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りくりゅう所属の木下グループとは?報奨金2000万の使い道に感動!

2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、日本フィギュアスケート史上初となるペア種目での金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来選手と木原龍一選手。

ショートプログラムで5位という苦しい出だしから、フリーで世界歴代最高得点をたたき出しての大逆転劇は、まさに日本中を感動の渦に巻き込みました。

そんな2人が所属する「木下グループ」という企業、皆さんはご存じでしょうか。

本日(2月26日)、本社を訪れた2人に贈られたのは、なんと各2000万円、合計4000万円という破格の報奨金

しかも驚くべきことに、これは社長のポケットマネーから出されたものだというのです。

Xでは早速「税金で半分取られるのでは」「企業が太っ腹すぎる」と話題沸騰中。

一体なぜ、ここまでの支援が可能なのか。

そして、この大金の使い道について語った三浦選手の言葉に、多くの人が胸を打たれることになりました。

今回は、りくりゅうを17年以上にわたって支え続けてきた木下グループの知られざる素顔と、報奨金をめぐる心温まるエピソードをたっぷりお届けします。

 

木下グループって何の会社?りくりゅうを支えた理由!

フィギュアスケートのニュースでよく目にする「木下グループ」という名前。

実はこの企業、私たちの生活のあらゆる場面で活躍している総合生活企業なのです。

住宅建設から医療福祉、さらには映画製作まで手掛けるその事業規模は、正直、想像をはるかに超えるものがありました。

なぜこれほど多角的な企業がフィギュアスケート、それもペア種目という「マイナー競技」を17年以上も支援し続けてきたのでしょうか。

そこには、木下直哉社長(60歳)の熱い情熱と、日本フィギュアスケート界への深い愛情が隠されていました。

 

住宅・医療・エンタメまで!木下グループの意外な事業内容

木下グループと聞いて、まず思い浮かぶのは「木下工務店」ではないでしょうか。

1956年に創業したこの会社は、完全自由設計の注文住宅を手掛けることで知られています。

しかし、現在の木下グループは住宅事業だけにとどまりません。

グループ全体では25社もの事業会社を抱え、従業員数は約8,300名にのぼります。

本社は東京・新宿のアイランドタワー30階に構えており、その事業は大きく「住まい」「医療福祉」「エンターテインメント」の3本柱で構成されているのです。

住まい関連では、木下工務店による注文住宅やリフォームに加え、木下不動産が土地活用やマンション経営を展開。

「木下の賃貸」という物件情報サービスも運営しており、住まいに関するあらゆるニーズに応えられる体制を整えています。

医療福祉分野では、「木下の介護」が老人ホームやグループホーム、デイサービスを運営し、「木下の保育」は保育施設を手掛けています。

さらに驚くのは、医療法人社団木下会として総合病院まで運営していること。

中国全土への日本式介護サービスの輸出や、福祉人材育成スクールの運営まで行っているというから、そのスケールの大きさには目を見張るものがあります。

そしてエンターテインメント分野。

ここがりくりゅう支援と深く関わってくる部分なのですが、「キノフィルムズ」という映画の企画・製作・配給会社を持ち、「キノミュージック」で音楽事業、「キノシタマネージメント」で芸能事務所まで運営しているのです。

さらに「SASAKAWA WHISKY」ではウイスキー製造も手掛けており、事業の幅広さは「総合生活企業」の名に恥じないものと言えるでしょう。

スポーツ関連では、卓球チーム「木下マイスター東京」の運営や、「木下アカデミー」によるフィギュアスケート・卓球選手の育成・マネジメントを行っています。

浅田真央さんの名前を冠した「浅田真央アカデミー」や「浅田真央クラブ」といったスケート教室も運営しており、スポーツ振興への並々ならぬ情熱がうかがえます。

 

