2026年2月11日、ミラノ・コルティナ五輪の女子ハーフパイプ予選で、16歳の清水さら選手が87.50点という高得点を叩き出し、堂々の2位で決勝進出を果たしました。
「本当に良かった~」と安堵の表情を浮かべた彼女のコメントには、重圧を乗り越えた達成感がにじんでいました。
冬季五輪日本女子最年少メダルへの期待がかかる16歳の少女は、どんな家庭で育ったのか。
ネット上では可愛さや実力を称賛する声とともに、家族のサポートや両親への関心が高まっています。
スノーボード一家として知られる清水家。
両親の趣味がきっかけで4歳から板に乗り始めた少女が、12年後に五輪の舞台に立っています。
そこには「チーム清水」と呼ばれる家族総出の支えがあった。
今回は、清水さら選手を育て上げた両親の素顔に迫ってみたいと思います。
清水さらの両親はどんな人?
16歳でオリンピックの決勝に進出する特別さ。
スノーボードのハーフパイプは、高さ6メートル以上の壁を駆け上がりながら空中で何回転もするという、見ているだけで背筋が凍るような競技です。
そんな世界で戦う娘を送り出す親の心境は、想像を絶するものでしょう。
清水さら選手の両親について調べていくと、この家族がいかに競技と向き合ってきたかが見えてきます。
まず押さえておきたいのは、両親ともにスノーボードが趣味だったという点です。
これは単なる偶然ではなく、清水さら選手が4歳でスノーボードを始める最大のきっかけとなりました。
父親の清水卓郎さんは島根県出雲市の出身。
母親の清水里紗さんは山梨県甲府市の出身で、お二人とも雪山に親しむ環境で育ったわけではありません。
それでもスノーボードという共通の趣味が、娘の人生を大きく変えました。
驚くべきは、さら選手が生後間もない頃から父親に抱っこされた状態でゲレンデを滑っていたというエピソードです。
このエピソードからは、家族のスノーボードへの情熱がひしひしと伝わってきます。
4歳になると自分専用のボードを手に入れ、本格的に競技を始めることになりました。
幼稚園に通う年齢で、すでにハーフパイプの世界に足を踏み入れていたのです。
家族ぐるみでスキー場に通う日々。
週末になれば雪山へ向かい、娘の成長を見守りながら自分たちも滑る。
そんな生活が何年も続いたのでしょう。
寒い中での送り迎え、道具のメンテナンス、大会へのエントリー手続き、そして何より精神的な支え。
こうした目に見えない労力の積み重ねが、彼女の活躍を支えています。
両親の役割分担も見事に分かれています。
父親の卓郎さんは主に技術面での指導やコーチ的な役割を担当。
母親の里紗さんは食事管理やメンタルケア、スケジュール調整といったマネージャー的な役割を担っています。
まさに完璧な役割分担です。
この二人三脚があってこそ、16歳の娘は世界の舞台で戦えているのでしょう。
父親の職業と母親のサポート
清水さら選手の活躍には、両親の存在が欠かせません。
特に父親の卓郎さんは、彼女がスノーボードを始めるきっかけを作った張本人であり、今もなお技術的なアドバイスを送り続けるコーチのような存在です。
母親の里紗さんは、食事から精神面まで娘の生活全般を支えるマネージャー役として、海外遠征にも帯同しています。
この章では、それぞれの役割についてもう少し掘り下げてみましょう。
①父親の卓郎さんはスノボの師匠
清水卓郎さんという人物について調べると、スノーボードへの情熱がいかに深いかが伝わってきます。
島根県出雲市という、決して雪深いとは言えない土地の出身でありながら、スノーボードにのめり込み、家族を巻き込んでいった。
その情熱は並大抵ではありません。
先述の通り、さら選手が生後すぐの頃から抱っこした状態でゲレンデを滑らせていたというのですから、筋金入りのスノーボード好きであることは間違いないでしょう。
普通なら躊躇するところを、実行に移した行動力。
その行動力が、娘の才能を開花させました。
卓郎さんは運動神経が抜群で、スノーボードだけでなく釣りやスケートボードなどアウトドア全般を好むタイプだといいます。
多趣味でアクティブな父親像が浮かんできます。
こうした父親の姿を見て育った娘が、同じようにアクティブな道を選ぶのは自然な流れだったのかもしれません。
技術指導においても、卓郎さんの存在は大きかったようです。
幼少期から雪山に連れて行き、基礎から丁寧に教え込みました。
ハーフパイプという競技は、一つ間違えれば大怪我につながる危険な世界。
その中で娘を導いていくには、技術的な知識だけでなく、安全管理の意識も相当高くなければなりません。
それは深い信頼関係があってこそです。
ところで、気になるのは父親の職業についてでしょう。
調べてみたところ、卓郎さんの具体的な職業は公表されていないようです。
