ダウンタイムのタバコは本物?撮影で吸うのは咳止め薬でした

たばこを吸わない人が、いきなり「吸ってください」と言われて吸えるものなのか。
2026年9月17日から配信が始まったNetflixのドラマ『ダウンタイム』を見ていて、そこで手が止まった人がいます。
美容整形の世界を舞台にした松岡茉優さんと仲里依紗さんのW主演作で、登場人物がたばこに火をつける数秒の場面でした。
「これ吸ってる? ふかしてる?」
そんな言葉が並び、煙の濃さを見比べる人まで出てきました。
正直なところ、この問いに画面から答えを出すのはかなり難しいです。
ただ、撮影の現場でこれまで何が使われてきたのかなら、そこにいた本人たちの記録が残っていました。
今回は、ドラマの喫煙シーンがどう撮られているのかを、薬と法律の両側からわかりやすく解説していきたいと思います。
吸ってるのか、ふかしてるのか
判定の材料にされていたのは、口から出てくる煙でした。
「ふかしだと最初の一吐き目が濃い煙になるけど吸ってるから吐いた煙が一定の濃さで吐き出されとる」
そう書いている人がいれば、「ふかしてそうに見えますねー」と逆に読む人もいます。
「口が吸ってる口のような気がする」と、唇の形を見ていた人も。
同じ数秒を、同じくらい真剣に見て、それでも答えが割れていく。
煙の濃さも口の形も、決め手にはなっていません。
しかも見ている側の多くは、自分がたばこを吸っていた経験から判定していました。
経験者が見ても意見が割れるなら、画面の情報だけでは足りていません。
吸わない人がいきなり肺まで入れるのは無理なんじゃないか、というこの感覚は、そんなに的外れではないと思います。
慣れていない人が思い切り吸い込めばむせますし、むせた瞬間に演技は止まってしまう。
撮り直しになれば、その場にいる全員の時間が飛んでいきます。
本番で咳き込むわけにはいかないのだとしたら、そうならない方法が用意されているはずです。
あの場面で誰が何を吸っていたのかは、撮った人たちにしか分かりません。
ただ「ドラマの喫煙シーンでは何を使うのか」という一般的な話であれば、当事者の記録がいくつも残っていました。
出演:松岡茉優 ✕ 仲里依紗
監督: Yuki Saito(「アンメット ある脳外科医の日記」)
Netflixシリーズ『ダウンタイム』
2026年9月17日世界独占配信!あなたの価値観を問う
衝撃のメイン予告映像解禁!“美しくなりたい”は希望か、呪縛か
渦巻く欲望と心の葛藤をえぐる
至極のヒューマン・サスペンス#ダウンタイム
#ダウンタイム中
#ダウンタイムはネトフリ
#ビフォーには戻れない
#Plasticbeauty
#downtime— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) 2026年8月28日
撮影で使うのは、たばこではないことがある
俳優の松重豊さんが、公式ブログに撮影の日のことを書いています。
2009年4月15日の記事に、「このシーン、煙草吸ってもらえますか」と現場で言われた日のことがそのまま残っていました。
松重さんはその時期たばこをやめていて、こう続けます。
「やばい今日吸ったら復活しちまうってんで、近所の薬局に走りましたもん」
「そう『ネオシーダー』を買うために」
たばこ屋でもコンビニでもなく、薬局へ走ったと書いてありました。
本人はこれを「限りなく煙草のような喉の薬」と呼んでいます。
そして、その日は買いに行く必要がありませんでした。
「今日は美術部さんが用意してくれてた」とのこと。
美術部というのは劇中に出てくる小道具をそろえる担当で、この日は現場がすでに用意していました。
味については「ノンアルコールビールと同じくらい不味い」とも書いてあります。
もう一つ、撮影にエキストラとして参加した人の記録も残っていました。
エキストラ募集の情報をまとめているサイト「東京エキストラNOTES」が、2024年9月22日に公開したものです。
Netflixのドラマ『極悪女王』に延べ15日参加したという書き手が、こう言い切っていました。
「いまのご時世、ホントにタバコをスパスパやってる撮影現場、というのはぼくが知る限り皆無」
そもそも、なぜ喫煙シーンがなくならないのか。
同じ記事は、昭和が舞台の作品にとってたばこが「今と”昔”の雰囲気の違いをだす上で必須のアイテム」になりつつある、と説明していました。
