ちいかわ作者は西野カナ説|筆跡がそっくりな理由を調べてみた

ちいかわの作者と、歌手の西野カナは、じつは同じ人なのではないか。
そんな説が、2026年9月23日の朝からネットで大きく広がっています。
きっかけは、ふたりの手書きの文字を左右に並べた画像でした。
「筆跡とかほぼ同じやん」という一言がついて、見た人がそれぞれ自分の目で見比べはじめています。
たしかに、並べられると一瞬どきっとする似方なんですよね。
今回は、この説がどこまで本当なのかと、そもそも他人どうしの字がなぜこんなに似て見えるのかを、調べてわかったことからお話ししていきたいと思います。
引退どころか今日がツアー最終日
まず気になるのは、説の土台になっている一文です。
説には「歌手引退後ちいかわ作ってるとしたら」という一文もついていました。
ところが、西野カナは歌手を引退していません。
2019年2月から活動を休んでいたのは本当で、そこから約5年半のあいだ、表に出る機会はほとんどありませんでした。
ただ、休んでいるあいだの2024年2月14日には、デビュー15周年のベストアルバムが発売されています。
そして2024年6月に活動の再開を宣言し、同じ年の秋には横浜アリーナで、久しぶりのライブを行ったと報じられました。
さらに2026年6月からは、全国14か所24公演をめぐるホールツアー「HEART BEAT」の真っ最中。
その最終公演が、ちょうど今日です。
会場は広島文化学園HBGホールで、開演は夕方とのこと。
説が広まったのと同じ朝のうちに、公式アカウントからこんな告知が出ていました。
╭━━━━━━━━━╮
ツアー2️⃣4️⃣公演目❣️
╰━━━━v━━━━╯全国14か所24公演を巡る
💗𝗧𝗢𝗨𝗥 𝟮𝟬𝟮𝟲 “𝗛𝗘𝗔𝗥𝗧 𝗕𝗘𝗔𝗧”💗[ 広島 ]
広島文化学園HBGホール
Open 15:00 / Start 16:00THANK YOU SOLD OUT !!
※当日券の販売はごさいませんオフィシャルグッズ
会場先行販売時間は以下の通りです⋆͛📢⋆…— 西野カナ (@kanayanofficial) 2026年9月23日
チケットは売り切れで、当日券もないそうです。
説が「引退後」と言っているその日も、ご本人はステージに立つ予定だったわけでして。
思わず、画面の前で小さく笑ってしまいました。
いっぽうのちいかわの作者、ナガノも、ずっと前から描き続けてきた人です。
ちいかわより前から「自分ツッコミくま」というキャラクターで知られていて、LINEの公式ブログは2017年1月17日に、その動くスタンプが2016年12月の月間MVPに選ばれたと紹介しています。
2016年といえば、西野カナがまだ休むことなく歌手として活動していたころです。
同じ時期に、ふたりはそれぞれ別の場所で別の仕事をしていました。
なお、ナガノは顔や細かい経歴をほとんど公表していない作家さん。
だからこそ、こういう想像がふくらむ余地があるのかもしれません。
ちなみに、確認できたかぎりでは、どちらの側もこの説には触れていないようです。
筆跡鑑定が見るのは雰囲気より癖
それでも、「字が似ているのは事実じゃないか」という気持ちは残りますよね。
ネットには「待ってこれ手震えるんだけど」と書いている人までいて、あの画像を最初に見たときの驚きは、僕にもよくわかります。
比べられた画像の左側は、西野カナが2023年11月27日に公式アカウントで出した手書きのメッセージと同じ文面です。
デビュー15周年を記念して、ベストアルバムを出すことを知らせたときの一枚でした。
いつも温かいメッセージをありがとうございます。
応援してくださっている皆さんに、感謝の気持ちを込めて✨西野カナ
— 西野カナ (@kanayanofficial) 2023年11月27日
右側は、ナガノの手書きの説明パネルとみられる写真です。
どちらも細めの線で、少し丸みがあって、ぱっと見の印象はたしかに近い感じがします。
ナガノの手書きの文字は、ちいかわの絵とセットで親しまれてきた字でもあって。
そのあたりの話は、前にこちらの記事でも書きました。
ところが、じっくり見比べた人たちからは、まったく逆の声が出ていました。
「一例だけど『で』のクセが全く違う」
「一番最後の『です』や『に』を比較すると一画一画の位置や特徴・癖が全く異なっているのがわかります」
遠くから見ると似ていて、近づくと別人に見える。
この見え方のズレには、理由があって。
筆跡鑑定の世界では、字を見るときの物差しがふたつあるとされています。
ひとつは、同じ人ならいつ書いてもだいたい同じになる特徴で、専門の言葉では恒常性と呼ぶそうです。
もうひとつは、書く人によって違う、その人だけの癖で、こちらは希少性。
鑑定する人は、このふたつがそろってはじめて、同じ人が書いたと判断するそうです。
しかも見るのは、字の雰囲気のような大づかみのものだけではありません。
筆順、点や線の位置と角度、長さ、筆の勢い、紙に残った筆圧といった細かいところを、1つずつ比べていくといいます。
さらに、同じ人でも書くたびに字は少しずつ揺れるので、その揺れの幅まで見きわめてから判断するのだとか。
急いで書いたメモと、ていねいに書いた清書で字が変わるのは、誰にでも覚えがあることですよね。
