週刊文春が2026年9月16日の正午、広島カープの一軍選手が後輩に根性焼きをしたとする記事を公開しました。

予告が出たのは前の日の夜で、載っていたのはシルエットの写真が1枚。

そこから正午までの半日、タイムラインには名前を当てようとする投稿が並んでいました。

 

いまネットには「確定」と書く人と「ガセだ」と書く人が、同じ画面に混ざって流れています。

どちらの気持ちも、わかるんですよね。

ただ、よく似た一件が2023年のプロ野球にもあります。

そのとき球団の調査で分かったのは、見たり聞いたりしていた人が40人いた、という数字でした。

今回は、その記事に何が書かれていて、何が書かれていないのか。

そして、こういう話が球団の中ではなく外から出てくるのはどうしてなのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。


熱したフォークを当てたという話

見出しだけを見ると、根性焼きの記事が1本出たように読めますよね。

ところが週刊文春が出したのは、根性焼きだけを扱った記事ではありません

見出しは《現役選手が激白、オーナーを直撃》広島カープがおかしい…消えないゾンビたばこ疑惑、選手は「球団に不信感」というもので、根性焼きの話はその中の一つです。

つまり記事の柱は、いま現役でプレーしている選手が球団への不信感を語ったところにあります。

報じられているのは、静岡県で一緒に自主トレをしていたときのことでした。

食事の席で、飲めないお酒を飲まされてうたた寝をしていた羽月隆太郎に、熱したフォークを当てたと書かれています。

名前が挙がっているのは、菊池涼介内野手です。

 

気になったのは、その呼び名でした。

ネットに流れている見出しは、どれも「根性焼き」で揃っています。

けれど報じられている行為は、たばこではなく熱したフォークでした。

言葉が先に一人歩きすると、元の話がどんな場面だったのかは、意外なほど早く見えなくなってしまいます。

 

羽月隆太郎は、いまはもうカープの選手ではありません。

指定薬物のエトミデート、いわゆるゾンビたばこを使ったとして、薬の扱いを定めた医薬品医療機器法の違反に問われ、2026年2月25日に球団から契約を解除された元選手です。

5月15日に初公判が開かれ、懲役1年・執行猶予3年の判決を受けています。

今回の記事も、その延長線上に出てきたものでしょう。

 

前の日の夜に出た予告のポストには、「広島カープ 後輩に根性焼きを入れた一軍選手」という1行が置かれているだけでした。

球団や本人の見解は、この記事を書いている時点では見当たりません。

大手の報道各社も、いまのところ後追いはしていないようです。


記事の中では聞いた話になっている

「根性焼き、菊池涼介で確定」。

引用欄には、そう書いている投稿がありました。

その隣には「信じたくない」「違うって発表してほしい」という声も並んでいます。

 

ただ、記事の中の言葉づかいを見ると、様子が少し違っていました。

この話をしているのは、名前を出していない現役選手です。

そしてその人は、「羽月にフォークを当てたそう」「もいたと聞きました」という形で話しています。

 

お気づきでしょうか。

語尾が、全部伝聞なんですよね。

自分がその場で見た、とはどこにも書かれていません。

 

記事のなかで確定しているのは、そういう証言をした現役選手がいる、というところまでです。

にもかかわらず、外へ出たとたんに「確定」の二文字がついてしまいました。

リプ欄に「ソース元が犯罪者なんだから嘘の可能性の方が高い」「事実無根のガセネタです」という書き込みが混ざるのも、そう考えると不思議な話ではありません。

 

予告から公開までの半日は、記事の中身が誰にも読めない時間でした。

回っていたのは、名前だけ。

疑いたくなる気持ちも信じたくなる気持ちも、どちらも同じ一つの記事から出ています。

線を引けるのは、いまのところここまでです。

では、もし本当だったとして、それはいったい何にあたるのでしょうか。


根性焼きという名前の罪はない

リプ欄で目についたのが、「これは傷害罪」という声でした。

実はこれが、そこそこ正確なんですよね。

刑法204条には、こう書かれています。

「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」

 

拘禁刑というのは、2025年6月1日から使われている新しい呼び方です。

それまで別々にあった懲役と禁錮が、この日にひとつへまとめられました。

ニュースで「懲役◯年」を見慣れていると引っかかりますが、いまはこの拘禁刑がその位置にあります。

 

つまり「15年以下」という数字は、条文と噛み合っていたわけです。

ネットの直感も、案外ばかにできません。

もう一つ、この呼び名そのものにも引っかかるところがあります。

法律のどこを探しても、「根性焼き」という名前の罪は出てきません

あるのは傷害という言葉だけ。

この差が、地味に大きいんですよね。

根性焼きという呼び名には〈根性〉が前に立っているので、どうしても、しごきや指導の系列に置かれて聞こえます。

やられた側が笑って流す前提の、昔からある悪ふざけ。

その顔のまま、ずっと現場に居座ってきたわけです。

同じ行為でも、傷害と呼べば通報の話になり、根性焼きと呼べば武勇伝の話になります。

名前がやわらかいと、見ていた人も止めに入りにくくなるはずです。

呼び名がひとつ変わるだけで、その場の空気まで変わってしまいます。


楽天では40人が見たり聞いたりしていた

今回とよく似た形で、すでに結末まで出た前例が一つありました。

2023年11月30日、楽天が安樂智大投手と翌シーズンの契約を結ばないと発表した、あの件。

球団は、選手・監督・コーチ・スタッフを含む137人にアンケートをおこなっています。

回答率は92パーセントでした。

そこで分かったのが、次の数字です。

  • 直接ハラスメントを受けた選手が、約10人
  • 見たり聞いたりしていた人が、約40人

ここなんですよね。

見ていた人は、いなかったわけではありません。

40人いたんです。

 

