「これって弁償されるん?」

雨の中を走ってきただんじりが、角の店の軒先に横からぶつかる映像に、そんな声が並んでいます。

看板が傾いて板が道に散らばり、屋根の上の人が木くずを払い落とすと、行列はそのまま先へ。

撮った日もはっきりしない1分足らずの動画ですが、ネットで大きく広がり、「犯罪では?」という声もいまも続いています。

店が壊れたことはもちろん、何もなかったように進んでいく後ろ姿に、どうしても腹が立ってしまいますよね。

今回は、あの店の修理代を誰が払うことになるのかを、法律の条文と、だんじりの事故で実際に出た判決からわかりやすく解説していきたいと思います。

角の店に突っ込んだ雨の日のだんじり

映像を最初から見ていくと、法被姿の引き手たちが雨の交差点を勢いよく曲がってきて、だんじりの側面が角の店の軒先に当たるんです。

「珈琲」と書かれた看板が傾き、店先の板がはがれて、破片が道に散らばりました。

ネットではこの店を喫茶店と呼んでいて、看板からもコーヒーを扱う店だと分かる造り。

屋根の上にいた人はうちわのようなもので木くずを払い落とし、引き手たちは足を止めずに先へ向かいます。

雨の日に店先を壊された人の気持ちを思うと、見ているだけでいたたまれなくなる映像です。

ネットにも「何もなかった様に続けるのね〜」という書き込みがありました。

 

ただ、この動画には撮った日がどこにも書かれていません。

映っている町の今年の本番は10月10日と11日でしたが、ネットに上がっている本番の映像はどちらも青空で、雨の中のこの動画とは天気が合わないのです。

それでもいま大きく広がっているのは、だんじりをめぐる大きな事故のあとだから。

2026年10月10日、泉佐野市と泉大津市でだんじりが相次いで横転し、2人が亡くなって16人がけがをしたと報じられています。

あの事故から、だんじりの映像に厳しい声がつくようになり、家にぶつかる別の動画にもこんな声が寄せられていました。

だんじり横転事故…「たかり」とはどんな役だったのか大阪の秋祭りで、悲しい事故が続きました。 2026年10月10日、泉佐野市と泉大津市で、交差点を右へ曲がろうとしただんじりが相次いで横...

 

器物損壊では?に条文が出す答え

「器物損壊罪じゃないの?」というのは、映像を見た人がまず思うことですよね。

ところが刑法を開くと、総則の38条にまず「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と書いてあります。

刑法には建物を壊す罪と物を壊す罪がありますが、どちらも、わざと壊したときに当たる罪です。

うっかり壊したことを罰する条文は、刑法の中に見当たりません。

交差点を曲がりきれずに店へぶつかっただけなら、器物損壊罪には当たらないとみられます。

 

では、車ならどうでしょうか。

道路交通法の116条には、車の運転者が不注意で他人の建物を壊したときは、6か月以下の拘禁刑か10万円以下の罰金になる、と書かれています。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

車が店に突っ込めば、うっかりでも罪に問われることがある、というのが道路交通法の考え方。

では、人が引くだんじりは「車」に入るのでしょうか。

道路交通法は、荷車のように人の力で動かす車も「軽車両」として車の仲間に数えていますが、だんじりにこの116条を当てて罰した例は、調べた範囲では見つかりませんでした。

ネットには「当て逃げ」という声もありますが、事故のあと止まって警察に知らせる決まり(道路交通法72条)も車の運転者に向けたもので、だんじりに当てはまるかは同じところで答えが出ないままです。

 

では、警察は何をしているのか。

道路でお祭りの行事をするときは、その場所を受け持つ警察署長の許可が要ると道路交通法の77条に書いてあり、許可を出す理由の一つに「公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき」が挙げられています。

つまり警察は、祭りに道を使わせることを前もって認めている側なんです。

その打ち合わせが本当にされているのかを疑う声も、ネットには出ていました。

ただ、人がけがをすると、仕事などで必要な注意を怠って人を死傷させたときの罪(刑法211条)が問われることがあり、次の章の事故でも、運行を指揮していた人がこの罪で罰金を受けています。

