にも、人事委員会などへ届け出る義務まで決められているほど。

OBから現役への声かけは、法律が最初から警戒している通り道というわけなんですよね。

事務局長が市を辞めた時期は報じられていないので、この決まりが今回そのまま当てはまるかは分かりませんが、OBの声かけがどれほど警戒されてきたかはよく分かります。

ネットには、川崎市で入札の情報が漏れたのは今回が初めてではない、という声も上がっていました。

2015年2月には、建設緑政局の職員が、2013年の公園整備工事の予定価格などを造園会社の取締役に教えたとして逮捕されています。

神奈川新聞によると、その工事も最低制限価格と同じ額で落札されていたそうです。

外からの推測をふさいだあとも、市の内側から数字が漏れた例は2015年にもあって、今回また同じ形が出てきました。

 

いちばん安い値段で何が奪われたのか

ネットには「川崎市に住民税を納めている皆さん、トホホ」という声も。

税金を高く取られたような気分になるのは、とても自然なことだと思います。

ただ、報道どおりなら、2件の落札額はどちらも最低制限価格と同じ額でした。

つまり少なくともこの2件では、市が高い値段を払わされた形にはなっていないんです。

もっとも、お金の話がこれで終わるとはかぎりません。

官製談合防止法には、公正取引委員会が役所の関わりを認めて改善を求めた場合、市長が損害の有無を調べて結果を公表し、損害があれば関わった職員に賠償を求めなければならない、という決まりもあります。

住民の財布とつながってくるのは、この先の調べの結果しだいです。

 

では、何が奪われたのか。

協会の外の業者や、数字を知らないまま自分で積算した業者は、線の位置を知る会社と同じ条件で競えていなかったはずです。

刑法の第96条の6が罰しているのも、値段の高い安いではなく「入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為」。

電子くじで決まったと聞けば公平に見えますが、くじに参加できた顔ぶれが、数字を知らされた会社だけだったとすれば、公平なのは見た目だけです。

 

ネットには、捜査している神奈川県警のほうを疑う声も少なくありませんでした。

川崎市では2025年、ストーカー被害を訴えていた女性が殺害された事件で、県警自身が対応は不十分で不適切だったとする検証結果を出しています。

その記憶がまだ新しいだけに、不信がにじむのも無理はないでしょう。

ただ、少なくとも今回の件で疑いをかけられているのは市の側の数字の扱いで、県警はほかの工事でも不正が繰り返されていた可能性があるとみて調べています。

次に見ておきたいのは、これが2件で終わる話なのか、それとも何年分もの入札に広がっていくのか、という点でしょう。

市は会見で「電子入札の導入などで情報漏れに対応してきたが十分ではなかった」とも話しています。

値段を守る仕組みは整っていたのに、誰が取るかを左右する数字は、市の内側から外へ出ていました。

同じ額でくじ、という結果だけで談合と決めつける必要はなくて、見るべきなのはその数字を前もって知ることができた人がいたかどうか、ということですね。