朝の支度の途中、テレビから聞こえてきたハチワレの声に、ふと手が止まる。

風邪でもひいたのかな、と最初は思いますよね。

ところが、低くなった声はそのあとも元に戻りませんでした。

 

ハチワレを演じている田中誠人は、アニメが始まったとき、まだ11歳の男の子だったんです。

2026年9月22日に「デカワレ」と呼ばれている回が放送されてから、ハチワレの声をめぐる言い合いが、もう一度ネットに広がっています。

「声変わりしてから本当に変」という声と、いまの声がもうすっかりなじんでいるという声。

どちらの気持ちも、きっと本物です。

今回は、ハチワレの声変わりで何が起きているのか、声優の交代はあるのか、そして声が変わっても田中誠人のままでいいと言える理由まで、わかりやすく解説していきたいと思います。


強くなったハチワレの低い声

2026年9月22日の朝、めざましテレビの中で第380話「パラレルワールド⑥」が放送されました。

パラレルワールドに迷い込んだハチワレの耳やしっぽの毛がふさふさになり、さらに身体まで大きくなってしまう回です。

ネットでは、この姿を「デカワレ」と呼んでいる人もいます。

見た目と同じくらい話題になったのが、声でした。

 

大きくなったハチワレは「強いよこの身体ッ」「簡単ッッッ!!簡単ッッ!!!」と口にし、低い声を活かしたような演技になっていたと報じられています。

エンドクレジットには「ハチワレ」「ハチワレ?」「強くなったハチワレ」と3つの名前が並び、演じているのはどれも田中誠人。

同じ回の中で、ひとりの声優が3人ぶんのハチワレを演じ分けていました。

放送のあと、ネットには「ちゃんとキメラ化の時声変わってんのまじでいい」「田中くんまだ未成年なのに声を使いわけてプロの仕事して凄すぎる」といった感想が並んだとのこと。

キメラ化というのは、パラレルワールドでハチワレの姿が別の生きものへ変わっていくことを指す、ファンのあいだの呼び方。

振り返ったときの低い「ん?」がツボだった、という人までいたそうです。

 

その一方で、低い声が目立つ回だったぶん、ふだんのハチワレの声に引っかかっていた人の気持ちも、もう一度動きました。

「デカワレ回終わったらもう声優変えてほしい」という投稿には、たくさんの返事が付いています。

「元のハチワレの声を覚えてないくらいこの声が定着しちまってる」という人もいれば、「変えたら変えたで『こんなのハチワレじゃない!』って言い出して」と心配する人もいました。

 

なかには、投稿した人の年齢をからかうような言葉まで混じっていたのが、少し気になるところ。

好きで観てきた作品に違和感を口にしただけで、そこまで言われるのは、さすがに行き過ぎのように見えます。

声の変化に気づいて戸惑うのは、それだけ長くハチワレの声を聞いてきた人だからでしょう。


ハチワレの声が変わった第241話

声の変化が最初に大きな話題になったのは、2025年2月に放送された第241話「柿の種わさび」でした。

ちいかわとハチワレが、ジンジャーエールでくりまんじゅうの飲み方を真似してみせる回です。

この回のハチワレの声が以前より低く聞こえて、Xのトレンド1位に「声変わり」が上がったといいます。

アニメが始まってからおよそ3年、田中誠人はこのとき14歳になっていたそうです。

急な変化に驚いた人は多かったものの、当時は「声変わりしても優しい声のハチワレにほっこりする」という温かい反応も広がりました。

この回の見逃し配信は、公式の発表によるとYouTubeだけで176万回再生を超えたそうです。

映画の情報サイトのリアルサウンドは、この回について、声の高さではなく芝居によってハチワレをつくり上げてきたことを思いがけない形で示した、と書いています。

 

ただ、公式から「声変わりです」という発表が出たわけではありません。

報道でも、変声期による変化との見方が強い、という書き方にとどまっています。

年齢と時期を考えればそう受け取るのが自然、という位置づけでしょう。

声優を交代するという発表も、その後いっさい出ていません。

 

2025年7月に始まった新しいシリーズでもハチワレ役は田中誠人のまま続き、リニューアルされたエンディングの「ひとりごつ」にも、成長した歌声が響いていたとのこと。

2026年7月24日に公開された『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』でも、オープニングテーマになったナガノ作詞の新曲「くつずれ」を、ハチワレとして歌っています。

声が低くなってからも、作品の側は一度も「ハチワレの声を別の人に」という方向へは動いていません。

映画のオープニングテーマまでそのまま任せているところに、制作側の答えがはっきり出ているように見えます。

ネットには「作者がこれでいいと思ってるからかえてないんじゃないの?」という声もありました。

ナガノ本人がこの件について何か話したという報道は、いまのところ見当たりません。

それでも、何も言わないまま、同じ人に歌まで任せ続けています。


デカワレは声変わりより先に描かれていた

今回の反応の中には、この低い声を使うための回だったのでは、と受け取った人もいたようです。

ところが、順番は逆でした。

『ちいかわ』はもともと、作者のナガノがXに投稿している漫画です。

パラレルワールドでハチワレの姿が大きく変わっていく場面が原作に載ったのは、2024年3月のこと。

田中誠人の声変わりが話題になった第241話が放送されたのは、その翌年の2月でした。

物語が先にあって、声の変化はあとから追いついてきたんです。

原作を追いかけていた人にとっては、ずいぶん前から知っている姿だったはず。

アニメの放送に合わせるように、原作の公式Xも、少しモフモフになったハチワレと、身体が変わって強くなったハチワレの描き下ろしイラストを公開していました。

 