2009年からカップル競技を支援!「ゼロからマイナス」を覆した17年

木下グループのフィギュアスケート支援は、2006年のジャパンオープン協賛から始まりました。

当時、日本スケート連盟から相談を受けた内容は衝撃的なものだったといいます。

「2014年ソチ五輪で団体戦が導入されるが、カップル競技の強化費が不足している」というのです。

実際に全日本選手権を視察した木下直哉社長は、シングル種目との落差に愕然としたそうです。

シングルには大勢の観客が詰めかけ、スポンサーも豊富につく一方で、ペアやアイスダンスの会場はガラガラ。

選手たちは経済的な支援もほとんど受けられず、練習環境すら満足に整っていない状況でした。

「何かを変えられるかもしれない」

そう感じた社長は、2009年からカップル競技(アイスダンス・ペア)の支援を開始

最初はアイスダンスのキャシー・リード選手とクリス・リード選手のペアから始まり、2010年にはペアの高橋成美選手とマーヴィン・トラン選手、その後も高橋成美選手と木原龍一選手、村元哉中選手とクリス・リード選手など、次々とバックアップを続けてきました。

社長がこれほどまでにフィギュアスケートに心を奪われた理由は、その経歴にありました。

生涯で1万本以上の映画を鑑賞してきた映画愛好家であり、自身もバレエの経験があるという社長。

芸術的な美しさを持つフィギュアスケート、特にカップル競技の「2人で1つの作品を作り上げる」という要素に深く感動したのだといいます。

インタビューで社長はこう語っています。

「シングルは支援企業が多いが、カップルは難しかった。昔は『シングルに通用しない烙印』を押されるような時代だったんです」

カップル競技への支援を「ゼロから、時にはマイナスから」と表現する社長の言葉には、黎明期の苦労がにじみ出ています。

競技者が増え、層が厚くなることで競争が生まれる。

そうして日本フィギュアスケート全体のレベルが上がっていく。

その信念を17年以上貫いてきた結果が、今回のりくりゅうの金メダルにつながったと言えるのではないでしょうか。

 

練習費・遠征費・リンク代まで!全面サポートの実態

木下グループのサポート体制は、単なるスポンサー料の提供にとどまりません。

選手たちが競技に100%集中できるよう、あらゆる面での支援を惜しまない姿勢が貫かれています。

まず注目すべきは、海外拠点での練習費と遠征費の全額負担

りくりゅうはカナダを拠点に練習を行っていますが、海外での生活費や練習費は莫大な金額になります。

これをすべて木下グループが支えているというのです。

さらに2019年12月には、京都に「木下アカデミー京都アイスアリーナ」を開設。

このリンクでは年間1,900時間、1日にして約5.5時間もの貸切時間を選手たちに提供しています。

リンク代だけで年間1億円近くかかるというから、その投資規模の大きさがわかるでしょう。

浜田美栄コーチをゼネラルマネージャーに迎え、レッスン代、振り付け費用、衣装代まで援助。

「才能ある子がお金で諦めないように」という方針のもと、選手のレベルに応じてきめ細かく支援を調整しているといいます。

2022年からは、りくりゅうの応援バナータオルを販売し、その収益を活動費に充てる取り組みも始まりました。

会社としては赤字覚悟の事業だそうですが、ファンと選手をつなぐ架け橋として機能しています。

こうした全面的なサポートの結果、2026年ミラノ五輪では全カップル種目の日本代表が木下グループ所属という状況になりました。

団体銀メダルへの貢献、そしてりくりゅうの個人金メダル。

17年以上にわたる地道な支援が、ついに最高の形で実を結んだ瞬間だったのです。

 

報奨金2000万を家族に?三浦璃来の使い道に涙!

