姫路ゆかたまつり着付け代|斎藤知事の自腹の話をわかりやすく解説

「公務ですから」
斎藤元彦知事が着付け代を自分で払おうとしたら、そばにいた県の職員にそう言われて止められた。
言われるまま従った結果、代金は県のお金から出ていった——。
そんな証言が、いまネットで回っています。
舞台は、2023年6月の姫路ゆかたまつり。
3年前の夏の、たった一度きりの着付けです。
語っているのは、その日に知事の担当をしていた地元の人。
この人は2年前にも、事実と違うと声を上げていました。
何がどこまで確かめられるのか、順番に見ていきましょう。
知事が財布を出したという話
まず気になるのは、この話がどこから出てきたのか、というところ。
語ったのは、その日に知事へ貸衣装店を紹介した地元の関係者だとされています。
2026年8月17日の朝、ネット配信の中で話した内容が、そのまま投稿として広がりました。
今朝のライブで浴衣まつりでの件について証言された芳賀様よりコメントをいただきました。(ライブのリンクはリプ欄)
— mayomayoi / U.S. News – X (@mno_real2) 2026年8月17日
つまり、新聞やテレビが報じたものではありません。
その場にいた人の話が、配信から投稿へ、投稿から画面へと流れてきた形です。
これが本当なら、話はずいぶん変わります。
この件はもともと、知事のわがままで公費が使われたという形で全国に広まったものでした。
わがままを言った人ではなく、止められた人になってしまいますよね。
いっぽうで、作り話ではないかという声も出ています。
その場にいた人の記憶なので、いまのところ裏づけになる紙はありません。
この一点だけを取り出せば、白とも黒とも言えない灰色の話です。
ただ、灰色なのはこの一点だけで、この騒動にはすでに白黒がついている部分がいくつもあります。
そこを先に押さえておきましょう。
支出決定書に残っていた着付け代
2023年6月24日、斎藤知事は姫路ゆかたまつりに浴衣姿で出席しました。
姫路の中心部が浴衣の人でいっぱいになる、地元では有名な初夏のお祭りです。
その日の着付けにかかったお金が、県の支出決定書という書類に残っていたと報じられています。
支出決定書というのは、役所がお金を出すときに必ず残す事務の書類のこと。
当時の県議が情報公開請求で取り寄せ、百条委員会へ出しました。
着付け代に公費が使われたこと自体は、ここではっきりしています。
ただ、ここでそもそもの疑問が浮かんだ人もいるはず。
公務で出かけた先の着付けなら、県が払っても悪くないのではないか。
そのとおりで、県が仕事として出席させている行事ですから、その場で必要になった費用を県が持つこと自体は、おかしな話ではありません。
金額も、書類には書かれていたはずですが、そこが大きく取り上げられることはありませんでした。
では、何が問題として広まったのか。
公費が使われたことではなく、そこへ至るまでの知事のふるまいのほうでした。
本来は近くの公民館で、地元の婦人会のみなさんが無料で着付ける段取りだったといいます。
ところが直前に取りやめになり、知事は商店街の貸衣装店で着付けてもらった、という筋書きです。
ここへ、さらに尾ひれが付きます。
老舗の呉服屋を借り切った。
素人にはやらせないと言ってボランティアへ罵声。
翌年のゆかたまつりからは出禁になった。
こうした見出しが、2024年の秋に全国を回りました。
知事の進退そのものが問われて、兵庫県の話題が毎日のように流れていた時期です。
公のお金がどう動いたのかが見えにくいのは、この件に限った話ではありません。
現場の担当者が2年前に出していた否定
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
いま挙げた3つは、当時すでに、現場の担当者本人がはっきり否定していました。
2024年9月10日、門隆志県議が、その担当者の文章を本人の許可を得てそのまま公開しています。
知事を擁護するつもりはありませんが、デマは修正しなければなりません。Xに転載してもいいとお許しを得たのでご紹介します。
