2026年10月17日、甲子園でのCSファイナルステージ第4戦で、阪神はDeNAに5-8で逆転負けし、日本シリーズへの道が閉じました。

リーグ連覇のチームが、このステージでは1つも勝てないままの敗退。

「あと1球」のコールが響くなかで逆転打を浴びた工藤投手は、試合のあと、涙で言葉が続かなかったそうです。

そして同じ夜、ネットにはもうひとつの言葉が流れてきました。

「藤川球児、木浪にバチギレ」という見出しの下に、藤川監督の発言として6行の言葉が並んだ投稿が出回っているんです。

その中心にあるのが、「普通でしたら木浪は使いません」という一行。

最終回の満塁の場面で代打に立ち、見逃し三振で最後の打者になったのが、木浪選手でした。

「こんな監督のために野球やらんわ」と怒る声と、「これ、ほんまに言うたん?」と首をかしげる声が、同じ投稿の下に並んでいます。

その言葉をたどっていくと、行き着いた先は2年前の甲子園でした。

今回は、あの6行が岡田監督の言葉の使い回しだったことと、藤川監督が試合後に実際に話したことを、順番に見ていきましょう。

2年前の甲子園で岡田監督が話したこと

実はこの6行には、元になった言葉があります。

2024年10月13日、甲子園でのCSファーストステージ第2戦で、阪神はDeNAに3-10で敗れ、2連敗で敗退が決まりました。

しかも、退任が発表されていた岡田監督にとっては、それがラストゲームになっています。

この試合で岡田監督は、1点を先制した直後に4点を失ったあと、3回の守りから捕手を梅野捕手から坂本捕手へ代えていました。

その理由を聞かれたときの談話を、当時ネットで書き起こした投稿がこちら。

今回の投稿と並べてみると、言葉の順番までそろっています。

  • 普通やったら使わんけど → 普通でしたら使いませんけどね
  • 最後やから → 最後ですから
  • 昨日もそうやけど、なあ → 昨日もそうでしたけど、ね
  • 普通やったら梅野使わん → 普通でしたら木浪は使いません
  • 同じことばっかり → 同じことばかりでしたね
  • 最後まで → 最後までね

つまり、関西弁を丁寧語に直して、「梅野」を「木浪」へ入れ替えた形。

報道でも、デイリースポーツが当時の一問一答で「普通やったら梅野使わへん言うてるやん」という言葉を伝えていて、東京スポーツには「昨日もそうやけど、同じことばっかり。最後まで初球ばっかり」と、6行の後半にあたる部分まで載っています。

社によって細かな表記は違いますが、もとが岡田監督の談話であることは、どの記事を読んでも同じ。

 

いっぽう、10月17日の試合のあとで藤川監督が木浪選手についてこうした発言をしたという話は、日刊スポーツの一問一答にもデイリースポーツの記事にも出てきません。

しかも日刊スポーツの一問一答は午後6時22分の配信で、6行の投稿はそれより遅い午後7時46分ごろに出ています。

本物の談話のほうが、先にネットへ出ていた順番。

ネットでも、「岡田政権の梅ちゃんやん」「どんでんの言葉をもじっただけ」と気づいた人がちらほら。

「どんでん」は岡田前監督の、「梅ちゃん」は梅野捕手の愛称です。

「どこ情報だよ」「これ情報元何?」と聞き返す声も出ていたとおり、あの投稿には、どの社がいつ伝えた言葉なのかが一つも添えられていません。

 

同じ甲子園・同じDeNA・同じ最後の試合

それにしても、なぜここまで本物らしく読めてしまったのでしょうか。

シーズンの最後の打席が三振で終わった夜に、信じてしまった人を笑う気にはなれません。

2年前と今回を並べると、舞台があまりにもそろいすぎていて。

  • 場所はどちらも甲子園
  • 相手はどちらもDeNA
  • どちらもその年の最後の試合で、敗退が決まった日
  • どちらもベンチの起用が問われた場面がある

しかも木浪選手は、このシリーズの第1戦でも代打で出ていました。

リードされた終盤の場面で、左腕の岩田投手に対して左の代打として送られ、空振り三振に終わっています。

初戦と最終戦、どちらも勝負どころの代打で三振していたので、投稿の中の「同じことばかりでしたね」が今年の木浪選手の姿に重なって読めてしまう。

そのうえ、言葉づかいも藤川監督に寄せてありました。

藤川監督の談話は、この日の一問一答を読んでも「〜ですね」「〜ました」という丁寧な話し方です。

もし岡田監督の関西弁をそのまま貼っていれば、すぐに元ネタが分かったでしょう。

6行は、藤川監督の話し方に合わせて言い直されていました。

もともと阪神ファンのあいだでは、岡田前監督の口調をまねた振り返りが、一つの楽しみ方として親しまれています。

こちらは、最初から「岡田さん風」と名乗ったうえでの遊び。

ちょっと笑えるのは、本物の岡田前監督がこのシリーズで木浪選手の代打に触れていたことでしょう。

いまは阪神のオーナー付顧問を務める岡田前監督は、第1戦の中継で解説に入り、元阪神の原口文仁さんの名前を出して「ここは原口やけどな」と笑わせたあと、「左バッターはうちづらいと思うけどな、打率はいいんだ」「イチかバチかでね」と話していたそうです。