ネットで「で」や「に」を拡大して並べていた人たちは、知らず知らずのうちに、このふたつめの物差しを、ちゃんと見にいっていました。
ぱっと見の印象は、ひとつめの物差しにすら届いていません。
それに、筆跡鑑定そのものも、万能というわけではないようです。
最高裁は1966年2月21日、ある脅迫事件の決定のなかで、昔ながらの筆跡鑑定について「多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり」「その証明力には自ら限界がある」と述べています。
そのうえで、非科学的だとまでは言えないとも書いていて、積み重ねた経験による判断は単なる主観ではない、という立場。
証拠として使うかどうかは裁判所がそのつど決める、使い方しだいの道具という扱いです。
プロが道具と手順をそろえても限界があるものを、スマホの画像を並べただけで決めるのは、さすがに荷が重いでしょう。
丸文字は雑誌の書体から広まった
では、別人どうしの字が、なぜあそこまで似て見えるのか。
答えのヒントは、ネットに流れていた一言にありました。
「最近の子たちはわからないけど、アラサー世代ってこういう字書ける人多くない?プリクラとか手紙交換で可愛い字を書けるように練習してた」
これを読んで、思わず懐かしくなった人もいるかもしれません。
字は、人だけでなく時代でも似るんですよね。
わかりやすい例が、昭和の丸文字です。
山根一眞が1986年2月に出した『変体少女文字の研究』によると、丸文字は1974年までには生まれていて、1978年に一気に増えたとされています。
広まった理由のひとつとして同書が挙げているのが、1970年代前半に創刊された『an・an』や『non-no』で使われていたナールという書体。
先が丸く、ふっくらした形の活字で、発表は1972年だったと紹介されています。
雑誌で毎日目にする活字の形が、女の子たちの手へ写っていったのでしょう。
その後、流行調査の雑誌『アクロス』の1993年7月号では、丸文字が姿を消しつつあり、代わりに縦長でトメのしっかりした「長体ヘタウマ文字」が増えていると報告されています。
流行の字は、世代ごとに入れ替わってきたんですね。
40代の人のなかにも、ノートの端やプロフィール帳に、友だちとそっくりな字を書いていた記憶がある人はいるのではないでしょうか。
あのころの字は、自分ひとりのものというより、教室ぜんぶで分け合っていた形だったような気がして。
西野カナは1989年生まれで、ナガノについても、80年代の終わりの生まれとする紹介を見かけます。
そうだとすると、ふたりはほぼ同じころに字を覚えて、同じような雑誌や手紙やプリクラの落書きを見ながら育った世代と言えそうです。
遠くから見て似ているのは、同じ時代のお手本を見て育ったからだと考えると、あの画像の不思議さはかなり説明がつきます。
そして近づいて見たときに出てくる違いこそ、それぞれが自分の手で積み上げてきた癖なんです。
似ているところは世代の顔。
違うところが、その人自身の顔なんです。
似ている2枚を見比べるときのコツ
今回のような「字がそっくり」の画像は、これから先も、いろいろな組み合わせで流れてくるでしょう。
そんなときに役立つ見方が、4つあります。
- 全体の雰囲気より、ひらがなの「で」「に」「す」のような小さい字の癖を見る
- 同じ字どうしを並べて比べる(違う字どうしでは比べられない)
- 清書したメッセージと、急いで書いたメモを比べていないか確かめる
- その字が、いつ、どこで、何のために書かれたものかを確かめる
3つめは、意外と見落としがちなところです。
ファンに向けて丁寧に書いた手紙と、説明のために書いたパネルでは、同じ人でも字の表情が変わります。
条件のちがう2枚を並べると、似ているところも違うところも、どちらも大きく見えてしまうものです。
4つめも、今回のような画像ではけっこう大事でして。
今回の左の字は2023年に公式アカウントで出されたお祝いのメッセージで、右の字は展示の説明に使われたパネルとみられるものでした。
どちらも本人が表に出した字なので、出どころをたどれば、書かれた日も目的もはっきりしています。
出どころの分からない画像が「そっくり」と言われているときは、まず出どころから疑ってみるくらいでちょうどいいはずです。
それに、字が似ているというだけでは、誰かを決めつける材料にはなりにくいもの。
今回は、お祭りのような楽しい盛り上がりでした。
「ちいかわの原作者が西野カナ説はすき」と書く人もいれば、「歌手引退してから『なんか小さい生き物描きます』に転職したの人生の伏線回収すぎるだろ」と笑っている人もいます。
こういう想像そのものは、見ていて楽しいものです。
ただ、同じやり方が、事件の犯人探しや、誰かの正体暴きに使われることもあります。
そのときは、似ているという印象だけで名前を結びつけないでおきたいですね。
結局のところ、ふたりの字が似て見えるのは、同じ時代にかわいい字を練習して育った世代だから、というのがいちばん自然な見方です。
でも、あの画像を見て一瞬どきっとした気持ちは、決してまちがいではありません。
自分の字もどこかで誰かに似ているのかもしれない、と思うと、少しだけ楽しくなってきます。
説はそっと置いておいて、今夜の広島のステージと、これからのちいかわを、それぞれ楽しみにしておきたいところですね。
