夜空をすっと横切る流れ星。

あの光のもとになっている塵の多くは、彗星が太陽系の中に落としていったものだそうです。

そして、その彗星こそが40億年以上前の地球に生命の材料を運んできたのではないか、という説を、理科の授業や科学番組で見聞きした人も多いかもしれません。

 

ところが2026年11月1日、生命の起源をめぐるその彗星説が覆るかもしれない、というニュースが流れました。

ネットでは「ここにきて火星起源説まで。」と盛り上がる人もいれば、「我々生命体は、一体どこから来たのでしょう??」と首をかしげる人も。

今回は、彗星説ではなぜ説明しきれないのか、そして彗星でないなら何が命のもとを運んできたのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。

猛毒が命の材料? 彗星が運んだ説

まずは、覆りかけている説の中身から見ていきましょう。

彗星は塵と氷でできた天体で、その中に有機物も含まれていることが知られています。

その見た目から「汚れた雪玉」とも呼ばれていて、この雪玉が地球にぶつかったとき、水や有機物を地表に届けたのではないか、と考えられてきました。

とくに注目されてきたのが、シアン化水素という物質。

青酸ガスとも呼ばれる、猛毒です。

それでいて、水素と炭素と窒素でできたこの物質は、水と結びつくと、たんぱく質のもとになるアミノ酸ができる可能性があるとされています。

毒と命の材料が同じ物質、というのは少し意外ですよね。

しかもこのシアン化水素は、ハレー彗星やヘール・ボップ彗星をはじめ、これまでに数十個の彗星で見つかっているとのこと。

CNNによると、この考え方は少なくとも1961年までさかのぼる、古い説だそうです。

 

とはいえ、「言うほど定説じゃないだろ」と、「定説」という言葉そのものに引っかかった人もいました。

言われてみれば、うなずけるところもあるんです。

今回の論文も、この説を「長く前提にされてきた考え」と呼んでいて、決まった答えというよりいちばん有名な仮説、という扱い。

 

論文の整理では、生命の材料の出どころは大きく2つに分かれます。

ひとつは地球の上で作られた、という道。

もうひとつは、彗星や小惑星、宇宙の塵に乗って外から届いた、という道です。

彗星は、その2本目の道を代表する、いちばん有名な候補でした。

 

計算10万回 半分以上で成功ゼロ

では、今回の研究は何を確かめたのでしょうか。

論文は2026年10月28日、学術誌『サイエンティフィック・リポーツ』に載りました。

筆頭著者は、英ケンブリッジ大学で研究を進めたリチャード・アンスロー氏。

研究によると、40億年以上前の地球には、直径100メートルを超える彗星が、合わせて10万個以上ぶつかった可能性があるといいます。

研究チームは、彗星の生まれ方や動き方についての新しいモデルを使い、この時代の地球の歴史を、コンピューターの中で10万通り再現しました。

 

結果は、かなりシビアなもの。

論文によると、10万通りのうち54%では、生命の材料を役に立つ形で届けた衝突が一度も起きていません。

地球の歴史1回ぶんで成功した衝突の数を、真ん中の値で見ると0回だそうです。

そもそも、空を抜けるだけでもひと苦労でした。

論文は、初期の地球の大気を抜けて地表まで届くのは、直径100メートルほどより大きい彗星だけだとする最近の研究を引いています。

それより小さなものは、地面に届く前に空でばらばらになってしまうとのこと。

大気をくぐり抜けた彗星にも、まだ関門が残っていました。

理由は大きく3つ。

  • ぶつかる速さが速すぎて、壊れやすい有機物がほとんど壊れてしまう
  • うまく届いても、海に落ちればすぐに薄まってしまう
  • 生命の化学に要るリンや硫黄を含む物質は、彗星にはふつう入っていない

2つ目の「薄まる」は、数字にすると深刻さがわかる話でして。

論文の試算では、壊れずに届いたシアン化水素を全部まとめて海に溶かしても、その濃さは実験で使う濃さの1万分の1にも届かない水準でした。

コップ1杯の砂糖水を、プールに流し込むようなもの。

 

また、ネットには「一度壊れても、材料がそばにあればまた作られるのでは」と考えた人もいました。

もっともな疑問ですよね。

ただ、壊れた材料がもう一度組み上がるには、まずその材料がそばに濃く集まっている必要があります。

この研究が問題にしているのは、まさにその濃さでした。

材料が薄く散らばったままでは、次の化学反応へ進むところまでたどり着けない、というのが研究チームの見方です。

 

それでも、アンスロー氏は「成功した衝突が皆無だったと断言することはできない」とも話しています。

液体の水があって、ほかの化学物質も揃っている場所に、ちょうどよく落ちる。

そんな完璧な条件がたまたま重なった可能性は残るものの、全体として見れば、彗星が生命の起源にかかわった可能性は低い、という結論でした。

論文によると、その数少ない成功が起きるとしたら、地球ができてまもない時期にかたよるそうです。

いまの生き物すべての共通の祖先が現れたと見積もられている時代より、1億年以上も前のこと。

生命が姿を見せるより、ずっと前の話です。

白黒をつけきらない言い方に、モヤモヤする人もいるかもしれません。

でも、「ゼロとは言わないが、主役だった見込みは薄い」というのは、科学がわりと誠実に答えたときの形だったりします。

中身ではなく届け方が乱暴すぎた

ここまで読むと、彗星は材料を持っていなかったのか、と思いそうになりますよね。

実際には、彗星には生命の誕生に欠かせない分子がたっぷり含まれていると、アンスロー氏自身が認めています。

問題になったのは積み荷ではなく、届け方の速さでした。

アンスロー氏は「地球に衝突する彗星の一般的な速度を考えると、有機分子を壊さずに届けられたものは、あったとしてもごくわずかだろう」と説明しています。

彗星は地球にぶつかるとき、ものすごい温度と圧力にさらされるそうです。

宅配便にたとえるなら、ダンボールの中身はちゃんと詰まっていたのに、トラックが猛スピードで玄関に突っ込んできて、荷物ごと粉々になってしまった形。

送り主に落ち度はなくても、これでは受け取りようがありません。

 

