「どうしても出したくないコラボ動画があって」

2026年10月4日の夕方、ゆいぴすのXに、こんな書き出しの投稿が出ました。

相手の名前は、どこにも書かれていません。

それでもネットはすぐに動画を探し当てて、「ゆいぴすVS一条響」と呼び始めました。

ところが反応を見ていくと、ゆいぴすに同情する声と同じくらい、別の声も目立っています。

「どっちもどっち」という声に、画角を引いた側を笑う声。

本当に相手だけが画角を引いていたのか、悪口へのいいねはわざとなのか。

今回は、ゆいぴすVS一条響の画角騒動がどっちもどっちと言われる理由を、画面の顔の大きさの決まり方と「いいね」の正体から、わかりやすく解説していきたいと思います。


相手の名前が書かれていない投稿

投稿は5行ほどの短いもの。

書き出しのあとには「(コラボしたゆいが悪いんだけど)」と自分を責める一言が添えられ、続けてこう並んでいました。

  • 「自分だけ画角引いて顔小さく見せてるのずっとなんで❓と思ってたし」
  • 「ゆいへの容姿アンチコメントにいいねしてるし」
  • 「やっぱりコラボ動画出したくなかったww😭」
  • 「そのまま粘り強く断れば良かったなぁ…」

最後の一行からは、公開される前から気が進まなかったことがうかがえます。

「ずっと」とあるので、気になっていたのも一瞬の場面ではなかったようです。

本人はこのあと「もう動画は上がってるぅ、、」とも書き足していました。

 

その投稿は、いまは本人のタイムラインをさかのぼっても見当たりません。

ネットでは、すぐに消されたと受け止められているようです。

ただ、消える前に撮られた画面の写真は、あっという間に広まりました。

大きく広まったものの1つが、こちらのポストです。

「開戦の狼煙」とまで書かれると、本人が名前を伏せた配慮はどこへ行ったのか、と言いたくもなりますね。

 

反応は、きれいに割れました。

「両方別に好きでもないけどゆいぴすがふびんだな笑」と同情する人もいれば、「消すくらいなら書かなきゃいいのに」とたしなめる人もいます。

「コラボ相手もこの投稿見たら普通に嫌な気持ちになるよね笑」と、相手の側に立つ声もありました。

 

探し当てられた動画は、一条響のYouTubeチャンネルで10月2日の夜に公開されたものです。

タイトルは「【ゆいぴす登場!】休止明けのゆいぴすが響だけにすべてを語る」。

22分ほどの対談で、2人ともキャバ嬢として知られ、それぞれ自分のYouTubeチャンネルを持っています。

なお、この記事は、どちらの顔が大きく写っているかを判定しません。

見ていくのは、画面の顔の大きさを決めているものと、あの「いいね」が何だったのか、の2つです。


2画面の左右は別々に切り取られる

問題の場面は、2人の顔を左右に並べた2分割の画面でした。

ネットではこの形を「2画面マルチ」と呼んでいて、そこで一条響の側だけ引きの映像になっている、と指摘されています。

コメント欄にも「めちゃくちゃ自分の画角だけ引いてて草」「自分だけ画角引きすぎて机見えてるやん」と、同じところを見た声が並びました。

左右の枠は、それぞれ別々に切り取られた映像です。

2人が1枚の映像に並んで写る場面なら、寄り具合は2人で共通。

ところが2分割だと、どこまで寄るか、どこまで引くかを、枠ごとに別々に決められます。

画面に映る顔の大きさは、枠の寄り具合で変わるんです。

オンライン会議で、カメラに近づいた人ほど顔が大きく映るのと同じことですね。

 

そして2分割は、その違いが隣どうしで並んでしまう形でもあります。

比べてくださいと言わんばかりの並べ方。

もし狙って片側だけ引いたのなら、集合写真でそっと一歩うしろへ下がるのと同じ技でしょう。

ただ、誰がどう撮って、誰がどう編集したのかは、動画のどこにも書かれていません。

狙いがあったのかどうかは、画面を見ても分からないまま残ります。

 

寄りか引きかを見分けたいときは、顔のまわりに写っているものを見るのが近道です。

机の天板や肩から下、うしろの景色がどれだけ入っているかを左右で比べると、どちらの枠がどれだけ引いているのかが分かります。

コメントの「机見えてるやん」は、まさにそこを見た一言でした。

一方で、2人には身長の差があるので画角を引かなくても仕方ない、と見る人もいます。

ネットで目立っているのは、両方をまとめて見る声。

「どっちもどっち」と短く書く人がいれば、「やってることお互い女子中学生」と両方まとめて笑う人もいます。

そのいっぽうで、動画のコメント欄には「自分だけ画角引いてんのマジでワロタ」「見に来たら本当に自分の画角だけ引いてて、そこまでして自分だけ細く見せたいの怖い」と、引きになっていた側のほうを変だと見る声も並びました。

片方には、名前こそ伏せたものの、コラボ相手への不満を公開の場に書いた投稿。

もう片方には、片側だけ引きになった画面と、悪口に付いた印。

どちらにも外から見て引っかかる材料が1つずつあるので、どっちもどっちと言われやすい形なんですよね。


ハートは感謝の印として作られている

ゆいぴすが書いたもう1つの不満、「いいね」のほうは、画面の写真を見るとはっきりします。

問題のコメントの下に付いていたのは、親指を立てた高評価のマークではありません。

チャンネルのアイコンに小さな赤いハートが重なった印でした。

スマホの画面だと、返信のボタンの右どなりに小さく出るものです。

写真に写っていた2件のうち、1件は一条響の顔の小ささをほめる言葉、もう1件はゆいぴすの顔の大きさをからかう言葉でした。

これはYouTubeの「ハート」という機能で、動画を出したチャンネルだけがコメントに付けられるものです。

YouTubeのヘルプは、この機能を「感謝の気持ちを表します」と説明しています。

チャンネルを運営する側の画面には、コメントごとに高評価のボタンとハートのボタンが別々に並んでいて、ハートはわざわざ別に用意された印なんです。

視聴者の画面では、左下にクリエイターのアバターと小さい赤色のハートアイコンが表示され、チャンネル所有者がコメントをお気に入りにしたことを示す通知が送られます(通知は、視聴者がパソコンやモバイル端末で通知の受け取りを有効にしている場合に送られます)。

