「睡眠麻酔なしでやるの拷問レベル。」

9月17日に配信が始まったNetflixのドラマ『ダウンタイム』を見て、そう書いている人がいました。

脂肪吸引の手術の最中に、患者の意識があった。

その場面で、画面を見ていた手が止まったようです。

 

「ヒィィィィ無理」「胃がキュッとなった」という声も並んでいました。

なかには、あれを見て整形をやめる方向へ気持ちが動いたと書いている人もいます。

それでも、どうしても残る疑問がひとつ。

あれは、普通のことなのでしょうか。

あの手術シーンで胃がキュッとなった

『ダウンタイム』は2026年9月17日から世界独占で配信されているNetflixのシリーズです。

出演は松岡茉優さんと仲里依紗さんで、監督はYuki Saitoさん。

そして美容外科の監修に、高須クリニックが入っています

 

タイトルになっている「ダウンタイム」は、施術のあとの腫れや内出血が落ち着くまでの回復期間を指す言葉でした。

Netflixの公式アカウントは、作品がこの時間を「サナギが蝶になるまでの大事な時間」として描いていると説明しています。

 

そのドラマの、脂肪吸引の場面です。

見た人は、こんなふうに書いています。

  • 「脂肪吸引のシーン マグロ解体するレベルで吸引器具ゴリゴリやってて『ヒィィィィ無理』ってなった」
  • 「ギコギコやってる様子が怖すぎて…私は引き続きトレーニングで鍛える派でいようと心に誓った…」
  • 「あのシーン一気に現実感が増して胃がキュッとなった…」

怖がっていたのは、画面のこちら側にいる人だけではありませんでした。

実際に受けたことのある人からも、こんな声が出ています。

「顔の脂肪吸引中に睡眠麻酔切れて大パニック起こしたの思い出した」

これはドラマの感想ではなく、自分の身に起きたこととして書かれたものでした。

 

そして、怖いと思ったこと自体は、見当違いではありません。

監修に入った高須クリニックの高須幹弥医師は、配信が始まる前に公開した動画で、こう話していました。

「これを見ると美容整形する人は減ると思う」と述べたうえで、「整形するのが怖くなると思う」とも話しています。

作った側は、はじめからそこを狙っていたんですね。

医師たちが急いで打ち消しに回った

配信が始まると、別の動きも出てきました。

脂肪吸引を専門にしている医師が、この場面について書き始めたんです。

ある医師は、短いあいだに続けて、ほとんど同じ内容を投稿していました。

 

「脂肪吸引の手術中、患者さんが起きているシーンがありましたが、ご安心ください。私の手術は『完全無痛・完全熟睡』です。※これが一般的です」

痛みがなくても手術中に意識があるのはやっぱり怖いと思うので、寝ている間にすべて終わらせます。

そんな言葉も添えられていました。

 

見ていた人は「あれが普通なら絶対にやらない」と怖がり、医師は「あれは普通ではありません」と打ち消しに回っています

 

ところが、同じ場面を見て、まったく別のところを指さしている医師もいました。

麻酔と脂肪吸引の両方を専門にしている医師です。

指さしていたのは、画面に映り込んでいた麻酔器でした。

美容クリニックには数世代前の機械が置かれていることが多く、それを再現しているのがいちばんリアルなのだそうです。

怖がった人は顔を、麻酔の専門家は機械を見ていました。

睡眠麻酔という名前の麻酔は正式にはない

そもそも「睡眠麻酔」とは何なのでしょうか。

調べてみると、これは通称でした

正式には「静脈内鎮静法」と呼ばれるもので、腕の血管から薬を入れて、うとうとした状態を作ります。

 

大事なのは、全身麻酔とは別物だということ。

全身麻酔のように意識が完全に無くなるのではなく、呼びかけに反応できる状態が残ります

途中で目が覚めたという経験談が出てくるのも、この性質があるからでしょう。

正直に言うと、僕も睡眠麻酔と聞いて、全身麻酔と同じものだと思い込んでいました。

 

通称なのは、この言葉だけではありません。

Netflixの公式アカウントは、配信の前に《美容整形キーワード》として4つの言葉を解説していました。

並んでいたのは、ダウンタイム、整形依存症、直美、シャドードクターの4つです。

このうち3つに、公式はわざわざ断りを入れています。

  • 整形依存症…「医学的な正式診断名ではない」
  • 直美(ちょくび)…医学部卒業後にそのまま美容外科へ進む若手医師を指す「医療業界の俗称」
  • シャドードクター…患者が認識している担当医とは別の医師が実際の手術を担当することを指す「俗称」

