同じ数秒の映像に、正反対の言葉が並んでいます。

大多数は、世の中を舐めてるな、という怒りのほうです。

それでも、あのメンタルが欲しい、というつぶやきが混じっていました。

 

2026年9月17日の朝、コカインを所持していた疑いで送検された「ヤマトリノ」こと田沢梨乃容疑者が、捜査車両の中で見せた表情のことです。

今回は、ああいう態度が処分に響くのかどうかを、条文から確かめていきたいと思います。


捜査車両の中で舌を出した

FNNプライムオンラインは、送検されるときの様子を「カメラに気づくと、舌をペロッと出し、ウインクをする」と伝えました。

送検されたのは、17日の朝です。

TBS NEWS DIGによると、警視庁は常習的に使用していたとみて捜査しているとのことでした。

自宅からは、コカインが入ったとみられる袋が21袋も見つかっています。

さらにストローが10本あり、10本とも短く斜めに切られていて、中には白い粉が付着していたものもあったそうです。

 

ここで出てくる「容疑者」は、疑いをかけられて捜査を受けている段階の呼び方になります。

有罪が決まった人を指す言葉ではありません。

 

一緒に逮捕された交際相手の福本康太容疑者は、否認していると報じられています。

田沢容疑者は「自宅にあったコカインは2人のものです」と認めているとされていました。

2人の言い分が食い違ったまま手続きが進んでいる形です。

 

表情が話題になったのは、このときが初めてではありませんでした。

前日16日の未明、移送される車の中でも、指を折り曲げたハンドサインを顔の前にかざしていたと報じられています。

しらべぇによると、それを「SOSのサインではないか」と読んだ人までいたそうです。

同じ記事は、ヒップホップやストリートの文化で使われるサインだという見方と、「ギャングサインまじできつい」という冷めた声の両方を拾っています。

どういう意味で出したのかは、本人にしか分かりません。

 

そして17日の朝、今度は舌とウインク。

集まった言葉は、大半が批判でした。

「世の中舐めてるな」。

女性自身は「無責任」「批判続出」と並べたうえで、送検時の“てへぺろ”ポーズと書いていました。

Yahoo!リアルタイム検索が出している感情の割合でも、9月18日の未明に見た時点でネガティブが77%、ポジティブが23%

 

それでも同じ時間帯に、まったく別の声が混じっていました。

「この状況でもこの感じなの強すぎる」。

「あの鬼メンタルください」。

怒っている人が大多数で、その隅に感心している人。

見ているものは、まったく同じ数秒です。


あの数秒を見て決める人はいない

送検というのは、警察が事件の書類と本人を検察官へ渡す手続きを指します。

刑事訴訟法203条は、身体を拘束された時から48時間以内にこれをしなさい、と定めているんです。

つまり17日の朝に起きたのは、担当が警察から検察官へ移る場面。

このあと検察官は、そのまま帰すか、それとも身柄を預かったまま調べるかを決めます。

預かったまま調べるなら、裁判官へ勾留を請求することになるわけです。

勾留というのは、捜査のあいだ身柄を留めておく手続きのこと。

 

では、裁判にかけるかどうかを決めるのは誰なのでしょうか。

これも条文が一行で答えていました。

刑事訴訟法247条は「公訴は、検察官がこれを行う」とだけ書いています。

決める人は、検察官ひとり。

ここが、少し不思議に思えるところかもしれません。

ネットがあれだけ再生した数秒を、決める立場の人が同じように見ているとはかぎらないんですよね。

検察官の手元にあるのは、警察から渡された書類と証拠物です。

 

では、その検察官は何を見て決めるのでしょうか。

それも、条文に書いてありました。


起訴を決める条文に並んでいた6つ

刑事訴訟法248条です。

「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」。

読点が多いので、ひと息に読むと形が見えません。

並んでいるのは、この6つです。

  • 犯人の性格
  • 年齢
  • 境遇
  • 犯罪の軽重
  • 情状
  • 犯罪後の情況

最後の「犯罪後の情況」には、捕まったあとにその人がどうしていたかが入ります。

だから、態度が無関係だという話ではないわけです。

 

ただ、この条文のどこを探しても、カメラの前でどう見えたか、という言葉は出てきません。

並んでいるのは、捕まった人がこの先どうなるかを測るための項目ばかりです。

 

「情状」というのは、聞き慣れない言葉かもしれません。

事件そのものの重さだけでなく、その周りの事情をまとめてこう呼びます。

どういう経緯で手を出したのか、家に支えてくれる人はいるのか、といったあたりです。

もうひとつ、この条文にはさらっと大きなことが書いてあります。

「訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」。

証拠がそろっていても、必要がないと判断すれば起訴しなくてよい、という意味です。

やったかどうかと、裁判にかけるかどうかは、最初から別の判断になっています。


刑法に「反省」という言葉はない

気になったので、条文そのものを数えてみました。

刑法の全文と、刑事訴訟法の全文。

「反省」という二文字は、どちらにも一度も出てきません。

0回でした。

 

