BUDDiiS YUMA卒業…持病を明かした本人とメンバーの言葉

2026年11月1日の夕方6時、9人組のダンス&ボーカルグループ・BUDDiiSの公式サイトに、YUMAの卒業を知らせるお知らせが出ました。
書かれていたのは「本日をもってBUDDiiSを卒業することとなりました」という一文。
2023年から持病を抱えていたことも、このとき初めて本人の言葉で明かされています。
卒業ライブも、最後に挨拶をする場も、予定はなし。
誰かがBUDDiiSを離れる時は誰よりも泣いてたユーマが卒業する時に
直接言葉を聞ける機会が無いなんてあまりに寂しいね— u (@takao_bro) 2026年11月1日
お知らせの下には、YUMA本人と、残るメンバー8人がそれぞれ言葉を寄せていました。
読んでいくと、「無理に立ち直る必要はない」という言葉が出てきます。
書いたのは、メンバーのTAKUYAです。
今回は、発表までの流れと、メンバーがファンに向けて何を書いたのかを、ひとつずつ見ていきたいと思います。
復帰を待っていた1か月
YUMAの活動休止が発表されたのは、2026年10月2日のことでした。
体調不良が続いていたため医療機関を受診したところ、医師から、しばらくの間十分な療養が必要との診断を受けたそうです。
このとき欠席が決まったのは、10月3日のリリースイベント、10月10日と11日の愛知でのホールツアー、10月12日のEBiDAN大運動会でした。
10月8日には経過報告が出て、10月24日のリリースイベントと、10月31日に大阪城ホールで開かれた「Livejack 2026 SMASH BEAT SP」も欠席に加わっています。
ただ、この2本のお知らせは、どちらも「一日も早く元気な姿で活動を再開できるよう」という言葉で結ばれていました。
10月8日の報告には、「万全なる状態にてチームに参加するために」療養する、とまで書かれています。
会社自身も、ファンのことを「復帰を心待ちにしてくださっていた」人たちと呼んでいました。
そして11月1日に届いたのが、今回の卒業のお知らせ。
運営する株式会社SDRの説明では、以前からの体調不良や持病の状況を踏まえて、医師から「激しいパフォーマンスを伴うグループ活動の継続は身体への負担が大きく、困難である」との診断があったとのこと。
本人とメンバーで話し合いを重ねたうえで、YUMA本人からの申し出を尊重して卒業が決まったと説明されています。
そして、本人の体調を考えて、卒業に伴うイベントは予定していないそうです。
ネットには「なんとなくそうかなって思ってはいた」という声と、「突然すぎて受け止めきれない」という声が、どちらも並んでいます。
勇馬くんの心と体の健康を心から祈っているけど、本日をもって卒業の言葉が苦しいよ。でも本当に勇馬くんには幸せでいてほしい。いつかまたに期待してしまうけど、勇馬くんが幸せでいてくれるならその日は何年後でも良いから本当にお願いゆっくり休んで幸せになって。
— 🌙 (@10ctmoon) 2026年11月1日
2日前の10月30日に出た大阪公演のグッズの案内にも、ネームタオルやアクリルスタンドの種類として、9人ぶんの名前が並んでいました。
YUMAの名前も、その中にあります。
比べてしまうのは、2025年8月に元メンバーのHARUKIが卒業したときのこと。
あのときはKT Zepp Yokohamaで卒業セレモニーが開かれ、ファンは会場で本人を見送ることができました。
今回は、その場がありません。
お別れの言葉は、公式サイトに並んだ文章だけで受け取るしかありませんでした。
持病を抱えたまま立っていたステージ
YUMA本人のコメントは、こんな書き出しです。
「今日まで皆さんにはお伝えしていませんでしたが、僕は2023年に持病を発症し、その後は体調と向き合いながら、活動を続けてきました。」
病名は書かれていませんし、この記事でもそこを推し量ることはしません。
代わりに本人が書いたのは、ステージの上で苦しかったことです。
思うように身体が動かず、全力でダンスを踊ることができない悔しさがあったこと。
自分が納得できるパフォーマンスを届けられないことと、グループ全体のパフォーマンスにも影響を与えてしまうことにも、悩んできたそうです。
そして、突然の発表になったことと、回復を待っていた人たちへ「本当にごめんなさい」と謝る一文もありました。
それでも文章の後半はほとんどがお礼で、「どんな僕の姿も受け入れ、いつも味方でいてくれたバディの皆様」への感謝が並んでいます。
「バディ」は、BUDDiiSのファンの呼び名のこと。
「ダンサーとして、常に最高のパフォーマンスを届けたい」と書いた人が、全力で踊れないことを自分の言葉で書くのは、いちばん言いにくいことだったはずなんですよね。
BUDDiiSは2020年9月に結成されたグループで、2024年には日本武道館で2日間の単独ライブを開いています。
本人の言葉どおりなら、その武道館も、12月のさいたまスーパーアリーナも、体調と向き合いながら立った舞台でした。
ネットには「持病があるなんて知らなかった」という声も出ています。
勇馬くん本当に苦しい決断だったんだろうな…持病抱えながら、それでもパフォの質を保つことや辛さを表に見せずに活動することをずっと頑張ってきたんだろうなと思うと胸が痛い。相当悩んだんだろうな、つらかったよね…
でもさ、それは卒業という形になってしまうの…?本当に???— エビマヨ (@hanpen_umai_) 2026年11月1日
メンバーのMORRIEも、自分の言葉でこう書いていました。