研究チームは地球だけでなく火星と金星でも同じ計算をしていて、そこで目を引く差が出ました。

火星にぶつかる彗星の数は、地球や金星の5分の1ほど。

それなのに、生命の材料を十分な濃さで届けた衝突は、火星のほうがずっと多く出ました。

火星の大気を厚めに見積もった厳しい条件でも、成功した衝突は地球の5倍を超えたとのこと。

アンスロー氏の説明はこうです。

「火星は地球よりもはるかに小さく、太陽からも遠いため、彗星の衝突速度は地球の場合よりもずっと遅くなる」

だから同じ彗星でも、火星では積み荷が壊れずに残りやすかったんです。

反対に金星は、分厚い大気が、直径が数キロある彗星まで壊してしまうため、地球よりもさらに届きにくいという結果でした。

 

SF好きの人がざわついたのも、無理もない話です。

ただ、論文自身が断っているとおり、火星にはまだ生命がいた証拠は見つかっていません。

「かつて火星に生命がいたのか」という長年の問いに、新しい見方を足した、というところまでの話です。

 

遅く届く小惑星とリュウグウの砂

ネットには、材料がそもそもどこで生まれたのか、という根っこの疑問を口にする人もいました。

では、彗星が主役でなかったとすると、生命の材料はどこから来たのでしょうか。

アンスロー氏が挙げている候補は2つあります。

ひとつは、昔からある「原始スープ」の説。

生まれたばかりの地球の海に有機物が溶け込んでいて、その海そのものが生命に必要な分子を作った、という考え方ですね。

もうひとつが、小惑星です。

小惑星は彗星よりも地球に飛んでくる回数が多く、しかもぶつかる速さが比較的遅かったとされています。

ここでも、決め手はやっぱり速さなんです。

 

そしてこの小惑星の話で名前が出てくるのが、日本の探査機「はやぶさ2」が砂を持ち帰ったリュウグウ。

アンスロー氏は、リュウグウとベヌーという2つの小惑星から採ったサンプルに、たんぱく質を作るアミノ酸の大部分が含まれていたことに触れています。

リュウグウの砂からは、はやぶさ2の初期分析チームが2023年に、アラニンやグリシンなどのアミノ酸を見つけたと発表済み。

同じ発表によると、見つかったアミノ酸は右手型と左手型がほぼ半々で、生き物の体を通らずに作られたことを示しているそうです。

生き物が生まれる前から、宇宙の石ころの中で材料ができあがっていた、ということ。

さらに2026年3月17日には、海洋研究開発機構などのチームが、DNAやRNAを作る5種類の核酸塩基を、すべてリュウグウの砂から見つけたと発表しています。

同じ5種類は、アメリカの探査機が持ち帰ったベヌーの砂からも見つかっていました。

発表は、遺伝の材料になる分子が、太陽系ができる過程でごく普通に作られていたことを示すものだと説明しています。

宇宙のあちこちに材料はあって、あとはどう地球まで運ばれたか。

今回の研究が問い直したのも、まさにその運び方でした。

 

ただし、彗星説にもまだ味方がいるようです。

英ロイヤル・ホロウェイ・ロンドン大学のクイニー・チャン准教授は、シアン化水素が地球に届く前の段階で、すでに別の化学反応を起こしていた可能性を指摘しています。

そうしてできた物質のなかには、衝突の厳しい環境でも生き残りやすいものがある、という見方です。

チャン准教授はCNNにメールで「彗星は他の重要な有機化合物を供給し、生命誕生以前の地球における有機物のストックに寄与していたかもしれない」と答えています。

彗星は、主役の座は降りたとしても、脇役として舞台に残っているのかもしれません。

 

冒頭の流れ星も、そう思って見上げると、少し違って見えてきます。

40億年以上前の地球には、あの塵のもとになった彗星が、10万個を超える数で降り注いでいたかもしれないのです。

材料を運んできたのが彗星なのか、小惑星なのか、それとも地球の海なのか、その答え合わせは、まだ始まったばかりということですね。

 

この記事で参考にした情報

研究の中身と、各国の研究者の見方は、次の資料で確かめました。

  • CNN.co.jp「生命の起源巡る理論、彗星を契機とする定説が覆る可能性 新研究」(2026年11月1日配信)
  • Anslow ほか「Cometary impacts an unlikely pathway towards the origins of life on Earth」Scientific Reports(2026年10月28日)

リュウグウの砂の分析は、次の2つの発表によります。

  • 海洋研究開発機構ほか「小惑星リュウグウ試料から5種すべての核酸塩基を発見」(2026年3月17日)
  • はやぶさ2初期分析 可溶性有機物分析チーム「炭素質小惑星(162173)リュウグウの試料中の可溶性有機分子」(Science、2023年)