代わりに置かれているのは「情状」「境遇」、そして「犯罪後の情況」。

どれも、その人がいまどういう状態にあるかを指す言葉ばかり。

もうひとつ、条文をまたいで繰り返し出てくる言い回しも見つかりました。

刑法27条の2は、刑の一部を猶予できる場合について、こう書いています。

再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるとき」。

再び犯罪をすることを防ぐため。

反省したかどうか、ではないんですよね。

もう一度やるのかどうか、のほうを見ています。

 

世間が態度を見るのは、罰の重さを決めるためです。

条文が態度を見るのは、その先を測るため

同じ「反省」という言葉を使っていても、向いている方向が逆になっているわけです。

 

ちなみに、報じられている容疑にどれくらいの重さが置かれているかも、条文に書いてありました。

コカインのような麻薬を許可なく所持した場合は、麻薬及び向精神薬取締法66条1項で7年以下の拘禁刑と決められています。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

売って儲けるつもりだったとなると、そこからさらに重くなる決まり。

ここで少しややこしいのが、所持と使用が別の罪になっている点です。

逮捕と送検の理由になっているのは、あくまで持っていたことでした。

使ったことについては、同じ法律の66条の2に別に条文があり、こちらも7年以下の拘禁刑と決められています。

警視庁が常習的に使用していたとみて調べている、と報じられているのは、その別の罪に向けた捜査という読み方になるはずです。


薬物にだけ用意された別の道

実はもう一本、薬物のためだけに作られた法律があります。

「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」。

名前は長いのですが、中身はとてもはっきりしています。

 

第1条には、この法律が何のためにあるのかが書いてありました。

「薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため、刑事施設における処遇に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑み」。

刑務所の中の処遇に続けて、社会の中でも処遇を続けていく。

狙いは、依存を改善すること。

法律が自分で、そう書いているんですね。

 

そして第2条には、対象になる罪が名指しで並んでいます。

その四番目に「麻薬及び向精神薬取締法第六十六条第一項(所持に係る部分に限る。)」。

66条1項は、コカインの所持の条文そのものでした。

 

誰でもこの道に乗れるわけではありません。

土台になっている刑法27条の2が、条件を3つ置いています。

  • 言い渡される刑が3年以下の拘禁刑であること
  • これまでに拘禁刑以上の刑を受けていないか、受けていても全部を猶予されていたこと
  • 再び罪を犯すのを防ぐために必要で、しかもそれが相当だと認められること

7年以下という法定刑と、3年以下という条件が出てきました。

数字が食い違って見えますが、指しているものが違います。

条文が上限として置いているのが7年で、その事件で実際に言い渡される年数はまた別の話。

 

第4条にも、大事な一行がありました。

この形で刑の一部を猶予するときは、猶予の期間中は必ず保護観察に付する、とあります。

つけてもつけなくてもいい、ではありません。

必ず、です。

保護観察というのは、刑務所の外で生活しながら、決められた約束を守って指導を受ける形ですね。

その中で何をしているのかは、法務省が公開しています。

薬物再乱用防止プログラム。

再び薬物を使用しないために必要なことを一緒に考えましょう、という言い方でした。

 

この法律が向いている方向は、はっきりしています。

懲らしめる、ではなく、やめさせるほう。

刑務所に置いておく期間をあえて短くして、その代わりに外で見守る時間を長く取ります。

そういう作りになっているんですね。

 

もし身近な人のことで思い当たることがあるなら、窓口のほうは先に用意されているんですよね。

厚生労働省が「薬物乱用防止相談窓口一覧」を出していて、都道府県ごとの精神保健福祉センターの連絡先が載っています。

家族向けの読本も別にあり、こちらは本人ではなく、周りの人が読むために作られたもの。

本人が認めていない段階でも、家族だけで相談できる形になっています。


同じ数秒が正反対に読まれている

送検の映像が流れたあと、こんな投稿も目に入りました。

弁護士の前では泣いていたと聞いた、強がってポーズをしているだけだ、という内容です。

書いたのは、自分を客だと名乗るアカウント。

本人も「聞いた話によると」と断っているので、そのまま事実として扱うことはできません。

 

舐めていると怒った人。

メンタルが強いと感心した人たち。

強がっているだけだと書いた人。

三者とも、見たのは同じ数秒でした。

 

違っているのは、その数秒に何を読んだかのほう。

態度というのは、そもそも読む人の側で形が決まるもの。

反省していないと読むことも、平気なふりをしていると読むことも、同じ映像から両方できてしまう。

だから、数では大きく傾いたまま、正反対の読み方も残ったのだと思います。

 

いっぽうで条文は、態度をまったく別の使い方をしていました。

過去をどう清算したかではなく、この先もう一度やるのかどうか

そこを測るための材料として、静かに並べてあるだけです。

 

だとすると、答え合わせはカメラの前では終わりません。

起訴するかしないかは、これから検察官が決める話。

勾留された場合、そこに使える時間は刑事訴訟法208条で10日、延長してもう10日までと決まっています。

つまり最大でも20日ほどのあいだに、結論が出るはずです。

しかも不起訴になった場合、その結末は表に出てこないまま終わることも珍しくありません。

 

あの数秒をどう読んだかは人それぞれですし、そこは変えなくていいでしょう。

ただ、処分のほうはまったく別の場所で静かに動いているので、そちらはそちらで気長に見ておきたいです。