元TOKIOの山口達也が、名古屋の専門学校で自分のアルコール依存症について語った講演が、2026年11月1日にニュースになりました。

「“酒が強いね”は褒め言葉だと思っていた」という告白です。

ところが、その記事を紹介したライブドアニュースのXの投稿に並んだのは、ねぎらいの言葉より「酒のせいにするな」という声。

2018年、山口達也は未成年への強制わいせつの疑いで書類送検され、TOKIOを離れています。

その件までお酒の話に混ぜるな、という怒り。

けれどその件について、本人は講演で、その怒りとほとんど同じ言葉を使っていたんです。

今回は、当時の会見からいまの講演まで、本人がどう話してきたのかを調べてみます。

 

返信に並んだ「酒のせいにするな」

11月1日の記事は、CBCテレビのニュースサイトが講演を前編・中編・後編に分けて書き起こしたもので、Xの投稿には「アルコール依存症の闘病体験語る」という言葉が添えられていました。

その返信欄には、こんな声が並んでいます。

  • 「酒のせいにするなや」
  • 「未成年に手を出したのは酒が悪いんじゃないぞ」
  • 「なんか問題点をアルコールにすげ替えてる気がするんだよなあ」

投稿を引用リポストした人の中にも、「未成年に手出したことがいつの間にかアルコールのせいに置き換えられてて怖い」と書いた人がいました。

返信と引用リポストのうち意見が書かれたものを読むと、いちばん多かったのがこの怒りで、「今はつべでのんびりやってるんだからそっとしといてやれよ」とかばう声は数えるほどです。

 

山口達也は2023年3月に「株式会社山口達也」を立ち上げ、依存症や飲酒運転について話す講演を各地で続けてきました。

反応の中に「アルコール依存症の講演が仕事になって皮肉だな」という声があったのも、そのためです。

本人のXには、10月31日にも運送業の団体で「アルコール依存症と飲酒運転」をテーマに話したという報告が載っています。

講演のたびに「闘病」の言葉が先に届けば、未成年への件を覚えている人がまず引っかかるのは無理もありません。

 

2018年の会見は酒の話から始まった

お酒と未成年への件が結びついたのには、はっきりした出発点があります。

2018年4月26日の会見です。

Yahoo!ニュースのオリジナル記事によると、会見で事件の日の経緯を説明したのは、当時の事務所の顧問弁護士でした。

体調不良で入院していた山口達也が、その日に退院して自宅へ戻り、一人で飲みたくなって夕方まで飲んでいたこと。

そのあとに、未成年の被害者を自宅へ呼んだこと。

本人はそのころ「相当な酩酊状態で記憶が定かではないところもある」状態だった、という説明です。

その後の処分は起訴猶予で、疑いがあっても事情を考えて検察が裁判にかけないと決める処分でした。

最初に世間へ届いた経緯は、お酒の場面から始まっていたんです。

 

さらに2020年9月22日の朝、山口達也はお酒を飲んだ状態でバイクを運転して事故を起こし、酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕されました。

その日を、本人はいま「命をいただいた日」と呼んでいます。

会見の説明とバイクの事故が重なって、「山口達也」と「お酒」はひと続きの言葉として覚えられていきました。

 

講演で語った「お酒一切関係ありません」

では、本人はいまその件をどう話しているのでしょうか。

2026年5月16日、広島市で開かれた講演で、山口達也は不祥事にふれて、こう話したと中国放送が伝えています。

「この不祥事に関してはお酒一切関係ありません。これは私自身が起こした、不祥事です」

その件をお酒のせいにしない、という一点で、返信欄の怒りと本人の言葉はそろっています。

ただ同じ講演で本人は、その件で仕事も仲間も収入も信頼も一度になくしたことを、依存症の世界でいう「底つき」という言葉で振り返っていました。

お酒とは関係ないと言いながら、依存症の話の中に、その件は「底をついた場面」として置かれているんですね。

 

一方で、6月にSmartFLASHが出した記事は、その件の詳しい経緯や被害者への向き合い方について、公の場で踏み込んだ説明はされていないと書いていました。

同じ記事によると、6月にYouTubeを始めたときには、Xに「過去とどう向き合うか」の動画から始めたほうがいい、という投稿も出ていたそうです。

講演の題は、いまも「依存症の理解と回復」や「ゼロからの再出発」。

そこに、未成年への件そのものは入っていません。

 

「酒のせいにするな」は言いがかりではない

11月1日の記事でも、未成年への件は「不祥事で芸能界を去った約2年後」という時期の目印として、一度出てくるだけでした。

見出しに並ぶのは「闘病体験」「告白」で、引用リポストには「まだ被害者面ビジネスしてんのか」という言葉まで出ています。

本人も、自分の名前が飲酒運転の例として思い出されることは分かっていて、2026年1月8日には、免許の更新講習で名前が出るのではと心臓がバクバクしていたと書いていました。

依存症の話が「闘病の告白」として届くたびに、未成年への件がよぎる。

それは本人の言葉に照らしても、筋の通った受け止め方です。

本人自身が、その件はお酒とは関係ないと言っているのですから。

依存症の話の中で「底つき」として語られるほど、本人の歩みから切り離せない出来事でもあります。

お酒の話を聞いてその件を忘れないのは、言いがかりではありません。

「酒のせいにするな」という声は、2026年5月の本人の言葉と、もう同じ側に立っているということですね。