「つまり生きてるってこと?」

そんな返信が、ニュースの下にいくつも並んでいました。

元広島カープの多田大輔容疑者が逮捕された、という報せです。

ところが同じ短い文の中に、7月に「亡くなりました」と報告されていた、という話まで一緒に入っている状態。

一度読んだだけでは、何がどうなったのか掴めません。

 

今回は、この件の時系列をほどいたうえで、あまり触れられていないところまで一緒に見ていきたいと思います。

ひとつは、インスタに出ていた「ご報告」の1行目に何が書いてあったか

もうひとつは、SNSで訃報を見かけたとき、僕らに何が確かめられるのか、というところです。

 


元カープ多田大輔容疑者が逮捕されるまで

まず、あの返信欄で目立っていた投稿を見てください。

記事そのものではなく、記事を自分の言葉で言い直したほうへ反応が集まっていました。

分かりにくかったのは、たぶん読んだ人のせいではありません。

返信欄には怒りの声もありましたが、「ん…?つまり生きてるってこと?」「何だそれ?」といった戸惑いの言葉も並んでいます。

人がひとり亡くなったと聞かされた話のはずなのに、理解のほうが先に止まってしまう。

そういう入口になっているニュースなんですよね。

 

ただ、この要約には報道と食い違うところもあります

カードが使われたのはネットカフェではなく、個室ビデオ店だと報じられていました。

順番に並べ直すと、こうなります。

  • 5月下旬、広島の知人男性が経営する店で、従業員の財布から現金30万円がなくなったと女性自身が報じています。防犯カメラには本人が抜き取る様子が映っていて、被害届も出されたとのこと。
  • 6月13日の午後5時ごろ、東京・墨田区の個室ビデオ店で、20代男性名義のクレジットカードを使って料金3500円を支払った疑い。これが今回の逮捕容疑です。
  • 6月21日。のちに「亡くなった」と書かれることになる日付。
  • 7月、本人のインスタグラムに「ご報告」と題した投稿が出ます。
  • 9月7日、警視庁が詐欺の疑いで逮捕。「お金に困っていた」と容疑を認めているそうです。

カードは、JR錦糸町駅前で酒に酔って寝ていた男性の財布から抜き取ったとみられているとのこと。

コンビニで食料品を買うのにも使われたとみられ、警察が余罪を調べています。

 

30万円がなくなったという店の経営者は、女性自身の取材にこう話していました。

「彼は大のギャンブル好きで、暇があれば競艇とかパチンコに行っていました」

店のツケについても「ギャンブルで勝ったら払うという感じでした」とのこと。

金額を並べると、30万円、3500円と、桁がずいぶん違います

逃げなければいけないほどの何かと、その日をしのぐための何かが、同じ人の中に並んでいたことになりますね。

 

多田容疑者は2014年のドラフト7位でカープに入団し、2015年から2017年まで在籍しました。

189センチの捕手として期待されながら、一軍の公式戦に出ないまま戦力外となっています。

退団後は社会人野球のチームなどで活動していたと報じられていました。

名前を大きく知られた選手ではありません。

それでも背番号を付けて球場に立っていた人が、3500円で捕まった

その落差のほうに目が行った人も、いたはずです。


インスタに出ていた「ご報告」の全文

7月に出た投稿は、こういうものでした。

【ご報告】

本人からログイン情報を預かり現在更新しております。

この度、兼ねてから患っておりました肝臓癌が再発し、5月後半から闘病生活をしておりましたが、6月21日に亡くなりました。

生前多くの方にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでしたと最後に伝えて欲しいと本人から申し出がありましたのでご報告をさせて頂きます。

またこのアカウントは近々消去させて頂きます。

生前応援をして下さった皆様ありがとうございました。

引用元:coki「元広島カープ多田大輔がInstagramで死亡偽装の末に逮捕 クレカ不正使用と借金逃亡」

読んでいただくと分かるとおり、文面はとても丁寧です。

病名があり、闘病を始めた時期があり、亡くなった日付があり、生前の詫びがあり、最後に感謝が置かれています。

訃報として、形が整っているんですよね。

整っているからこそ、受け取った人はそのまま受け取りました。

 

そして本人は生きていて、9月に逮捕されています。

つまり、この投稿に書かれていた「亡くなりました」は、事実ではなかったということになりますね。

なお、この「ご報告」はストーリーズ、つまり24時間で消える形式で出されたものだったと、ネットメディアのcokiが伝えています。

消えたあとに残るのは、それを見た人が撮ったスクリーンショットだけ。

確かめに戻る場所そのものが、最初から用意されていなかったことになります。


あの投稿の1行目に書いてあったこと

ここからが、僕がいちばん引っかかったところです。

もう一度、いちばん上の1行だけを見てください。

「本人からログイン情報を預かり現在更新しております」

書いた人は、冒頭で自分から断っています。

これは本人ではありません、と。

 

ところが、「預かった人」が誰なのかは、投稿のどこにも書かれていない状態。

名前も、続柄も、立場もありません。

家族なのか、友人なのか、事務所のような立場の人なのか。

何ひとつ分からないまま、いちばん重い知らせだけが世に出ていました。

しかも投稿の終わりには、「またこのアカウントは近々消去させて頂きます」と書かれています。

聞き返す先が、近いうちに無くなると予告されている形。

 

そして不思議なことに、報道もそこを埋めていません。

逮捕を伝えた各社の記事にも、誰が投稿したのかという一行は見当たりませんでした。

本人だったのか、別の誰かだったのか。

9月8日の時点では、そこは分からないままです。

 

