広瀬アリスが親御さんに謝りなさいと言った件について調べてみた

2026年9月11日の午後、広瀬アリスが書いた2行が、あっという間に広がりました。
「いったんそれぞれの親御さんに謝りなさい。ただただ失礼」
向けられていたのは、有名人の姉妹の写真を並べて、どちらの顔が整っているかを比べた投稿でした。
短くて、強くて、どこにも隙のない一言。
見ていて胸がすいた人は多かったと思います。
ただ、この2行をよく読むと、ひとつ不思議なところがあるんです。
謝れと言われた相手が、広瀬アリス本人でも、妹でもありませんでした。
今回は、広瀬アリスが親御さんに謝りなさいと言った件について、実際に何がやりとりされていたのかを調べてまとめていきたいと思います。
何がただただ失礼だったのか
まず、何に対しての言葉だったのか。
きっかけになったのは、一般の人が投稿した1枚でした。
有名人の姉妹の顔写真を横に並べて、「姉妹って残酷なくらい、妹の方が顔整ってるよね」と書き添えたものです。
報道によると、並べられていたのは広瀬アリスと妹の広瀬すず、韓国のグループTWICEのモモと姉でダンサーのhana、IVEのチャン・ウォニョンと姉で俳優のチャン・ダアだったとのこと。
広瀬アリス、芸能人姉妹の容姿めぐる偏見に苦言「それぞれの親御さんに謝りなさい」
— 日刊スポーツ (@nikkansports) 2026年9月11日
その文章には続きがありました。
「パーツ単体は姉も悪くないのに、妹は配置も骨格もいいところ全部持ってってる感じ」
最後には「(笑)」も付いています。
気になるのは、この書き方が本人としては悪口のつもりですらなさそうなところ。
「姉も悪くない」とわざわざ添えているあたり、むしろ気をつかった言い方をしたつもりだったのかもしれません。
けれど、気をつかった結果が順位づけなら、受け取る側には同じこと。
そして、はっきりした悪口よりも、こちらのほうがやりきれなかったりするもの。
悪意のある言葉なら、悪口として扱えます。
でも「ちょっと思っただけ」の形で置かれると、怒るほうが大げさに見えてしまう。
ちなみにその投稿は、いまはもう読めなくなっています。
謝れと言われたのは本人ではない
いちばん不思議なのは、この宛先です。
広瀬アリスは「私に失礼」とは書いていません。
「妹に失礼」でもありませんでした。
書いたのは「いったんそれぞれの親御さんに謝りなさい」。
宛先が本人たちを飛び越して、その親のほうへ向いています。
これ、落ち着いて考えるとよく筋の通った言い方でした。
顔立ちというのは、本人が努力して手に入れたものでも、選んで買ってきたものでもありません。
生まれたときには、もう渡されていたもの。
だから「顔が整っていない」と言われることは、本人の落ち度を責められているというより、渡した側までまとめて値踏みされることになります。
しかも親のほうは、その場にいません。
名前も出てこなければ、反論する機会もないまま。
自分の知らないところで採点されて、採点されたことすら知らない立場。
そしてもう一つ、言われた側が言い返しにくい形になっているところ。
「私は傷ついた」と言えば、気にしすぎだと返されることがあります。
でも「その言葉は、あの人たちの親に失礼ですよ」と言われたら、気にしすぎだとは返しにくい。
傷の大きさの話ではなく、礼儀の話に移っているからです。
「それぞれの」が付いているのも効いています。
自分と妹のことだけを言っているのではなく、並べられた全員の家族を指しているからです。
自分の傷を訴える形ではなく、並べられた人のぶんをまとめて引き受ける形。
広瀬姉妹のファンでもない人にまで届いたのは、たぶんそこだと思います。
どっちが可愛いには答えていない
もうひとつ、見落とされやすいところ。
広瀬アリスは「どっちが可愛いか」という問いに、一度も答えていません。
「妹のほうが上だなんてことはない」という否定も、どこにも見当たりませんでした。
さらに言えば、「どっちも可愛いでしょう」という擁護の形すらとっていません。
ここは地味にすごいところで、「どっちも可愛い」も、まだ比べる土俵の上に立っています。
整っている・整っていないという物差しを認めたうえで、点数だけ同じにした形なので。
広瀬アリスがやったのは、点数のつけ直しではありませんでした。
物差しごと脇へどけて、話の場所のほうを変えています。
比べ合いに勝とうとすると、比べること自体は認めたことになる。
勝ち負けの外へ出るには、勝負そのものを降りるしかなくなります。
たった2行でそれをやってのけたところが、あの投稿のいちばんの強さだったのではないでしょうか。
並べた側にも、ひとつ気になるところ。
写真を並べた人は、その表の中には入っていません。
採点する側にいるかぎり、自分の顔には誰からも点がつかないからです。
比べる遊びがなかなか止まらないのは、たぶんここにも理由があります。
安全な場所から、他人の顔だけを動かせてしまう。
「それぞれの親御さんに」という言い方は、その安全な場所に立っている人へ、あなたも誰かの子どもでしょう、と席を戻させる形にも読めます。
拍手した側で続いている同じ形
ところが、です。
あの投稿への反応を下まで読んでいくと、妙なことが起きていました。
拍手が集まっている場所に、こういう言葉が並んでいるんです。
- 実はお姉さん派でごめんなさい
- わたしはアリスちゃん派