時代を一目で伝える小道具として、まだ需要が残っています。
現場のやりとりまで書いてありました。
スタッフから「エキストラの皆さんの中でタバコを吸えるかたはいらっしゃいませんかー?」と声がかかる。
手を挙げると、ライターと一緒に一本を渡されるそうです。
2009年と2024年、別々に書かれた2つの記録で、渡されているものが同じでした。
名前は「ネオシーダー」といって、千葉県習志野市のアンターク本舗が作っている薬局で買える市販薬で、値段も1箱300円台とのことです。
説明書に「喫煙習慣のない人は使用しないこと」
この薬の説明書(添付文書)は、国の医薬品情報のページで誰でも読めます。
分類は鎮咳去痰薬、つまり咳止めの薬で、製品の特徴の欄には「吸煙し,せきを鎮め痰を出やすくする薬です」と書かれていました。
効能・効果は「せき・たん」の2つだけです。
用法の欄には、もっと驚かされました。
先端に点火し煙を吸入する。1回1又は2本,1日10本まで
出典:医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開しているネオシーダーの添付文書
火をつけて、煙を吸って、本数で数えるところまでたばことまったく同じで、違うのは中身だけ。
成分の欄にたばこの葉は出てこず、1本あたり塩化アンモニウム0.003グラムと安息香酸0.006グラム、それにハッカ油とカンゾウエキスが微量。
リスク区分の欄には、第2類医薬品と書かれています。
これだけなら、吸わない俳優のための便利な代用品に思えてくるはずです。
ところが、同じ添付文書の「してはいけないこと」には、こう書いてありました。
- 次の人は使用しないこと。
- 喫煙習慣のない人
- 未成年の人
いちばん必要としそうな人が、使ってはいけない側に置かれています。
理由は、もう一つの注意書きを読むと見えてきました。
「煙中に,ニコチンとタールをわずかに含みます」
たばこの葉は使っていないのに、煙には少しだけ入っています。
「禁煙目的に使用しないでください」という一文も、わざわざ2か所に書かれていました。
実際、名前の分かる2人はどちらも元喫煙者だったりします。
松重さんは禁煙中で、エキストラの書き手も「禁煙済み」と書いていました。
その書き手自身、「すでに喫煙習慣から脱却済みのボクが吸うのはちょっと定義から外れてしまうかも」と迷いを残しています。
では、一度も吸ったことのない俳優はどうしているのか。
そこは外からは分かりません。
ちなみに、この添付文書は誰でも自分で開けるものです。
独立行政法人の医薬品医療機器総合機構、略してPMDAのサイトに医薬品情報の検索があり、製品名を入れれば同じ画面にたどり着けます。
気になる市販薬を買う前に一度のぞいておくと、思っていたのと違う注意書きに出会うこともあるんです。
法律のいう「たばこ」に、薬は入っていない
屋内を原則禁煙にしている健康増進法では、言葉の意味が最初に決めてあります。
この法律でいう「喫煙」と「受動喫煙」は、それぞれこう定義されていました。
- 喫煙=人が吸入するため、たばこを燃焼させたり加熱したりして煙を発生させること
- 受動喫煙=人が他人の喫煙によりたばこから発生した煙にさらされること
どちらも真ん中に座っているのは「たばこ」という言葉。
では、その「たばこ」とは何なのか。
健康増進法は、たばこ事業法のいう製造たばこと、その代用品を指すと書いていました。
製造たばこは「葉たばこを原料の全部又は一部とし」と定義されているので、たばこの葉を使っていないネオシーダーはここから外れます。
残るのは代用品で、その中身はたばこ事業法の38条2項にありました。
製造たばこ以外の物で、喫煙用に供されるもの。
ただし麻薬、あへん、そして医薬品と医薬部外品は除く、と続きます。
医薬品は、はっきり名前を出して外されていました。
そうすると、咳止めの薬に火をつけて煙を吸っても、この法律の言う「喫煙」には当たらないことになります。
煙にニコチンとタールがわずかに入っていても、そこは変わりません。
今回の件は俳優が本物を吸ったのかどうかの話に見えて、画面の中の煙には法律が名前をつけていないものがある、という話でもありました。
もちろん、吸っているのが本物であれば話は別です。