配る側が、自分から「これは正式な名前ではありません」と書いているわけです。

美容医療の言葉には、こういうものが混じっています。

眠らせる薬は痛みを止める薬ではない

「睡眠麻酔なし=拷問」という読み方には、抜けているところがひとつ。

眠らせる薬と、痛みを止める薬は、別の薬なんです。

日本麻酔科学会が出している「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」には、こう書かれていました。

鎮静薬の役割は”不安を軽減し眠気を促すこと”で、鎮痛薬の役割は”痛みを緩和すること”であり、それらの使用目的は異なる

出典:公益社団法人日本麻酔科学会「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」

同じガイドには「鎮静薬の鎮痛効果は鎮痛薬に及ばない」という一行もあります。

眠らせる薬をどれだけ足しても、痛み止めの代わりにはなりません。

それどころかガイドは、痛みが取れていないと患者が動いてしまって鎮静の管理そのものが失敗する、だから痛み止めを先に効かせるほうが薬の量も減らせる、という順番まで書いています。

 

では、脂肪吸引で痛みを止めているのは何なのか。

局所麻酔です。

脂肪吸引では「チュメセント法」と呼ばれるやり方がよく使われます。

麻酔薬と止血剤を混ぜ、生理食塩水で薄めた麻酔液を脂肪の層にたっぷり注ぐ方法です。

痛みを抑えながら、出血も一緒に減らせます。

 

返信欄には、この違いを言い当てている人がいました。

「睡眠麻酔なし=拷問というより、脊椎麻酔やチューメセント法なら下半身が効いてる状態で会話できるケースもある」

意識があることと、痛いこと。

痛みが取れていれば、意識があっても痛くありません。

怖さの正体を探すときに、ちょうどこの2つが入れ替わっていました。

普通を決める文書がどこにも無かった

では結局、どちらが普通なのでしょうか。

医師は「これが一般的です」と書き、見ていた人は「局所麻酔でアレは無い」と書いていました。

どちらかが外れているのなら、答えが出るはずです。

 

そこで、学会の指針を開いてみました。

日本形成外科学会、日本美容外科学会(JSAPSとJSAS)、日本皮膚科学会、日本美容皮膚科学会。

この5つが合同で作った「美容医療診療指針(令和3年度改訂版)」という文書があるんです。

114ページあるので、全文で言葉を数えてみました。

  • 「鎮静」…0回
  • 「全身麻酔」…0回
  • 「麻酔」…5回(豊胸や脱毛の説明の中に出てくるだけ)
  • 「脂肪吸引」…4回(どれも豊胸のために脂肪を採る話)

痩せるための脂肪吸引をどう麻酔するかの記述は見当たりません

 

普通かどうかを決める物差しが、そもそも無いんです。

美容医療は公的な保険のきかない自由診療なので、どの麻酔でいくかは、クリニックごとの方針で決まります。

広い範囲を吸うなら意識のある状態では行わない、と書いている医院。

いっぽうで、局所麻酔と静脈麻酔を選べますと案内している医院もありました。

だとすると「これが一般的です」も「アレは無い」も、医師も視聴者も、自分が見てきた範囲の話ということになります。

嘘をついている人は、たぶんどこにもいません。

 

噛み合わないのは、受ける側だけでもないようです。

日本麻酔科学会のガイドは、冒頭でこんな断りを入れていました。

臨床で行われている鎮静のレベルは、一様ではないそうです。

医療者でさえ、それぞれの経験にもとづいて「鎮静」という言葉を受け取って使っているため、話し合いの場で噛み合わないことがある、と書かれています。

専門家どうしでもそうなのだとしたら、画面の前で「あれは普通なの」と割れたのは、むしろ自然なことでした。

眠っているあいだ誰が見ていてくれるのか

決まりが無いなら、受ける側には確かめようがないのでしょうか。

そんなことはありませんでした。

どの麻酔を選ぶかに決まりが無いだけで、眠らせると決めたあとの手順には決まりがあります

同じ日本麻酔科学会のガイドが、そこを書いていました。

 