去年のゆかた祭りで、知事が高級呉服店を借り切ったとか、ボランティアに罵声を飛ばしたとか、今年のゆかたまつりは出禁だったとかいうニュースが飛び交ってます。別に知事を擁護する気はないけど、マスコミの酷さが際立つ報道です。去年も今年も、知事の担当は私です。
去年の初日の昼過ぎ、市の観光スポーツ局から電話があり、知事がゆかたを借りたいといっているので、紹介して欲しいというので、西二階町の貸衣装屋を紹介しました。なので公民館で着替えてないので、地元のボランティアに怒鳴ったという事実はありません。ましてや老舗呉服屋を借り切ったという事実はありません。
— 門隆志 兵庫県議 (@kado3) 2024年9月10日
とてつもない数の人に読まれた投稿です。
中身を分けておきますね。
- 知事の担当は自分。市の観光スポーツ局から電話が来て、西二階町の貸衣装屋を紹介した
- 公民館で着替えていないので、ボランティアに怒鳴った事実はない
- 老舗呉服屋を借り切った事実もない
- 翌年招待状を出さなかったのは、5月に県議を介して内意を伺ったところ「今年は無理そうです」と返事があったから。出禁ではない
そして、この投稿にはもう一行あります。
「関西テレビからの取材でも、きっぱり否定しました」
取材が無かったわけではないんです。
担当者本人のところへ話は来ていて、その場ではっきり違いますと答えています。
それでも、あの見出しが流れました。
ここで見落とせないのが、公開した県議の立場です。
書き出しは「知事を擁護するつもりはありませんが、デマは修正しなければなりません」でした。
担当者本人も、文章の最後を「斎藤知事を擁護してるわけではないですよ」と結んでいます。
知事の味方をするために言っているのではなく、自分がその場で見たことと違うから言っている、という立て方です。
いちばん強い訂正は、いつもこの形をしています。
紙のある話だけが残った理由
では、なぜ現場からの否定のほうは届かなかったのでしょうか。
答えは、たぶん残り方の違いです。
公費が使われたという話には、支出決定書という紙が付いていました。
紙は消えません。
3年経っても取り出せますし、誰が見ても同じものが見えます。
いっぽう、公民館で着替えていない、怒鳴っていない、借り切っていない、という3つの否定。
こちらを裏づける紙は、どこにもありません。
その場にいた人が「見ていました」と言うしかない種類の話だからです。
紙のある話は事実として扱われ、紙のない話は擁護として片づけられました。
やっかいなのは、その2つが同じ記事の中で混ざってしまったことです。
公費が使われたところまでは、書類のある話。
そこへ至るまでのふるまいは、書類のない話。
本当は分けて扱うべきものが、ひとつづきの「わがままな知事の話」としてまとめられました。
まとまってしまうと、あとから片方だけを外すのがとても難しくなります。
そして今回の「自分で払おうとした」も、まったく同じ場所に立つ話でした。
財布に手をかけて、そのまま引っ込めた——その一瞬を書き残す書類は、役所にありませんから。
レジで小銭を出そうとして結局やめた瞬間がレシートに載らないのと同じで、払おうとした気持ちは、支払いの記録に一行も残りません。
だから3年たっても、証言という形でしか出てこられないわけです。
それでも、確かめられることはまだ残っています。
着付け代を公費にすると決めたのは誰なのか。
役所がお金を出すときには、必ず誰かがその処理を決めています。
いくらを、何の名目で、どういう扱いで払うのか。
支出決定書というのは、まさにそれを書き残しておくための紙です。
今回の証言が本当かどうかも、その紙をもう一度たどれば、近いところまでは見えてくるはずなんですよね。
今回の証言そのものは、いまのところ確かめる手立てがありません。
ただ、この人が言っていることは、2年前からひとつも変わっていないんです。
変わったのは、その言葉が届く速さのほうでした。
次に何か出てきたときも、誰が何を言ったのかを、その都度そのまま見ていきたいと思います。
