パトリック・スチュワートの訃報|宇宙に旅立ったと言われる理由

パトリック・スチュワート、86歳。
『新スタートレック』のピカード艦長と、『X-MEN』のプロフェッサーX。
ふたつの大きな役で愛された俳優が、2026年10月28日(現地時間)、ロサンゼルスの自宅で息を引き取りました。
本人の公式Xに出た声明によると、アルツハイマー病などを患い、最期は妻のサニーがそばにいたそうです。
あの低くよく通る声と、背すじの伸びた立ち姿を、それぞれの場面で思い出している人がいます。
アイスバケツチャレンジに参加した時のパトリック・スチュアート。多くのセレブ達がウェイウェイとアイスバケツをかぶる中、黙って小切手にサインして、オンザロックを作った。パトリック・スチュワートはかっこいい年の重ね方を教えてくれた。ちばてつや先生とほぼ同い年だったんだね。ありがとう。さ…
— 橋口幸生 (@yukio8494) 2026年10月29日
かつて世界中で広まった、氷水をかぶって寄付を呼びかける「アイスバケツチャレンジ」に本人が参加したときの話で、ほかの人が氷水をかぶるなか、黙って小切手にサインし、その氷でオンザロックを作っていたのだとか。
訃報のあと、ネットには「ピカード艦長も永遠の宇宙探査に旅立たれましたか」と、艦長を星の向こうへ見送る言葉が並んでいます。
ところが、家族がまとめた声明の最後に置かれていたのは、宇宙の話ではありませんでした。
締めくくりに引かれていたのは、本人が自伝に書いた〈故郷に呼ばれる〉という一節だったんです。
今回は、宇宙に旅立ったと言われる理由と、家族の声明が最後に引いた一節を手がかりに、パトリック・スチュワートが大事にしていたものを振り返っていきます。
「マーフィールドの息子」と書いた家族の声明
声明は、2枚の画像で出されていました。
1枚目の書き出しを訳すと、「深い悲しみとともに、サー・パトリック・スチュワートが昨日、ロサンゼルスの自宅で亡くなったことをお知らせします」。
続けて、最愛の妻サニーの介護のもとで、アルツハイマー病とレビー小体型認知症との「短く、胸を打つ道のり」を経て、と病名まで書かれています。
そのあとには、家族や友人に囲まれて過ごした最後の日々のことがありました。
生演奏の音楽と祈り、涙と、そして笑いのなかで。
悲しい知らせの真ん中に「笑い」という一語が置かれていて、最後の時間が重いだけのものではなかったことが伝わってきて、かえって胸が詰まります。
そして同じ1枚目の後半は、「ウェスト・ライディング・オブ・ヨークシャーのマーフィールドの息子」という言葉から始まっていました。
世界的な俳優を紹介する文章が、まず生まれた町の名前を置いているんですよね。
In lieu of flowers, memorial contributions may be made to:
Johns Hopkins Alzheimer’s Disease Research Center Fund https://t.co/luC5CdcWDy
Alzheimer’s Foundation of America Caregiver Resources https://t.co/zvNptfyuNdPhoto Credit: Tommy Garcia pic.twitter.com/XNncEVq56X
— Patrick Stewart (@SirPatStew) 2026年10月29日
投稿の本文には、花を贈る代わりの寄付先として、アルツハイマー病の研究基金と、介護する人のための支援窓口が並んでいました。
ひとつはジョンズ・ホプキンス大学のアルツハイマー病研究センターの基金で、もうひとつは米国アルツハイマー財団の「介護者のための支援」です。
自宅で夫を看取った家族は、病気の研究と並べて、看病する側の支えも追悼の行き先に選んでいました。
宇宙へ見送る言葉が並ぶ理由は、この声明の2枚目に書かれています。
訳すと、人間というものを詩のような複雑さごと探り、行く先々へ希望を届けた人だった、という一文です。
その行き先として挙がっているのが、マーベル・シネマティック・ユニバース(マーベルの映画やドラマがひとつの世界でつながったシリーズ)の遠い果てと、「宇宙船エンタープライズに乗って」向かう「SFでいちばん象徴的な最後のフロンティア」の2つ。
