ボカロのファンは、なぜ「KAITO」のタグをここまで譲れないのか。

ニコニコ動画で「KAITO」のタグが付いている動画は、2026年10月5日の夜の時点で4万7,441本ありました。

イラストの投稿サイトpixivでも、同じタグの作品は7万5,151件。

ボーカロイド、通称ボカロと呼ばれる歌声のソフトの名前でもある「KAITO」が、King & Princeの髙橋海人のソロ活動の名前と重なったのは、10月3日の夜のことです。

 

それから、ボカロのファンからは「タグ被り」を嘆く声がやむことなく上がり続けています。

いっぽうで、外から見ている人には「ハッシュタグは早いもの勝ちで独占できるものではないのでは」「ボカロ側が変えればいいのでは」という疑問も出ていました。

そして、KAITOを作った会社も、名前とハッシュタグについてのお知らせを出したばかり。

今回は、ボカロのファンが「KAITO」のタグを譲れない本当の理由を、はじめての人にもわかるように解説していきたいと思います。


ボカロには情報が全部そろう公式がない

アイドルを応援している人なら、まず事務所やグループの公式アカウントを追いかけますよね。

新曲もライブも出演情報も、たいていはそこで発表されます。

ボカロのKAITOにも、もちろん公式はあって、札幌のクリプトン・フューチャー・メディアという会社が、初音ミクたちと一緒に、グッズやコラボの知らせを出しているんですね。

10月5日の昼にも、KAITOのコラボグッズの販売が始まったという知らせが、公式サイトの新着欄に載っていました。

 

ただ、KAITOの「新曲」を作っているのは、会社の外の人たちです。

KAITOは歌声をつくるソフトの名前で、買った人が自分で曲を作り、KAITOに歌わせて、それぞれの場所に発表しています。

曲を作る人は「ボカロP」と呼ばれていて、その数は数えきれないほど。

実際、ニコニコ動画の「KAITO」のタグには、名前が重なったあとの数日にも、オリジナル曲やカバー曲、イベント向けのアルバムの試聴動画が次々に上がっていました。

どれも、個人の作り手が自分のアカウントから出したものです。

会社の側も、外の人たちが作っていくという前提を、最初から名前に込めています。

KAITOや初音ミクたちの総称は「ピアプロキャラクターズ」。

公式の説明では、ピアプロは「様々な知識・能力を持つ仲間たちが情報を共有しながら作り上げていくこと」を意味する造語だそうです。

みんなで作っていく前提のキャラクターなので、作品の大部分はファンの手で生まれています。

では、ばらばらの場所に出てくる新しい曲や絵を、ファンはどうやって見つけているのでしょうか。

 

そこで出てくるのが「タグ」です。

ニコニコ動画やpixivでは、作品ごとに「KAITO」「初音ミク」のような見出しの言葉が付けられていて、その言葉を押すと同じ言葉の付いた作品が一覧で出てきます。

Xでは、言葉の頭に「#」を付けたものが同じ役目をしていて、こちらは「ハッシュタグ」という呼び名。

ネットで広く読まれた説明は、こうでした。

ボカロのファンは、新しい曲が出たかどうかを自分で探しに行くもの。

同じ人は、タグのことを「道路標識、地図、信号機みたいなもの」とも書いていて、無かったら行き先がわからなくなると続けていました。

つまり「#KAITO」は、ファンにとって、新しい作品にたどり着くための、ほとんど唯一の入口なんです。


KAITOには名字がない

それなら、ボカロのファンが別のタグに移ればいいのでは、と思う人もいるはず。

ピアプロキャラクターズは、次の6人です。

  • 初音ミク
  • 鏡音リン
  • 鏡音レン
  • 巡音ルカ
  • MEIKO
  • KAITO

このうち名字があるのは4人だけで、MEIKOとKAITOには名字がありません。

初音ミクなら「ミク」と「初音ミク」、鏡音リンなら「リン」と「鏡音リン」、と探すときの言葉を選べます。

でもKAITOは、「KAITO」がそのままフルネーム。

名字を付け足して見分ける、という逃げ道が、最初から用意されていないんです。

pixivには「KAITO_V3」というタグもありますが、これはあとから出た新しい版のソフトの名前で、その版にまつわる作品に付けるものなので、KAITOの作品をまとめて探す代わりにはなりません。

しかも「かいと」は日本の男性の名前にもある読みで、髙橋海人の「KAITO」も本名の「海人」から来ています。

人の名前と重なりやすいのに、言い換える先は見当たりません。

 

さらに、見たくない話題を画面から消したいときに使う「ミュート」も役に立たなくなります。

添えられた画像は、検索サイトで「KAITO」と調べた画面で、いちばん上にはソロ活動の説明が出ていました。

「KAITO」という言葉をミュートすれば、自分が探しているボカロの投稿まで一緒に消えてしまいます。

探す言葉と消したい言葉が同じなので、ミュートでは分けられないんですね。


20年分の作品はこのタグの下にある

「これから新しいタグを使えばいい」という意見で置き去りになるのが、過去の作品です。

ニコニコ動画で「KAITO」のタグが付いた動画のうち、いちばん古いのは2007年7月の投稿。

同じ年の秋には、ソフトの製品デモソングも同じタグで上がっていました。

いちばん再生されている動画は、2007年11月に投稿された「卑怯戦隊うろたんだー」で、再生回数は600万回を超えています。

 