本人は、思いのほか穏やかに見ていたんですよね。

 

ところが問題の投稿には、「岡田さん風」の札がついていませんでした。

載せたのは、自分で非公式と書いている阪神ファン向けのまとめのアカウントです。

だから、札のないまま流れれば、読んだ人は監督の言葉として受け取るしかありません。

 

藤川監督が引き取った「こちらの責任」

では、この日の藤川監督は、試合のあとで何を話していたのでしょうか。

日刊スポーツが載せた一問一答で、最初に出てきたのは謝罪の言葉でした。

「もう応援していただいたみなさんに申し訳ない、その一言です。ファンの方には本当に申し訳ない。選手はよく頑張ってくれました」

選手を責める言葉は、一問一答のどこにもありません。

 

敗戦の分かれ目は、終盤の回またぎの継投だったと報じられています。

回またぎというのは、ひとりの投手が2つのイニングにまたがって投げることです。

リードしていた終盤、前の回から続投した木下投手が1点差に迫られ、藤川監督は守護神の工藤投手を送りました。

工藤投手は8回をしのぎましたが、そのまま続投した9回に、あと1球のところから逆転の2点打を浴びています。

そして、ネットで目立ったのも、この回またぎの継投への怒りでした。

問題の投稿に返された言葉にも、「使った藤川が悪い」「人のせいにするんや」と、監督へ向いたものが目立ちます。

その継投について、藤川監督は一問一答でこう振り返っていました。

「神宮や木下、工藤も時にはイニングをまたいで勝ち星を拾っていくというやり方をしていましたので、形が最後まで苦しかったというのは事実ではあります」

名前が挙がっている3人は、どれもリリーフの投手です。

そして最後に、こう続けています。

「本当に選手たちは頑張ってくれたので、一年間ご苦労様というのと、これはもう本当にこちらの責任ですね。申し訳ない」

試合のあと、藤川監督とコーチ、選手たちは右翼のスタンドへ向かって一礼し、スタンドからは拍手が送られたそうです。

藤川監督はそのあと、DeNAの相川監督と笑顔で握手をして、頭を下げてベンチへ下がりました。

 

あの投稿に怒った人たちが返した「使った藤川が悪い」は、藤川監督が試合後に自分で口にした言葉と、言っている中身がほとんど同じだったんです。

2008年10月20日、CSファーストステージ第3戦の中日戦で、0-0の9回にマウンドへ上がっていたのは、守護神だった藤川球児投手でした。

フルカウントからの直球を、ウッズに決勝の2ランにされ、阪神は敗退しています。

その年で退く岡田監督は、そのとき「球児で終われて良かった」と言ったと伝えられているんですよね。

同じ岡田監督の口から出た、2つの「最後」の言葉。

あの投稿が借りたのは、そのうち2024年の厳しい一言。

けれど、この日の藤川監督が実際に口にしたのは、2008年に自分がかけられた言葉に近いものでした。

どちらも、打たれた選手を責めずに、結果をベンチの側で引き受ける言葉です。

 

最後の打者に貼られた言葉

3点を追う9回裏、阪神は四球と安打で1死満塁をつくり、髙寺選手が空振り三振で2死満塁となったところで、代打に木浪選手が送られました。

追い込まれてからの見逃し三振で、試合は終わっています。

関西の地上波を中継していたカンテレは、ちょうどこの打席の場面で放送を終えてしまい、最後の1球を見られなかったと嘆く声が相次いだそうです。

見届けられなかった最後の1球に、本人が一度も言われていない言葉がくっついて広まった形でした。

 

この夜も、木浪選手を気づかうこんな投稿が読まれています。

もちろん、打てなかったことへの評価は、見る人それぞれの自由です。

ただ、あの投稿の言葉は評価ではなく、「監督から見放された」という出来事として読まれていました。

引用のなかには「戦力外通告したようなもんやん」という受け止めまであり、言われていない言葉が、戦力外の話にまで広がりかけていたんです。

 

監督の言葉が流れてきたら、日刊スポーツやデイリースポーツなどが試合のその日に載せる一問一答を、1本だけ開いてみてください。

試合のあとに監督が何を語ったかは、たいてい一問一答にそのまま載っています。

そこに無い言葉は、まず誰かの創作を疑っていいはずです。

関西弁の名監督の言葉が、きれいな丁寧語に直って回ってきたときは、なおさらでしょう。

それに、怒りの宛先だった継投は、藤川監督がもう自分の口で引き受けています。

あの夜いちばん悔しかったはずの木浪選手にまで、「普通なら使わない」を背負わせなくていいのかもしれませんね。