コムドットやまとのピンハネ告白|中抜きとの違いとは何か

コムドットのやまとが、活動初期に“大人”からピンハネされていた過去を明かしました。
仕事を仲介してくれていた人が、発注元との間で勝手に中抜きをしていた、という話です。
ところが、ネットの反応を見にいくと、正反対の声が並んでいます。
「ひどい」という声のとなりに、「それ、ただの手数料じゃないの?」という声。
ピンハネと中抜きは、そもそも何が違うのか。
今回は、その線引きのところから、わかりやすく解説していきたいと思います。
登録者10万人のころに起きたこと
話が出たのは、2026年9月9日に公開されたポッドキャスト番組「UNPLUGGED PODCAST」です。
チャンネル登録者数9000人のこの番組に、登録者429万人のコムドットからやまとが出演しました。
クリエイターと起業家の目線で裏話を掘っていく番組で、MCから「大人たちがめっちゃ寄ってきたと思うんすよ」と振られたところから、この話が始まっています。
続けて飛んできたのが「一番大きな失敗から学んだ判断基準みたいなのって」という質問。
やまとの前置きは「これ結構グロい話になるんですけど」でした。
コムドットには、少し変わった立ち位置があります。
コムドットは2020年10月に自分たちで法人をつくり、既存の事務所には所属しないまま活動してきたグループです。
やまとはリーダーであると同時に社長でもあって、番組でも「会社を運営してるのは僕っていう感じです」と話しています。
つまり、仕事の話が来たときにそれを受け止める窓口が、事務所ではなく本人だったということ。
舞台は、登録者が10万人から20万人くらいだったころ。
依頼がどんどん届くようになった時期です。
やまとは当時を「今考えると『何をクソ舐めた金額で提案してきとんねん』っていう案件も今思えばある」と振り返っています。
インスタグラムで服を着るだけで100万円、という仕事もあったそうです。
それを「この服ダサいじゃん」「これ着て100万、ダサくね?」と感じて断ったあたりから、グループの方針が固まっていきました。
稼ぐこと自体は前提にしたうえで、「最初から稼ぎ方にこだわろう」と決めた。
自分たちが思い描く一流ならやらないことは、ひたすら蹴り続けてきたとのことです。
一方で、本当にコムドットのためを思って近づいてくる大人もいて、その見極めが難しかったとも話しています。
そんな時期に、一人の大人が近くにいました。
動画もちゃんと見てくれていて、コムドットに仕事を持ってきてくれる人。
その人が発注元との間に勝手に入って、「広告代理店みたいな感じで中抜きしてたんですよ」というのが、今回明かされた中身です。
MCの問いは「一番大きな失敗から学んだ判断基準」というもの。
やまとはその答えとして、この一件を選んだことになります。
2つの言葉はどちらも昔からあった
まず目についたのが「手数料取っただけだろ」という受け止め。
間に人が入って、その分のお金を取ること自体は、べつに珍しい話でもなくて。
そう言われると、たしかに一理あるように聞こえてきます。
その一方で、逆を向いた声も並んでいました。
「若いクリエイター側が知らないことをいいことに、間に入ってお金抜かれるのは普通に腹立つ」。
知らないことにつけ込まれたのかどうか。
引っかかりの中心は、どうやらそのあたり。
そもそも「中抜き」という言葉が、けっこうやっかいなんです。
「中抜き」には、実は正反対の2つの使われ方があります。
- 問屋や代理店を飛ばして、直接やり取りすること
- 間に入った人が、通り道でマージンを取ること
どちらも昔から、そう呼ばれてきました。
この件については、『三省堂国語辞典』の編纂者である飯間浩明が、以前こう書いています。
「中抜き」は「中間業者を飛ばす」が本来で「中の者が中間マージンを取る」は誤用だという議論がSNSで盛り上がっていますが、2000年の時点での朝日・読売・毎日の記事を見ると、どちらもあります。「スリが財布の中身を中抜きする」の意味もあり、「昔からいろいろあった」と考えておきます。
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) 2021年7月25日
「本来はこっちの意味だ」という議論そのものが、ずっと決着していないわけです。
実際、今回もやまと自身は「中抜きしてた」と言っていて、ニュースの見出しのほうは「ピンハネ」になっていました。
同じ出来事に、2つの名前がついている状態。
だとすると、線はいったいどこに引かれているのでしょうか。
やまとが怒ったのは金額ではない
ピンハネと聞いて最初に浮かぶのは、たぶん金額のほうだと思います。
やまとがおかしいと思ったきっかけは、抜かれた額ではなかったんです。
ある案件が進んでいる最中に、ふと「なんでこの人いるんだろう」と思った。
きっかけは、それだけ。
いくら抜かれているかを計算したわけでも、明細を突き合わせたわけでもありません。
そこで発注元である会社の社長に直接連絡を取ったところ、返ってきたのが次の一言でした。
「コムドットの案件は全部この人を通してくださいって業界でなってますよ」
落ち着いて読み返すと、この一文はなかなか重いです。
業界のほうでは、それがもう前提になっていました。
つまり、知らなかったのは、決まりの主人公であるコムドットのほうだけだったことになります。
だからこの話は、いくら抜かれたのかという話ではないんですよね。
自分のところへ来るはずだった道が、知らないうちに1本にされていた話。
金額はその結果として出てきたもので、原因ではありません。
しかもやまとは、この人物を最初から疑っていたわけではありませんでした。
動画も見てくれる、仕事も運んできてくれる、世話になっていた側の人です。
