本当のことを書いたのなら、名誉毀損にはならないはず。

2026年9月20日、元宮崎県知事の東国原英夫さんが名誉毀損の疑いで書類送検されていたことがわかりました。

ネットがざわついているのは、罪の重さのところではありません。

「これ、謝ってポストも削除したのになんで今更?」

リプ欄にいちばん多く並んでいたのが、この形の疑問でした。

今回は、名誉毀損という罪がどういう条件で成り立つのかを、条文を開きながらわかりやすく解説していきたいと思います。

 


東国原英夫さんに何が起きたのか

共同通信の配信記事によると、元参院議員の外山斎さんが、自身の名誉をXの投稿で傷つけられたとして、名誉毀損の疑いで東国原さんを刑事告訴していたことが9月20日にわかったと報じられました。

宮崎県警は9月18日、東国原さんを同じ容疑で書類送検しています。

外山さんや告訴状によると、問題になっているのは2024年6月の投稿です。

東国原さんはXで、外山さんに関して「暴力団と付き合いがあると言うことか?」と書きました。

そして2026年4月に「おわび申し上げます。(投稿を)削除しました」などと投稿しています。

東国原さん側は取材に対して「弁護士に任せているので回答できない」と答えたとのことでした。

東国原さんは、来年1月の任期満了に伴う宮崎県知事選への出馬を表明中です。

ここで最初につまずきやすいのが、書類送検という言葉でした。

リプ欄にも「逮捕はされてないようだね」という声がありましたが、そのとおりなんです。

 

刑事訴訟法の第246条には、こう書かれています。

「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。」

警察が捜査した事件は、原則として全部、検察官のところへ送る決まりです。

このとき身柄を捕まえたまま送れば身柄送検、捕まえずに書類と証拠だけを送れば書類送検になります。

つまり書類送検は、有罪が決まった合図ではありません。

逮捕の言い換えでもない、というところ。

 

第247条には「公訴は、検察官がこれを行う」とあります。

警察は送るところまでで、起訴するかどうかを決めるのは検察官です。

いまはまだ、その手前で止まっている段階になります。

 


リプ欄でいちばん多かったのは「なんで今更」

今回のリプ欄で温度が高かったのは、東国原さんへの批判でも擁護でもありませんでした。

並んでいたのは、手続きそのものへの戸惑いです。

「これ、謝ってポストも削除したのになんで今更?」

「謝罪して削除してるなら許したれよ」

「『暴力団と付き合いがあるということか?』『違います』で終わらん?名誉毀損までいくの?」

この引っかかり方は、おかしなものではありません。

消して謝ったのだからそこで終わり、というのは、日常の感覚としてはごく自然な受け止め方だと思います。

 

そして「なんで今更」の答えの半分は、刑法の条文に置いてありました。

第232条には、こうあります。

「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」

公訴を提起する、というのが起訴のことです。

名誉毀損は親告罪と呼ばれる罪で、書かれた側が告訴しないかぎり起訴まで進めない仕組みになっています。

言い換えると、この件が動き出したきっかけは、警察がそこで動こうと決めたからではなく、告訴した側が動いたからです。

いつ動くかを握っているのは、警察ではありません。

そこが分かると、「今更」という言葉の宛先も少し変わってきます。

 

ちなみに、告訴にも区切りは置かれていました。

刑事訴訟法の第235条は「親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない」と定めています。

ただし、どの時点から数えるのかは個別の事情で変わるところなので、今回それがどうだったのかまでは、外からは分かりません。

 


嘘さえ書かなければ大丈夫、ではなかった

名誉毀損の中身を決めているのは、刑法第230条の1項です。

そのまま引きます。

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

ただ、見てほしいのはそこではなく、真ん中の一節のほう。

その事実の有無にかかわらず。

この罪が成り立つかどうかを見る最初の場面では、書かれた内容が本当かどうかが一度も問われていません

多くの人は「嘘さえ書かなければ大丈夫」と思って毎日投稿していますけれど、条文の順番はちょうど逆になっていました。

 

なぜそういう作りなのか、という話も、考え方としてはそれほど難しくありません。

この条文が守ろうとしているのは、その人についての真実ではなく、書かれた人が周りから受けている評価のほうだからです。

本当のことであっても、公然と並べられれば、その人への評価は下がります。

だから入口では、真偽を見ずに「公然と」「事実を摘示した」の2つだけを見ている、というわけです。

 

この作りは、日常の場面に置き換えると腑に落ちます。

近所の人について本当にあった出来事を、本人のいないところで大勢に配って回る。

内容が事実であっても、された側は困りますし、周りからの見られ方まで変わってしまいます。

条文が見ているのは、そこで起きてしまう変化のほうです。

このあたりは、国の側からも注意が出ていました。

政府広報オンラインが2026年6月11日に出した投稿には、「たとえ軽い気持ちでも、根拠のない悪口を投稿すると、名誉毀損罪や侮辱罪に問われる場合があります」と書かれています。

