デイサービスの送り迎えは、どこまで来てくれるのか。

その線引きが、思いがけない形で裁判の争点になっています。

2026年9月18日、東京地方裁判所でひとつの判決が言い渡されました。

デイサービスの送迎で自宅まで送られた80代の女性が、そのあと自宅の階段で転んで亡くなった件です。

施設側に、1800万円あまりの賠償を命じる内容でした。

ネットでは、この話が数行にまとめられて広がっています。

無料で送ってあげていたのに、転んだら1800万円。

それならもう送迎はやめる、という受け止めですね。

 

そこに並んでいたのは、ほとんど悲鳴のような声でした。

送迎がなくなったら、うちの親は通えなくなってしまう。

ただ、報道と介護保険の決まりを並べてみると、その数行から抜け落ちているものがいくつもありました。

今回は、デイサービスの送迎がどこまでと決まっているのかについて、わかりやすく解説していきたいと思います。

転んだから負けたわけではない

報道によると、事故が起きたのは2023年12月のこと。

東京都墨田区のデイサービスを利用していた80代の女性が、自宅のアパートまで送られたあと、ひとりで2階へ上がろうとして階段で転び、亡くなったとのことです。

遺族は、職員が付き添わなかったことが事故につながったとして、運営会社などにおよそ3400万円の賠償を求めました。

そして東京地裁が命じたのが1800万円あまりで、請求の半分あまりが認められた形になります。

 

争われていたのは、その転倒を予測できたかどうかでした。

施設側は「転倒を予測するのは困難だった」と主張したと報じられています。

ところが東京地裁は、施設側が女性の筋力低下や、腰の骨折による入院歴を記した資料を受け取っていたことを認めました。

そのうえで、本人や親族に過去の転倒歴などを確かめていれば、身体の状態を把握して危険を具体的に予測できたとして、注意義務を怠ったと判断したとのこと。

つまり負けた理由は、危ないと分かる材料が手元にあったのに、確かめにいかなかったところにありました。

数行にまとめると、どうしても「転倒したら1800万円」に見えてしまいます。

けれど、もし本当にそれだけで賠償が決まるのなら、デイサービスという仕組みはとっくに成り立っていないはず。

実際、施設の側が全面的に悪いという判断にもなっていません。

本人や親族が転倒への不安を積極的に伝えていなかった事情も考えられて、金額が抑えられたと伝えられています。

裁判所は、どちらの側にもきちんと目を向けていました。

 

もうひとつ、報道からは読み取れないことがあります。

女性が転んだ階段が、アパートの共用部分だったのか、それとも家の中だったのか。

そこがはっきりしないと、送迎がどこで終わっていたのかも決められません。

外から見えているのは、ここまでです。

あの送り迎えは無料ではない

ネットでいちばん多く見かけたのが、無料の送迎という言葉でした。

善意でやっていたことの後始末まで押しつけられた、という受け止めですね。

利用者は送迎代を別に払っていませんし、事業所も請求書に送迎の欄を作っていません。

だから善意のサービスに見える。

ところが介護保険の決まりを開くと、話がまるごと逆になるんです。

 

デイサービスの送迎は、そもそも報酬の中に組み込まれています。

利用料の中にすでに溶けているので、別に取らないのが当たり前なんです。

しかも、送迎をしなかった場合には報酬が減らされます。

厚生労働省が2024年3月に出した資料の図にも、送迎減算適用、片道マイナス47単位、とそのまま書かれていました。

1単位はおおむね10円で、お住まいの地域によって少し変わります。

減らされる額から逆算すると、送迎は片道でおよそ470円ぶんの仕事、という計算です。

往復なら、その倍の94単位が引かれます。

 

つまり送迎は、やらなければ収入が減るという形で、国がきちんと値段をつけている仕事なんです。

20年デイサービスに関わってきたという事業所の方も、この判決を受けて同じところを書いていました。

無料という前提が外れると、見え方がひとつ変わります。

お金をもらってやっている仕事なら、どこまでやるのかという話が当然ついてきますよね。

そしてその「どこまで」が、今回いちばん細かく問われた場所でした。

 

