焼き鳥屋で、鳥刺しやとりわさを頼んだことはありませんか?

つやつやした切り身に「朝びき」「新鮮」と添えてあると、なんとなく安心して箸が伸びますよね。

ところがこの「新鮮だから安全」、鶏には通用しないんだそうです。

それどころか、まれにですが、食中毒が治った数週間後に手足が動かなくなる病気につながることまであるとのこと。

ただ、怖がらせたいわけではありません。

家庭でできる対策まで丁寧にまとめたので、最後まで読めば今夜の台所からそのまま使えます。

「新鮮だから安全」が鳥刺しに通用しない理由

「新鮮なら大丈夫でしょ」と思いますよね。

お刺身の感覚だと、鮮度こそが安全の証ですから、鶏だけ例外だと言われてもピンと来ないのが正直なところ。

でも鶏の場合、話はまったく別なんです。

原因になるカンピロバクターという菌は、もともと元気な鶏の腸の中にすみついています。

腐って湧くのではなく、最初からいる菌なのだとか。

そして鶏を肉にさばくときに、その菌が肉の表面へ付いてしまうそうです。

つまり、どんなに新しいお肉にも菌が付いている可能性がある、ということ。

鮮度は関係ないんですね。

しかもこの菌、見た目や匂いではまったく分かりません。

 

実際、国内の調査では、お店で売られている国産鶏肉の32〜96%から菌が見つかったと報告されています。

報告によってかなり幅はありますが、少なく見ても3割。

「ちゃんとしたお店を選べば平気」という感覚が通じない相手だと分かります。

厚生労働省も2026年7月、飲食店に向けて「新鮮だから安全ではありません」と、そのままの言葉で呼びかけたとのこと。

食べて数日後の下痢や発熱はカンピロバクター食中毒

そういえばこの前、家族で食べたけど…と、少しひやっとした方もいるはずです。

まず、はっきりしていることから。

カンピロバクターの食中毒は、食べてすぐには来ません。

症状が出るのは、食べてから1〜7日後とされています。

数日たってからの下痢・腹痛・発熱が目印です。

食あたりというと「その晩にお腹を壊す」イメージがあるので、この時間差のせいで、あの鳥刺しが原因だと気づかない人も多いのだとか。

思い当たる食事から日にちが空くぶん、原因さがしの候補にすら挙がらない、ということが起こります。

 

決して珍しい病気でもありません。

2025年には全国で220件・患者1226人が報告されていて、細菌による食中毒としては長年トップクラスなのだそうです。

ネットには、外食であわや、という人の声もあります。

頼んだのは焼き鳥なのに、出てきたのはほぼ生。

こういう一皿が普通に出てくると知っておくだけでも、立派な自衛になります。

多くの場合は、1週間ほどで回復するのだそうです。

ただ、ひとつだけ覚えておいてほしいことがあります。

下痢が治っても、そのあと1〜3週間は、手足の違和感に気をつけてください

指先のしびれ、力の入りにくさ。

もし出たら、様子見はせず、すぐ病院で診てもらってください。

とりわさ1皿で車いすになった医師の2年半

前の章で、治ったあとに来る手足の違和感の話をしました。

それが実際に起きると、人はどんな時間を過ごすことになるのか。

2026年8月に朝日新聞が報じた、都内の医師・金吉男さん(67)の体験が、まさにそれでした。

金さんは家族と近所の焼き鳥屋さんへ行き、とりわさ(外は火が通っていて中は生の、鶏のお刺身のような一品)を食べたあとに食中毒になったそうです。

 

異変が始まったのは、2023年12月27日の朝でした。

最初は、左手の違和感。

約3時間後には足も動かしづらくなり、同じ日の夜には、両足が動かなくなったといいます。

朝までふつうに動けていた人が、その日の夜にはもう立てなくなっているんです。

数日後には、ICUで人工呼吸器につながれました。

そこから約5カ月のあいだ、金さんは天井と時計だけを見て過ごしたそうです。

そして2年半たった今も、車いすとリハビリの毎日。

 

診断は、ギラン・バレー症候群でした。

カンピロバクターに感染したあと、ごくまれに、免疫が自分の神経を敵とまちがえて攻撃してしまうことがあります。

本来なら体を守ってくれるはずの仕組みが、自分の手足の神経を壊す側に回ってしまうわけです。

重症になると、呼吸に使う筋肉まで動かなくなります。

金さんが人工呼吸器につながれたのは、ここまで進んでいたということです。

起きるのは、感染した人の約1000人に1人

やって来るのは、食中毒が治ったあとの1〜3週間後

 

金さんは、人の病気を診る側にいたお医者さんです。

その金さんが、こう振り返っています。

「避けられたリスクだった」

天井だけを見て過ごした日々のことは、「本当に絶望だった。死んだ方が良かったと思っていた」と語っていました。

この病気の重さは、そばで支える家族の側から見ると、いっそうはっきりします。

ネットには、まさにこの病気の介護を経験した方の声がありました。

約1000人に1人という数字の向こう側にあるのは、こういう時間なのでしょう。

子どもに鳥刺しを食べさせていい?

