新幹線のデッキに立っている人の横を通って、自分の座席へ戻る。

連休のあいだ、何度も見かける景色です。

そこで「子どもが座りたいので代わってもらえませんか」と声をかけられたら、どうするか。

いまXには、この場面の話がいくつも並んでいます。

断った人に、共感の声が集まりました。

同時に、「譲ってはいけないのがルール」「譲った側が罪に問われる」という説も、いっしょに回っているところ。

 

断ってよかったのか。

そもそも譲るのは違反になるのでしょうか。

グリーン券を持たない人が、どうしてグリーン車にいるのか。

今回は、この3つをきっぷの決まりからわかりやすく解説していきたいと思います。

新幹線のグリーン車と、東海道線などを走る普通列車のグリーン車とでは、答えが違いました。


きっぷは人ではなく席についている

手元の券が何を約束しているのかは、JRの旅客営業規則に書いてあります。

「指定特別車両券を所持する旅客は、その券面に指定された列車、旅客車又は座席に限り、乗車することができる」(第175条第1項)

指定された列車の、指定された車両の、指定された座席。

そこまで決まって、はじめて「乗車することができる」という言い方になっていました。

 

同じ規則の第147条第1項には「乗車券類は、その券面表示事項に従つて1回に限り使用することができる」とあり、続けて「乗車人員が記載されていない乗車券類は、1券片をもつて1人に限る」。

1枚で1人しか乗れません。

第13条第2項では、急行列車に乗るなら急行券、特別車両に乗るなら特別車両券、と設備ごとに持つべき券が並べてありました。

規則でいう特別車両が、いわゆるグリーン車です。

急行券には、新幹線や在来線特急の特急券も含まれています。

きっぷが結びついているのは、持っている人ではなくその席のほう。

払ったのは、この列車のこの席を、この区間だけ使うという約束でした。

 

自由席の券とくらべると、差がはっきりします。

自由席特急券はその列車の自由席を使える券で、どこに座るかまでは決まっていません。

同じ「座っている」でも、指定席は席そのものを名指しで押さえている状態なんですよね。

 

よく混ざるのが、優先席との違いです。

普通列車の車内にある優先席には、お年寄りや体の不自由な方に席をお譲りください、という案内が付いています。

必要な人が来たら代わってほしい、という場所。

指定席は逆で、誰がそこに座るのかが売った時点で決まっているきっぷです。

同じ「席を譲る」という言葉でも、前提が反対を向いているんですよね。

X上には、まだ一度も言われたことがないのに、指定席を買うたびに身構えてしまうという声も出ていました。

声をかけられる前から、心配だけが先に来てしまっています。

ですから、声をかけられて断ったこと自体は、決まりの側から見てまったくおかしくありません。

鉄道ライターの恵知仁さんも、9月21日にこう書いていました。

自由席でも、という一言が添えてあります。

譲るという行為が、そもそも決まりの中に出てこないんです。


譲ってはいけないは本当なのか

ネットで広がっていたのは、もう一段強い言い方でした。

「譲ってはいけないのがルール」「譲った側が罪に問われる」「JRが黙認してくれているだけ」。

条文には、少し違うことが書いてありました。

見つかるのは、次の2か所です。

  • 「旅行開始後の乗車券を他人から譲り受けて使用したとき」(第167条第1項第7号)
  • 「使用を開始した急行券を他人から譲り受けて使用したとき」(第174条第1項第4号)

どちらも、その券を無効として回収する、と決められています。

無効として回収というのは、そのきっぷがそこで使えなくなり、係員に引き渡すことになる扱いです。

第267条によって、この決まりは特別車両券と座席指定券にも準用されました。

無効の券で乗っていた場合は、第264条により普通旅客運賃と、その2倍にあたる増運賃をあわせて払います。

 

条文が書いているのは「他人から譲り受けて使用したとき」で、名指しされているのは受け取って座った側です。

譲った人の券が無効になる、と書いた条文は見当たりませんでした。

つまり「譲った側が罪に問われる」は、決まりが向いている方向と逆。

あの説を信じて後ろめたくなっていた人には、いちばん先に伝えたい話でした。

 

なお、ここまでの第167条も第264条も、JRという会社が定めた旅客営業規則の中の話で、犯罪と刑罰を決めた法律とは別のものです。

もちろん、実際に車掌さんがその場をどう扱うかは、また別のこと。

ここで確かめられるのは、条文がどちらを見ているか、というところまでです。


席を交換すると三人目が困る

では、席だけを交換する場合はどうでしょう。

同じ第174条には、こんな号も並んでいます。

「指定急行券を指定以外の急行列車(中略)、旅客車又は座席に使用したとき」(第1項第9号)

交換してしまうと、二人とも券面に書かれていない座席に座る形になります。

親切のつもりでも、両方の券が宙に浮いてしまう形。

しかも、話はここで終わりません。

X上では、こんな指摘も出ていました。

「譲ってと言っている人と私が同じ乗車区間とは限らない 仮に譲った場合 私の方が早く下車するなら 私の下車後元の席を予約した人が嫌な思いをする」

 

新幹線の座席は、区間ごとに別の人へ売られています。

途中の駅で降りる人のうしろに、その先の区間で同じ席を買った人が控えていることもあるんです。

交換した二人が席を入れ替えたまま降りれば、次に乗ってきた三人目が、知らない人の座っている席の前で立ち尽くします。

規則には、こんな条文まで置かれていました。

「指定席特急券(中略)は、これを所持する旅客が、その指定の乗車駅で乗車しない場合は、他の旅客にその座席又は旅客車を指定して急行券の発売をすることがある」(第173条)