木下グループから贈られた2,000万円という大金。

この使い道について聞かれた三浦璃来選手の答えは、24歳という若さからは想像もつかないほど成熟したものでした。

自分への贅沢でも、将来への投資でもなく、真っ先に口にしたのは「家族のために使いたい」という言葉。

金メダルという栄光の裏側で、どれほど多くの支えがあったのか。

三浦選手の言葉からは、競技人生を支え続けてくれた家族への深い感謝があふれ出ていました。

 

「家族のおかげでここまで来られた」三浦璃来の言葉

帰国後の会見で、報奨金の使い道を聞かれた三浦璃来選手は、迷いなくこう答えました。

「家族にたくさん支えられてスケートを続けられました。家族のおかげでここまで来られたので、家族のために使いたいと思います」

その言葉を聞いた瞬間、会見場の空気が少し柔らかくなったように感じられたそうです。

2,000万円という金額は、多くの人にとって人生を変えるほどの大金。

24歳の若者であれば、高級車を買う、マンションの頭金にする、海外旅行を満喫するなど、自分のための使い道をいくつも思いつくでしょう。

しかし三浦選手が真っ先に考えたのは、自分ではなく家族のことでした。

フィギュアスケートは、言うまでもなく非常にお金のかかる競技です。

リンク代、コーチへのレッスン料、衣装代、遠征費、海外合宿費。

トップ選手になればなるほど、その費用は跳ね上がっていきます。

三浦選手がシングルからペアに転向し、木原選手とペアを組んでから今日に至るまで、家族がどれほどの経済的負担を担ってきたか。

その重さを、彼女自身がいちばんよく理解しているのでしょう。

SNS上では「涙腺崩壊」「家族思いで素敵すぎる」といった反応が続出。

金メダルを獲得してもなお、支えてくれた人々への感謝を忘れない姿勢。

多くの人の心を打ったのも当然のことかもしれません。

 

木原へはウイスキー、木原からは化粧品?互いへのご褒美エピソード

会見では、家族への使い道だけでなく、パートナーである木原選手へのご褒美についても話題になりました。

「お互いに何かプレゼントしますか?」という質問に対し、三浦選手が照れくさそうに答えた内容が、会場を和ませたのです。

三浦選手から木原選手へのプレゼントは「ウイスキー」

木原選手はウイスキー好きとして知られていますが、シーズン中は禁酒を続けているそうです。

その禁欲の日々を労い、パートナーの好みを熟知した上での選択。

2人の信頼関係の深さが垣間見えるエピソードではないでしょうか。

一方、木原選手から三浦選手へは「化粧品」をプレゼントする予定だとか。

ただし、木原選手はすかさず「上限はありますけどね(笑)」と付け加え、会見場に笑いが起こりました。

このやり取りを見ていると、2人が単なる競技パートナー以上の関係性であることが伝わってきます。

三浦選手は以前から木原選手のことを「一緒にいて当たり前、家族みたいな存在」と表現しています。

7年間にわたって同じ目標に向かって戦い続けてきた「戦友」であり、互いを深く理解し合う「家族」。

そんな2人だからこそ、世界歴代最高得点という奇跡を成し遂げられたのかもしれません。

 

経済的不安ゼロで競技に集中!木下グループとの深い信頼

三浦選手が「家族のために」と即答できた背景には、木下グループの手厚いサポートがあったことを忘れてはなりません。

会見でも三浦選手は繰り返し、木下グループへの感謝を口にしていました。

「今季すべての主要大会で優勝できたのは、木下グループの温かいサポートのおかげです」

フィギュアスケート選手にとって、経済的な不安は競技に大きな影響を与えます。

練習に集中したいのに、お金のことが頭から離れない。

遠征費を工面するために、アルバイトをしなければならない。

そんな状況では、世界のトップと戦うことなど到底かなわないでしょう。

りくりゅうの場合、木下グループが海外での練習費や遠征費を全面的にバックアップしてくれたおかげで、そうした不安とは無縁でいられました。

「競技に100%集中できた」という三浦選手の言葉は、決して社交辞令ではないはずです。

木下グループとの関係性について、三浦選手は「家族みたいな存在」と例えることもあります。

これは木原選手に対する表現と同じもの。

彼女にとって木下グループは、経済的なスポンサーという以上に、精神的な支えとなる存在なのでしょう。

報奨金の総額について少し整理しておくと、三浦選手が受け取る金額は、木下グループからの2,000万円に加え、JOC(日本オリンピック委員会)と日本スケート連盟からの報奨金が加わります。

