「見てて全然面白くないんだけど」

去年の2月、timeleszの新メンバーをめぐる菊池風磨の「いじり」について、こう書いた人がいました。

そして今月、同じグループがまだSexy Zoneと名乗っていたころの古い映像が、ネットで流れはじめています。

映っているのは菊池風磨と、2022年の末にグループを卒業して芸能界を離れたマリウス葉さん。

あれは愛のあるいじりだったのか、それとも、いじめだったのか。

画面のこちら側で、その線引きをめぐる言い合いがいまも続いていて。

 

今回は、菊池風磨のマリウスいじりをきっかけに、いじりといじめの違いを、法律の書き方からわかりやすく解説していきたいと思います。


いま出回っている話の多くは匿名の書き込み

大きく広がった投稿のひとつが、2026年9月23日の未明に出た、1分に満たない動画でした。

Sexy Zoneのころの番組の一場面で、店のテーブルでメンバーがメニューを手にしているところが切り取られています。

添えられていたのは「モラハラ気質??」という問いかけ。

この投稿の表示回数は、1000万回を超えました。

投稿した人自身が、見ている側には表しか見えない、と書いているのが印象に残ります。

その正直な一言とは裏腹に、話はそこから一気に広がっていきました。

 

同じころ、ネットに出回っていたのが、匿名の掲示板の書き込みや、昔のコンサートでの発言を書き起こしたメモを切り取った画像です。

その中に、菊池風磨がマリウス葉さんの携帯を勝手に見て、中の写真を全部消してしまい、泣かせたことがある、という話があります。

読んで背筋が寒くなるのも、無理はありません。

もし本当なら、勝手に見るのも勝手に消すのも、いじりという言葉で包める範囲を、とうに越えているはずです。

 

ただ、この話のもとになっている書き込みは、何年か前のラジオか雑誌かで本人が言っていなかったか、と尋ねる形で書かれています。

画像を広めた人も、当時のラジオの音源が残っていないのが悔やまれる、と添えていました。

探したかぎり、報道の中にこの件を伝えた記事は見当たらず。

いまのところ、本当かどうかを外から確かめる手立ては無いんです。

それでも、この話に向けて「ほんとに最低な事をやってたんですね」と書き込む人が出ています。

書き込みでは問いかけだったものが、受け取る側では、もう済んだ話として並んでいて。

 

同じ時期には、「初めてSexyZoneのコンサート行った時に菊池風磨の聡マリへの弄りがすごくてドン引きして」と、自分の目で見た場面を振り返る人も出てきました。

こちらは、その人が客席で実際に感じたこと。

確かめようのない話と、見た人の実感とが、同じ画面の中で混ざって流れているのが、いまの状態なんですよね。


「作戦だった」と明かしても燃えた去年2月

菊池風磨のいじりは、去年にも一度燃えています。

2025年2月15日、timeleszが5人の新メンバーを加えて8人になることが発表されました。

その日にファンクラブの会員向けに流れた生配信で、菊池風磨は原嘉孝に「かっこいいな原さん」「原さんやっぱりイケメンだわ」と何度も声をかけています。

髪型を「レゴみたい」とたとえる場面もあったそうです。

配信を見た人からは、しつこい、笑えない、という声が相次ぎました。

報道によると、会見でメンバーの色にちなんだ飲み物で乾杯するときに、原嘉孝にだけ苦いセンブリ茶を飲ませるドッキリもあったとのこと。

 

ところが2月17日の深夜、文化放送のラジオ番組『timeleszのQrzone』で、原嘉孝本人がこう明かします。

「俺がビジュアルを推していきたいので、風磨くんと“作戦”して」

あのいじりは、前もって2人で打ち合わせていたものだった、というのです。

菊池風磨は「“これで爆笑かっさらうぞ”ってゴリ炎上」と自分から口にし、松島聡は「関係値がまだ伝わってないっていうのが大きいかも」と受けていたとのこと。

いじられた本人の口から、あれは自分から持ちかけた作戦だった、という説明が出たのです。

これで話が収まってもおかしくありませんでした。

 

それでも、火は消えていません。

「わざわざfc入会して動画みたファンが少しでも不快な思いしたんだからそこに対して素直に謝ればいいのに」という声が出て、ニュースには「再炎上」の文字が並んでいます。

原嘉孝が答えたのは、2人のあいだで何があったのかという問いでした。

怒っていた人たちが問題にしていたのは、見ていて嫌な気持ちになったことのほうです。

同じいじりをめぐって、別々のことが問われていた、ということ。


いじめの法律は「好意から」でも数に入れる

では、いじりといじめは、どこで分かれるのでしょうか。

日本には、いじめについて決めた法律があります。

2013年にできた「いじめ防止対策推進法」です。

その第2条は、いじめをこう定めています。

「当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」

ふざけるつもりだったか、仲がいいつもりだったかは、この定義に出てきません。

決め手は、された側が苦しいと感じているかどうか。

文部科学省がこの法律に沿って作った基本方針は、さらに踏み込んでいます。

「けんかやふざけ合いであっても、見えない所で被害が発生している場合もあるため、背景にある事情の調査を行い、児童生徒の感じる被害性に着目し、いじめに該当するか否かを判断するものとする」

