りくりゅうが『気持ち悪い』と言われる理由について

2026年2月のミラノ・コルティナ五輪で、日本のペアとして初めて金メダルを獲った二人が婚約しました。
その報告から丸一日で、同じ二人に「嘘つき」という言葉が付いています。
りくりゅう。
三浦璃来と木原龍一のことです。
祝福が並んでいたはずの画面に、「騙された」「気持ち悪い」が混ざりはじめました。
ただ、二人が具体的に何を隠していたのかを、はっきり言える人はほとんどいません。
今回は、この騒動で何が起きていたのかと、有名人への書き込みがどこからアウトになるのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。
祝福が一日で嘘つきに変わった
まずは、何があったのかを順番に置いてみましょう。
2026年8月23日、三浦璃来と木原龍一が、それぞれのSNSで婚約を発表しました。
添えられていたのは、氷の上でプロポーズしたときの写真だったと報じられています。
「嬉しい時も、辛い時も、たくさんの時間を共に過ごし、支え合いながら歩んできました」
「いつしか、お互いにとってかけがえのない、なくてはならない存在となりました」
連名の報告には、そう書かれていたとのこと。
三浦璃来は24歳、木原龍一は34歳。
二人がペアを組んだのは2019年で、7年をともに過ごしてきた相手です。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪で、日本のペアとして史上初の金メダル。
4月にそろって引退し、その4か月後の報告でした。
最初のうちは、祝福だけが流れていたそうです。
ところが翌24日、画面の景色が変わります。
「騙された」「嘘つき」「隠していた」。
怒りの言葉のほうが、祝福を追い越して伸びていきました。
ネットの反応を集計すると、好意的な声より否定的な声のほうが多くなっていたと報じられています。
おめでたい話が、丸一日ももたずに反転していく。
見ていて疲れてしまった人も、多かったはずです。
ベタベタしすぎの声は3月からあった
ここで引っかかるのは、怒りが出てくるまでの早さ。
報告から一日で、あれだけ具体的な文句が並ぶものでしょうか。
実は、モヤモヤのほうが先にありました。
2026年3月、大手の質問サイトに「りくりゅうペアって必要以上にベタベタしすぎじゃないですか」という投稿があったと報じられています。
集まった共感は100件を超えていたとのこと。
回答欄には「見ていられない」「日本人の私には異様」といった声も並んでいたそうです。
婚約発表の、5か月も前のこと。
あの距離感が苦手だという感覚は、婚約より前からあったわけです。
そもそもペアという競技は、相手に触れていないと成立しません。
男性が女性を頭の上まで持ち上げるリフト。
投げて、跳ばせて、氷の上で受け止めるスロージャンプ。
手が離れた瞬間に、点が出ないどころか事故になります。
演技が終わったあとの抱擁も、その延長線上にあるもの。
そして同じ光景を、微笑ましいと見ていた人も大勢いました。
演技を終えて抱き合う姿や、木原が三浦を軽々と抱き上げる場面は、仲のいいペアの象徴として見られてきた場面です。
まったく同じ映像が、ある人には競技の続きに見えて、ある人には過剰に映る。
とはいえ、理屈がわかったから平気になるかというと、そこは別の話ですよね。
苦手なものは苦手です。
その感覚まで間違いだと言われると、今度は苦手だと感じた側が窮屈になります。
モヤモヤは、婚約より先にありました。
二人は一度も交際を否定していない
では、「騙された」という言葉のほうは、どこから出てきたのでしょうか。
根拠として持ち出されているのが、2026年2月25日の会見です。
五輪のあと、日本記者クラブで開かれた会見の場で、記者から「つきあってるの?」と聞かれる場面がありました。
二人は笑顔で、こう答えたと報じられています。
「ご想像にお任せします」
この一言、否定でしょうか。
否定はしていません。
肯定もしていない、宙ぶらりんの答えです。
「想像してください」と、判断のほうを客席へ渡している言葉。
ところが半年のあいだに、この一言は形を変えていきました。
「ご想像にお任せします」が、いつのまにか「交際を否定した」として記憶され、婚約の報告で「否定していたのに嘘だった」という筋書きに育っていきます。
嘘をついたのは二人ではなく、自分の想像のほうを二人の答えとして覚えていた側なんです。
空欄で返ってきた答案に自分で答えを書き込んで、あとからそれを模範解答だと思い込むのと同じで、間違っていたのは答えではなく、誰が書いたかのほうでした。
報道では、弁護士の見解も紹介されています。
自分の恋愛について、社会へ説明する法的な義務は有名人にもありません。
会見で言及を避けたとしても、法的には何の問題もない、とのこと。
そして二人は、その避けかたすら選んでいませんでした。