金メダル500万円、銀メダル200万円の合計1,400万円

これを合わせると、三浦選手個人で3,400万円、木原選手と合わせて6,800万円という大きな金額になります。

ただし、木下グループからの報奨金は給与所得として課税対象となるため、税率最大55%で約1,100万円の税負担が発生。

手取りは約900万円程度になると見られています。

それでも、「家族のために」という三浦選手の気持ちは、金額の大小では測れないものがあります。

 

木下グループ社長が2000万贈呈!木原龍一への絆!

この金額を聞いて「えっ!」と目を丸くしたのは、当の木原龍一選手でした。

実はこの報奨金、木下直哉社長の「ポケットマネー」から出されたものだという情報も。

13年前、ペアに転向したばかりの木原選手を支援し始めてから、ずっと見守り続けてきた社長。

その親心とも言える想いは、報奨金という形で最大限に表現されたのです。

ちなみに、この報奨金についてはテレビでメッセ黒田氏が「2000万、ちょっと安いかな…」とコメントして話題になっていました。

まあ、金メダルの価値を考えれば、そういう見方もあるのかもしれませんね。

 

「この金額に値する」社長のポケットマネー贈呈の舞台裏

本日(2月26日)、東京・新宿の木下グループ本社を訪れたりくりゅうの2人。

社員からの花束贈呈に続いて、木下直哉社長自らが報奨金のボードを手渡す場面が訪れました。

その瞬間、木原選手の表情が一変したといいます。

「えっ!」と驚きの声を上げ、目を丸くする木原選手。

隣の三浦選手も同様に驚きの表情を浮かべていました。

各2,000万円という金額は、彼らにとっても予想外だったのでしょう。

通常、企業からの報奨金といえば数百万円程度が相場。

2,000万円というのは、オリンピック金メダリストへの報奨金としても異例の高額なのです。

インタビューで社長はこう語りました。

「2人はこの金額に値します。本来ならもっともっとだと思いますよ。ペアでゼロから上がってきたので、これで十分ということはないんです」

この言葉からは、単なるスポンサーと選手という関係を超えた、深い絆が感じられます。

報奨金が社長のポケットマネーから出されたという情報も、その絆の深さを物語っているのではないでしょうか。

贈呈の際、社長は2人に向けて温かい言葉をかけました。

「木原くん、13年前は想像できなかったよ。璃来ちゃん、木原くんを支えてくれてありがとう」

この言葉に、13年間の歴史が凝縮されています。

ペアに転向したばかりの頃、まだ何の実績もなかった木原選手を信じて支援を始めた社長。

途中で諦めることなく、苦しい時期も一緒に乗り越えてきた。

その積み重ねがあったからこそ、今日の栄光があるのだと、改めて感じさせられる場面でした。

 