さらに、「好意から行った行為が意図せずに相手側の児童生徒に心身の苦痛を感じさせてしまったような場合」も、法が定めるいじめに当たる、と書いているんです。

いじめの例として最初に挙げられているのも、「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」でした。

 

「愛のあるいじり」は、いじった側の気持ちを言う言葉です。

この法律は、そこを物差しにしていません。

基本方針は、いじめに当たるかどうかの判断についても「表面的・形式的にすることなく、いじめられた児童生徒の立場に立つことが必要である」。

その場で笑っていたかどうかでは決めない、ということでしょう。

 

同じ方針は、軽い言葉で相手を傷つけてもすぐに謝って仲を築き直せたような場合には、「いじめ」という言葉を使わずに指導するやり方もある、と書いています。

誰かを罰するための線ではなく、苦しんでいる子を見落とさないための線なんですよね。

いじられて笑っていたのに、あとで涙が止まらなくなった。

この書き込みのような経験に、心当たりのある人もいるかもしれません。

法律が、笑い顔より本人の苦しさのほうを見ている理由がよく分かります。

ただし、この法律が扱っているのは学校に通う子どもどうしのことで、大人のアイドルグループは対象の外です。

それでも、いじりといじめを分けるのは誰の気持ちなのか、という問いには、はっきり答えを出しています。


いじられていた側が引退後に残した一行

では、いじられていた側は何と言っているのでしょうか。

マリウス葉さんは、2022年の末にSexy Zoneを卒業し、そのまま芸能界を離れています。

菊池風磨は2024年2月のラジオで、この卒業を「マリウスはもう辞めて会社も辞めるという決断」と説明していました。

表に立つ仕事を離れた人の言葉は、こちらにはなかなか届かないもの。

その中で、外から確かめられる言葉がひとつあります。

 

2024年8月、菊池風磨がツアーを終えたことを報告したInstagramの投稿。

写真の中には、菊池風磨・佐藤勝利・松島聡と一緒に焼肉を囲んだらしいマリウス葉さんの姿もありました。

「#あんまり会えないと思ってたのに」「#ノリで3日間一緒にいた」という言葉が並んでいます。

この投稿に、マリウス葉さんはこう返していたそうです。

「幸せな時間をありがとう! また timelesz な思い出ができたね」

いじられていた側が引退後に残した言葉で、外から確かめられる一行です。

 

もちろん、この一行だけで昔の場面まで塗り替えることはできません。

2024年の夏の笑顔は、昔のコンサートや番組で本人がどう感じていたかまでは教えてくれないんです。

ただ、いじめかどうかを決める席に座っているのが本人だとすれば、その本人は、少なくとも表では「いじめだった」とは言っていません。

 

ネットでは、引退の理由までこの話に結びつける声も出ています。

そこまでつなげる根拠は、いま見えている材料の中にはありません。

本人が空けたままの席に、外の人が代わりに座ってしまっている形です。


見ていてしんどい、は見ている人が言っていい

では、見ていて嫌だった気持ちは、どこへ置けばいいのでしょうか。

厚生労働省が示しているパワハラの指針は、働く環境が害されたかどうかを「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断する、としています。

指針の言葉では「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」。

同じ状況で同じことを言われたら、ふつうの働く人がどう感じるか、という物差しです。

なお、パワハラと呼ぶには、立場の強い側からの言動であることなど、ほかの条件もそろう必要があります。

大人の世界には、本人の気持ちとは別に、まわりの普通の感覚で線を引くやり方もある、ということ。

画面の前で「これは笑えない」と感じた人たちが使っていたのは、まさにこちらの物差しでした。

見ていてしんどい、という感想は、見ている人が言っていいものです。

去年2月の生配信に怒った人たちも、この物差しで話していたのだと思います。

 

ただ、この物差しが測れるのは、画面に映った言葉とふるまいまで。

いじられた人の胸の内で何が起きていたかを測るのは、もう一本の物差しで、それを持っているのは本人だけです。

今回の騒ぎでは、その2本の物差しが1本にまとめられてしまっています。

 

同じことは、職場や学校でもよく起きるもの。

誰かがいじられているのを見て胸がざわついたら、そのざわつきは口に出していいものです。

そのうえで、いじられていた人には、あとでそっと声をかけて、大丈夫だったかを聞いてみてください。

いじめだったかどうかを決められるのは、その人だけ。

もし自分がいじられる側にいて苦しいなら、それを決めていいのもあなたです。

子どもなら24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)、働く大人なら各地の労働局にある総合労働相談コーナーが話を聞いてくれます。

 

菊池風磨のいじりを見て、楽しくなかった人がいたのは確かです。

でも、あれがいじめだったかどうかを決める席は、画面のこちらには置かれていません。

しんどかった、とだけ言って、その先は本人のために空けておきたいところですね。