当時のネットにも、いまとそっくりな反応が並んでいました。

「楽天の何がヤバいって40人が『見た聞いた』と言ってそれを止めない注意しないってところよ」

「被害者10人目撃者40人もいるなら、もう少し早く何とかならんかったの?」

 

そして、その隣にもう一つ。

「見聞きした人が40人って言ってもその人達が安樂より下の身分だったら結局声を上げるのは難しいだろ感はある」

 

2023年の書き込みですが、今日読んでも古びていません。

あの40人は、無関心だったから黙っていたのでしょうか。

上の立場の人がやっていることを、下から止めにいくのは簡単ではありません。

無関心と、言えないことは、外から見ると同じ沈黙に見えます

はっきりしているのは、40人が表に出てきたのは、アンケート用紙が配られたあとだったことです。

聞かれるまでは、出てこなかったことになります。

 

そのアンケートを配ったのも、結論を出したのも球団自身でした。

契約を結ばないと本人に伝えたのは球団の社長で、リーグや法律が決めた手続きが動いたわけではありません。

調べる人と決める人が、同じ側にいるわけですね。

外から確かめ直す手立ては、用意されていませんでした。


選手が話した先は球団ではなかった

文春があの記事につけた見出しには、根性焼きという言葉が入っていません。

そこに乗っていたのは、《現役選手が激白》と、選手は「球団に不信感」の2つでした。

 

いま現役でプレーしている選手が、思っていることを話しています。

話した相手は、球団ではなく雑誌の記者

 

リプ欄には「誰が雑誌にリークしたんだろうな」という書き込みもありました。

犯人探しの言い方に見えますが、ひっくり返すと、そのまま素朴な疑問になります。

どうして、雑誌だったのか。

 

一見すると、これは誰がやったのかという話です。

でも本当は、気づいた人がどこへ言えばよかったのか、という話なのだと思います。

楽天の一件で、40人は聞かれるまで出てきませんでした。

今回は、聞かれる前に外へ出ています。

向きは正反対に見えて、楽天も今回も、球団の中では出てこなかったんです。

 

もちろん、今回の証言が本当かどうかはまだ分かりません。

それでも、記事の形そのものが語っていることはあります。

チームの中で起きたとされる話が、チームの中の手続きではなく、書店に並ぶ雑誌から出てきました。

そこだけは、真偽に関係なく、もう起きてしまったことなんです。


見てしまった人が使える窓口

声を上げる先がないというのは、プロ野球にかぎった話ではありません。

自分の職場で似た場面に出くわしたとき、どこへ言えばいいのか。

法律の側には、いちおう用意があります。

 

会社に雇われて働いている人には、労働施策総合推進法30条の2。

いわゆるパワハラ防止法と呼ばれているもので、事業主は「その雇用する労働者」からの相談に応じる体制の整備が求められています。

中小企業も含めて全部の会社に義務づけられたのが、2022年4月でした。

同じ条文の2項には、相談したことや、調査に協力して事実を述べたことを理由に、解雇その他の不利益な扱いをしてはいけない、ともあります。

 

一方で、雇われずに仕事を受けている人には、別の条文が用意されました。

2024年11月1日に施行された、通称フリーランス新法です。

その14条1項3号に、「取引上の優越的な関係を背景とした言動」で就業環境を害することのないよう、相談体制を整える義務が、発注する側に置かれています

こちらも2項で、相談した人への報復を禁じているところは同じです。

守り方は、はっきり2本に分かれています。

雇われている人か、仕事を受けている人か。

どちらなのかで、根拠になる条文が変わってしまいます。

プロ野球の選手は、球団に雇われているわけではありません。

統一契約書という共通の書式を交わす、個人事業主に近い立場だと説明されます。

今回の球団と選手がどちらに当たるのかは、外からは決められません。

こちらで確かめられるのは、その線がどこに引かれているかだけです。

 

それでも、逃げ道は2つあります。

ひとつは、社内の窓口が使いにくいときのために、外にも窓口が置かれていること。

各都道府県の労働局に置かれている総合労働相談コーナーは、会社を通さずに相談できるところです。

業務委託で働く人なら、フリーランス・トラブル110番という相談先もあります。

 

もうひとつは、けがをしていたときの話。

暴行や傷害は、相手が上司でも先輩でも、そのまま犯罪です

相談体制が整っているかどうかと、被害届を出せるかどうかは、最初から別の引き出しに入っています。

 

それから、これは制度の話ではありませんが、見てしまった日付と場面は、その日のうちに書き留めておくほうがよさそうです。

匿名のアンケートが回ってきたとき、記憶だけで答えるのは案外むずかしいと思います。

楽天の137人が受け取った紙も、たぶんそういう紙でした。

 

今回の話がどこまで本当なのかは、いまの時点ではまだ分かりません。

ただ、前の一件ではっきりしたことが一つだけあって、見ていた人は、ちゃんといたんです。

40人のうちの1人にならずに済む窓口の名前くらいは、何かが起きる前に覚えておきたいですね。