13年間の支援!木原龍一との出会いからミラノ金メダルまで

木原龍一選手と木下グループの関係は、2013年にまでさかのぼります。

当時、シングルからペアへの転向を決意した木原選手は、パートナー探しに苦労していました。

シングル時代の木原選手は、ジュニアグランプリシリーズで活躍するなど、将来を嘱望される選手でした。

しかし、怪我の影響もあり思うような成績を残せず、一度は引退すら考えたこともあったといいます。

そんな木原選手に声をかけ、ペアへの転向を後押ししたのが木下グループでした。

当時はまだ「ペア種目での日本人金メダリスト」など、誰も想像すらしていなかった時代。

それでも社長は、木原選手の可能性を信じて支援を決断したのです。

2013年に高橋成美選手とペアを組んでからの木原選手のキャリアは、決して順風満帆ではありませんでした。

パートナーとの相性、怪我との闘い、コロナ禍での練習環境の制限。

何度も壁にぶつかりながら、それでも諦めずに前に進み続けた13年間。

そして2019年、三浦璃来選手との運命的な出会いが訪れます。

木原選手はその瞬間を「雷が落ちたような感覚」と表現しました。

「この人となら、世界の頂点を目指せる」

直感的にそう確信したのだそうです。

結成からわずか3年で迎えた2022年北京オリンピックでは、団体銀メダルに貢献し、個人では7位。

そこからさらに急成長を遂げ、2023年の世界選手権優勝、2024年の四大陸選手権優勝、2025年のグランプリファイナル優勝を果たしました。

そして2026年のミラノオリンピックで、ついに金メダルを獲得。

「ゴールデンスラム」と呼ばれる、オリンピック・世界選手権・四大陸選手権・グランプリファイナルの全制覇。

ペア種目では日本人初の偉業を成し遂げた2人に対し、社長は感慨深げにこう語りました。

「カップル競技の貢献度は果てしない。13年間、ずっと見てきましたから」

 

「両親の好きな物に使いたい」木原龍一の家族思い

報奨金の使い道について、木原選手もまた家族思いの一面を見せました。

「両親にたくさん迷惑をかけてきたので、両親の好きな物に使いたいと思います」

33歳という年齢で迎えた金メダル。

その道のりは、三浦選手以上に長く険しいものでした。

シングル時代の挫折、ペア転向後の苦労、パートナーとの別れ、怪我との闘い。

その間、ずっと支え続けてくれた両親への感謝は、計り知れないものがあるはずです。

愛知県出身の木原選手。

両親がどれほど心配し、どれほど応援してくれたか。

13年という歳月の中で、何度も「もう諦めたら?」と言いたくなる瞬間があったかもしれません。

それでも息子の夢を信じ、支え続けてくれた両親。

その恩に報いたいという気持ちは、当然のことでしょう。

木下社長も、木原選手が肉体改造に励んでいた頃のエピソードを笑顔で明かしてくれました。

「1日に7回もご飯を食べていると言っていたんですよ。それくらい本気で取り組んでいた」

ペア種目では、男性選手は女性選手を持ち上げるリフトやスロー技が不可欠です。

そのために必要な筋力をつけるため、木原選手は徹底した食事管理と筋力トレーニングに励んだのだとか。

1日7食という過酷なメニューをこなしながら、それでも諦めずに努力を続けた。

その姿を、社長は13年間見守ってきたのです。

訪問の最後に、社長は2人に向けてこんな言葉を贈りました。

「大事に使ってくださいね」

報奨金という形で表された感謝と祝福。

しかしその裏には、金額では測れない深い絆があることを、私たちは忘れてはならないでしょう。

木下グループは、りくりゅうだけでなく、次世代の選手育成にも力を入れています。

現在、京都のアイスアリーナでは、将来有望な若手選手たちが日々練習に励んでいるそうです。

社長のメッセージは、Xでも拡散されています。

「努力は必ず誰かが見てくれている。諦めずに頑張ってほしい」

13年かかっても夢を諦めなかった木原選手。

その姿は、これからフィギュアスケートを志す子どもたちにとって、最高のロールモデルになることでしょう。

そして、そんな選手たちを支え続ける木下グループのような企業の存在が、日本のスポーツ界をさらに強くしていくのかもしれません。

りくりゅうの金メダルと、木下グループからの報奨金。

このニュースは、スポーツの感動だけでなく、企業と選手の理想的な関係性、そして家族への感謝という普遍的なテーマを私たちに教えてくれました。

2人の今後の活躍はもちろん、木下グループが育てる次世代の選手たちにも、ぜひ注目していきたいところです。

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