匿名であっても発信者を特定することができます、とも添えられていました。

 


疑問形で書いても逃げ道にはならない

今回、いちばん多く言われていたのが、この書き方です。

問題の投稿は「暴力団と付き合いがあると言うことか?」という形で、言い切りではなく疑問の形をしています。

Xでも「これが仮に本当ならという文で、最後は疑問系」と書いている人がいました。

たしかに、断定していないなら事実を示したことにはならないのでは、と思いたくなります。

ところが条文が書いているのは、断定ではなく摘示という言葉でした。

摘示というのは、具体的な事柄を示すこと。

語尾が疑問の形なら摘示にあたらないのかどうかは、個別の中身を見て裁判所が判断するところなので、外から言い切れるものではありません。

ただ、「?」を付ければ安全圏に入れるわけでもない、というのは条文の並びから見えてきます。

 

しかも、事実を示していない場合の受け皿が、すぐ隣にもう1本用意されていました。

刑法第231条。

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」

事実を示せば230条、示さなくても231条

「具体的なことは書いていないから平気」という道は、条文の並びの側で先に塞がれていました。

 


それでは何も書けなくなるのでは

政治や行政の問題について何も言えなくなるのでは、と心配になります。

その逃げ道も、ちゃんと同じ場所に置いてありました。

刑法第230条の2の1項です。

「前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」

罰しないための条件は3つ。

  • 公共の利害に関する事実であること
  • 目的が専ら公益を図ることにあったと認められること
  • 真実であることの証明があったこと

本当かどうかが出てくるのは、この3つ目でようやくでした。

しかも単独では働かず、前の2つが揃ってはじめて真偽の判断に進む形になっています。

さらに、同じ条文の2項にはこう添えてありました。

「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。」

まだ起訴されていない人の犯罪についてなら、公共の話として扱われることになります。

3項では、公務員や公選による公務員の候補者に関する事実なら、真実であることの証明があったときは罰しない、とも書いてありました。

 

つまり、公の立場にいる人についての話は、書ける側に寄せてあるわけです。

ただし条文が求めているのは「たぶん本当だと思った」ではなく、真実であることの証明でした。

そこを自分で用意できるかどうかが、書く側に残された宿題になります。

 


消したことと謝ったことは、別の場所で効く

では、削除と謝罪にはまったく意味がなかったのでしょうか。

刑法を最後まで見ても、消したら罪が消えるという条文はどこにもありません。

けれど、意味が無いわけでもありませんでした。

働く場所が、入口ではなく出口のほうに置いてあるんです。

1つ目は刑事訴訟法の第237条。

「告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。」

話し合いがついて、書かれた側が告訴を取り下げれば起訴まで進めなくなります

削除や謝罪が実際に働くとしたら、まずここでした。

 

2つ目は第248条です。

「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」

犯罪後の情況、という言葉が入っていました。

投稿を消したこと、謝ったこと、相手と会って話したこと。

それらが見られるとしたら、罪になるかどうかの場面ではなく、起訴するかどうかの場面ということになります。

消して謝れば無かったことになる、という感覚は、順番として少しだけずれていました。

消すという行動は、話を終わらせるスイッチではなく、起訴へ進むかどうかを決める材料の側に置かれています。

 

あわせて頭に入れておきたいのが、消しても残ることがある、という点です。

スクリーンショットは相手の端末に残りますし、引用やまとめの形で別の場所へ移っていることもあります。

削除で止められるのは、自分の手元にある1本だけでした。

書かれた側になったときの窓口も、置いておきます。

法務省は、インターネット上の書き込みを消してもらうための手引きを公開していました。

2026年3月13日の投稿で案内されているもので、削除依頼の具体的な手順を知ることができる資料として公開されています。

このほかに全国共通の相談ダイヤル「みんなの人権110番」(0570-003-110)があり、インターネット上の誹謗中傷についても相談を受け付けているそうです。

そして書く側でできることは、たった1つだけでした。

押す前に、自分の意見なのか、誰かについての具体的な事柄なのかを見る。

疑問形にしても、伝聞の形にしても、そこは変わりません。

読んだ人の頭に事実として残る書き方なら、語尾をどう変えても同じ扱いになってしまいます。

条文をひととおり開いてみて、いちばん意外だったのは、本当かどうかを最初に見ていないというところでした。

消してから考えるより、押す前に一度だけ読み返すほうが、ずっと楽なところですね。

 

この記事で参考にした情報

  • 共同通信「東国原氏を書類送検、X投稿で 名誉毀損容疑、元参院議員が告訴」(2026年9月20日配信)
  • 刑法 第230条・第230条の2・第231条・第232条(e-Gov法令検索)
  • 刑事訴訟法 第235条・第237条・第246条・第247条・第248条(e-Gov法令検索)
  • 政府広報オンライン 公式X(2026年6月11日投稿)
  • 法務省人権擁護局 公式X(2026年3月13日投稿)/みんなの人権110番