親としては、ここがいちばん気になるところだと思います。

夕飯の食卓で、大皿の鳥刺しをお箸で取り分ける。

飲み会に子どもを連れて行って、一切れつまませる。

どこの家にもある、ふつうの光景。

ただ、答えを先に言うと、子どもには食べさせないほうが安心です。

というのも、子どもは体が小さいぶん、少ない菌の量でも重症になりやすいのだとか。

大人なら「ちょっとお腹を壊した」で済む量が、子どもでは済まないことがある、というわけです。

もう取り分けてしまったかも、とヒヤッとした方は、この1週間ほど、下痢や発熱が出ないか気にかけてあげてください。

何もなく過ぎれば、それでひと安心です。

 

そして外食では、遠慮しない自衛をひとつ。

焼き鳥の串を割ってみて中がピンク色だったら、「もう少し焼いてもらえますか」とお願いしてしまいましょう。

迷ったら、残す。

お店に悪い気もしますが、子どもの体と天秤にかけるものではありませんから。

レバ刺しは禁止なのに鶏はセーフだった15年

それにしても、不思議だと思いませんか?

ここまで危ない菌の話をしておいて、当の鳥刺しは、今夜も居酒屋のメニューに普通に載っています。

牛のユッケやレバ刺しは、あれだけ大きな騒ぎになって、お店から消えたのに。

同じ生肉なのに、牛は禁止で鶏はそのまま——そんな線引きが、どうしてできたのでしょうか。

鶏の生食には、牛のような罰則付きのルールがそもそもありません。

答えは、この15年の規制の歴史の中にあります。

 

ユッケ事件で牛肉だけ規制が変わった

2011年、焼肉チェーン「焼肉酒家えびす」のユッケで、O111による集団食中毒が起きました。

181人が食中毒になり、5人が亡くなった事件です。

亡くなった方の中には、6歳の男の子2人と、14歳の男の子もいました。

これをきっかけに、2011年10月、生食用の牛肉に罰則付きの基準ができます。

翌2012年7月には、牛のレバ刺しの提供そのものが禁止されました。

牛の生肉のルールは、このとき一気に厳しくなったんですね。

ところが鶏は、この流れに入りませんでした。

罰則のある規制はなく、国が「気をつけてください」と呼びかける注意喚起だけ。

その状態のまま、気がつけば15年がたちました。

 

厚労省が初めて作る鶏の生食ガイドライン

国のほうも、ようやく動き出しています。

もともと鳥刺しは、鹿児島や宮崎に根づいてきた食文化です。

現地には、生で食べることを前提にした処理の基準を持つ自治体もあります。

ところが、その前提がないまま、都市部のお店にも鳥刺しやレアチキン、低温調理風のメニューが広がっているという指摘があるんです。

そこで2026年7月、厚生労働省が方針を決めました。

鶏肉を生で出すときの衛生基準づくりに、国として初めて乗り出すとのこと。

思いつきの対応ではなく、約3年におよぶ専門的な研究がもとになっているそうです。

中身はお店や業者さんに向けた基準で、子どもや高齢者には特に危ないという情報も、あわせて知らせていくといいます。

ただし罰則のない指針で、生で食べることをすすめるものではありません。

禁止でも放置でもなく、出すならせめて安全に、という線の引き方です。

 

この夏も秋田の飲食店が営業停止に

ただ、新しいルールを待っている間も、食中毒のほうは待ってくれません。

2026年8月3日、秋田市の飲食店が、カンピロバクター食中毒で3日間の営業停止になりました。

7月18日にコース料理を食べた20〜70代の男女4人が、下痢や発熱を起こしたそうです。

検査では、便からカンピロバクターが見つかりました。

幸い、4人とも回復に向かっているそうです。

国のルールがどうであれ、わが家の対策は今日から始められます。

家の対策は3つ=洗わない・火を通す・まな板を分ける

ここまで、ずいぶん怖い話が続きました。

でも、家庭でできる対策はたった3つで、どれも今日の夕飯から始められます。

 

まず1つ目は、鶏肉を洗わないこと。

菌が心配だからと、調理の前にシンクで鶏肉を洗う方がけっこういらっしゃいます。

気持ちはよくわかるんですが、これは厚生労働省が公式のQ&Aで注意している行動なんです。

洗うと水しぶきが飛んで、菌がまわりの食器や食材へ飛び散ってしまうんですね。

こうして菌が別の場所へ移ってしまうことを、二次汚染と呼びます。

菌は洗って落とすのではなく、加熱で殺すと覚えてください。

 

2つ目は、中までしっかり火を通すことです。

中心部を75℃で1分以上、これで菌は死にます。

逆に、表面をさっとお湯にくぐらせるだけでは、表面の菌にしか効きません。

肉の内側や、道具のほうに付いた菌までは届かないわけです。

切ってみて中がピンクだったら、迷わずもう一度焼いてください。

 

3つ目は、まな板と箸を分けることです。

生の鶏肉を切ったまな板や箸からサラダへ菌が移るのが、さっき出てきた二次汚染にあたります。

見落としやすいのは、焼く前の肉をつかんだ箸で、そのまま焼き上がりを取り分けてしまうやり方です。

あの箸にも、生の肉に付いていた菌がしっかり残っています。

生肉用と仕上げ用で道具を分けるか、生肉に使ったらよく洗ってから次へ進んでください。

この3つ、私が考えた独自の工夫ではありません。

厚生労働省も、公式にこう呼びかけていました。

十分に加熱する、生で食べるものと分けて調理する、使った道具は熱湯で消毒する。

並んでいる3つは、この章でお話ししてきたことと、ほとんどそのまま重なっています。

国のお墨付きだと思えば、覚えることはこの3つだけでいいわけです。

 

カンピロバクターは新鮮さでは防げませんが、火の通し方と道具の使い分けで、家庭ならちゃんと防げます。

この記事は医療の専門家が書いたものではないので、もし手足のしびれや力の入りにくさが出たら、読み返すより先に病院で診てもらってくださいね。

しっかり火の通った鶏肉は、それだけで立派なごちそうですから。