wakatteの謝罪がまた燃えている件

2026年9月5日の夜、30分ちがいで並んだ2本の動画。
1本目は謝罪で、2本目は釈明でした。
出したのは、同じ番組の中にいる2人です。
きっかけは、学歴をいじって笑いを取るチャンネル「wakatte.TV」が2026年8月28日に公開した福島大学の動画。
その中で出た「福島大には触らせたくない」という一言が、9月1日の学長声明にまで届きました。
それから4日たって、ようやく本人が8分かけて頭を下げたわけです。
ところが謝ったあとに、また燃えました。
今回は、wakatteの謝罪がなぜまた燃えているのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。
8分の動画で本人が取り消したもの
まず、謝った側の話から。
2026年9月5日、出演者の高田ふーみんが、およそ8分の動画を公開したと報じられています。
書き出しは「wakatte.tv福島大学キャンパス調査動画における私の不適切な発言、大変申し訳ございませんでした」。
続けて「今回の私の発言、本当にひどい発言だったと深く深く反省しています」と話したとのこと。
ここで目を引いたのは、謝罪の言葉そのものよりも、過去の自分をひっくり返した部分でした。
取り消したのは2つあります。
1つは、2026年9月1日に投稿した謝罪文について。
あの文章を「弁明の気持ちが強すぎました」と振り返っています。
もう1つは、2026年8月31日の判断について。
問題の動画へ「揶揄する意図はない」というテロップを付けて出し直したことを、「大きな誤りがあった」と認めたと報じられています。
自分がやった火消しを、自分で失敗だったと言い直した形。
そのうえで「自己弁護と言いますか、自分を守ろうとする気持ちがどこかあって」と続け、最後は「本当に軽率なダメな発言だったと思います」で締めています。
謝罪としては、4日前より確実に深いところまで来ていました。
言い訳を先に置かず、下げにくいところまで下げにいく形。
これで一区切りかな、と受け取った人もいたはずです。
問題の動画そのものは、9月1日のうちに再び非公開になったと報じられています。
残っているのは、8月28日から数えて4日ぶんの経緯だけ。
非公開にして、テロップを付けて出し直して、また引っ込めて、文章で謝って、そのうえで動画でもう一度謝る。
一つの発言に、これだけの手が重なりました。
30分後に出たもう1本の温度
ところが同じ夜、その約30分後に、もう1本。
番組のプロデューサーである音畑柊が、自分のチャンネルで釈明の動画を公開したと報じられています。
こちらでも「本当に申し訳なかったな」と謝ってはいるんです。
問題は、その直前に置かれていた一言でした。
「真意はもう置いといて」。
そして、こう続いたとのこと。
「時代にそぐわない笑いになってきてしまってたんかな」。
さらに「やっぱり時代はそっちなんかなって冷静に思ってきてるかな」とも話しています。
読み返すと、謝ってはいるのに、反省の中身が全部よそへ渡っていく。
悪かったのは自分たちの中身ではなく、時代のほうが動いた、と読める形です。
コメント欄はすぐに荒れました。
目についたのが「謝れない人の典型的な例です」という一言。
表情そのものを問う声もあって、何でニヤニヤしていられるのか神経を疑う、といった書き込みも報じられています。
ネットでも、味方をしたつもりの1本が後ろから撃つ形になった、という受け止めが目につきました。
8分かけた謝罪から、たったの30分。
先に頭を下げた人のほうが、あとから来た1本にのみ込まれてしまいました。
この30分という間隔も、あとから見るとかなり効いています。
半日あければ、別々の出来事として受け取られたかもしれません。
同じ夜に続けて並んだせいで、2本はセットとして読まれました。
指示通りと言った人が出てこない
ここで時計を、4日前へ戻してみましょう。
2026年9月1日の昼ごろ、音畑柊は自分のチャンネルのコメント欄で、批判へ直接返していたと報じられています。
その中の一文が、これでした。
「偏差値の低い国公立の人間に原子力は無理やぁ!っていういつも通りのボケやろ!」。
高田ふーみんが謝罪文を出したあとも、書き込みは止まっていません。
「外野のお前に何の関係があんの?」という返しまで報じられています。
そしてもう一つ、いちばん引っかかる一言。
「高田はただの演者で指示通りやってるだけ」。
指示を出しているのは自分だと、音畑柊が言っているわけです。
それなのに、9月1日に文章で頭を下げたのは演者のほうでした。
9月5日も、先に動画を出したのは演者のほうです。
コメント欄に「高田だけに謝らせるんじゃなくてプロデューサーとしてしっかり責任もって謝罪しようや」という声が並んだのは、そういう順番を見ていたからでしょう。
高田の謝罪動画には、もう1人の出演者であるびーやまも姿を見せていません。
その不在にも疑問の声が出ていたとのこと。
なお、この2人については、大学受験の予備校である武田塾で教務を担当していると報じられています。
教える側の看板を持ったまま、受ける側の大学を採点していた構図。
そこも今回、余計に効いてしまったところ。
波は本業のほうにも届いていて、その武田塾のチャンネルも更新が止まっていると伝えられました。
演者ひとりの言葉で受け止めるのは、そもそも無理があります。