 

乗ってこなかった人の席は、途中の駅から別の人に売られることがある、という意味です。

座席番号には、いつも三人目が控えています。

だから、二人のあいだの親切では閉じないんですよね。


グリーン券は座るための券ではない

グリーン券を持たない人は、そもそもグリーン車に入れるのか。

規則の第13条第2項は、こう書いていました。

「特別車両に乗車するときは、特別車両券」

条文が線を引いたのは、乗車するという一点でした。

JR東日本も、普通列車グリーン車の案内にはっきり注記しています。

「グリーン車では、通路やデッキにお立ちの場合でも、普通列車グリーン券が必要です」

同じ注記には「満席のため普通車に移られる場合は、グリーンアテンダントにお申し付けください」と続きがあって、席が埋まっていたときの逃げ道まで用意されていました。

 

法律の側にも条文があります。

鉄道営業法第29条は、鉄道係員の許諾を受けずに「乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ」を挙げていて、2万円以下の罰金または科料と定めていました。

ただし第30条ノ2に「前二条ノ所為ハ鉄道ノ告訴アルニ非ザレバ公訴ヲ提起スルコトヲ得ズ」とあり、鉄道会社が告訴しなければ起訴はできません。

「JRが黙認してくれているだけ」という言い方は、ここについては半分だけ当たっていました。

さらに旅客営業規則の第266条には、乗車した車両がわからない場合で、その列車にグリーン車が連結されているときは、そのグリーン車に乗ったものとみなす、という規定まで置かれています。

 

ここまでは、新幹線でも普通列車でも同じ話でした。

規則はもともと、グリーン券を2種類に分けて書いています。

座席まで指定する指定特別車両券と、その日の1つのグリーン車を1回だけ使える自由席特別車両券(第175条第2項)です。

 

JR東日本の公式サイトを開くと、普通列車グリーン車について「全車自由席(全車禁煙)です」と書いてありました。

東海道線や横須賀線、湘南新宿ライン、中央線快速などのグリーン車には、座席の指定がありません。

グリーン券は要るのに、座る場所は空いている席へどうぞ、という形です。

つまり普通列車のグリーン車には、そもそも「あなたの席」が無いという話。

トイレで離れているあいだに誰かが座っていても、券のうえでは何も起きていません。

しかもこれらの路線のグリーン券は、モバイルSuicaやカードのSuicaに情報を記録して買う形で、車内改札が省略されています。

隣に座っている人が券を持っているかどうかは、外から見ても分かりません。

新幹線や在来線特急のグリーン車は、指定席です。

号車と座席番号が最初から決まっていて、ここまで見てきた第175条がそのまま当てはまりました。

 

同じ「グリーン車」という三文字が、二つの違う仕組みを指しています。

新幹線で通じる話が普通列車で通じないのは、車内のマナーが違うからではなく、売っているものが最初から違うからでした。

ですから、普通列車のグリーン車で「代わってください」と言われたときは、券のうえで何も起きません。

空いている席へ移るだけなので、そこに残るのは気持ちの問題だけ。

断っても、立ち上がっても、JRの決まりにはどちらも触れないということ。


声をかけられたときにできること

連休の新幹線には、今年もう一つの事情がありました。

2026年9月18日から23日まで、東京から博多までを走るすべての「のぞみ」が全席指定席で運転されています。

JR東海とJR西日本のリリースには、こう書かれていました。

「自由席特急券等をお持ちのお客様は、普通車のデッキ等をご利用いただく場合に限り、『のぞみ』号にご乗車いただけます」

デッキに立っている人は、会社が案内しているとおりの正しい乗り方をしています。

同じリリースには「『のぞみ』号の指定席にご着席される場合は、所定の指定席特急料金が必要となります」とも添えてあり、座るには料金が要ることを、JR自身が一行で書いていました。

 

実際には、断りきれずに譲ってしまったという人もいます。

相手が集団だったり、その場の空気が重かったりすると、正しさを知っていても声が出ません。

規則を読んでも、その気まずさまでは埋まらないんです。

そのうえで、声をかけられたときにできることは3つあります。

  • 「自分の席なので」と一度だけ伝える。理由を並べたり、事情を聞き返したりする必要はありません
  • それでも続くようなら、車掌さんやグリーンアテンダントを呼ぶ。X上には、巡回に来た車掌に事情を話したら席が戻った、という報告も出ています
  • 座りたい側には、立席特急券という道があります。自由席特急券と同額で数量限定、乗る列車と号車が指定されるきっぷです

断ったあとに残る、あのちくりとした感じ。

あれは、こちらが冷たいから出てくるものではありませんでした。

JRの決まりには、席を誰かへ渡す道が最初から用意されていないだけ。

次に声をかけられたら、そのまま座っていてくださいね。

 

この記事で参考にした情報

  • 旅客営業規則(第13条・第147条・第167条・第173条・第174条・第175条・第264条・第266条・第267条)
  • 鉄道営業法(第29条・第30条ノ2)
  • JR東日本「普通列車グリーン車」乗車方法の案内
  • JR東海・JR西日本「2026年度における東海道・山陽新幹線『のぞみ』号を全席指定席として運行する期間について」(2026年1月7日)
  • JR東海・JR東日本・JR西日本「年末年始期間における在来線一部特急列車の全席指定席での運行について」(立席特急券の案内/2025年9月18日)