「人それぞれ、生きていれば予期せぬ病や目には見えない病気、中々理解が難しい物もあったりします。」
MORRIE自身も思うようにパフォーマンスが発揮できず悔しい思いをしてきたと明かしていて、自分が休んでいた時期にYUMAがグループを支えてくれたことへのお礼も書いていました。
休んだ経験のある仲間が「目には見えない」と書くと、言葉の重さが違って聞こえますね。
TAKUYAは、練習生のころに出会ってからの7年間、いつも隣にYUMAがいたと振り返っています。
その隣で、外からは見えないものを抱えたまま、YUMAはステージに立ち続けていました。
急がなくていいと書いたメンバーたち
SDRのお知らせは、最後に「今後とも、YUMA、そしてBUDDiiSへの変わらぬご声援を賜りますよう」と結ばれています。
グループとして出す文書なら、ごく自然な締めくくり。
その下に並んだメンバーの言葉には、少し違う温度のことが書いてありました。
- FUMINORI「すぐに整理できる状況ではないと思うし、受け入れてほしいなんてことは言いません。」「何日かかってもいい、何年かかってもいいです。」
- SHOW「無理にこれからも応援して欲しいとは言いませんし、ご自身の心を守るためにBUDDiiSから一旦離れてみるのも一つの選択肢だと思います。」
- TAKUYA「応援してくれるバディのみんなも悲しい気持ちから無理に立ち直る必要はないと思います。」
- FUMIYA「またみんなで、どれだけ時間がかかってもいいからみんなで、バディと一緒に前を向けるように。」
- SHOOT「すぐに受け入れることができなくても、前向きな気持ちになれなくても、無理をする必要はないと思っています。」
言い方はそれぞれでも、どれも、急いで前を向かなくていいという言葉です。
応援してもらう側のSHOWが、「一旦離れてみるのも一つの選択肢」とまで書いています。
「ご自身の心を守るためにBUDDiiSから一旦離れてみるのも一つの選択肢だと思います」
「すぐに受け入れることができなくても、どれだけ時間がかかっても大丈夫です」一人ひとりの気持ちを尊重してくれるメンバーだからこそ、勇馬も自分の気持ちに正直に決断できたのかなって思うな。
— ✭ (@lune__s1) 2026年11月1日
KEVIN、MORRIE、SEIYAの3人は、それぞれ別の思いを書いていました。
KEVINは結成当初から2人で未来を話す機会が多かったと振り返り、SEIYAは練習生の頃から数えて9年、10年ほど一緒だった同期として「YUMAの新しい一歩を温かく応援してもらえたら嬉しいです」と書き、MORRIEは「YUMAが居たBUDDiiSの背景も想いも全て背負って」いくと書いています。
どの言葉も、去っていくYUMAだけでなく、見送る側のファンに向けて書かれていました。
では、どうしてメンバーは、ファンにそう書いたのでしょうか。
ひとつは、お別れの場がないからだと思います。
卒業ライブがあれば、ファンは会場で泣いて、拍手をして、そこで気持ちに区切りをつけることができるもの。
今回は、その日が来ません。
区切りをつける場所がないまま、すぐに前を向くのは難しいですよね。
もうひとつは、メンバー自身が、まだ受け止めきれていないことです。
SHOWは「メンバーも受け入れきれてない部分があります」と書き、TAKUYAは「まだ受け止めきれない部分もあります」、SHOOTは「気持ちの整理がついていない部分が沢山あります」と書いていました。
自分たちもまだ整理がついていないのに、ファンにだけ整理をつけてとは、とても言えなかったのだと思います。
卒業を知らせる文章のなかで、メンバーの言葉は、悲しむ時間をファンに渡すためのものでした。
「いつかまた、違う形で」の一文
YUMAのコメントの最後の段落は、こうです。
「皆さんと僕の繋がりがここで途絶えてしまうわけではないと信じていますし、いつかまた、違う形で皆様に元気な姿をお届けできたらいいなと思っています。」
KEVINも「これからは活動する場所が変わりますが、YUMAらしく未来へ進んでくれることを願ってます」と書いています。
では、事務所に残るのか、芸能の仕事を続けるのか。
発表に書かれているのは、BUDDiiSを卒業するということだけで、その先のことには一言も触れていません。
割と落ち着いて文字が読めるようになったのでポジティブに捉えると
・ゆーまのコメントとしてもまたって言ってはいる
・はるきの卒業の時にあった退所と引退の文字は無い
のでSDRに残る可能性はあるんですね。
だから待つよ。違う形でもいいから。— ii (@bdsokmt) 2026年11月1日
ここは続報を待つしかないところです。
ただ、「違う形で」と書いたのは、ほかでもないYUMA本人。
つながりを切らないように書いているのは、本人だけではありません。
FUMINORIは「いつか整理がついたときにまたここに読みにきてください」と書き、SHOWは「また気が向いた時に会いに来てくれたら、僕たちは変わらず歓迎する」と書いていました。
離れてもいいと言った同じ文章の中に、帰ってくる道もちゃんと書いてあるんです。
ネットには「生きててくれるだけでいい」という声も、たくさん並んでいます。
「推しがいつ居なくなるか分からない」と書いている人もいました。
ファンがいちばん大事にしているのは、また会えるかどうかより先に、元気でいてくれるかどうかなんですよね。
ゆっくり休んでほしい気持ちと、まだ信じられない気持ちは、同じ人の中にいっしょにあっていいはずです。
何日かかってもいい、何年かかってもいいとメンバーが書いてくれたのだから、いまは寂しいままでいいのかもしれませんね。