ピカード艦長は、宇宙船エンタープライズを率いて、まだ誰も行ったことのない宇宙を旅していく役でした。
家族自身も、彼の仕事を宇宙への旅として書いていたわけで、ファンの「旅立った」は、その艦長を長く見てきた人たちにとって、いちばん自然に出てくる見送りの言葉なのだと思います。
ヨークシャーの町から艦長と教授へ
パトリック・スチュワートは1940年、イングランドのヨークシャー州マーフィールドで生まれました。
演劇学校を出て、1966年に入ったのがロイヤル・シェイクスピア・カンパニー。
シェイクスピア劇で知られる英国の名門劇団で、もともとは舞台で生きてきた俳優です。
世界に名前が知られたのは、1987年に始まったドラマ『新スタートレック』のジャン=リュック・ピカード艦長役でした。
のちに映画や、ドラマ『スター・トレック:ピカード』でも、同じ役を演じ続けています。
そして2000年の映画『X-メン』で、特殊な力を持つミュータントたちの学校を率いるプロフェッサーX、チャールズ・エグゼビアになりました。
パトリック・スチュワートが86歳で死去。「エクスカリバー」「砂の惑星」「スペースバンパイア」「新スター・トレック」「陰謀のセオリー」「X-MEN」「テッド」「グリーンルーム」「ひつじ探偵団」等に出演、「アベンジャーズ/ドゥームズデイ」が遺作となる。ご冥福をお祈りします。 pic.twitter.com/eOgP1XLwSg
— 映画情報 オスカーノユクエ (@oscarnoyukue) 2026年10月30日
この役は2017年の『LOGAN/ローガン』でいったん区切りを迎え、そこまでの16年228日、同じ役を演じたとしてギネス世界記録にも認定されたそうです。
さらに2022年の『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』では、マーベル・シネマティック・ユニバースの作品に同じ役でサプライズ登場して、ファンを驚かせました。
英国の演劇賞であるオリヴィエ賞を3度受け、2010年には演劇への貢献が認められてナイトの称号も授けられています。
ネットには「貴方は偉大な艦長であり教授であった」という言葉も見えました。
マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギ社長も追悼のなかで、『X-メン』の撮影現場で初めて本人を見たときを振り返り、「唯一無二のピカード艦長として何年も彼を知っていた私にとって、それは畏怖の念を抱くような瞬間でした」と語っています。
艦長を画面の向こうに見ていた人が、教授の撮影現場で本人と出会っていたんですよね。
母のために父のために続けた活動
声明の2枚目には、俳優としての仕事と並べて、本人が長く続けてきた活動も書かれています。
- 人権を守る活動
- 家庭内の暴力(ドメスティック・バイオレンス)を生き延びた人の支援
- 世界の難民の支援
- 退役軍人の心の健康を支える活動
- 保護犬の里親
この中の家庭内の暴力と退役軍人の2つは、マーフィールドで育った家の記憶とそのまま重なるもの。
パトリック・スチュワートは、子どものころに父親が母親へ暴力をふるっていたことを、これまでたびたび自分の口で語ってきた人です。
父親は、第二次世界大戦に出征した軍人でした。
のちにBBCの家系をたどる番組に出たとき、その父が戦場から重い戦争神経症(当時はシェルショックと呼ばれていたもの)を抱えて帰ってきていたことを知ったと伝えられています。
そこから、家庭内暴力の被害者を支える英国の団体「Refuge」と、退役軍人の心を支える団体「Combat Stress」の両方に関わるようになったそうです。
インタビューでは、Refugeの活動は母のため、Combat Stressの活動は父のためで、どちらにも同じだけ力を注いでいる、という意味のことを話しています。
傷つけられた母と、傷を抱えて帰ってきた父の、両方の側に立とうとしていた人なんです。
訃報のあと、その姿を思い出している人もいます。
プロフェッサーことサー・パトリック・スチュワートは、女性への暴力に怒りの声を上げてくれていたんですよ。
pic.twitter.com/YtQa6tovj3— 野生のパフェ研究家 (@parfaitthestudy) 2026年10月29日