ここ、意外と大事なところだと思っていて。

報道は「本人のインスタグラムで」と伝えていますが、これはアカウントが本人のものだったという意味です。

投稿した指が本人のものだった、という意味ではありません。

同じ「本人の」でも、持ち主の話と書き手の話は別物

そこが重なっていると読んでしまうと、話は一気に分からなくなります。

 

この件は「死んだふりをした人が捕まった」話に見えて、実は別の話でもありました。

訃報だけは、誰が言ったのかを確かめないまま通ってしまう

そういう話だった、というわけです。


逮捕のニュースには主語がありました

比べてみると、はっきりします。

9月7日の逮捕は、その日のうちに各社が一斉に報じました。

そのどれにも「警視庁が」という主語がついています

容疑の中身も、日付も、金額も、認めているかどうかも書いてありました。

誰が言ったことなのかが、最初から見える形になっているわけです。

 

訃報の記事も、よく見ると同じ作りをしています。

「所属事務所が発表しました」「遺族が明らかにしました」という一行が、どこかに入っている形。

あの一行は、飾りではなく身元証明のようなものなんですよね。

発表した人がいないと、記事のほうも書きようがないわけです。

 

一方で7月の死亡報告のほうは、アカウントに出た投稿1本きり。

球団のお知らせにも、大手メディアの訃報記事にも、僕が探した範囲では見当たりませんでした。

 

面白いのは、SNSの運営側のほうが、この点をずっと厳しく見ているところ。

Instagramで故人のアカウントを追悼アカウントに切り替えるには、遺族などがMetaに申請する必要があります。

そのとき求められるのが、死亡を示す資料です。

死亡証明書や、訃報を伝えた記事のリンクを添えて出す形になっています。

表示ひとつ変えるだけでも「誰が確かめたのか」を聞かれるわけですね。

ところが、投稿として「亡くなりました」と書くほうには、誰も何も聞きません。

手続きの側は主語を求めるのに、タイムラインの側は求めない仕組み。

その隙間に、あの一枚は置かれていました。


SNSで訃報を見たとき確かめられる3つ

ここからは、今回の件から少し離れてみましょう。

知っている名前の訃報がSNSに流れてきたとき、スマホの中だけでできることが3つあります。

  • 発表した人の名前が書いてあるか。事務所が発表した、球団が発表した、家族が発表した。訃報の記事には、たいていこの一行が入っています。
  • 大手の報道が同じ内容を出しているか。名前で検索して、新聞社やテレビ局の記事が出てくるかどうかを見るだけです。
  • 所属先の公式サイトや公式アカウントに出ているか。球団のお知らせ欄、事務所のニュース欄。ここに何もないときは、まだ何も確定していない段階だと考えられます。

どれも30秒あれば終わる作業。

3つとも空振りだったからといって、その訃報が嘘だと決まるわけではありません。

公表されていないだけ、ということもよくある話です。

 

ただ、少なくとも「自分がいま何を根拠に信じているか」ははっきりします

根拠がアカウントの投稿1本なら、そこで止めておけばいい。

ご冥福をお祈りしますと書き込むのを、少しだけ待つ。

それだけで、間違った知らせを自分の手で広げずに済みます。

 

有名人ではない知り合いの場合は、また少し違いますよね。

公式サイトも報道もないので、確かめようがないように見えます。

そういうときに残っているのは、共通の知人と、通夜や葬儀の日程です。

訃報がまわってきたら、まず日時と場所が書かれているかを見る。

日時も場所もない知らせは、一度置いておいてかまいません

本当の訃報には、たいてい「いつ、どこで」が続きます。

逆に言うと、日時も場所も出てこない知らせは、まだ形になっていない段階だと考えていい。

 

そしてこれは、自分が伝える側に回ったときにも効いてきます。

身内の訃報を代わりに投稿するなら、自分が誰かを最初に書く。

「長男の◯◯です」の一行があるかどうかで、受け取った人の安心はまるで変わります。

 

もうひとつ、間違った知らせを広げてしまったあとの話も書いておきますね。

気づいた時点で投稿を消したくなりますが、消すと訂正が届きません

最初の投稿を見た人は、消えたことにも気づかないままになります。

元の投稿は残したうえで、そこに「これは事実ではありませんでした」と足しておく。

見た人と同じ場所に置いておくのが、いちばん確実な直し方。


確かめるのが失礼に思えてしまう

とはいえ、です。

訃報を疑うのって、ものすごく後ろめたい。

誰かが亡くなったと聞かされた場に、「本当ですか」と言いながら入っていく人はいません。

悲しんでいる人が目の前にいるなら、なおさら言えませんよね。

だから僕らは、確かめるという作業そのものを飛ばします。

飛ばして、静かに手を合わせる。

それは冷たさではなく、たぶん優しさのほうなんです。

 

でも、ここでひとつだけ思い出しておきたいことがあります。

検索窓に名前を打ち込む作業は、誰にも見えません

声に出して疑うのと、黙って調べるのは、まったく別のこと。

遺族に「本当ですか」と聞くのは失礼でも、球団のお知らせ欄を開くのは誰も傷つけません。

 

今回の件で見えたのは、悪い人がいたということより、そこがぽっかり空いていたということでした。

お悔やみの言葉は、いくらでも早く出せます。

確かめる作業のほうだけが、誰にも頼まれないまま宙に浮いたまま。

その順番が入れ替わったのが、7月から9月までの2カ月だったのだと思います。

名前のない誰かが書いた一枚が、名前のないまま受け取られていました。

次に同じような投稿が流れてきたとき、手を合わせる前に一度だけ検索してみる。

それくらいの距離の取り方で、ちょうどいいところですね。