アニメは原作のエピソードを追いかける形で作られているので、その順番がちょうど2026年の秋に回ってきた、と考えるのが自然でしょう。

結果として、低くなった声は、大きく強くなったハチワレにぴたりとはまりました。

狙ったというより、重なった。

偶然が、演じる人の幅を見せる場面に変わった回だったと思います。


鉄腕アトムの声も女性だった

声変わりするなら、最初から大人の声優に頼めばよかったのでは、と思った人もいるかもしれません。

実は、日本のアニメはずっとその形をとってきました。

少年の役を、大人の女性の声優が演じる形です。

新潟大学の石田美紀教授は、著書『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』で、まさにこの問いを追いかけています。

2021年のインタビューでは、「なぜ女性声優が少年を演じますか?」と尋ねると、多くの人は「男の子は変声期がくる」と答える、と話していました。

 

石田教授が目を向けたのは、その先にある「日本のアニメって『連続もの』なんですよね」という点です。

毎週新しい話を放送し続ける仕組みの中では、実際の子どもが子どもの役を演じ続けるのが難しかった、という見立てでした。

日本で最初の30分の連続テレビアニメとされる『鉄腕アトム』でも、アトムを演じたのは女性の清水マリだったそうです。

さらにさかのぼると、テレビがまだ生放送だった時代には、男の子の役で呼ばれた女性の声優が「子どもにそういう難しい仕事はできないんだ」と説明された、という話も出てきます。

石田教授は、ディズニーの『ピノキオ』のような1本きりの映画なら、演じる子どもを押さえてしまえば声変わりの心配もない、とも話していました。

1本で終わる映画と、何年も続く連続もの。

何年も続く作品ほど、子どもに少年の声を任せにくくなるんです。

海外の吹き替えでは、少年の役を男の子や大人の男性が演じるのも、それほど珍しくないとのこと。

少年の声を大人の女性に任せるのは、日本のアニメが長い時間をかけて育ててきた「お約束」なんですよね。

 

アニメ『ちいかわ』は、そのお約束を選びませんでした。

2022年2月に発表されたメインキャストは、ちいかわ役が10歳の青木遥、ハチワレ役が11歳の田中誠人。

うさぎ役の小澤亜李をのぞいて、主役の2匹を実際の子どもが演じる形でスタートしています。

しかも、いまも毎週火曜と金曜の朝に放送が続く、まさに石田教授の言う「連続もの」です。

長く続けば、いつか声変わりの日が来ます。

男の子の声でハチワレを作るというのは、その日ごと引き受けることでもありました。


11歳で選ばれたハチワレの4年間

では、なぜ11歳の田中誠人だったのでしょうか。

キャスティングには原作者のナガノも加わり、スタッフ全員で話し合って決めたそうです。

アニメプロデューサーの障子直登は、「オーディションテープのときからいいなと思っていましたが、アフレコブースにいらして、実際にセリフを聞いたときにすごく上手で」と振り返っています。

決め手になったのは、好奇心旺盛でちいかわよりしっかりした面があるハチワレに、「田中さんがいちばん合っているんじゃないか」ということだったそうです。

選ばれた理由は、声の高さより、ハチワレという子の中身に合っていたことでした。

 

田中誠人は2歳で芝居の世界に入り、劇団ひまわりに所属する俳優です。

ハチワレは3匹の中でいちばんよくしゃべり、言葉の少ないちいかわたちの気持ちを代わりに口にしてくれる役まわり。

放送が始まった年の第11話「ひとりごつ」では、切り株に腰かけたハチワレがギターを弾きながら歌い、1話の大半をその弾き語りが占めました。

「なまがわき」の部分では「険しい顔な感じの声で」と指示を受けて、本人も険しい顔でレコーディングした、と当時のインタビューで明かしています。

ちいかわたちの心と体が入れ替わる「入れ替わり編」では、ハチワレの姿をしたうさぎを演じ分けたことも。

11歳のときに寄せたコメントは、いまもそのまま、ハチワレという子の説明になっています。

声が変わると、どうしても最初は耳が引っかかるもの。

返事の中には、2005年に声が変わったドラえもんを引き合いに出す人もいました。

ドラえもんの声は、2005年4月から水田わさびが担当しています。

役の声が変わるときに戸惑うのは、昔からあまり変わらない光景なのかもしれません。

 

違和感を覚えた人も、もう今の声しか浮かばない人も、見てきたものは同じです。

画面の中で年をとらないハチワレと、画面の外で大きくなっていく一人の男の子。

声の好みが人それぞれなのは、どうしても仕方のないこと。

それでも、11歳で選ばれた男の子の声が、大きく強くなったハチワレの叫びにまで届いたのは、長く続く作品でしか見られない景色です。

声の高さより中身で選ばれた人なのだから、ハチワレは田中誠人のままでいいと思います。

次の放送では、ハチワレが何をしゃべるかに耳をすませてみたいところですね。