ほかにも「カンタレラ」や「千年の独奏歌」など、初期の名曲がずらりと並んでいました。

「KAITOオリジナル曲」という、KAITOが歌うオリジナル曲だけを集めるための細かいタグまであって、こちらにも7,287本が入っています。

そこから20年近く、4万7,441本の動画が、すべて「KAITO」という名前で探せるようになっているんです。

タグは、作品の1本1本に、これまで付けられてきました。

4万本を超える動画のタグを、まとめて付け替える方法はありません。

新しいタグに移った瞬間から、20年分の作品は古い名前の下に置き去りになります。

 

ボカロのファンが「変えればいい」と言われても譲れないのは、変えたら過去の作品にたどり着けなくなるから。

その20年の積み重ねが、いまもタグの下に残っています。

ボカロのKAITOって何者?みんなが兄さんと呼ぶ理由と20年の歩み「KAITO」という名前を、この週末にはじめて目にした人も多いのではないでしょうか。 King & Princeの髙橋海人が、ソロ活動...


混ざったのはタグと検索の入口

では、ボカロのKAITOの作品は、いまどこでも見つけにくくなっているのでしょうか。

ところが、場所によって様子はかなり違います。

ニコニコ動画の「KAITO」のタグには、新しく上がる動画もボカロの曲ばかり。

pixivの「KAITO」のタグも同じで、上に並ぶ作品はボカロのKAITOの絵や漫画ばかりでした。

ファンが言葉を書き足していくネット辞書「ニコニコ大百科」のKAITOの記事には、冒頭に「実在するアイドルのKAITO(髙橋海人の名義)についてはKing & Princeを参照」という案内の1行が置かれています。

 

混ざっているのは、Xのハッシュタグと、検索サイトで名前を調べたときの画面です。

新しい曲の知らせも、グッズの予約も、絵を描いた人の投稿も、Xに次々と流れてくるので、ボカロのファンにとっては毎日のぞく場所になっています。

過去の作品は無事でも、新しい作品を見つけるための入口のほうが混ざってしまったんです。

Xのヘルプでは、ハッシュタグは「キーワードやトピックを分類するため」のものと説明されていて、誰かが登録して自分のものにする仕組みは書かれていません。

公開のアカウントでタグを付ければ、そのタグを調べた人の目に入る、誰にでも開かれた道具になっています。

 

ソロ活動の側では、髙橋海人がリリース直前の生配信をした10月4日に、レコード会社のユニバーサル ミュージックが、お知らせの見出しに「#KAITO」を付けていました。

同じ投稿では、生配信のあいだは「#髙橋海人KAITOソロシングルリリース」という専用のタグで楽しもうと呼びかけていて、分けようとする動きもあったことがわかります。

タグが誰にでも開かれているぶん、反対に、外から入ってきた人がボカロのKAITOに出会うこともありました。

20年の作品が並んでいる場所だからこそ、そういう出会いも生まれます。


発売元も「防げない」と書いた

10月5日の夜7時すぎ、クリプトン・フューチャー・メディアは初音ミクの公式アカウントで、名前とハッシュタグについてのお知らせを出しました。

「KAITO」という名称やハッシュタグについて、皆さまからさまざまなお声をいただいております。

同じ名称が使用されることによるハッシュタグ等の重複を完全に防ぐことは仕組み上困難であり、今後も検索やSNS上で双方の情報が混在する場面が生じるかと存じます。

それぞれの「KAITO」を応援する皆さまがお互いの存在や活動を尊重しながら、気持ちよくコンテンツをお楽しみいただけることを願っております。

また、当社からのお知らせやSNSでも、これまで通りバーチャルシンガーの「KAITO」に関する情報を発信してまいります。

皆さまとともに歩んできた「KAITO」の文化を大切にしながら、互いを認め合える、優しいコミュニティであり続けられるよう見守っていただけますと幸いです。

出典:クリプトン・フューチャー・メディア(初音ミク公式X・2026年10月5日)

重なるのを完全に防ぐことは「仕組み上困難」と、作った会社自身が書いています。

いっぽうで、名前を変えてほしいとも、タグを使わないでほしいとも書いてはいません。

願っているのは、それぞれのKAITOを応援する人がお互いを尊重しながら楽しむこと、でした。

 

ボカロのファンの中には、会社が何か手を打ってくれるのではと待っていた人もいたかもしれません。

ネットには、こんな声もあります。

発売からしばらくは500本ほどしか売れなかったころを知っている人ほど、20周年を迎えた今年にまた埋もれていく姿だけは見たくないはずです。

その気持ちは、読んでいて痛いほど伝わってきます。

 

ただ、お知らせの後半には、これまで通りKAITOの情報を出し続けることと、「皆さまとともに歩んできた『KAITO』の文化」という言葉もありました。

そもそもタグは、20年のあいだ、曲を作った人や絵を描いた人が、作品を出すたびに付けてきたものです。

Xの「#KAITO」も同じで、守ってきたのは最初からファンでした。

過去の作品はニコニコ動画やpixivのタグにそのまま残っていますし、新しい作品にも、これからも作り手が「KAITO」を付けていくはずです。

 

Xで探すときは、検索窓に「KAITO -髙橋海人」のように、外したい言葉の頭に半角のマイナスを付けて並べると、ソロ活動の話題をある程度よけることもできます。

混ざる場面は残っても、20年分の作品の入口がなくなるわけではないんですね。

ボカロのKAITOをまだ聴いたことがない人は、ニコニコ動画の「KAITO」のタグから、1曲だけでも兄さんの声を聴いてみてくださいね。