出典:YouTubeヘルプ「コメントの投稿、コメントによる対話」

ハートは、アイコン付きで見に来た全員の目に入ります。

そのうえ、書いた人には「お気に入りにされた」という知らせまで届く仕組みです。

書いた側にしてみれば、チャンネルから返事が来たのと同じような手ごたえかもしれません。

 

Xの「いいね」は、2024年6月から、誰が押したのか他人には見えなくなりました。

誰が押したのかが分かるのは、押した本人と、いいねされた投稿の持ち主だけです。

その感覚のままでいると、YouTubeのハートがどれだけ目立つ印なのかは、なかなか想像がつかないもの。

ネットには、コメントに片っぱしからハートを付けていただけでは、と見る人もいました。

実際にYouTubeには、ハートを付ける候補のコメントをまとめて並べて、一度に付けられる機能があります。

ヘルプによると、並ぶのは「肯定的な意図があると判断された」コメントで、いまはスマホのアプリでだけ使えるそうです。

一条響をほめている形のコメントなら、機械が肯定的だと読んでもおかしくはないでしょう。

ただ、今回のハートがどの手順で付いたのかは、外からは分かりません。

動画のコメント欄には「ゆいぴすに限らずコラボ相手に対するアンチコメントにいいねしてるのずっと気になってた」という書き込みもありましたが、これも見た人の受け止めです。

 

はっきりしているのは、押した側の気持ちと、画面に出る意味が、別々に動いてしまうということ。

読んだよ、のつもりで押した印でも、受け取る側の画面には「感謝」として出ます。

自分をからかう言葉に、相手のアイコン付きの感謝の印が付いていたら、傷つくのは当たり前なんですよね。


誰が押してもチャンネルの名前で出る

では、そのハートは一条響が自分の指で押したものなのでしょうか。

騒動をまとめたポストの中にも「本人が押したかは不明」と書いているものがありました。

YouTubeには、チャンネルの管理をほかの人に任せる仕組みも用意されています。

管理者や編集者という役割を渡された人も、ヘルプによれば「コメントを投稿できます」。

委任ユーザーはチャンネル所有者に代わって公開操作を行うことができます。操作はチャンネルに関連付けられます。

出典:YouTubeヘルプ「チャンネルの権限機能を使用して YouTube チャンネルへのアクセス権を追加または削除する」

任された人が何かをしても、画面に出るのはチャンネルの名前です。

 

画角も同じで、誰が編集したとしても、動画は一条響のチャンネルの動画として世に出ています。

わざとなのかどうかは、画面からは最後まで分かりません。

けれど、誰の名前で出るのかだけは、最初から決まっているんです。

名前の出方も、公開するかどうかも、決めるのはいつもチャンネルの側。

動画を消せるのは、チャンネルの持ち主と、持ち主から強い権限を任された人だけです。

ヘルプを見ても、編集者の役割には「チャンネルまたは公開済みコンテンツの削除はできません」と書かれていて、消す力はかなり絞られています。

ゲストとして出ただけの人は、ふつうこの役割を持っていません。

寄りか引きかを選ぶことも、付いたハートを外すことも、公開をやめることも、出演した側にはできない仕組みです。

「そのまま粘り強く断れば良かったなぁ…」と「もう動画は上がってるぅ、、」の2行は、その立場をそのまま言葉にしたように読めます。

友達のSNSに載った自分の写真を、自分では消せないのと少し似ていますね。

 

ネットの「VS」という呼び方は人と人のけんかに見せますが、外から見えているのは、片方の不満の投稿と、もう片方のチャンネルの名前と、その下に付いた印でした。

投稿のあと、ゆいぴすは「周りのYouTuberと夜職の子、まじでみんな死ぬほどメンタル強くて羨ましい…」と書き、自分のことは「絹豆腐より弱いよ〜」と笑いに変えています。

続けて出したのが、こちらの投稿です。

「SNSは好きだし」と添えてあるのが、この人らしいところかもしれません。

5行の投稿とは、ずいぶん温度の違う言葉が並びました。

 

この件を見て、自分のSNSの「いいね」を思い浮かべた人もいるはずです。

Xなら、どれに押したかは他人には見えません。

YouTubeのハートは、アイコンつきで全員に見えて、相手にも届きます。

同じ「いいね」でも、見え方は場所によってこれだけ違うんです。

自分でチャンネルやお店のアカウントを持っている人なら、まとめて付ける前に、誰かを下げる言葉が混ざっていないかだけは見ておくと安心ですね。

反対に、誰かのコラボ動画に出る側になったときは、どんな形で公開されるのかを先に聞いておくと、あとで「出したくなかった」とならずに済むかもしれません。

悪口に付いた印がわざとだったのかは、この先も分からないままでしょう。

それでも、感謝の印として作られたものが自分をからかう言葉に付いていたら、悲しくなるのは当然のことだと思います。

押した人の気持ちより先に、その印が誰の名前で出るのかを覚えておきたいところですね。