店だけが壊れて誰もけがをしていなければ、刑法で罪を問うのは難しいのが実際のところ。

弁償を命じられたのは引き手ではなかった

そのかわり、お金を払う話はまるで別。

民法709条は「故意又は過失によって」他人に損害を与えた人に賠償の責任があるとしていて、こちらは不注意でも当てはまります。

では、誰が払うのでしょうか。

 

それを裁判所が決めた例が、兵庫県三田市にあります。

2014年10月5日、三田天満神社の祭りで進んでいただんじりが境内の建物にぶつかり、倒れた屋根の下敷きになるなどして1人が亡くなり、16人がけがをしました。

祭りを見に来ていた人が命を落とした事故で、胸が痛む話です。

けがをした女性が起こした裁判で、神戸地裁は2021年10月、運行の責任者らに1359万円の支払いを命じたと神戸新聞が報じています。

責任を認められたのは、だんじりの前と後ろから運行を指揮していた男性2人と、地元の自治会でした。

判決は2人について「だんじりの進路から建物との衝突を予見でき、事前に停止を指示する注意義務があった」というのが判決の言葉。

建物を管理していた神社と、だんじりの引き手らについては、過失がなかったとされています。

ネットには皮肉まじりに「そこに喫茶店があるのが悪い」と書いた人もいましたが、建物の側に落ち度はないとされたので、少なくともこの法廷ではその理屈は通っていません。

法律が見ていたのは、綱を引いて走る大勢ではなく、前と後ろで「止まれ」と言える立場の人でした。

 

今回の映像に当てはめると、ぶつかったのは交差点を曲がる途中で、角に店があるのは祭りのたびに同じです。

ネットにも「直前のカーブによって喫茶店に衝突することは事前に想像できたはずだよ。」という書き込みがありましたが、判決が言う「衝突を予見でき」たというのは、まさにこのこと。

平成の半ばまでは、壊された側が文句を言うほうがおかしいとされていた、と振り返る声も。

そんな時代があったとしても、三田の判決が出した答えは逆でした。

少なくともあの判決では、払う責任があるとされたのは、止められた立場の人と、だんじりを出している町の側です。

 

保険で直っても戻らないもの

弁償の話になると、「だんじり保険に入ってるから直る」という説明がよく出てきますが、どの町がどんな契約で、どこまで払われるのかは外からは確かめられません。

それに、建物の修理代が出たとしても、店を開けられない日の売り上げや、片づけに追われる時間まで戻ってくるとはかぎらないのが気になるところ。

民法709条が言う「損害」には、壊れた物の値段のほかに、そこから出た損も入ります。

直しているあいだ店を開けられなかった分の損失も、話し合いや裁判で求められる場合があるんです。

もし自分の家や店がぶつけられたら、まずやっておきたいのはこの4つ。

  • 壊れた箇所の写真と動画を、日時がわかる形で残す
  • どの町のだんじりだったか(屋根や法被に書かれた町名)を控える
  • その町の運行の責任者や町会に連絡して、保険の窓口を聞く
  • 店なら、休んだ日数とふだんの売り上げがわかる記録をそろえる

話がまとまらないときは、無料で相談先を案内してくれる法テラスのサポートダイヤル(0570-078374)も使えます。

請求する権利は、損害と相手を知ってから3年で時効により消えてしまうと民法724条に書かれているので、祭りが終わってからでも早めに動けると安心ですね。

 

動画に映っていたのと同じ角を、今年の祭りの本番(10月11日)で写した映像では、その店先が白い幕ですっぽり覆われていました。

誰がいつ張ったのかは分かりませんし、毎年そうしているのかも分かりません。

ただ、壊れないように前もって手当てがされているのが、ぶつかる側ではなく角に建っている店先のほうなのは、どうにも引っかかります。

事故のあとは、祭りそのものに向けた厳しい声も。

角に店があることは前から分かっていて、三田の判決が注意の義務を置いたのも、ぶつかる前に止める役目でした。

店を壊された側からすれば、修理代より先に、あの角の手前で誰かひとりでも「止まれ」と言ってほしかった、と感じてしまいますね。