一時期ネットで漁師という噂があったものの、根拠はなく否定されています。
島根県出雲市出身ということで、海が近いイメージから生まれた推測だったのでしょう。
職業が明かされていないということは、一般企業に勤めているか、あるいは自営業なのか。
娘の遠征に頻繁に帯同できる柔軟な環境であることは確かです。
世界を転戦するジュニア選手の父親が、毎回現地に駆けつけられるというのは、仕事の面でもかなりの調整が必要になるはず。
そうした努力も含めて、娘への愛情の深さが伝わってきます。
②母親の里紗さんは食事管理を担当
母親の清水里紗さんは、Instagram(@lisarayura)で「SARA & YURA’s mum」として娘たちの成長を発信しています。
山梨県甲府市の出身ということで、夏場の練習環境を整える上でもそのルーツが役立っているのかもしれません。
里紗さんの主な役割は、食事管理とメンタルケアです。
アスリートにとって、何を食べるかは競技成績に直結する重大な問題。
特に成長期の10代選手ともなれば、栄養バランスを考えた食事の重要性は計り知れません。
筋肉をつけるためのタンパク質、エネルギー源となる炭水化物、体調を整えるビタミンやミネラル。
これらを日々の献立に落とし込んでいく作業は、地味でありながら欠かすことのできないものです。
海外遠征が多いハーフパイプの世界では、慣れない土地での食事が選手のコンディションを左右することも珍しくありません。
母親の帯同は、選手にとって大きな安心感を与えています。
ホテルの朝食ビュッフェで何を選ぶべきか、現地のレストランでどんなメニューを頼むべきか。
そうした細かな判断の積み重ねが、結果として競技パフォーマンスを支えているのです。
メンタルケアの面でも、里紗さんの存在は大きいようです。
16歳という多感な年頃で、世界の舞台で戦うプレッシャーは想像を絶するものがあります。
緊張で眠れない夜もあれば、結果が出なくて落ち込む日もあるでしょう。
そんな時に寄り添い、話を聞き、励ましてくれる母親がそばにいる。
それは金銭では買えない、かけがえのないサポートです。
Instagramで娘たちの成長を発信しているということは、家族の記録を残すという意味合いもあるのでしょう。
同時に応援してくれる人々との接点にもなっています。
ファンからの温かいメッセージは、選手本人だけでなく家族にとっても励みになるもの。
SNS時代ならではの、新しい形の応援スタイルが生まれているのかもしれません。
③海外遠征を支える家族のチーム力
スノーボードのハーフパイプで世界を相手に戦うということは、必然的に海外遠征が増えるということを意味します。
アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、ニュージーランド。
シーズンを通じて各地を転戦する生活は、選手本人はもちろん、支える家族にも大きな負担を強いるもの。
清水家がそれをどうやって乗り越えてきたのか、その「チーム力」について考えてみましょう。
まず注目すべきは、両親揃っての帯同体制です。
父親の卓郎さんが技術面のアドバイザーとして、母親の里紗さんが生活面のサポーターとして、それぞれの役割を担いながら娘に寄り添っています。
それは簡単なことではありません。
仕事の調整、家の管理、そして妹のゆらさんの世話。
様々な課題をクリアしながら、遠征に帯同し続けるというのは、相当な覚悟と段取りが必要になるはずです。
さらに、父方の祖父・和則さんも壮行会などで応援しています。
家族三世代が一丸となって、一人のアスリートを支えている。
これぞまさに「チーム清水」の真骨頂でしょう。
オリンピックのメダルは個人に与えられるものですが、その背後には必ずチームの存在がある。
清水さら選手の場合、そのチームが血を分けた家族であるというのが、なんとも温かい話です。
遠征が多忙を極める中でも、家族の絆が薄れていないのは特筆に値します。
離れている時間が長くなれば、どうしても関係性にひびが入りやすくなるもの。
しかし清水家の場合、共通の目標に向かって一緒に走っているという意識が、むしろ絆を強めているのかもしれません。
「娘を世界一にする」という夢を家族全員で共有している。
その一体感が、困難を乗り越える原動力になっているのでしょう。
経済的な負担も大きい。
海外遠征には渡航費、宿泊費、食費、道具代など、膨大な費用がかかります。
ジュニア時代は特に、スポンサーからの支援も限られる中で、家族が自費で支えなければならない部分も多かったはずです。
それでも可能性を信じ支え続けた両親の判断が、今の活躍に繋がっています。
途中で結果が出なかった可能性もあったわけで、その覚悟たるや相当なものがあったに違いありません。
家族構成は4人で妹も選手?