ちなみに、送迎の費用を利用者から別に受け取れる場合もあります。

省令には、事業所が決めた通常の実施地域の外に住んでいる人へ送迎するときの費用、という項目がありました。

遠いところまで来てもらうぶんは実費、という整理です。

逆に、車を使わず職員さんが歩いて迎えに行った場合は、減算の対象になりません。

送迎という言葉からつい車を思い浮かべてしまいますが、制度が見ているのは、送り迎えをしたかどうかだけでした。

送迎はどこまでが決まりなのか

送迎について決めている決まりは、もちろんあります。

指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準。

長い名前ですが、これがデイサービスの運営を決めている省令の名前になります。

この中で「送迎」という言葉が出てくるのは、数えてみると9か所しかありませんでした。

 

中身も、さきほどの実施地域の外への費用と、事業所が掲示しておく通常の実施地域くらい。

車を降りてから玄関までが送迎なのか、玄関から部屋までなのか。

送迎がどこまでかを書いた条文は、ひとつも見当たりません。

よく使われるドアtoドアという言い方も、制度の正式な言葉ではありませんでした。

では国は、このあたりを放り出していたのでしょうか。

国が決めていたのは、どこまで送るかではなく、それを紙に書くことのほうでした。

 

2015年に厚生労働省が出した介護報酬改定のQ&Aには、こう書かれています。

送迎減算の有無に関しては、個別サービス計画上、送迎が往復か片道かを位置付けさせた上で、実際の送迎の有無を確認の上、送迎を行っていなければ減算となる。

出典:厚生労働省「平成27年度介護報酬改定に関するQ&A」(平成27年4月1日)

片道か往復かまで計画に書かせる、という意味ですね。

家の中での介助についても、同じQ&Aが触れていました。

通所介護等の居宅内介助については、独居など一人で身の回りの支度ができず、介助が必要となる場合など個別に必要性を判断の上、居宅サービス計画及び個別サービス計画に位置付けて実施するものである。

出典:厚生労働省「平成27年度介護報酬改定に関するQ&A」(平成27年4月1日)

そのうえで、居宅内で介助した時間は、1日30分以内ならサービスの提供時間に数えてよいことになっています。

玄関の中まで付き添うのは職員さんの親切の範囲だと、こちらは勝手に思い込んでいました。

だからこの一文を読んだときは、正直なところ少し驚いたんです。

実際には10年以上前から、必要な人には計画に書いて実施するもの、という整理ができあがっていました。

しかも計画に書けば、その時間はちゃんと数えてよい仕事になる。

ネットには、「ご利用者を玄関まで送りドアが閉まるまで確認」するのが当たり前だった、と振り返る元職員の声もありました。

 

そう考えると、今回の裁判で問われていたものの位置がはっきりしてきます。

階段の下で見送るか、上まで付き添うか。

送迎のどこまでは、前もって決めておくものでした。

やめた瞬間に報酬が下がる仕組み

それでは、これで送迎はなくなってしまうのでしょうか。

結論から言うと、事業所ごと送迎をやめるという流れには、かなりのブレーキがかかっています。

理由はさっきの減算で、送迎をやめると利用者1人につき往復で94単位ぶん、収入が下がってしまう計算です。

毎日何十人も送り迎えしている事業所にとって、これは小さな数字ではないはず。

しかも、送迎をやめたところで、その時間が別の収入に変わってくれるわけではないんです。

 

それに、賠償の金額をまるごと事業所が自腹で負うとはかぎりません。

月曜の朝に、保険があるのであまり心配しないでほしいとスタッフ全員へ伝えた、という運営側の発信も流れていました。

 

