職場や学校で、あいさつもろくにしないのに、なぜか一目置かれている人を見たことはありませんか。

こちらが毎朝「おはようございます」と言っても返事がなく、それでも周りはその人に気をつかっていて、仕事もなぜか回ってくる。

俳優の川栄李奈も、まさにその理不尽で一度は芸能界を辞めかけていたそうです。

「すごく売れてる人でも、ちょっと態度が横柄だったりとか、あいさつ全然しないとかいう人っているじゃないですか?」

「なんでこの人が売れてるんだろうっていう」

この一言に、芸能界の外にいる人までうなずいています。

 

態度が悪い人ほど、なぜか強く見えてしまう。

今回は、川栄李奈が辞めかけた当時の話と、態度が悪い人ほど強く見える理由を、海外の研究からわかりやすく解説していきたいと思います。

引退を考えた6回目のオーディション

話が出たのは、2026年10月5日に放送された日本テレビ系の『しゃべくり007』でした。

NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』でヒロインを演じた川栄李奈は、あの役が6回目のヒロインオーディションだったと明かしています。

『カムカムエヴリバディ』は2021年11月から2022年4月まで放送された作品で、川栄李奈は3代にわたるヒロインの最後、ひなたを演じました。

AKB48にいたころから、朝ドラのヒロインオーディションを受け続けていたとのこと。

番組では、同作の制作統括からのメッセージも読み上げられました。

 

選んだ理由として「人としても女優としてもこの人なら信じられると思ったから」という言葉が届くと、川栄李奈は目を潤ませて聞いていたそうです。

そのあとに出てきたのが、冒頭の告白でした。

「その時、私ちょうど(芸能界を)辞めたくて…」

理由として挙げたのが、態度が横柄だったり、あいさつをまったくしなかったりする人が売れている、という光景です。

「この世界にいたくないなって思っちゃって」と続け、6回目で受からなければ辞めるとマネージャーに伝えていたと振り返りました。

だから受かったとき、マネージャーは本当にうれしそうにしていたそうです。

スタジオは笑いに包まれながらも、共感する様子を見せていたと報じられています。

 

芸能界の外でも、同じ光景はおなじみなんですよね。

アメリカのジョージタウン大学で職場の礼儀を研究しているクリスティーン・ポラスは、20年にわたって働く人たちへの調査を続けてきました。

失礼な態度を取られたことがある人は98%、目にしたことがある人は99%だったそうです。

ほぼ全員が、どこかで一度は「なんであの人が」を味わっている計算ですね。

職場で嫌われる人の特徴として、あいさつの相手を選ぶ人を挙げた投稿には、多くの共感が集まっています。

芸能界でも会社でも、腹が立つポイントはほとんど同じです。

 

ちなみにネットではさっそく「誰のことだろう」と名前を当てる声も出ていますが、川栄李奈は特定の人の名前を一度も出していません。

話し方も「そういう人っているじゃないですか」という、誰にでも心当たりがある形でした。

名前当てより気になるのは、多くの人が引っかかっているこの疑問です。

態度が悪いのに、なぜあの人は強そうに見えるのでしょうか。

横柄な人ほど強そうに見える実験

この疑問には、実はちゃんとした研究があります。

オランダのアムステルダム大学のヘルベン・ファン・クレーフらが、2011年に学術誌『Social Psychological and Personality Science』で発表した研究です。

タイトルを訳すと「ルールを破って力を手に入れる」という、なかなか身もふたもない題名でした。

研究チームは、ルールやマナーを破る人を見たとき、周りの人がその人をどう受け取るかを何通りもの形で試しています。

 

ひとつ目は、文章で読ませる実験です。

会社を訪ねてきた人が、社員用のコーヒーを断りもなく1杯もらっていく話。

あるいは、帳簿のルールを少し曲げてしまう経理担当の話。

読んだ人たちは、ルールを破った側を「場をコントロールしている」「力がある」と受け取っていました。

ふたつ目は、カフェの映像を見せる実験。

同じ男性が、椅子に足を乗せ、たばこの灰を地面に落とし、ぶっきらぼうに料理を注文する映像と、行儀よくふるまう映像を用意したそうです。

すると、横柄な映像を見た人たちは、この男性が物事を決める立場にいそうで、人に話を聞かせられそうだと感じていました。

みっつ目は、実際に人と会わせる実験です。

遅れてやってきて、カバンを机に放り出し、足を上げてくつろぐ人と同じ部屋で過ごしてもらう。

終わったあと、参加した人たちはその人を「力がある」「人を思いどおりに動かせそう」と評価していたとのこと。

研究チームは、ルールを破る人は「好きなようにふるまえる力を持っている」ように見える、とまとめています。

あいさつをしない、態度が大きい、という姿は、見る側の頭の中で「この人は、それが許される立場なんだ」という読みに変わってしまうんです。

逆に言えば、きちんとあいさつをして、腰を低くしている人は、そのぶん力がないように見られやすい、ということでもあります。

正直、まじめにやっている人にとっては、たまったものではないですよね。

 