清水さら選手の家族構成について整理しておきましょう。
父・卓郎さん、母・里紗さん、本人のさら選手、そして妹のゆらさんという4人家族です。
滋賀県大津市に実家があり、家族仲良く暮らしています。
琵琶湖のほとりの街から世界へ羽ばたいた少女。
その物語には、もう一人の主役がいるようです。
妹の清水ゆらさんは2歳年下の14歳前後。
姉の背中を追うようにして、ハーフパイプの選手として活動しています。
Instagram(@oyuradon)でも情報を発信しており、「美人姉妹」として話題になることもあるとか。
ゆらさんは初めての大会で2位という好成績を収めた実績もあり、姉に負けず劣らずの才能を秘めている様子。
マイペースな性格で、サーフィンも好きだというから、姉とはまた違ったタイプなのかもしれません。
姉妹で切磋琢磨する関係性が、家族の絆をさらに強めています。
二人の娘がともにハーフパイプの選手。
これは両親にとって、喜びでもあり、負担でもあるはずです。
遠征のスケジュール調整、道具の管理、大会のエントリー。
すべてが二倍になるわけです。
それでも両親が二人の娘を支え続けているのは、スノーボードを通じて家族の絆が深まっていることを実感しているからなのかもしれません。
滋賀県大津市というと、京都や大阪へのアクセスも良く、比叡山や琵琶湖といった自然にも恵まれた土地です。
雪山までは少し距離があるものの、週末に車を走らせれば各地のスキー場に行けるロケーション。
こうした環境も、家族の挑戦を後押ししています。
ミラノ五輪で清水さら選手がメダルを獲得すれば、それは彼女個人の栄誉であると同時に、「チーム清水」の勝利でもあるのです。
両親の献身、妹との切磋琢磨、祖父の応援。
こうした家族の総力戦が、一枚のメダルに結実する。
その瞬間を、家族全員が見守る姿に胸が熱くなります。
4歳でスノーボードを始めた少女が、16歳でオリンピックの決勝に立つ。
その12年間に、どれほどの努力があったのか。
転んでも転んでも立ち上がり、恐怖を克服し、技を磨き続けた日々。
その全てを見守り、支え、時に厳しく導いてきた両親の存在は、どれほど大きかったことでしょう。
清水さら選手の強さの源泉は、間違いなく家族にあります。
両親の並大抵ではない努力、妹との絆、家族全員で共有する夢。
それらが一つになって、彼女を世界のトップへと押し上げました。
「チーム清水」という言葉の重みを、今回の五輪で多くの人が知ることになるでしょう。
決勝の舞台で、清水さら選手がどんな滑りを見せてくれるのか。
新しい技を披露したいというコメントからは、守りに入らない攻めの姿勢が感じられます。
その挑戦を、滋賀から世界へ送り出した家族が、どこかで固唾を呑んで見守っているはずです。
結果がどうであれ、ここまで来たこと自体が家族にとって最高の勲章です。
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