それでも違和感が先に立ったのは、お金の流れではなく人の配置のほうを見ていたからでした。
そしてこのあと「ブチ切れてボコボコに言って」と、その人との関係を完全に断っています。
間に入る人にも役割はあった
ただ、間に立つ人をまとめて悪者にして終わらせると、この話は半分になる。
やまと自身、当時は広告代理店の役割や、出演者を手配するのにかかる費用といった業界の事情を「まったく知らなかった」と認めています。
そのうえで「いい勉強代だなと思ってますけど、そのままその人に任せてたら大変なことになってたなと思います」とも。
勉強代、という言い方のなかに、いまの距離感がよく出ていました。
番組では、クリエイターが置かれている構造そのものにも触れています。
タレントとしての力しか持っていなければ、ビジネスの部分はできる人がやることになる。
その分の取り分がそちらへ渡るのは、当たり前の構造だ、と。
広告代理店にもキャスティング会社にも、本来やるべき仕事がちゃんとあるという話でもあります。
間に立つ人にお金が渡ること自体を、やまとは一度も否定していません。
やまとが線を引いているのも、お金の多い少ないではありませんでした。
「商品として大切に扱うのと商品として雑に扱う、この2つは全然違くて」
目先の収益だけを見て、数年後にはいなくなるだろうと割り切ってくる相手も「むちゃくちゃたくさんいる」とのこと。
そういう相手に乗ったままだと、気づいたころには人気も落ち着いて、手元のお金も寂しくなってしまう。
やまとの言葉では「ただの顔さされるやつが完成しちゃう」という状態です。
間に人が立つこと自体は、悪でも善でもありません。
分かれるのは、その人が何のために立っているかのほう。
リフォームの見積もりでも同じこと
この形そのものは、YouTubeの世界にかぎった話ではありません。
家のリフォームで、実際に工事をする会社と自分のあいだに、窓口の会社が1社入る。
転職で、企業と自分のあいだにエージェントが立つ。
引っ越しでも保険でも、間に人が立つ形は珍しくありません。
そして、その人たちがしている仕事も、ちゃんとあるもの。
「中抜き」という言葉を覚えた結果、今まで普通に払われてた手数料やサービス料まで不当な支払いかのように扱われるようになってきた風潮普通にやばいだろ…
— なぁーと (@nyaaato08) 2025年3月25日
この指摘はそのとおりで、「中抜き」という言葉が広まったことの副作用も、たしかに出ています。
正当な手数料まで不当な支払いのように扱われてしまったら、間に立つ仕事そのものが成り立ちません。
では、分かれ目はどこにあるのか。
やまとの話をそのまま当てはめると、分かれ目はやはり金額ではありませんでした。
- その人がそこにいることを、自分が知っているか
- その人に何を頼んだのかを、自分の言葉で言えるか
この2つが揃っているなら、いくら払っていても納得ずくの取引です。
逆に、どちらかが欠けたまま何年も過ぎると、ある日ふと「なんでこの人いるんだろう」が始まります。
たとえば工事のあとで見積書を開いたとき、知らない会社の名前が1行だけ入っていたとしましょう。
そこで金額を睨む前に、やれることが一つ。
何をしてくれた会社ですか、と窓口に聞いてみる。
そこでちゃんとした答えが返ってくるなら、それで済む話です。
聞かれた側も、そんなに困らないはず。
自分がやった仕事を説明できないほうが、その会社にとっては都合が悪いので。
返ってこなかったときに、はじめて金額の話になるわけです。
もちろん、いちいち聞くのは気が引けます。
失礼な客だと思われないか、面倒がられないか。
ただ、その数分の気まずさと、何年ぶんかの取り分と。
天秤にかけるまでもないような気がします。
そしてやまとがやったことも、たった1つでした。
発注元に直接連絡を取る。
業界の知識は、そのときまったく無かったといいます。
専門知識がないから確かめられない、というのは順番が逆なのかもしれません。
初手で「何が欲しいんですか」と聞く
この経験のあと、やまとのやり方ははっきり変わりました。
企画を考える担当だと紹介された相手には「企画は僕が考えるので、じゃあこの人外してください」と伝えて、打ち合わせの場から人を外していったといいます。
理由のほうも、身も蓋もないくらいはっきりしていました。
「この人に払うお金ないんで」。
外した基準がお金そのものではなかったところに、この人らしさが出ています。
発注元の社長と直接話して摩擦が起きないのなら、間に立つ人を置く理由がなくなる。
番組でのやまとの説明も、そこ一点に向いていました。
そのうえで、新しく近づいてくる相手には、初手でこう聞くようになったそうです。
「何が欲しいんですか、コムドットから」
それで相手が動じるようなら「問答無用で仕事しないようにしてました」とのこと。
表では好意的なことを言いながら、裏では別の狙いを持っている相手にも会ってきた。
だから最初に意図だけ確かめる形へ切り替えた、という順番。
金額の交渉も、「こんな安いの絶対やらないです」「あと200万上げてください」といったやり取りを、登録者200万人ごろまでは自分で担当していました。
いまはスタッフが引き継いでいます。
この聞き方については、ネットで「傲慢すぎるな」という声も出ていました。
たしかに、はじめて会った相手にそれを言われたら、こちらも身構えます。
ただ、あの質問が確かめているのは、相手の人柄ではないんですよね。
自分の周りに誰がいて、その人が何のためにそこにいるのか。
その見取り図を、最初に1枚だけ作っておく。
それだけの話でした。
見取り図さえ持っていれば、何年か経ってから「なんでこの人いるんだろう」と戸惑わずに済みます。
この人は誰ですかと、一度だけ聞いてみる。
それくらいなら、明日からでもできそうですね。