ただ、これは人の目の錯覚に近いものです。

つまり、力があるように見えてしまうだけ、という話にすぎません。

では、この錯覚はずっと続くのでしょうか。

咎められた瞬間に消える強さ

同じアムステルダム大学の研究グループが、2021年に、この話の続きを発表しています。

学術誌『PLOS ONE』に載った、ルールを破る人は周りからどう「上がって、落ちる」のか、という研究です。

今度の舞台は電車でした。

切符の代わりにお菓子を買って、そのまま乗った乗客がいる、という場面を読んでもらいます。

そこへ車掌が回ってきて、何も言わずに通り過ぎる場合と、罰金を取る場合の2通り。

何も言われなかった場合、ルールを破った乗客は、きちんと切符を買った乗客より力があるように見られていました。

2011年の研究と同じ結果です。

ところが、罰金を取られた場合は、まったく違います。

同じことをした乗客なのに、見る人の評価する力はぐっと下がっていました。

車掌がしたのは、罰金を取るという、たったひとつの手続きだけ。

それだけで、さっきまで大物に見えていた人が、ただのルール違反の乗客に戻ったんですね。

ここで面白いのは、罰金を取られても「好きなようにふるまう人だ」という印象は、そのまま残っていたこと。

変わったのは、「力がある」の部分だけでした。

研究チームは、ルールを破る人が力を持っているように見え、その見え方がさらにルール破りを呼ぶ、という循環が生まれうると書いています。

そして、その循環を断ち切れるのが、咎めるという行為なんだそうです。

 

この2つの研究を並べると、川栄李奈が感じた理不尽の正体が見えてきます。

態度の悪い人が強く見えるのは、その人に本当の力があるからではありません。

誰にも咎められていない姿が、そのまま強さに見えているだけなんです。

あいさつをしない人に、誰も何も言わないまま。

横柄なふるまいが、そのまま通っていく。

その様子を毎日見せられていると、まわりはだんだん「あの人は特別なんだ」と思うようになります。

職場で「不機嫌な態度」に疲れている人の投稿にも、多くの声が集まっていました。

「不機嫌ハラスメント」も十分、暴力になると認識してほしい、という言葉には、誰かに一度でいいから言ってほしい、という気持ちがにじんでいるように見えます。

 

もっとも、職場で先輩や取引先に面と向かって注意できる人は、そう多くありません。

芸能界ならなおさらで、当時の川栄李奈に、売れている人を咎める手立てがあったとは考えにくいでしょう。

咎められないまま強く見えている人を、毎日そばで見続ける。

辞めたくなるのも、無理もない話です。

川栄李奈が嫌だったのは、態度の悪い人そのものより、それが通ってしまう世界のほうだったのかもしれません。

「この世界にいたくない」という言葉は、そう読むとすっと入ってきます。

川栄李奈が選ばれていた理由

それでも、この話には続きが。

川栄李奈が「なんでこの人が売れてるんだろう」と思っていたまさにそのころ、オーディションの審査では、別の物差しで彼女が見られていました。

制作統括のメッセージには、オーディションで見たときに「どんな役でもどんな状況でもやり切る覚悟ができている」と感じた、とあります。

そのうえでの「人としても女優としてもこの人なら信じられる」です。

 

表で強そうに見えていたのは、態度の大きい人だったかもしれません。

でも、役を任せる席では、信じられるかどうかが見られていました。

同作の制作統括を務めた堀之内礼二郎は、再放送のときにも、川栄李奈が演じるひなたの登場を自分のXで紹介しています。

3代にわたるヒロインのバトンが「ついにアンカーの手に」という書き方に、最後の走者への思い入れがにじむ一文。

評価する人は、表からは見えないところで見ていることがあるんですよね。

会社でも、似た話はよく出てきます。

40代で取締役になった先輩に出世のコツを聞いたら、「こいつムカつくな、、、と思っても決して口にも態度にも出さない」と返ってきた、という投稿にも多くの共感が集まっていました。

そして、態度を崩さない人をちゃんと見ている人も、どこかにいます。

 

では、毎日もやもやしている側は、どうすればいいのでしょうか。

ひとつは、「強そうに見える」と「評価されている」を、頭の中で分けておくことです。

誰にも咎められていない人は、強そうに見えるもの。

ただ、それは見え方の話で、人を任せる側の評価とは別物の可能性があります。

2021年の研究でも、罰金ひとつで評価は下がりました。

咎められていない強さは、思っているより足元がもろいものです。

 

もうひとつは、川栄李奈のやり方。

腹を立てて飛び出すかわりに、「6回目で受からなければ辞める」と、自分で期限を決めていました。

区切りをつける物差しを、理不尽な相手に渡さずに自分の手に持っておく。

そうすると、少なくとも、辞めるかどうかを決めるのは自分のままでいられます。

もちろん、態度の悪い人が最後まで得をし続けることもあるでしょう。

世の中は、そこまで公平にはできていないものです。

それでも、6回目のオーディションの審査では、信じられる人かどうかを見ている目がちゃんとあった。

そう思えるだけで、明日の朝の「おはようございます」は、少しだけ軽くなりそうなところですね。

 

この記事で参考にした情報

  • オリコンニュース「川栄李奈、芸能界引退を考えた過去『なんでこの人が…』朝ドラオーディション中マネージャーに『受かんなかったら辞める』」(2026年10月6日配信)
  • Van Kleef ほか「Breaking the Rules to Rise to Power: How Norm Violators Gain Power in the Eyes of Others」(Social Psychological and Personality Science、2011年)
  • Wanders ほか「How norm violators rise and fall in the eyes of others: The role of sanctions」(PLOS ONE、2021年)
  • Christine Porath「Make Civility the Norm on Your Team」(Harvard Business Review、2018年1月)