この投稿に添えられた写真の本人は、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの「女性と少女の権利を守れ」というプラカードを手にして立っていました。
声明はほかにも、本人が生涯を通じてサッカーのハダースフィールド・タウンのファンだったことに触れています。
マーフィールドからほど近い、同じヨークシャーのクラブです。
宇宙船の艦長になっても、世界中の映画に出るようになっても、応援するクラブも、力を注ぐ活動も、生まれ育った町につながっていたんですね。
毎日ひとつずつ読んだシェイクスピアのソネット
晩年の姿で、もうひとつ思い出されているのが、コロナ禍に始めたシェイクスピアの朗読です。
外へ出にくかった時期に、ソネットと呼ばれる14行の詩を毎日ひとつずつ読み上げる動画を、本人のSNSに投稿していました。
そのころ毎日の朗読に解説を付けていた英文学者の北村紗衣は、訃報を受けて『ハムレット』の台詞を思わせる「おやすみなさいませ、素敵な王子さま」という言葉を書いています。
新型コロナの時に毎日、パトリック・スチュワートが朗読してくれるシェイクスピアソネットの解説をしておりました。おやすみなさいませ、素敵な王子さま。/さえぼう先生が解説する!パトリック・スチュワート朗読シェイクスピア『ソネット集』。 https://t.co/g8BTBrcewK
— saebou (@Cristoforou) 2026年10月30日
そして今年の春、ソネット全154編を自分の声で朗読した音声作品が世に出ました。
コロナ禍の毎日の朗読と、それを聴いてくれた人たちの集まりがこの企画のきっかけになったと、本人のXで紹介されています。
4月23日、シェイクスピアの誕生日には、いちばん好きなソネットとして「ソネット116番」の一節を読む動画が投稿されました。
今回の声明が出るまで、本人のアカウントでいちばん新しい投稿は、この朗読だったんです。
116番は、相手や時が移り変わっても揺るがない愛をうたった一編として知られています。
亡くなる半年前まで、好きな詩を自分の声で誰かに届けていた人だったんですよね。
遺作の公開と「故郷に呼ばれる」の一節
そして出演作のなかには、まだ公開を待っている作品が1本。
12月18日に日本とアメリカで同時に公開される『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』で、報道によると、この作品が遺作になるとのことです。
イアン・マッケランが演じるマグニートーら、『X-MEN』シリーズの最初のキャストとそろって出演しています。
辛すぎる。
プロフェッサーXとして多く感動を与えてもらい、ドクターストレンジ:マルチバースオブマッドネスでのサプライズ登場、さらに今回のアベンジャーズ:ドゥームズデイへの参戦と、X-MENの象徴としてその姿を見るだけで希望を感じる唯一無二の存在でした。…
— アイ、マイ、みーー (@imy_miiii) 2026年10月29日
マーベル・スタジオは追悼文のなかで、チャールズ・エグゼビアに「並外れた気品、知性、そして人間味」をもって命を吹き込んだ人だと書きました。
ネットには、エンドロールに追悼の一文が入るのかを気にする声も出ていますが、いまのところそうした発表は見当たりません。
声明の最後には、本人が出した自伝『Making It So』の一節が引かれていました。
訳すと「私と同じように、ジャン=リュックもまた、ふつうの人の暮らしからはるか遠くへ連れていかれる、変わった人生を生きてきた。けれど彼は、自分の土台をつくった地上のルーツに忠実であり続けた人でもある。最後には、彼も故郷に呼ばれる。私と同じように」。
ドラマの中のジャン=リュックにとって、その故郷はフランスのぶどう畑のある家でした。
そして本人にとっての故郷が、声明の1枚目に名前の出ていたヨークシャーのマーフィールドです。
ファンは艦長を宇宙へ見送り、家族は本人の言葉を借りて、最後は故郷に呼ばれる人だったと書き残していました。
艦長として、教授として、そしてマーフィールドの母と父の息子として生きた86年を思うと、ありがとうという言葉しか出てこなくなります…。
パトリック・スチュワートさんのご冥福をお祈りいたします。
