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上田綺世の幻のゴールはなぜ認められなかった?「上田の1ミリ」と話題になった判定を解説

日本代表の上田綺世が決めたかに見えたゴールが、ノーゴール判定となりました。

ゴールラインを越えたように見えたため、「なんでこれが入っていないの?」と感じた人も多かったはずです。

さらにSNSでは、「上田の1ミリ」という言葉まで広がりました。

4年前の「三笘の1ミリ」を思い出し、「今度は逆の立場になった」「日本人は文句を言えない」といった声も出ています。

では、なぜ今回の判定はゴールとして認められなかったのでしょうか。

ゴールラインテクノロジーの判定内容や三笘の1ミリとの違い、そしてここまで話題になった理由をここから整理していきましょう。

 

上田綺世の幻のゴールはなぜ認められなかった?

まず結論から言うと、ボール全体がゴールラインを完全に越えていなかったためです。

前半10分ごろ、上田綺世がペナルティエリア右側から強烈なシュートを放ちました。

相手選手に当たったボールはゴール方向へ向かい、多くの人の目には「入った」ように映ります。

しかしチュニジアのGKがギリギリでかき出し、主審はノーゴールと判定しました。

中継映像を見ると、ボールの大部分はラインを越えているように見えます。

だからこそ、「なぜゴールじゃないのか」という疑問が広がったのでしょう。

サッカーのルールでは、ボールが少しでもゴールラインにかかっていれば得点にはなりません。

半分でも、9割でもありません。

必要なのは、ボール全体が完全にラインを越えること。

今回は、そのほんの数ミリが残っていたという判定でした。

ここが、今回の「上田の1ミリ」の出発点なんです。

 

ゴールラインテクノロジーではどう判定された?

ここで大事なのが、ゴールラインテクノロジーの基準です。

中継で表示された映像では、ボールのほぼすべてがゴールラインを越えていました。

ただし、わずかな部分だけがライン上に残っていたため、判定は「NO GOAL」でした。

人間の目では判断が難しい、かなり細かい差。

正直、映像だけを見ると「これで入っていないのか」と思ってしまいますよね。

ただ、判定基準そのものはとてもシンプルです。

少しでも残っていればノーゴール。

逆に言えば、1ミリでも完全に越えていればゴールになります。

今回のケースは、まさにその境界線でした。

SNSでは次のような反応も見られました。

 

  • 「惜しすぎる」
  • 「数ミリの差なんて信じられない」
  • 「ほぼ入っているじゃん」
  • 「これでダメなのか」

 

これだけ驚きの声が出たのも無理はありません。

人の目にはゴールに見えても、テクノロジーが示したのはわずかな未到達。その数ミリがすべてだったわけですね。

 

「上田の1ミリ」と三笘の1ミリの違い

今回、多くの人が真っ先に思い出したのが「三笘の1ミリ」でした。

2022年カタールW杯のスペイン戦では、三笘薫がライン際で折り返したボールがギリギリ残っていたことで、日本の決勝ゴールにつながりました。

当時も、「完全に出ているように見える」と大きな議論になりました。

しかし、ボールの一部がライン上に残っていたため、プレーは有効でした。

日本はその判定に救われた形です。

一方、今回の上田綺世のシーンは逆でした。

三笘の1ミリは、1ミリ残ったことでゴールにつながった判定。

上田の1ミリは、1ミリ残ったことでゴールにならなかった判定。

基準は同じで、結果だけが真逆だったということです。

恩恵を受けた側だった日本が、今度は不利な側になる。

この対比が強かったからこそ、「上田の1ミリ」という言葉が自然に広がったのでしょう。

まさに、同じルールが違う結末を生んだ場面だったんですよね。

 

日本人は文句を言えないと言われる理由

ここで重なってくるのが、「日本人は文句を言えない」という空気です。

SNSでは、その言葉が多く見られました。

もちろん、今回の判定は悔しいものです。

上田綺世のシュートは鋭く、ゴールに限りなく近い場面でした。

それでも、日本サポーターの中には「三笘の1ミリがあったから仕方ない」と受け止める人もいました。

今回、多くの人が感じたのは、不公平感というより既視感だったのかもしれません。

あの時、日本は数ミリに救われました。

今回は、数ミリに泣きました。

だからこそ、感情としては悔しくても、「同じルールなら受け入れるしかない」という空気が生まれたのでしょう。

納得しているというより、強く文句を言いにくい。

その複雑な気持ちが、「日本人は文句を言えない」という言葉に集まったように見えます。

ここで共有されているのは怒りではなく、あの時の記憶なんです。

 

数ミリの判定がこれほど話題になった理由

最後に残るのが、なぜここまで大きな話題になったのかという点です。

今回の判定がここまで広がったのは、単に惜しいゴールだったからではありません。

日本サッカーにとって、「1ミリ」という言葉にはすでに特別な記憶があります。

三笘の1ミリは、日本代表にとって歓喜の場面でした。

一方、上田の1ミリは、得点を失った悔しい場面です。

正反対の結果なのに、どちらも同じルールによって生まれました。

ここが面白く、そして少し残酷なところ。

ゴールラインテクノロジーは感情を持ちません。

日本に有利か不利かも関係ありません。

ただ、ボールが完全にラインを越えたかどうかだけを判定します。

それでも、人の記憶は数字だけでは動きません。

歓喜の1ミリを知っているからこそ、悔しさの1ミリも強く残る。

今回の「上田の1ミリ」がここまで広がったのは、数ミリの差そのものより、日本サッカーが以前味わった記憶とつながって見えたから。

だからこそ、この判定は単なるノーゴール以上の意味を持ったのではないでしょうか。

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