- オレはアリス派なんで全力で支持します
どれも広瀬アリスを応援する気持ちから出たもので、悪意はどこにもありません。
ただ、やっていること自体は、どちらが上かを選ぶ作業のまま。
中には、元の投稿に入っていなかった別の姉妹まで持ち出して、あちらは姉のほうが美人だと続けているものもありました。
叱られたのは順位づけなのに、その下で順位づけが増えていく。
しかもこの場所では、誰も比べろとは言われていません。
言われていないのに、写真が並んでいるのを見ただけで、自然と選び始めてしまう。
並べて見せるという形そのものに、人に順位をつけさせる力があるのだと思います。
どっちの顔が好きかという話自体は、昔から友達どうしでしていることです。
けれど、実在する姉妹の写真を並べて名指しでやると、まったく別のものになります。
好みの話が、その人たちの採点表に変わってしまうからです。
慰めの言葉も、同じ形に乗っていました。
「アリスちゃんはめちゃくちゃ美人ですよ」「充分お綺麗です」。
励ますつもりの一言ですが、整っているかどうかで人を測る物差しは、そのまま残ったまま。
といっても、続いていること自体を責める気にはなれません。
並んだ写真を見て、つい自分でも順位をつけてしまったなら、それはあの投稿の作りがうまかったということでもあるからです。
コップを割った人が叱られている横で、みんなが別のコップを持ち上げて見比べる。
そんな絵にちょっと近いでしょうか。
同じことをしないことの宛先
広瀬アリスは、あの2行のすぐあとに、もう1本投稿しています。
「そしてそのアカウントを攻撃しないように。同じことをしないこと。」
この2本目も、報道はきちんと拾っていました。
東スポWEBは見出しに「直後に〝攻撃抑制〟投稿」と入れていますし、ハフポスト日本版は「見事な注意喚起の一言」と紹介しています。
広瀬アリス
「ただただ失礼」
姉妹の“容姿比較”にキッパリ。
さらに見事な注意喚起の一言とは?— ハフポスト日本版 (@HuffPostJapan) 2026年9月11日
素直に読めば、叩きに行くな、という意味ですね。
実際、あの投稿の下には「平気でこういう投稿をする人の人間性疑う」「人それぞれの良さに気付けない哀れな人」といった言葉も出ていました。
一言で大勢の目に触れる場所へ引っ張り出したのだから、この先で何が起きるかは本人がいちばんわかっていたはずです。
気になるのは、目についた見出しがどれも、頭に1本目の言葉を置いていたところ。
2本目のほうは「さらに」「直後に」と、後ろへ添えられる形。
強く言い切った言葉が、先に頭を取ります。
後から置かれたブレーキは、後ろを追いかけることになる。
叱るほうが先に走るのは、たぶん今回にかぎった話でもなさそう。
ただ、「同じことをしないこと」という言い方は、少し広いです。
同じことというのは、攻撃することだけを指しているとはかぎりません。
並べて比べること、順位をつけること。
そちらも「同じこと」の中に入るはず。
そう読むと、2本目の言葉は、自分は姉派だと書いた人にも届きます。
ちなみに、「攻撃するなと言うなら、当事者でも黙っていたほうがいい」という意見も出ていました。
引用した時点で相手を目立たせることになる、という言い分ですね。
これはこれで一理あって、実際にその投稿は削除され、アカウントは閉じられました。
言われた側が口を閉じることになったのも、そのとおりです。
そのうえで、それでも言ったほうがよかったと僕が思うのは、黙っていたら「顔の話をしていい」という形だけが残ったからでした。
比べる言葉を家で止める一手
この形、画面の中だけの話ではないですよね。
- お姉ちゃんはできたのに
- ○○さんは半分の時間で終わらせてる
- 上の子のほうが手がかからなかった
どれも、言った側にたいてい悪気はありません。
励ましたつもりだったり、見たままを言ったつもりだったり。
それでも、比べる言葉は、褒めるときにも人を並べてしまいます。
「お兄ちゃんより背が高いね」と言われた子は、褒められた気持ちと一緒に、兄と自分が並べられたことを覚えるからです。
これは子どもだけの話でもありません。
同期のあの人は役職がついた、隣の家は建て替えた、あの人の子は受かった。
40代にもなると、並べられる場所のほうがむしろ増えていきます。
そして、この形がやっかいなのは、反論すると土俵に乗ってしまうところ。
「そんなことない、私だってできる」と言い返すのは、順位を争う参加表明になります。
かといって黙れば、今度は認めたことになってしまう。
では、どうするか。
今回の2行が、そのまま見本になっています。
点数を言い返さずに、誰に失礼になるかだけを置く。
「その言い方、お母さんが聞いたら悲しむよ」
「本人の前でも言える?」
順位の話には入らないまま、話の置き場所だけを変える返し方です。
これなら、けんかにせずに止められます。
相手を悪者にしないで済むぶん、言うほうの勇気も少なくて足りるはず。
その場で言えなかった日も、あとから当人へ短く声をかけるだけで十分間に合います。
ネットに流れた言葉なので、どこまで本気で書かれたものだったのかは、外からはわかりません。
ただ、あの2行がその日のうちに広がったのは、正しかったからというより、並べられた経験を持っている人がそれだけ多かったからだと思うんです。
自分も家の中で同じ言い方をしていないか、次に口を開く前にひと呼吸おきたいところですね。