健康増進法の29条は「何人も、正当な理由がなくて」屋内の禁煙の場所で吸ってはいけない、という書き方をしています。
学校や病院といった第一種施設を除いて、多くの人が使う建物がここでいう第二種施設で、基準を満たした喫煙専用室の中以外は原則として屋内禁煙。
その専用室の入口には、20歳未満は立ち入り禁止だと書いた標識を掲げる義務まで。
都道府県知事の命令に従わなければ、刑罰ではない行政上のペナルティとして30万円以下の過料も用意されていました。
ただ、29条の「正当な理由」が何を指すのかは、条文のどこにも書かれていません。
同じ疑問は、国会でも聞かれていた
ドラマの撮影現場はどうなるのかを正面から国に聞いた人もいて、参議院議員の松沢成文さんが令和元年12月5日に質問主意書を出しています。
質問主意書というのは、国会議員が政府に文書で質問して、内閣から文書で答えをもらう仕組みのこと。
当時の法律には、喫煙をするとき周りの人に望まない受動喫煙をさせないよう配慮しなければならない、という条文が先に動き始めていました。
松沢さんはNHK大河ドラマ『いだてん』で屋内の喫煙シーンが繰り返し放送されていることを挙げて、「制作現場では同条に違反する行為が行われていた」と踏み込みます。
そのうえで、翌年4月に法律が全面施行されたら「喫煙シーンの撮影は禁止される」という理解でよいか、と尋ねました。
答弁書が出たのは、同じ年の12月17日です。
お尋ねのテレビ番組の制作現場における具体的な状況が明らかではないため、お答えすることは困難である
出典:参議院ホームページ(令和元年12月17日付の答弁書)
禁止とも、禁止ではないとも言っていません。
撮影現場に線を引いたのは、結局それぞれの制作の側でした。
作品の側が自分から説明を出すことも、いまは珍しくありません。
『ダウンタイム』の公式アカウントも、劇中に出てくる美容整形の用語を一つずつ解説する投稿を配信中に続けています。
まだまだ知りたい?
『ダウンタイム』美容業界用語集、第2弾🦋
劇中に登場する気になるワードをシーンと一緒に解説。◆人中短縮
◆キッズ整形
◆全身整形
◆若返り整形#ダウンタイム #ダウンタイム中 #ダウンタイムはネトフリ
#ビフォーには戻れない #Plasticbeauty #downtime— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) 2026年9月18日
そして喫煙については、線を画面にそのまま出した作品もありました。
TBSのドラマ『不適切にもほどがある!』は、1986年が舞台という作品の性格から、冒頭で「1986年当時の表現をあえて使用して放送します」と断っています。
さらにエンドクレジットのあとにも、こんな字幕が流れました。
「このドラマはフィクションです。喫煙シーンは、出演者・スタッフの健康に配慮しながら撮影しています」
何をどう配慮したのかまでは書かれていません。
それでも、聞かれる前に自分から言うようになった、という変化ではあるんです。
なお、『ダウンタイム』の現場で何が使われたのかは公表されていないので、分かっているのはドラマ一般の撮り方までになります。
吸っているのか、ふかしているのか。
その答えは、たぶんこれからも出てきません。
ただ、あの数秒の煙が何でできているのかを気にした人は、画面の前にちゃんといました。
次にどこかで誰かが火をつける場面に出会ったら、終わったあとの小さな字幕まで見てみてくださいね。
この記事で参考にした情報
- 松重豊 公式ブログ「修行が足りませぬ」2009年4月15日の記事
- 東京エキストラNOTES「昭和なドラマ等で頻出する『タバコをスパスパ』シーン撮影で使うタバコは『医薬品』」2024年9月22日
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開しているネオシーダーの添付文書
- 健康増進法(平成14年法律第103号)第28条・第29条・第33条・第77条
- たばこ事業法(昭和59年法律第68号)第2条・第38条
- 参議院「日本放送協会制作のテレビ番組における喫煙シーンの撮影現場に関する質問主意書」および同答弁書(令和元年12月)
- 公益社団法人 受動喫煙撲滅機構「ドラマの喫煙シーンに『出演者・スタッフの健康に配慮』との字幕」2024年2月2日