「ご想像にお任せします」は、けっこう際どいところまで開いた答えだったりします。
丁寧に書いた人ほど罪は重くなる
ここからは、少し実用的な話を。
有名人への書き込みは、どこからがアウトなのか。
初めて調べる人がいちばん驚くのは、たぶんこの一点です。
証拠を並べて丁寧に書いた投稿のほうが、罪としては重いほうへ行きます。
順番に見ていきましょう。
ネットの書き込みで問題になる罪は、大きく2つに分かれます。
- 侮辱罪=具体的な中身を挙げずに、公然と人をけなす
- 名誉毀損罪=具体的な中身を挙げて、人の評判を落とす
分かれ目は悪口の強さではなく、中身を挙げたかどうかの一点。
だから「気持ち悪い」だけの投稿は、侮辱罪の側に入ります。
「嘘つき」とだけ書いた投稿も、中身を挙げていないので同じ側。
一方で、こう書いたらどうなるか。
「2月の会見でああ答えていたのに、実際は付き合っていた。嘘をついた」
日付があり、発言があり、それを踏まえた断定があります。
これは具体的な中身を示した形になるので、名誉毀損の側へ移ると、報道では弁護士が説明していました。
刑の重さも違います。
侮辱罪は1年以下の拘禁刑、または30万円以下の罰金など。
名誉毀損罪は3年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金です。
しかも、刑事の話だけでは終わりません。
名誉を傷つけられたとして、慰謝料を求める民事の請求が別に立ちます。
警察が動かなかったとしても、そちらの道は残っているということ。
侮辱罪のほうも、昔のままではありません。
2022年7月7日の法改正で、それまでの「拘留または科料」から引き上げられました。
起訴できる期間も、1年から3年へ延びています。
そしてもうひとつ、いちばん誤解されているところ。
名誉毀損は、書いた内容が本当だったとしても成立することがあります。
ここでいう「事実」は「真実」という意味ではなく、「具体的な中身」という意味だからです。
本当のことを書いたのだから大丈夫、という理屈は通りません。
材料をそろえて説得力を持たせた投稿ほど、線を越えやすくなる。
匿名のつもりが一回の裁判で消える
それでも、と思った人はいるはず。
アカウント名しか出していないのだから、自分にはたどり着けないだろう、と。
その前提のほうが、いま崩れかけています。
2022年10月1日、プロバイダ責任制限法の改正で「発信者情報開示命令」という手続きが始まりました。
それまで必要だったのは、二段階の手続きです。
- まずサイトの運営会社に、投稿したときの接続記録を出させる
- 次にその記録をもとに、通信会社へ契約者の名前と住所を求める裁判を起こす
裁判を二度やる形なので、時間もお金もかかってしまう。
そのあいだに接続記録が消えてしまい、たどれなくなることもありました。
いまは一連の請求を、一つの裁判手続きでまとめて出せます。
投稿した人にたどり着くまでの時間も、それだけ縮みました。
もうひとつ、覚えておきたいこと。
投稿をあとから消しても、手続きが止まるとは限りません。
消す前の画面を保存されていれば、その画像のほうが証拠として残るからです。
つまり、書き込んだ瞬間の安心感のほうが、いまの制度に追いついていません。
画面の向こうで、名前を出さずに書いた一行。
自宅へ封筒が届くまでの道が、ずいぶん短くなっています。
好きじゃないと言えなくなるほうが怖い
ここまで読んで、じゃあもう何も書けないじゃないか、と感じた人もいるはずです。
そこは、はっきり分けておきたいところ。
「あの距離感は自分は苦手」
「見ていて落ち着かない」
これは、自分がどう感じたかの話です。
主語は自分で、相手は何もしていません。
「嘘をつかれた」
「騙された」
こちらは、相手が何をしたかの話になります。
主語が相手に移った瞬間に、感想は事実の主張へ変わる。
線を引いているのは言葉の強さではなく、主語がどちらを向いているかなんですね。
見分け方は、意外と簡単です。
書いた一行の頭に「私は」を付けて、そのまま通るかどうか。
「私はあの距離感が苦手」は、そのまま通ります。
「私は騙された」は、相手が騙したことを前提にしないと成り立ちません。
好きになれないものを好きになれないと言えなくなる社会は、それはそれで息が詰まります。
苦手だと感じたこと自体は、誰にも謝る必要がありません。
気になるのは、そこから先の一歩のほう。
今回いちばん伸びていたのは、苦手だという感想ではなく、被害を受けたという形をした言葉でした。
二人は、誰からも何も奪っていないんですけどね。
それなのに、被害者の顔をした言葉だけが数を伸ばしていく。
どんな事情があろうとも、その形は違うと感じてしまいます。
ただ、モヤっとした人の全員が、何かを書き込んだわけではありません。
言葉にしないまま、そっと画面を閉じた人のほうが、たぶんずっと多かったはずです。
その静かな側こそ、この騒動の本当の姿だったんじゃないかと思うところですね。