まず、眠らせること自体が、危ないことをする行為として扱われています。

鎮静薬は、合併症として気道閉塞、呼吸停止、時には徐脈、心停止などを引き起こす危険性がある

出典:公益社団法人日本麻酔科学会「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」

だからガイドは、こういうことを求めていました。

  • 鎮静中は、患者の看視に専念する医師または看護師を配置しなければならない
  • その人は、気道の確保や手での換気など、蘇生の処置ができなければならない
  • パルスオキシメータ(指にはさんで血液中の酸素を測る機械)、血圧計、心電図は必ず準備する
  • 呼吸を見るための呼気終末二酸化炭素モニター(カプノメータ)を強く推奨する
  • 酸素と吸引の配管を置く。無い場合は酸素ボンベと吸引器をいつでも使えるようにしておく

執刀する人とは別に、ずっと患者を見ている人が要る。

手術をすることと、眠らせることは、別々の仕事だからです。

 

体質によって、危なさが変わることも書いてあります。

ガイドが挙げている気道のリスク要因は、いびき、夜間に目が覚めること、息苦しさ、肥満、扁桃の肥大などでした。

持病では、睡眠時無呼吸や気管支喘息、心臓の病気などが並びます。

健康診断で睡眠時無呼吸を指摘されたことがあるなら、自分から言うほうがよさそうです。

 

絶飲食にも理由がありました。

鎮静の薬は気道の反射を抑えるので、胃の中のものが逆流したときに誤嚥(食べたものが気管に入ってしまうこと)を起こす危険があります。

ガイドは全身麻酔と同じルールを求めていて、大人なら水などの透明な飲みもので2時間以上、固形物で6時間以上あけることとされていました。

お腹が空くからと直前に何かを口にする、というのが危ない行為だとわかります。

 

同意書についても書いてありました。

鎮静の手順、使う薬の種類、起こりうる合併症。

この3つの説明が要る、とされていました。

ということは、カウンセリングで聞けることも決まってきます。

  • 自分はどの麻酔で、眠るのか眠らないのか
  • 痛みを止めるのは何で、眠らせるのは何か
  • 眠っているあいだ、誰が見ているのか。その人は執刀する医師とは別か
  • どんな機械をつけるのか
  • 急なことが起きたとき、どう動くことになっているのか

帰り道の条件まで決まっている

決まりがあるのは、手術の最中だけではありませんでした。

処置が終わった時点では、患者はまだ鎮静の中にいます。

ガイドは、回復を待つあいだも鎮静中と同じ対応が必要だとしたうえで、外来で受けた人が帰ってよい条件を5つ挙げていました。

  • 血圧や脈などが、鎮静を受ける前の値に戻っている
  • 意識が戻っていて、自分の足で歩ける
  • 呼吸が安定していて、苦しそうな音もしない
  • 自分から水が飲めて、吐かない
  • 酸素を入れたり吸引したりする処置が要らない

5つの条件は、どれか1つでも欠けたら帰せないものとして書かれています。

 

そのうえで確認することとして、こんな項目も並んでいました。

  • 家で様子を見てくれる介助者がいること
  • その人に、帰ってからの説明と指導ができていること
  • 異変が起きたときの連絡方法が決まっていること
  • 自動車などは運転しないこと

ひとりで来て、ひとりで帰って、その日のうちに車を出す。

帰り道をそんなふうに考えていたなら、そこは組み直したほうがよさそうです。

 

そして、いちばん心強い一行が、同じガイドの「説明と同意」の章にありました。

同意書に署名があっても、患者は同意を撤回することができる

出典:公益社団法人日本麻酔科学会「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」

署名したあとでも、やめていい。

その場で決めなくていいし、決めたあとで気が変わってもかまいません。

 

なお、僕は専門家ではないので、実際に受けるかどうかは必ず担当の医師と相談してくださいね。

あの場面を見て怖いと思ったのは、監修した医師が狙ったとおりの反応でした。

その怖さを、受ける受けないの答えにまでしなくて大丈夫です。

怖いと思った日に、聞くことのリストが1枚増えた。

そのくらいに置いておくのが、ちょうどいいところですね。

 

この記事で参考にした情報

  • 公益社団法人日本麻酔科学会「安全な鎮静のためのプラクティカルガイド」(鎮静の分類、鎮静と鎮痛、説明と同意、患者の評価、緊急時のためのバックアップ体制、鎮静前の経口摂取の制限、患者の看視、鎮静終了後のケアと覚醒の確認)
  • 日本形成外科学会・日本美容外科学会(JSAPS)・日本美容外科学会(JSAS)・日本皮膚科学会・日本美容皮膚科学会「美容医療診療指針(令和3年度改訂版)」
  • Netflix Japan公式アカウントの投稿(2026年9月3日・《美容整形キーワード》の解説)
  • 高須幹弥医師の動画についての報道(2026年9月12日配信)