それでも最初に出ていったのは、いちばん前に立っていた人でした。
謝罪はいちばん低い1本で決まる
さて、ここからが今回のいちばん大事なところ。
謝罪というのは、頭を下げた人の数だけ効き目が増えると思われがちです。
1人より2人、2人より全員のほうが誠実に見える、という感覚。
でも、受け取る側は足し算をしていません。
並んだもののうち、いちばん低い1本を見て、それがこの集団の本音だと読みます。
今回で言えば、8分の謝罪と30分後の釈明が、平均されて「まあまあの謝罪」になることはありませんでした。
その夜の答えとして残ったのは、低いほうの1本です。
だから高田ふーみんが踏み込んだ8分は、届く前に上書きされてしまった。
本人が過去の自分を2つも取り消したのに、その勇気ごと消えた形になります。
ここが、組織で謝るときの怖いところ。
いちばん誠実な人が最初に出ていくと、いちばん反省していない人の一言が全体の結論になります。
先に出た人が損をする構造が、ここにあるんです。
会社の不祥事で、担当者だけが謝って役員が出てこないときに感じる、あの居心地の悪さ。
あれと同じものが、今回は30分という短い間に、はっきり形になって出てきました。
もう少し身近な例で言うと、子どものけんかの謝り方に近いところがあります。
片方が「ごめんなさい」と言った直後に、その親が横から「でも先に手を出したのは向こうですよね」と付け足す場面。
子どもの謝罪は、その一言できれいに消えます。
残るのは、親のほうの一文だけ。
謝罪が上書きされるというのは、そういう起き方をするものなんです。
封印を決めたのは誰なのか
では、なぜあの1本がいちばん低く見えたのか。
音畑柊の動画には、これから先の話も入っていました。
「今後『Fランやないか!』ってことが笑えるかどうかはわかんない」。
「高田ふーみんのディスりを一旦封印するかな」「それしか方法ないかな」とも話したと報じられています。
もう一度、語尾のところだけ見てください。
わかんない、封印するかな、それしか方法ないかな。
やめると決めた人が、どこにも出てきません。
決めているのは自分ではなく、時代が笑わなくなったから仕方がない、という形になっています。
「時代にそぐわない笑いになってきてしまってたんかな」も、同じ作りです。
主語が時代になった瞬間に、謝罪は釈明へ変わります。
冒頭の「真意はもう置いといて」も、そこへ効いていました。
置いといて、と言われた側は、では真意はまだ別にあるのだと受け取ります。
中身は取り下げないまま、扱いだけを保留にした形。
9月1日の文章で「意図とは異なる形で伝わってしまい」と書いたときと、止まっている場所が同じなんです。
高田ふーみんが8分かけて取り消したのは、まさにその止まり方のほうでした。
そして、ここが決定的なところ。
時代には、謝られる資格がありません。
時代は傷つかないからです。
学長声明が守ろうとしたのは、そこで学んで働いている名前のある人たちのほうでした。
福島大学が9月1日に出した文書には、「尊厳を傷つけられることがあってはならない」と書かれています。
向こうは人を名指しして守りにいったのに、返ってきた言葉の宛先は時代でした。
噛み合わないのは、温度ではなく宛先のほうなんです。
この声明の中身については、前に1本書いています。
謝る場に何人残っているか
ここからは、今回の件を離れて使える話をしていきます。
謝る場面が1人で済むことは、実はあまりありません。
子どもの不始末なら親と本人、店のミスなら現場と本部、仕事なら担当と上司。
たいてい2人以上が絡みます。
だから、謝る前に数えておきたいことが1つ。
- その場に、まだ何も言っていない人が残っていないか?
- 自分より後ろで、誰かが説明を始めていないか?
残っていたら、順番を先に決めます。
いちばん責任のある人が先で、現場は後。
これが逆になると、あとから出た説明が全部を持っていく。
受け取る側にも、使える形があります。
全員のぶんを平均しなくていいんです。
いちばん低い1本を見て判断してかまいません。
冷たいようですが、集団の本音はそこに出るもの。
そして謝る側にとっては、これがそのまま守りの手にもなります。
自分が先に頭を下げるなら、後ろの人にも同じ日に出てもらう。
同じ日が無理なら、せめて「あとで本人からも話します」と、その場で予告しておく。
順番と間隔を決めておくだけで、せっかく下げた頭が無駄になる確率はぐっと下がります。
もうひとつ。
謝罪が中途半端なまま残っていると、時間がさかのぼって数え直されます。
今回も、2021年4月11日に公開された古い動画が掘り起こされました。
早稲田大学の学生の卒業証書を地面に置いて、その上へ尻もちをつく場面だったと伝えられています。
9月1日には、早稲田大学理工学術院の坂内博子教授が「この学生さんが許しても、私は許さない」と書き込んだそうです。
一方で、擁護の声が消えたわけでもありません。
2026年9月3日には、大阪府の吉村洋文知事が「何か1つあれば全否定するというのは違うだろうと思います」と話したと報じられています。
学歴の話で笑うこと全部がだめだとは、僕も思いません。
ただ、あの夜に並んだ2本は、足し算されずに片方だけで読まれました。
8分かけて先に頭を下げた人が、いちばん損をした形だと感じてしまいます。
自分が謝る側に回ったときは、うしろに誰を残しているかを先に見ておきたいところですね。