現場の側から見ると、それでもこの仕組みはなかなか厳しいものがあります。

送迎に使った時間は、サービスの提供時間には入りません。

それなのに、やらなければ報酬は下がる。

さきほどの事業所の方は、この整合性のない、つぎはぎでやってきた介護保険の大きな問題だ、と書いていました。

事業所は、やらない自由はあるけれど、やらないと損をする場所に置かれています。

 

だから、送迎そのものが消えてしまう心配は、いまのところそれほど大きくないでしょう。

ただ、別の動きは起こりえますよね。

どこまで付き添うかを細かく決め直したり、階段のある家にはこれまでと違う条件をつけたり。

玄関の前で引き返すのか、中まで入るのか。

これまで現場の判断に任せていた部分が、文章になっていく方向です。

それは窮屈にも見えますが、どこまでと書いてあれば、家族が聞いたときにきちんと答えが返ってくるようになります。

家族が先に言えたことがあった

今回の判決でいちばん見落とされているのが、金額が抑えられた理由です。

本人や親族が、転倒への不安を積極的に伝えていなかった。

伝えたかどうかが、1800万円という数字を動かしています。

裏返すと、伝えておくことには意味があるということ。

デイサービスに親を預けるとき、家族の側から先に渡しておきたいものは3つあります。

  • 転んだことがあるか。いつ、どこで、何回か
  • 骨折や入院の経歴。最近ふらついた場面があったかどうか
  • 家のどこが危ないか。外階段、玄関の上がりかまち、廊下の段差

このあたりは、聞かれる前にこちらから先へ出してしまったほうが早いです。

特に転倒歴は、今回の裁判で施設側が確かめるべきだったと言われた項目そのものでした。

言いにくい気持ちも分かります。

できないことを並べると、断られるのではないかと身構えてしまいますから。

それでも、伝わっていない情報は、現場では存在しないのと同じ扱いになってしまう。

 

そしてもうひとつ。

送迎がどこまで来るのかを、ケアマネジャーと事業所に一度聞いてみてください。

車から降りたところまでなのか、玄関の前までなのか、家の中まで入るのか。

そのうえで、通所介護計画書(デイサービス側が作る計画)やケアプラン(ケアマネジャーが作る全体の計画)に、それが書いてあるかを見てみる。

さきほどのQ&Aのとおり、家の中での介助は計画に位置づけて実施するものなので、必要なら書いてもらえないか相談してみてください。

聞き方も難しい言葉はいりません。

玄関まで入ってもらえますか、で十分に通じるはずです。

 

書いてあれば、次に担当の職員さんが変わっても引き継がれます。

書いていなければ、その日の誰かの判断のままです。

この差は、思っているよりずっと大きいのかもしれません。

職員さんは何人もいて、毎日同じ人が来るとはかぎりませんから。

契約のときに一度、更新のときにもう一度、分厚い書類のうち送迎の欄だけを見れば、それで足ります。

 

うちの親は、階段をひとりで上がれるのか。

そのひと言を紙に残しておくことが、今回いちばん手前にあった一手だったように思います。

送迎がなくなったら困る、という声はもっともです。

ただ、この裁判で細かく問われていたのは、送り届けたあとの数分のことよりも、その何か月も前に交わしておくはずだった言葉のほうでした。

こうして決まりを並べているうちに、階段の下で見送った職員さんの気持ちも、2階へ上がろうとした女性の気持ちも、どちらも想像できてしまって胸が痛くなります…。

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 

この記事で参考にした情報

  • 判決の内容=NHKニュース「デイサービス送迎後に転倒死亡事故 介護施設側に賠償命令」(2026年9月18日)
  • 送迎減算の単位数=厚生労働省「介護保険最新情報Vol.1244」(2024年3月29日)
  • 計画への位置づけ・居宅内介助=厚生労働省「平成27年度介護報酬改定に関するQ&A」(2015年4月1日)問52・問53・問61・問62
  • 送迎に関する条文=指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)